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37 ファニング家の温室

翌朝、朝食に豆腐が出てきた。しかも湯豆腐である! 早速あの土鍋を使ってくれていた。どこかの旅館みたいで贅沢だわぁ。


「まさか、湯豆腐が出てくるなんて!」

「豆腐屋は朝が早いので、買ってきてもらったんです。あの土鍋を使わせてもらいました」

「ぽんずの果汁も何本か持ってきてよかった! めんつゆの実も!」

「好きなタレで楽しめるわね。どっちにしようかな」


土鍋の中には、豆腐の他にネギと春菊も入っている。


「わ、春菊なんてあるんだ!」

「いえ、それ実は薬草なんですよ。でも味は春菊なんで」

「食べていいの?」

「体にいいですよ。その辺にいくらでも生えてるんで、食べ放題です」


その辺って、畑でしょうよ。薬草食べ放題って、凄い環境だわ。


「んん〜! 豆腐美味しい!」

「やだ、私泣きそう」


優さんが感極まっている。だが、スプーンで食べる手は止まらない。


「そんなに美味しいかい?」


ドミニクさんが不思議そうに見ている。だって異世界で初の豆腐だもの。美味しいに決まってる!


「たしかに、この温かい豆腐も美味しいね。このぽんずの果汁が合っている」

「いつもはどうやって食べているんですか?」

「基本的に冷たいままだね。塩をかけたり。夏ならトマトやきゅうりを刻んで豆腐に載せて食べるよ」

「それも美味しそうですね」


「ん! このめんつゆの果汁にウーメを潰して入れたの、豆腐に合う!」


ケイティさんも気に入ってくれたようだ。

みんなで美味しい美味しいと食べ進めると、鍋の底が見えてきた。


「えっ、昆布があるの? さすが海辺の領地ね!」


優さんが鍋底に敷いてある黒っぽいものを見て言った。本当だ、どう見ても昆布だわ。


「コンブ? それはコーブンという、多肉植物を干したものです」

竜舌蘭(リュウゼツラン)みたいな大きな葉っぱがあるんですよ。それを干すといい出汁が出るんです」


海があるのに、昆布じゃないんかーい!


「あとで温室に案内しましょう」


ケイティさんが、案内を買って出てくれた。味は昆布出汁なんだけどなぁ、不思議。



◇◇◇◇


「わー! とっても広いのね!」


畑を抜けて邸の裏手に行くと、そこに温室があった。

てっきり畑にある前世のビニールハウスみたいなものを想像していたが、温室は想像よりも何倍も広く立派だった。まるでどこかの植物園みたい。天井も高くガラスで出来たドーム状になっている。


「父が色んな国から植物を集めて来ちゃうんですよね。薬草だけじゃなくて、果物なんかもありますよ」


森さんも一緒に解説してくれる。珍しい花の区画、熱帯のジャングルのような区画、ハーブや薬草の区画などなど。前世で見たことがある物も初めて見る物もあった。


「コーブンはここです」


ケイティさんが立ち止まったのは、サボテンなどがある一角。乾燥した地域の植物のようだ。


「いや、昆布じゃん」


優さんが思わず呟いたのもわかる。そこには人の背丈より高い昆布が生えていた。でっかいアロエみたいにも見えるが、たしかに竜舌蘭(リュウゼツラン)に似ていた。色は濃い緑色で、干したら黒っぽくなるらしい。


「これからテキーラが作れたりしないの?」

「テキーラ?」

「お酒は作らないですね。使うのは葉っぱだけで出汁取り用です」


ケイティさんには分からなかったようだが、森さんには通じた。竜舌蘭って、地球ではテキーラの原料なのよ。


「これも、父がふたつ向こうの国の乾燥地帯から持って帰ってきたんですよ。最初はもっと小さい苗だったみたいですが、ここまで大きく育ちました」

「目の前に海があるのに、ふたつ向こうの国から昆布を……」


わかる、優さんが言いたいことは! だけどたぶん、この世界ではこれが正解なんだ!

ケイティさんがモジモジと何か言いたそうにしている。どうしたのかしら?


「あの、厚かましいお願いだとはわかっているんですが、ぽんずとめんつゆの苗を分けていただく事は出来ますか?」

「なーんだ、そんなこと。領地に沢山生えているから、もちろん大丈夫よ」


パアッと顔を輝かせたケイティさんが言った。


「今朝の湯豆腐が美味しかったから、この温室にもあの果実を植えたくて!」

「気に入ってもらえて嬉しいわ。ここに滞在させてもらったお礼に、領地に帰ったら送るわね」

「ありがとうございます!」


かわいいなぁ……ピョンピョン跳ねて喜んでるわ。



「そうだ、モリーさん。お昼は私に作らせてもらってもいい?」

「ええ、かまいませんが。何を作るんですか?」

「ここに来る途中にあった、野菜畑を見て思いついたの。トマトときゅうりを使ってもいい?」

「あ、私わかっちゃった。お土産のアレを使うのね」

「うん、手伝って!」


私達は、野菜畑でトマトときゅうりを収穫させてもらい、厨房をお借りした。料理人達も私達の作るものに興味津々で見学している。


「じゃあ、ユージェニーは錦糸玉子をお願いできる?」

「了解!」


スチャっとマイ菜箸を取り出す優さん。旅行の荷物に忍ばせていたようだ。


「うそっ、菜箸!」

「特注品なのよ〜プレゼントでいただいたの」


森さんが菜箸に反応する。箸で器用に玉子を溶きほぐす優さんに、料理人からはどよめきが起こる。


「私は野菜を切るわね」


トマトを薄切りに、きゅうりは千切りにしていく。ハムも分けてもらって千切りにした。


「モリーさんは、これを茹でてほしいの」

「えっ、えっ、まさかのそうめんー!!」

「うちの領地の名物なのよ。箱で持ってきたから、残りは皆さんで食べてね」

「信じられない……そうめんが存在してるなんて……」


森さんがブツブツ言い出してしまったわ。まあいいか、私はタレを作ろう。

めんつゆの実を絞り、ぽんずの果汁と合わせ、ゴマ油をたらり。


「よし、盛り付けようか!」


お皿に茹でて冷やしたそうめんを盛り、トマト、きゅうり、ハムと錦糸玉子を盛り付けていく。


「「「できたわ!」」」


おおー!と、厨房では拍手が起こった。


「これは冷やし中華という料理です。味見をどうぞ」


料理人さんたちにも、小盛の冷やし中華を食べてもらった。


「簡単なのにうまいです!」

「こんな細い麺は初めてだ。この薄く焼いた玉子もみごとだ」

「この掛かっているタレもうまいな」


なかなか好評のようだ。そうでしょう、そうでしょう。中華麺じゃないけど、そうめんでもイケるのよ。


ドミニクさんとケイティさんも一緒に、お昼を食べる。森さんが兄妹に向かって茶化すように言う。


「いつもは引きこもって食事の時間になっても出てこないのに、ここ数日はちゃんと出てくるわね」

「だって、食べたことがない物が出てくるんだもの」

「ああ、密かに楽しみにしているんだ。初めてだが、この麺料理も美味いよ」

「うちの領地の名物で、そうめんと言いますの。普段はめんつゆの実の汁に浸けて食べますが、今日はお庭のお野菜が美味しそうだったので、アレンジしてみました」


おふたりにも満足していただいたようだ。そうめんを五箱とめんつゆの実を木箱いっぱい、ぽんずの果汁も五本お土産だと渡すと、森さんが小躍りしていた。





その日の午後はドミニクさんの研究室を見学させてもらった。魔法薬倶楽部の部室と同じ匂いがして、森さんが落ち着くと言った理由がわかった気がするわ。


「今はどんな薬を作っていらっしゃるの?」

「一日だけ胸毛がボーボーになる薬だ」

「胸毛がボーボー……」

「それはどのあたりに需要が?」

「俺もよくわからんが、男のロマンらしい」

「お、おう」




◇◇◇◇


翌日は朝から豆腐屋さんを見学させてもらった。家庭で出来る量のレシピも教えてもらい、ニガリも手に入れた。

お礼に、ウーメときゅうりを和えたものを冷奴に載せて食べてもらった。


「夏はきゅうりとトマトは載せていたけど、まさかウーメときゅうりが合うとは思わなかった!」


と、非常に喜んでもらえた。



翌日は、王都に持って帰る分のウーメが無くなったからと、また磯遊びに出掛けた。最初の日に結構拾ったはずなのに、またポロポロと岩の間に沢山落ちていた。本当にどこから来るのかしら?


薬草畑も見せてもらった。何の薬になるのかはわからないけれど、薬草畑に立つと爽やかな風が吹いてとても気持ちが良かった。

こうして私達は、異世界の夏休みを大いに満喫したのだった。



◇◇◇◇


王都に戻る日。行きは私達が乗った子爵家の馬車の後ろから、荷物だけを乗せてついてきていた公爵家の馬車で帰る。大量のお米やそうめんやめんつゆの実の木箱は降ろしたので、私達は余裕で乗ることができる。護衛達は行きと同じく、単騎で並走だ。



「一週間もの間、大変お世話になりました」

「とても貴重な体験ができて、本当に楽しかったですわ」


ドミニクさん、ケイティさん、森さんが見送りに出てくれている。


「いや、こちらこそ。高位貴族のご令嬢がこんなに気さくな方達だとは思わなかった。こんな先輩方にかわいがってもらえるなら、モリーも安心だ。これからも妹をよろしくお願いします」

「ええ、もちろん! 仲良くさせていただきますわ」


「美味しい食事もありがとうございます。新しい植物に出会えて嬉しいです!」

「それはよかったわ。めんつゆの苗は送りますからね」


「ヴァイオレットさん、ユージェニーさん、道中お気をつけて! また夏休み明けに会いましょう」

「ええ、モリーさんもお元気で」

「本当にありがとう。また九月にね」


私達はお別れの挨拶をした。すると、ケイティさんが何かを手渡してくれた。


「これはお土産です」

「何かしら?」

「私が作った『肌年齢が五歳若返るクリーム』です」

「「えっ!?」」


中身がアラサー女子の私と優さんは色めき立った。


「五歳とはまた中途半端だな」

「今はまだ研究中だけど、そのうち『赤ちゃん肌になれるクリーム』も作ってみせるわ」


いや、五歳でも十分嬉しいですよ? 私達はありがたく受け取った。


「『崖パイ』も持って帰ってくださいね」

「ありがとう。家族が喜ぶわ」



「「「また来てくださいね〜〜!」」」



使用人達も手を振って見送ってくれた。こうして私達の楽しかったファニング領の夏休みは終わりを告げたのだった。

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みんな満足、素晴らしい夏休みをありがとうございます。
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