36 庭だけど浜焼き
「よし、ユージェニー出番よ!」
「任せて、えいっ!」
ここはファニング子爵邸の庭の一角。庭って言うか畑? 立派な邸の前にも裏側にも見渡す限り畑が広がっている。邸の前庭も花壇かと思っていたものは、全て魔法薬の原料となる薬草の花だった。
「あっちの丘の方まで全部うちの薬草畑ですね」
「ふわ〜もう規模が全然違うね」
「前世の北海道みたい」
「田舎なんで、他にはなーんもないです」
そんな広い庭の一角に私達は陣取って、夕食の準備を始めた。もちろん、昼間に採ったアワビとサザエを食べるのである。
「浜焼きが一番美味しいと思うので、炭火で焼きましょう。浜じゃなくて庭だけど」
「よし、ユージェニー出番よ!」
「任せて、えいっ!」
優さんが掛け声を上げると、ゴロッとした石がゴロゴロと積み上がった。魔法の精度も上がっているようね。立派なかまどが出来上がった。
「こっちはご飯用ね」
そう言うと、優さんはかまどに土鍋を置いた。フッフッフッ、ちゃんと荷物の中に土鍋も忍ばせて来ていたのだ。優さんの荷物の中にはずっしりとした米袋もあった。
「まさか、土鍋ご飯が食べられるなんて!」
森さんが火を熾す前から感動している。優さんがまたゴロッとした石の魔法を使った。
「えいっ! こっちは浜焼き用ね。火を熾したら網を乗せましょう」
子爵家の使用人達が、慣れた手つきで火を熾してくれた。森さんにもご飯の炊き方をレクチャーする。
「鍋を使うご飯の炊き方なんて、すっかり忘れていましたよ。たしかにやりましたね、家庭科で」
「慣れたら意外と簡単よ。この土鍋はあなたにあげるわ」
「ヴァイオレットさん、いいんですか!」
お、おう、森さんが私の両手を握りしめている。
「うちから持ってきたお米と海苔もね。お世話になるお礼よ」
「ユージェニーさん、神ですか!?」
「大袈裟ねぇ〜」
優さんが手をパタパタと振りながら照れている。かわいいな。
そこへ、森さんのお兄様のドミニクさんと、妹のケイティさんも合流した。
「今日は浜焼きだって? 久しぶりだな」
「そっちの鍋は何かしら。初めて見る形ですね」
ふたりとも白衣を着たままだ。きっと研究で部屋に引きこもっていたんだろう。
「お兄様! おふたりがご飯を炊いてくれました!」
「ゴハン? なんだそれは」
「お米という、隣国の穀物ですわ。この土鍋で炊いたんですの」
「お米……どこかで聞いた覚えがあるな。もしかして、食用ネズミの餌かい?」
「それですわ! さすが植物にはお詳しいですね」
ドミニクさんはお米を知っていた。優さんも嬉しそう。
「ネズミの餌って美味しいのですか?」
ケイティさんも興味を引かれたようだ。
「絶対に美味しいから! ケイティも食べてみて!」
「お姉様、やけに詳しいですね。食べたことがあるの?」
「ん? ないよ? おふたりに聞いただけ」
森さん、食べたこともない設定なのに激推ししている。
「蒸らしが終わったから、食べやすいようにおにぎりにしよっか!」
「うん、そうしよう! それがいい!」
私と優さんはなんとか勢いで誤魔化した。男性陣が浜焼きの準備をしてくれている間に、おにぎりを作ることにした。
「熱いから気を付けてね」
森さんとケイティさんに注意を促す。炊きたてだからねー。
「塩だけもいいけど、さっき採ったウーメも入れましょ」
「こっちはふりかけね。海苔はお好みで巻いてもらったらいいわね」
私は持参したアレを取り出した。少し取り分けたご飯にかけてまぶす。
「ちょっ、ヴァイオレットさん! ご飯にミカンの汁なんかかけて大丈夫ですか?」
「フッフッフッ、まあ見ておれ」
私はアレ――めんつゆの果汁をご飯にまぶしたのだ。それも三角に握っていった。
優さんと森さんも着々とおにぎりを握っていく。初めてのケイティは苦戦しているみたい。
「お姉様、私そんなにきれいな三角にならないんですけど。どうしてお姉様は上手いのよ」
「えっ!? なんとなく、見様見真似で?」
またも森さんがウッカリ、おにぎりを上手に作ってしまった。しかもかなり手慣れていた。
私と優さんはそっぽを向いて、スルーすることにした。誤魔化し方がわからん。
「おーい、貝が焼けたぞ」
「「「はーい」」」
私達は、おにぎりを載せたお皿を持って、浜焼きの網の近くへ行った。
「ふわ〜、いい香り」
「磯の香りがするねー」
サザエはフタのあたりがグツグツとなって、いい香りがしている。
「サザエはここに串を刺して、中が千切れないようにクルッと回すんだ」
ドミニクさんが手本を見せてくれた。
「何か付けて食べるんですか?」
前世のサザエのつぼ焼きは、たしか醤油を垂らしていた。まさかファニング領に醤油があったりして!
「そのままだよ。塩味だね」
うん、やっぱりないか。でも、たぶんそれでも美味しいと思う! だって採れたて新鮮だもの。
「いただきます! あっつ、プリプリでおいしー!」
「うん、自分で採ったと思うと余計に美味しく感じるね!」
サザエなんて、前世でも滅多に食べられなかったもの。贅沢だわー。
「こっちはバターを落として焼いています。食べてみてください」
ケイティさんが、食べやすい大きさに切ったアワビを勧めてくれた。
「ん、柔らかいのね。美味しい!」
優さんが早速頬張っている。これ、あれが合いそう。
「ジャーン! ぽんずの実の果汁ーー!」
「ぽんずの実? ぽんずってあのぽん酢ですか?」
「それよ! このバター焼きにちょっとかけて……おいひぃ〜!」
俺も! 私も! とみんながぽんずの果汁をかけたアワビのバター焼きを食べた。
「「「美味しい!!」」」
「なんだこれ、美味いな」
「サザエにもかけてみよっと。あ、肝に合うわ」
フッフッフッ、ぽんずの果汁の瓶詰めも持参していたのだ!
「皆さん、おにぎりもどうぞ。まずはこちらの塩だけのから」
優さんが先ほど作ったおにぎりを勧める。
「これがお米……美味いな。ネズミの餌にしとくのはもったいないくらいだ」
「ん〜私もこれ好きです。塩だけなのに美味しいわ」
ドミニクさんとケイティさんも気に入ってくれたみたいね。森さんはすでに両手におにぎりを持っていた。
「梅と海苔のおにぎり……たまごふりかけも……ぐすっ、美味しい」
ちょっと涙ぐんでいる。前世でも思い出したのだろうか。わかるよ〜。
私は別皿に取っておいた、めんつゆの果汁をまぶしたおにぎりを網に乗せた。
「あっ、なにを!」
「まあまあドミニクさん、見ていてくださいよ」
焼き目が付いてきたらトングでひっくり返す。
「こ、この匂いは、焼きおにぎり!」
「そうでーす。めんつゆ味の焼きおにぎりよ」
「麺つゆ! えっ、さっきの茶色いオレンジみたいなのは麺つゆなんですか!?」
「そうなの。うちの領地で自生している『めんつゆの実』よ。夏はフレッシュなのがあるから、領地から送ってくれるのよ」
「フレッシュな麺つゆ、ブフッククッ」
あ、また優さんの笑いのツボに。フレッシュな麺つゆってワードに弱いのよね。
「さっきのぽん酢しょうゆも、冬に採れる『ぽんずの実』って果実があるの」
「てっきり醤油があるのかと」
「醤油単体はまだ見つかっていないわね。ぽん酢しょうゆも麺つゆも和風ドレッシングもあるのに」
「おーい、これ焦げないか?」
「あっ、ついおしゃべりに夢中になってごめんなさい。どうぞお味を見てください」
ドミニクさんとケイティさんに焼きおにぎりを勧めた。
「これは香ばしい! さっきのおにぎりとはまた違ってて美味いな」
「周りがカリカリなの! 香りもいいわ」
「でしょう?」
いつの間にか、使用人や護衛たちも一緒になって網を囲んでいる。さっき護衛や御者さんが釣ってくれた魚も焼かれていた。
「このぽんずの果汁は、魚にも合いますね!」
「おにぎりも美味いです!」
畑の管理をしている使用人が感動したように言った。
「お米、初めて食べましたが美味いです。ウーメとも合うなんて。うちの畑でも栽培出来ないものか……」
「お米は畑じゃなくて、田んぼで作るのよ」
「田んぼ……?」
「そう、畑よりも深く掘って水を入れた田んぼに、芽を出しておいた苗を春に植えるのよ。夏の間はずっと水が入っているわ」
「だからお姉様、そんな知識をどこから――」
「んあっ!」
森さんはまたやらかした。前世が日本人だとしてもやけに詳しすぎる。
「ほら、森さんて前世も田舎育ちって言ってたから」
「ああ、なるほどそれでね」
私と優さんは後ろを向いて、コソコソと話した。森さんは凄い薬を作ったりできるのに、やっぱり悪役令嬢(仮)はどこかポンコツに出来ているのかしら。
「いやっ、ほら、ユージェニーさんに聞いたのよ!」
「えっ、私?」
「ユージェニー様、ぜひ詳しいお話を! 今後の参考にしたいので!」
丸投げされた優さんは、しどろもどろになりながらお米について話していた。
そんなふたりをよそに、私は邸の料理人が捌いてくれたウニを食べるのであった。
「あ〜今日は贅沢しちゃった。ウニも美味しっ!」




