34 放課後の誕生日会
今年の私の誕生日、放課後『いにしえの古文書解読研究会』のメンバーが部室に集まって、お菓子と飲み物でお祝いをしてくれることになった。
ネイサン先生と、魔法薬倶楽部のティモシー・オルコットさんまで参加してくれている。
「では、ヴァイオレットのお誕生日を祝ってカンパーイ!」
「「「おめでとうございまーす!」」」
優さんの掛け声で、コーヒーと紅茶で乾杯をした。紙コップなのでカチーンって音はしないけど。
「皆さま、このような会を開いてくださってありがとうございます」
「いいんですよー私達も楽しいですしね」
森さんはオルコットさんと目を合わせ、微笑み合っている。このふたりも順調に親しくなれているようね。
「じゃあこれ、私からのプレゼントよ。どうぞ受け取って」
「まあ、ユージェニーありがとう。何かしら」
私は綺麗にラッピングされた箱を開けてみた。
「きゃあ! アイシングクッキーね! なんてかわいいの」
そこには、パステルカラーで色付けされたアイシングクッキーが沢山詰まっていた。
「私が作ったから少し拙いかもしれないけど」
「ううん、凄くきれいね。これはハート型でしょ。こっちはウサギとクマね」
「上手だね。こっちの赤いのは何かのお花かな?」
オルコットさんも興味津々で覗き込む。
「こっちはなんだろう。何かの木? ん? こっちは笹?」
「それは、松と竹ね。赤い花は梅。こっちの魚は鯛よ。これは末広がりで扇。こっちは鶴と亀」
乙女チックなハートやクマの下から現れた二段目の渋いラインナップに、オルコットさんは困惑している。扇には『祝』と漢字で書かれていた。
「私の故郷では縁起が良いと言われているものよ。お誕生日のお祝いだからね!」
「お、おう。そうなんだ」
「ありがとう、ユージェニー。お兄様にも見せびらかすわ」
「やだ、恥ずかしいからやめて」
優さんがくねくねとしながら赤面している。
「えっと、僕達からもささやかだけどプレゼントがあるんだ」
「ふたりで共同開発したんですよ」
「まあ、何かしら。のみ薬?」
「「一日だけ性別を変えられる薬です!」」
「ん?」
あれ? 私の聞き間違いかしら。
「ごめん、よく聞き取れなくて。何の薬?」
「一日だけ性別を変えられる薬です」
「一回一錠なので、三回分あります」
聞き間違いじゃなかった! この子達、なんてものを作り出してんのよ! 前世だったらノーベル賞も余裕で取れそうだわ。
「それを飲んでいる間は、自動的に服も性別に合ったものに変わるんですよー」
「そこがちょっと苦労したポイントだよね」
ねー! っと顔を合わせて笑ってるけど、こんな凄いものを世に出していいのか?
「あなた達、本当に天才かもしれない」
「そうですかね? 自分の魔法で見た目を変えられる人もいますし、そんなに珍しくもないですけどね?」
「いやいやいや、そんな高度な魔法できないわ。私かち割り氷しか出せないから!」
どうしよう。全くささやかじゃないプレゼントをいただいてしまった。
そこに、ネイサン先生がクスクスと笑いながら言った。
「僕だってできるよ、ほら」
パチンと指を鳴らすと、そこには紺色ロングヘアの女神のような美人が立っていた。
「きゃーー! 私と結婚して!」
「残念ながら、女同士じゃ出来ないわね」
あまりの美しさに、思わずプロポーズしてしまったわ。優さんにツッコまれたけど。
「そんなに遠慮しなくていいんじゃないか? 変身はこれくらい手軽なものだから。せっかくだから貰っておくといいよ」
パチンと指を鳴らして元の男性の姿に戻ると、ネイサン先生はそう言った。うん、この人元の姿も格好いいんだった。
「そ、そうかしら? ではありがたくいただくわね。おふたりとも私のためにありがとう」
「「どういたしまして〜」」
ふたりにお礼を言っていると、
「僕からもささやかだけど」
ネイサン先生が手首をクルリと回した。するとその手には可愛らしい小さな花束が!
「はい、お誕生日おめでとう」
「まあ! どこからお花が出てきたのかしら!」
「ふふっ、内緒だよ」
パチっとウインクを飛ばす。うん、顔がいい。イケメンがやるとなんでも許されるな。
「ありがとうございます。お花、とっても嬉しい……」
だって私、お花なんてバーナード様からも貰ったことがないんだもの。家族以外の男性から貰ったのはこれが初めてよ。あ、ロジャーからも貰ったか。彼はマイエンジェルだから別枠ね。人間の男性からは初めて。
「それならよかった。僕は先に仕事に戻るけど、みんなはゆっくりしてくれ」
「「「はーい」」」
「ネイサン先生、ありがとう」
「いい誕生日を」
ネイサン先生はふわりと笑うと、部室を後にした。格好よ過ぎんか?
私がぽけーっとしていると、それに構わず優さんが話を戻した。
「そう言えば、モリーさんはいつがお誕生日なの?」
「私は十二月二十五日ですね」
「「クリスマス!」」
「くり? なに?」
聞き慣れない単語に、オルコットさんの顔にはハテナマークが浮かんでいる。
「こっちじゃイベントとかイルミネーションもないですからね。クリぼっちとか寂しい気分にならなくていいので、良かったです」
「くりぼ? が何かわからないけど、今年は僕がお祝いするよ!」
「えっ、いいんですか? やったラッキー! 私ケーキが食べたいです!」
森さんは全く気付いていなさそうだけど、オルコットさんは結構頑張ったわね。私と優さんは、親指をグッと立ててオルコットさんの健闘を称えた。ハンドサインが伝わらず、首を傾げられたけど。
「話は変わるけど、皆さん夏休みはどうされるの?」
もうすぐ夏休みだからね。みんなの予定を聞いてみたわ。
「僕は前半は領地に帰るかな。後半は部室にも顔を出すかも」
「私も前半か後半かは決めてないけど、半分は領地ね」
「私も前半は領地に帰ります。薬の材料の収穫もしたいし」
そうかー、みんなとしばらく会えないのは寂しいな。
「みんなで海とかで遊べたらいいのに」
私は前世の夏休みを思い出して、ポツリと呟いた。白い砂浜でスイカ割りとかビーチバレーとかキャッキャしたくない?
「えっ、ヴァイオレットさん海に行きたいんですか? うちの領地にありますよ」
「本当に? 行ってみたい!」
「それなら夏休みに一緒に行きます? ちょっと遠いですけど」
「いいの? 行く行く!」
「私も行きたい! こっちで海を見たことがないのよ」
優さんも乗っかってきた。だって夏休みに海だなんて、とっても楽しそうだもんね?
「どうぞどうぞ。だけど本当に海と畑しかないですよ?」
「いいよ!」
「あと、王都から北の端なんで馬車で三日かかります」
「うん、頑張る! 海が見られるなら」
オルコットさんも羨ましそうにしていたけど、領地での用事があるらしいので今回は遠慮した。
「よし! 今年の夏は海デビューよ!」
「ひゃっほーい」
私と優さんは、異世界で初めての海にウキウキしていた。




