33 売店のおばさま
ここ聖フォーサイス学園には、カフェテリアの横に売店もあるの。前世の日本で言うと、駅のホームにある売店くらいのサイズ感のお店よ。
ノートやペンなどの文具を始め、ちょっとした参考書などもある。校章入りのノートなんてオリジナルグッズもあるのよ。
あとは傘やタオル、実習で汚れた時のための下着類。あ、これは男子用ね。さすがに女子用の下着は大っぴらに置けないもの。こっそりと言えば奥から女性物も出てくるかもしれない。実験で使う白衣なんかも置いてある。
あとは軽食もあるのよ。近くのパン屋さんが毎日持ってきてくれるの。チョコが入ったものやレーズン入りなどの甘いパン、サンドイッチやホットドッグもあるわ。さすがに焼きそばパンはないわね。王立図書館の例の食いしん坊日記にも書いてあったけど、今のサンドイッチは割とボリュームもあるからお腹にも溜まるわ。
私達が一番お世話になっているのは、やっぱりお菓子と飲み物ね。この辺りでも美味しいと評判のお菓子屋さんから、クッキーやカップケーキみたいなお菓子を仕入れているから、学校の売店とは思えないクオリティなのよ。飲み物も、魔法瓶からコーヒーや紅茶を紙コップに入れてくれるから、温かいものが買える。夏は冷蔵庫で冷やされた物も買えるのよ。果汁もあるわね。私はかち割り氷を自分で出して、キンキンに冷やして飲むのがお気に入り。
今日はクラスメイトのジェシカさん、セーラさん、ミレナさん、優さんと一緒に売店に来ている。
「たまにはパンでも買って、外のテラス席で食べるのもいいわね」
「だいぶ暖かくなってきたものね」
「うちもパン屋だけど、よそのパンを食べるのも勉強になるわ」
そう言うのはミレナさん。彼女はスコーンやクッキーなどを作るのも得意なの。
今日のお昼はみんなでパンを買ってテラスで食べる予定。だけど沢山種類があると迷ってしまうわね。
「おばさま、オススメはどれかしら?」
「やーねー、『おばさま』なんて呼ぶのはヴァイオレットちゃんくらいよ。みんなオバちゃんって呼んでるから」
「そうですか? 変かしら」
「なんだか、どこかの奥方様にでもなったようでむず痒いわね」
この人は毎日売店のカウンターの中にいる、通称『オバちゃん』だ。なぜか誰も名前を知らないけれど、学園内で『オバちゃん』と言えば売店の主のことなのだ。五十代後半くらいの、どこにでもいそうな明るい女性に見える。
「もう二十年ここにいるからね。最初からずーっとオバちゃんだよ」
「それだけみんなが、おばさまに親近感を持っているからでしょうね」
「そうかね? だったら嬉しいね」
そう言って、おばさまはニカッと笑った。笑顔もかわいい女性ね。
「だって、実際色んな相談にくる子が多いでしょう?」
「『恋の悩みはオバちゃんに聞け』って、姉たちの代でも言われてたらしいわ」
「そうなんだ! 私は『テストのヤマはオバちゃんに聞け』って噂を聞いたわ」
たしかに、この売店の前でおばさまと話している子達を見かけるわ。
「フフ、なんだいその噂は。ただ話を聞いてもらいたいって子が来るだけさ。親でもない、先生でもない、ただのオバちゃんだから話しやすいんだろう」
はーなるほど。それは一理あるわね。
「おばさまは生徒たちのカウンセラーってわけですわね」
「そんな大層なもんじゃないよ。じゃあ今日はパンの評論家といこうかね」
おばさまはとってもお茶目な顔をして、ウインクを飛ばす。
「まずこのサンドイッチ、ハムも入っているがレタスの量が多くてシャキシャキなんだ。ヘルシーでオススメだよ。あと、このバゲットサンドもいいね。チーズとトマトとチキンの組み合わせがたまんないよ。あとはこのうず巻パンも。シナモンと砂糖が練り込んであって甘いんだけど、コーヒーに合うよ」
私達はじゅるりとヨダレが出そうになった。
「オバちゃん、商売がうますぎ!」
「そりゃあね、何年ここに座ってると思ってんだ」
「じゃあ私、サンドイッチとうず巻パンとコーヒー!」
「あ、私も同じの!」
「はいよー!」
まんまと釣られるジェシカさん達。私は何にしようかなー。ん? あれはなんだろう。
「おばさま、あの茶色い瓶はなんですの?」
私は、棚の上の方にある栄養ドリンクくらいのサイズの瓶を指差した。
「ああ、あれかい。疲労回復のドリンク剤だよ」
見たまんまだった。前世の栄養ドリンクに見た目が似ている。
「ただし、クッソ不味いんだ。ゴクゴク飲めるような味じゃないんだよ」
「えぇ……そうなんだ。なんでそんなものが売ってるのかしら?」
優さんが首を傾げながら聞いた。
「月に二本か三本くらいは売れるんだよ。主に研究に没頭し過ぎて徹夜した先生方が買われるね。だから、クッソ不味いけど、常備はしてあるんだよ。誰か飲んでみるかい?」
「そんなに不味いの?」
「ああ一口飲んだことがあるけど、とても飲めたもんじゃないね。なんというか、味が濃すぎるんだ。効き目は抜群らしいよ」
「私、疲れてないから遠慮しとく」
「それがいいよ。地味に高いし」
「いくら?」
「一本で千ペナ」
「たっか!」
「色んな薬草が入っているから高いらしいのよ」
千ペナとは、前世の千円ほどである。栄養ドリンクでも高い部類だよね。
「でも魔法薬としては結構な歴史があるらしいんだよ。ここの売店でも八十年くらい前から売ってるって聞いてるよ」
「その八十年の間に、味はどうにもならなかったのかしらね」
「ならなかったんだろうねぇ。今もクッソ不味いし」
おばさま、よっぽど不味かったのね……
「ご婦人、例のドリンクを頼む。ひと汗かいてきたからな」
「「「えっ?」」」
後ろを振り向くと、筋肉三人組! ひと汗って、昼休みにトレーニングしてたの?
「なっ、お前たちこんなところで何をしている!」
「私達も生徒ですもの、売店はよく利用いたしますわ」
「ふん、どうせ安物のお茶くらいしか買わんのだろう」
「安物で悪うございましたね」
おばさまから思わぬ反撃を食らっている。
「グッ、ご婦人に言ったわけではない。早くあのドリンクを三本くれ」
「これは疲労回復に飲むやつだよ。飲んでも筋肉はつかないよ?」
「そんなことはわかっておる! お前らも何を見ているんだ! さっさと失せろ!」
うわぁ……相変わらず感じ悪ぅ〜。これでメイン攻略対象だよ? キラキラ王子様はどこに行った……
「この子たちはまだ買い物中だよ。はいドリンク三本で三千ペナね」
おばさまにトレバー様がお金を払うと、バーナード様はこちらを睨みつけながら去っていった。
「本当にあのクラス劇みたいだね」
「あら、オバちゃん。あれはフィクションよ」
「そういうことにしとこうか。ここからはカフェテリアもよく見えるんだ」
あぁ、要するにおばさまは、あのカフェテリア事件も見ていたという事ね。
「さあ、コーヒーとパンだよ。ゆっくり食べておいで」
「「「オバちゃんありがとう」」」
私達はおばさまオススメのパンを手に、テラス席で楽しく昼休みを過ごした。