32 ロジャーの誕生日
ある晴れた気持ちのいい春の日、お昼休みに飲み物を買って中庭に出ると、先にベンチで待ってくれていた優さんが何やら考え込んでいる。
「優さんどうしたの? なんか悩み事でもあるの?」
「悩み事というほどでもないんだけど、もうすぐロジャーの誕生日だからどうしようかなって」
「なんですって!? マイスウィートロジャーの誕生日だなんて! 弁当食べてる場合じゃないわ!」
「すみれさんの熱量がこわい……」
だってロジャーの誕生日よ? あの天使が産まれた日だなんて、お祝いしなきゃでしょう! 去年はまだ出会っていなかったのが悔やまれるわ。
「で、いつなの?」
「五月五日」
「んまっ、こどもの日じゃない」
「この世界では関係ないけどね」
「ね、私も何かプレゼントしてもいい? いいよね?」
「そりゃあ、すみれさんからだったら喜ぶと思うわよ」
「今どきの十一歳の男子って、何を喜ぶのかしら。ゲームソフトとか、トレードする系のカードゲームとかかしらね。いや、ここ異世界じゃーん!」
「今日はテンション高いわね」
いやだわ、私ったらウッカリ。ゲームなんて存在しないんだったわ。
「ところで、優さんは何をプレゼントするの?」
「それを悩んでたんだけど、あなたのテンションに圧されぎみよ」
「てへ、ごめーん」
「色々考えたけど、どれもピンとこなくて」
「物じゃなくてもいいなら、料理を作ってあげるのはどう? 優さん料理上手だし」
「まあ! それいいかも!」
「ね? ちょっと思い付いたのがあるんだけど――」
私は優さんに耳打ちをした。
「それいただき! この国にはないものね」
「うん、案外喜んでくれるかなって。こどもの日だから、あれをこうしてゴニョゴニョ」
「なるほどなるほど、それなら出来そう」
「手伝おうか?」
「ううん、私ひとりでもいけそう。せっかくだからあなたも食べにこない?」
「いいの? わ〜大人でもテンション上がるね!」
「どうどう、落ち着いて」
こうして、ロジャーの誕生日のお祝いをすることに決まった。
◇◇◇◇
私もね、プレゼントを考えたの。男の子のプレゼントって本当に難しいわ。前回優さんの菜箸を作ってもらった工房へ、またお願いをしに来た。
口で説明するのって難しいから、イラストも持参。
「ここがね、きれいなボール型になってるの。穴も必要よ。でねここが持ち手で――」
「こんな奇っ怪なおもちゃは見たことないですな。どうやって遊ぶのか、さっぱり見当もつかない」
「ふふっ! 出来たらやってみせてあげるわ」
「そりゃあ楽しみだ。ここは何色にしましょうか?」
「何色でもいいんだけど、やっぱり基本の赤にしようかな」
「わかりました。作ってみましょう」
これでプレゼントも大丈夫ね!
◇◇◇◇
「ヴァイオレットさん、いらっしゃい!」
「ロジャー、久しぶりね! ちょっと背が伸びたかしら?」
「えへへ、僕もう十一歳だもん」
そうやって胸を張って見せるロジャーが、かーわーいーいー!
今日私はグラント侯爵家へお邪魔している。ロジャーのお誕生日のプレゼントを渡しにきたの。
「ユージェニーはどうしたの?」
「うん、朝から厨房に籠もりっきりなんだ。僕も入らせてもらえないの」
「そうなの。きっと頑張って何か作ってくれているのね」
何を作っているかは知っているけど、ここではまだ内緒だ。
私達は執事に案内され、中庭に用意されたテーブルについた。
「ユージェニーお嬢様ももうすぐ来られますので、少しお待ちいただけますか?」
「ええ、慌てなくて大丈夫よ」
ロジャーとおしゃべりをしながら待っていると、
「ふたりともお待たせ!」
優さんがお皿を持った給仕のメイドを従えてやってきた。
「ロジャー、心を込めて作った私からの誕生日プレゼントよ!」
メイド達が、私達の前に大きなお皿を置いてくれた。
「わあっ! すごい、何これ!」
「フフフ、これが子供の夢を全部詰め込んだ『お子さまランチ』よ!」
料理に向かって両手を広げた優さんは、ジャーンという効果音が付きそうなほどの迫力だ。
「凄いわ、とてもきれいに出来てるわね。えっと、ハンバーグにナポリタン、レタスとポテトサラダにご飯はオムライスになっているのね。しかも鯉のぼり!」
「そうよ、トマトソースでウロコを描いてみたの」
「このウインナーはカニさんだね! お魚さんのご飯とカニさんだなんて、もったいなくて僕食べられないよー」
「いっぱい食べて大きくならなくちゃ。ロジャー、お誕生日おめでとう」
「うん、ユージェニー姉さまありがとう! 僕こんなごちそう見たことないよ」
「そう? 全部食べたら、デザートにプリンもあるわ」
「ひゃっほーい!」
「またヴァイオレットのテンションが上がってる」
私達は、きれいだね〜美味しいね〜と子供に戻ったような気持ちで、お子さまランチを残さずいただいた。もちろんデザートのプリンも完食である。プリンには生クリームとさくらんぼがトッピングされていた。
「本当に美味しかったね、ユージェニー姉さまごちそう様でした」
「うん、とっても懐かしい気持ちになったわ。私もありがとう」
「いえいえ、喜んでもらえて私も嬉しいわ」
食後のお茶を飲んで少し落ち着いたら、私のプレゼントを渡す時が来た。
「ロジャー、私からもプレゼントがあるの。お誕生日おめでとう」
「わあ、本当に? 嬉しいな、ありがとう。開けてみてもいい?」
「どうぞ」
ロジャーはワクワクした様子で包みを開いた。
「ん? なんだろうこれ。木のボール?」
「ちょっ、これ、お姉さまに貸してごらんなさい!」
突然立ち上がったのは、興奮したような優さん。ど、どうしたの?
「いくわよ、それ! もっしもっしかめよ、かめさんよ」
突然、聞き慣れぬ歌を歌いボールのようなものを操り出した優さんに、周りの人達は呆気にとられた。カッカッカッと、小気味よい音が響いている。
「え? え? ユージェニー姉さま?」
「歩みののっろい〜ものはない〜、ど〜してこんなにのろいのかっ! いえい!」
優さんは格好良く決めポーズをしている。
「す、凄いわ。なんでそんなに出来るの?」
「ホーッホッホッ、町内でけん玉と言えば優ちゃんと言われていたもんよ! インドアな遊びは得意なの」
みんなの顔にハテナマークが浮かんでいる。たぶん一言も理解出来なかっただろうな。
「ロジャー、あれはね、けん玉っていうおもちゃなの。遊び方はユージェニーのやっていた通りよ」
「ほーら、とめけん!」
優さん、色んな技をやりだしたわ。見た目は貴族令嬢のけん玉名人って、シュールね。
「なんか難しそうだけど、面白そう! 僕もやってみたい」
「うん、ユージェニーが教えてくれると思うわ」
「ひざよ! ロジャー、けん玉はひざを使うのよ!」
たぶん今日一番テンションが上がっているのは優さんだろう。グラント家では、しばらくけん玉ブームが続いたという。
◇◇◇◇
「親方、今日もケンダマとかいうおもちゃの練習ですか?」
「ヴァイオレットお嬢さんのように、この棒にボールを入れたいんだ!」
「結構難しそうでしたよね。俺もやっていいっすか?」
「おいおい、俺はもう三日も練習しているが出来ないんだぞ? そう簡単に――」
「カチャ――あ、出来た」
「なんでだーー!」




