31 魔法薬倶楽部
先日の約束通り、私達は魔法薬倶楽部所属のクラスメイトにお願いし、森さんに付き添う形で部室へ見学に来ている。
「こちら、うちの倶楽部の一年生モリー・ファニングさんよ」
「そしてこちらが、私達のクラスメイトで魔法薬倶楽部の部員ティモシー・オルコットさんよ」
「はじめまして、モリー・ファニングです。見学を許可していただきありがとうございます」
「い、いや。好きなだけ見て行ってくれ」
オルコットさん、ちょっとシャイなのかしら。顔が赤くなっているわ。
「魔法薬倶楽部は部員が少なくて、三年生がふたりと二年生は僕だけなんだよ」
「少数精鋭って感じですね」
「いや、単に人気がないというか……オタクの集まりというか……」
「オタク上等! 私も似たようなもんですから」
「えっ、こんなにかわいいのに」
おやおや? オルコットさんの赤い顔はそういうこと? 隣を見ると優さんもニマニマしている。ここはおせっかいしちゃおうかしら。
「オルコットさん、活動日はどれくらいありますの?」
「決まった日はないんだ。みんな好きな日に来て勝手にやってる感じなので。週一でも大丈夫だよ」
「ですってよ、モリーさん。うちも大体週一だから兼部できるのではないかしら?」
「はい! ここは設備も揃ってるし、薄暗くてゴチャついてて楽しそうです!」
「た、楽しそう? そう、ならいいけど」
オルコットさんの方が戸惑っているみたい。たしかにあまり女の子受けしなさそうな環境ではあるもんね。よく分からない機材がいっぱいなのとか、なんとも言えない薬草の匂いが混ざった感じとか、本もゴチャっと積まれているし。
「スーハー、なんか落ち着く」
「えぇっ??」
森さんたら、更にオルコットさんを困惑させてるわ。
「彼女の実家は代々薬を作っているのですって。きっとオルコットさんと話が合うと思うわ」
「そうなんだ! その話を聞かせてもらってもいいかい?」
「ええ、是非! あ、その前に入部届を書いていいですか?」
「もちろん、歓迎するよ」
私達はそっと魔法薬倶楽部の部室を後にした。
「なーんか、あのふたりいい感じじゃなかった?」
「うん、話が合うのって大事よね」
「ここならあの筋肉も近付かないだろうし、森さんを守れそう」
私達も楽しい気分になって、家路についた。
◇◇◇◇
あれから一週間が経った。森さんはちょくちょく魔法薬倶楽部へ顔を出しているそうだ。
「オルコットさんはいつもいるんですけど、まだ三年生に一度も遭遇出来ていないんです。警戒されているんですかね?」
と、三年生のことは、まるで幻の珍獣みたいな扱いをしていた。
授業の合間の教室。
「あの、ヴァイオレットさん、ユージェニーさん、ちょっといい?」
「あら、オルコットさん。いいわよ、どうしたの?」
私と優さんはオルコットさんに声を掛けられた。ちょいちょいと教室の隅に手招きされ、首を傾げながらふたりで近付いた。
「あの、聞きたいことがあって」
「何かしら。モリーさんのこと?」
私が冗談めかして言うと、オルコットさんの顔が一瞬で赤く染まる。ありゃ、図星だったみたい。
「あ、う、そうなんだ」
「ふふ、なになに言ってみて」
優さんがとっても楽しそうに、肘でツンツンしている。
「彼女、婚約者がいるよね?」
少し小声になると、眉を顰めながらオルコットさんは言った。
「ええ、第二王子の側近で騎士団長次男のジェフリー・ボールドウィン様よ」
「ハァ……そうか。やっぱりあんなムキムキな男がいいのかな」
オルコットさんはヒョロリと背の高い、白衣の似合う正反対のタイプだ。本人は自信無さげだけど、顔は結構かわいい系だと思うわよ。
そこへ優さんが全力で否定する。
「いいえ、あの筋肉はぜんっせんモリーさんの好きなタイプじゃないと思う! あなた、間違っても鍛えたりし始めたら駄目よ!」
「そうなの?」
「そうよ! そのままのあなたで十分いけると思うわ」
「でも、すでに婚約してるんだよね……」
オルコットさんはシュンと項垂れた。なので私も励ますように言った。
「今はあまり詳しいことは言えないけれど、きっとあなたにもチャンスがくるわ。だから諦めないでちょうだい」
「えっ、本当に? あんなに話が合う子は初めてなんだ」
「ええ、焦ることはないわ。その時まで彼女の側でマニアックな薬の話でもしてたらいいわ」
「そんなことでチャンスがくるの?」
「くる! あなたのお家は伯爵家だったかしら」
「そうだよ。うちも魔法薬の研究をする家系なんだ」
「ほら、あの筋肉と同格じゃない。ううん、むしろ同じ趣味があるだけ勝ってるわ」
オルコットさんは半信半疑という表情をしている。まだ自信がないのかな。
「ね、私達を信じて! 今はこれしか言えない」
「何か訳があるんだね。わかったよ、今は聞かない」
「ありがとう。あの子を側で見守ってくれるかしら?」
「僕でやれるなら」
「あなたしかいないわよー!」
優さんがバンっと背中を叩くと、オルコットさんはグラッとよろけた。
「モリーさんのこと、お願いしますね」
「うん、話を聞いてくれてありがとう」
「「こちらこそ!」」
オルコットさんは嬉しそうに去っていった。
「ムフフ」
「やだ、優さんの顔が怖い」
「人の恋バナは楽しいのよ。わかるでしょ?」
「まぁ、わかるけど。あのふたりお似合いよね。両家とも薬を扱っているし」
「こんなにピッタリな人、なかなかいないわよ。話も弾んでいたわ」
「だねー。絶対にくっつけてやりましょ。森さんはそっち方面は鈍そうだけど」
「時間をかければどうにかなるんじゃない?」
「あと二年あるしね」
森さんにも絶対に幸せになって欲しいの。だって、悪役令嬢(仮)ってだけで不幸になるのは納得いかないじゃない! みんなで断罪を切り抜けてみせるわ。