29 新入生勧誘
四月になり、私達は二年生に進級した。クラス替えもないので、あの新学期特有のソワソワした雰囲気もなく落ち着いている。
「優さん、入学式行くよね」
「ええ、もちろん。やっとだわ」
通常、入学式の日に在校生は登校しない。生徒会役員だけ式典に出席するのだ。
私達は生徒会ではないが、ある目的があって登校することにした。
式典会場である講堂には用がない。私達は校門近くのベンチに陣取った。
「新入生って初々しいわねー」
「本当ね。去年の私達はそれどころじゃなかったけどね」
「前世を思い出して、一気に中身がアラサーになっちゃったしね」
アラサーと言うより、今の私達は日向ぼっこのおばあちゃんである。
「春って気持ちいいわね、すみれさん」
「ここ、花粉症がなくて最高」
前世は花粉症に悩まされていたのが、ここフロプリの世界では花粉症という概念すらないのだ。春がこんなに気持ちのいい季節だったなんて! 私は今、猛烈に感動し――
『ウソッ、これゲームのオープニングで見たやつ! いやこれマジかーー!』
「「やっぱりいた」」
私達はこれを待っていたのだ。
「行きましょう」
「ええ」
先程日本語で叫んだ、顎の下あたりで切りそろえられた栗色のボブに青い目の新入生の元へ駆け寄る。
「あなた、モリー・ファニングさんね」
「なぜそれを――ハッ!」
「私達の顔を知っているわね? 入学式の後にカフェテリアまで来てちょうだい」
「逃げると大変なことになるわよ」
「はわわ」
◇◇◇◇
「あの、先輩方。ご用とは何でしょうか?」
モリー・ファニングは入学式後、律儀にカフェテリアへ現れた。ちょっとビクビクしている。
「あなたは、モリー・ファニングさん。十五歳、子爵家の長女で間違いない?」
「は、はい」
「そして、騎士団長次男ジェフリー・ボールドウィン様の婚約者ね」
「そうです」
やっぱり! 私と優さんは目を合わせるとコクリと頷いた。
『『ようこそ! 悪役令嬢(仮)の会へ!』』
私達は日本語で歓迎の言葉を伝えた。
「へっ? 悪役令嬢の会って?」
『あなたも転生者でしょう?』
「お、おそらく」
「うん、日本語が通じる。間違いないわ。座って座って」
「まだ混乱しているとは思うけど、安心して。私達も悪役令嬢(仮)よ」
「その(仮)って何ですか」
なかなか探究心のある子みたいね。
「まだゲームは始まっていないじゃない? ヒロインも来年まで入学しないし」
「ああ、そういうこと」
「それと、私達は悪役令嬢役を降りたの」
「そんなこと出来るんですか!?」
「わかんないけど、ヒロインに嫌がらせとかするつもりはないわ」
「「あなたはどうする?」」
一応確認しとかなくちゃね。婚約者のことが大好きかもしれないわ。
「あ、じゃあ私も降ります。めんどくさいですし」
この子、アッサリ降りたわ。
「じゃあ、私達と仲間ね。一緒に頑張って断罪を回避しましょう! 私はヴァイオレット・ヘザートンよ。よろしくね」
「私はユージェニー・グラント。ヴァイオレットと同じ二年生よ。仲良くしましょ」
「モリー・ファニングです。よろしくお願い致します」
またひとり転生仲間が増えたわ。お茶を飲みながら色々と聞いてみましょ。
「あなた、騎士団長子息とは結婚しなくて大丈夫なの?」
「ええ、別に好きでもないですし。元々両家の祖父達が飲んだ席で意気投合して、子供を結婚させようってなったらしいんです。だけど両家とも男しか産まれなかったもんだから、孫に持ち越されたってわけです」
「うわぁ……そのパターンか」
「迷惑な話ですよ。身分だってあちらが上だから、うちからは断れないですもの」
「たしかにそれはあるわね」
「ヒロインと浮気して婚約破棄してくれるなら、万々歳です。でも断罪はイヤーー!」
「落ち着いて! 私達もそれは避けたいの」
優さんがモリーさんの背中をポンポンと宥めている。
「優さん、あれも説明しとかなくちゃ」
「そうだったわね」
「優さん? ユージェニー様は優さんと呼ばれているのですか」
「ああ、私の前世の名前が優香なのよ。それでふたりの時は、そう呼ばれているの」
「私はすみれよ。あなたも三人の時はそう呼んでくれていいわ。あなたの前世の名前は?」
「もり……」
「えっ?」
「森です」
「そっちかー! まさか名字の方に関係があったなんて。ブフッぐっ、ブフフッ」
あ、また優さんの笑いのツボに入った。
「森さん、ウククッ、じゃあそう呼ぶわね」
「モリーでも森でもどっちでもいいですよ。ほぼ同じだし」
「森さんも、ここにいるってことは日本では亡くなっているのよね?」
「仕事帰りに自転車で電柱に突っ込んだ事まではわかるんですけど……」
「「オウ……」」
「その残念な子を見る目はやめてください。田舎で街灯もあまりなかったんですよ!」
仕事帰りってことは、大人よね。
「最後は何歳だったの?」
「二十七歳でした」
「あら、私達と同年代ね。同じアラサー同士、話が合いそう」
「そうなんですね! なんか嬉しい」
「私が三十歳で、すみれさんは二十八歳よ。だから敬語もいらないわ」
「でもこの学園では先輩ですし、家の爵位も上だから敬語の方が自然ですよね?」
「それもそうか。じゃあ好きにしてちょうだい」
「ところで、説明しとくことって何ですか?」
いっけない。森の衝撃で、危うく本題を忘れるところだった。
「あなた、今すぐ何かの倶楽部か委員会に入ったほうがいいわ」
「そうしないと、原作のゲームと同じ生徒会に入れられてしまうの」
「あ、そうだった! ヒロインと同じ生徒会はマズイですよね。イベントとかあるし」
森さん、理解が早くて助かるわー。
「私達は新しい倶楽部を作ったの。『いにしえの古文書解読研究会』って言うんだけど」
「それはまた堅苦しい倶楽部名ですね」
「うん、訳アリでね。この世界がちょっとバグってるみたいで、攻略対象達が筋肉バカになっちゃったのよ」
「どゆこと?」
「あなたの婚約者は元から脳筋だけど、私と優さんの婚約者も細マッチョになってて」
「いや、最近はムキムキと言っても差し支えないわ。去年より一回り大きくなってる気がする」
「だからね、運動系は兼部されるとマズイから、絶対に寄り付かない堅苦しい倶楽部を作ったってわけ」
「お、おう」
驚いているわね。ちょっとバグる方向がおかしいから当然か。
「後で入りたい倶楽部を見つけたら退部でも兼部でもいいから、とりあえず今すぐうちの部に入っといた方がいいと思う」
「今の生徒会はトレーニングジムよ。あんな所に入ったらムキムキにされてしまうわ」
「いやもう、情報量が多くて処理出来ない!」
私達は、入部届をサッと出した。
「念のため用意しといたの。ゆるい倶楽部だし、幽霊部員でも大丈夫だから」
「まだ他の倶楽部を見ていないのでわからないですけど、そんな猶予はないですよね?」
「「ないわ!」」
私達は半ば強引に入部届を森さんに書かせた。
「ひとまずこれで安心ね」
「おい、そこの新入生!」
「モリー、なんで俺の所に挨拶にこないんだ」
「ジェフリー様!」
出たーーー!! 背中の方向からゾワゾワと筋肉が近づく気配がするわ。
「モリー・ファニング、お前は優秀な成績で入学しているから、生徒会に入る資格がある」
偉そうに言うバーナード様に、私達は立ち上がり令嬢アルカイックスマイルを決めて挨拶をした。
「バーナード様、ごきげんよう」
「トレバー様も、生徒会のお仕事お疲れさまです」
「なっ、なんでお前達がこんなところに! 今日は休みだろうが!」
「あら、私達は新入生の勧誘に来たのですわ」
「今年は倶楽部の仲間を増やそうかと」
「ふん、あのいのしし研究会か。くだらん」
いにしえの古文書解読研究会、ね。
「彼女はもう、うちの部員ですわ」
「生徒会の勧誘なら他を当たってくださいませ」
「なにっ? モリー本当か?」
「ええジェフリー様、私古文書に興味津々で! 倶楽部活動がタノシミダナー」
森さん、カタコトになってるわ。ピシッと見せつけるように入部届を三人に向ける。
「ふん、優秀な生徒は他にもいる。行くぞ」
またも捨て台詞を吐いて、バーナード様達はどこかへ消えていった。
「っぶね! 危機一髪でしたね!」
「でしょう? とにかく入部届けをすぐに職員室へ提出しましょう」
私達三人は急いで職員室へと向かった。
◇◇◇◇
「やあ、新入部員かい? 僕は顧問のネイサン・グリーングラスだ」
「ちょ、なっ、どゆこと?」
「ん〜なりゆきで?」
「どうかしたかい?」
「い、いえ。一年生のモリー・ファニングと申します。よろしくお願い致します」
そう、もうひとりの攻略対象もここにいるんだよねー。森さんをまた驚かせてしまったけれど、ひとまず悪役令嬢(仮)は全員揃ったわ。




