28 王宮の小さなお茶会
「まあ! オリヴィア妃殿下と!?」
ソフィアお姉さまの口から意外な人物の名前が飛び出してきた。
「そう、オリヴィア様って隣国から嫁いで来られたばかりでしょう? だから第一王子殿下が側近の婚約者である私に、歳も同じだしお友達になってくれないかって」
「そういうことでしたの」
オリヴィア妃殿下は、隣国の第二王女だ。御歳はうちのお兄様よりひとつ上の二十歳。隣国とは元々友好関係にあるのでそれほど政略的な意味はないが、おふたりはとても仲睦まじいと聞いている。
私も一応、第二王子の婚約者なので将来的にはオリヴィア妃殿下と姉妹になる(仮)わけだが、まだご挨拶をしたことくらいしかないのだ。なんせ、うちは婚約者同士の仲が良くないからね。
「それでね、ヴァイオレットちゃんの事も聞かれたのよ。未来の妹だから気になるんですって」
「私まだちゃんとお話をしたことがなくて……」
「大丈夫よ。うちの妹の親友で、家族も娘のようにかわいがってるって言っといたわ」
「あ、ありがとうございます」
「クールな美人で、頭の回転も良くて、博識で、令嬢としてのマナーも完璧で、だけどお茶目ですっごくかわいい性格をしてるって言ったら、驚いていらしたわ」
「でしょうね。実物と違いすぎますよ」
誰だその完璧令嬢は。私はただのポンコツ悪役令嬢(仮)よ。
「そうじゃないの。どうも第二王子から聞いていた話とは違うって」
「バーナード様が?」
「ええ、言葉を濁していらしたけれど、どうもある事ない事悪いように吹き込まれたみたい」
「あんのクソ王子め!」
あ、お兄様お口が不敬。メイドはそっぽを向いてくれている。聞いてませんよーって、さすがね。
「だからね、あなたと話してみたいって仰ってたわ。義弟と友人、どちらの言い分が本当なのかわからないでしょう?」
「そうですよね」
「だから今度の王子妃教育の後でいいから、一緒にお茶でもしない?」
「オリヴィア妃殿下とですか?」
「ええ、私も同席するから。ね?」
「私もちゃんとお会いしたいと思っていたので、嬉しいです」
「じゃあ決まりね。オリヴィア様にも伝えておくわ」
◇◇◇◇
今日の王子妃教育は、国の産業について学んだわ。領地によって様々ね。農業や林業が盛んな領地もあれば、鉱山がある領地もあるし。いつか海のあるところにも行ってみたいわ。
あ、もちろんバーナード様は今日もサボ――いえ、生徒会? が忙しいのかしらね。来られなかったわ。あの学園祭から避けられているみたいで、あまり会う機会もないのよ。静かでいいけど。
さて、この後はオリヴィア妃殿下とソフィアお姉様とのお約束があるの。第一王子宮まで急がなくては。
「おい、お前なんでこんなところにいるんだ」
あら、噂をすればなんとやらじゃない? 今日は王宮にいたんだ。令嬢アルカイックスマイルの出番ね。
「バーナード様、お久しぶりですわね」
「ふん、お前と違って忙しいからな」
「左様ですか、では」
「おい、質問に答えてないぞ! なぜこんなところをウロウロしているんだ」
「今日は王子妃教育の日ですわ。お忘れですか?」
「ぐっ、うるさい! 俺は忙しいんだ!」
はいはい、筋トレがね。そのトレーニング用の服でわかりますわ。
「終わったならさっさと帰れ! 目障りだ!」
「バーナード様、彼女は私がお呼びしたのですよ」
「あ、義姉上!」
そこに現れたのは、オリヴィア妃殿下とソフィアお姉様。後ろには侍女達を従えている。
「ヴァイオレットさん、待ちきれなくて迎えに来ちゃった!」
「オリヴィア妃殿下! お待たせして申し訳――」
「大丈夫よ、まだ約束の時間になっていないわ。バーナード様、彼女は連れて行ってもよろしいかしら?」
「は、はい。構いませんよ」
うわぁ……胡散臭い王族スマイルが出たわ。さっきのやり取りも絶対見られてると思うわよ。
「さあ、私の宮でお茶にしましょうね」
バーナード様はそのまま放ったらかして、オリヴィア妃殿下について行った。
第一王子宮は、派手さはなくてとても落ち着いた雰囲気の宮だった。サロンへ通されると早速話が始まった。
「ヴァイオレットちゃん、やっぱり妃教育の部屋まで迎えに行けばよかったわ」
「いいえソフィアお姉様、慣れていますから大丈夫ですよ。おふたりとも迎えに来てくださってありがとうございます」
「慣れてるって……やっぱりソフィアの言ってた事は本当なのね」
「ええ、うちの妹からも常々聞いておりましたし、私も母達も学園祭で実際に目撃しましたもの」
あの筋肉王子、何かと裏の顔を目撃されてるよね。迂闊というか、今日はオリヴィア妃殿下にも見られてるし。
「こうなったら全部ぶっちゃけるわね。バーナード様からあなたの話を聞いたのだけど、高慢ちきで可愛げがないだの、王子妃教育はろくにやっていないだの、学園でも高飛車に振る舞うから友達もいないだの散々な言い様だったの」
「えぇ……?」
うわぁ……そんなこと言ってんの? すごいブーメランじゃない? 今日だって王子教育サボってたくせに。
「私は一方の話だけを聞いて判断はしたくないの。だから色んな人の意見を聞いてみたわ。そうしたら王子妃教育の先生方の評価は高いし、侍女達も『お茶を出したり何か頼まれた時でも必ずお礼を言ってくれる』って好意的だったの。ソフィアなんてべた褒めよ」
「お姉様のはちょっと大袈裟ですから……」
「大袈裟じゃないわ! 本当なんですから! こんなにかわいくて偉ぶらない高位の令嬢は、なかなかいませんよ」
なんか恥ずかしくていたたまれない……
「ふふっ、本当にかわいがっているのね」
「ソフィアお姉様には、本当に優しくしていただいてますわ」
「そうなのね。私ね、夫のレイモンド殿下にも聞いたの。そうしたら『子供の頃から聡明だった』と言っていたわ」
「第一王子殿下も買いかぶり過ぎです」
「これだけ沢山の人の意見が一致してるのよ。買収したってこうはいかないわ」
「ブフッ、買収って」
「ね? そんなことしてないでしょう? あなたに会って、私もそちらの評価が正しいと思ったわ」
オリヴィア様って、接してみると気さくで楽しい方なんだわ。ソフィアお姉様がすぐに打ち解けたのもわかる。
「義弟は、なんであんな態度なのかしら」
「最初からですわ。私が好みのタイプじゃないんだそうです」
「んまあ! なんて子供っぽい理由なのかしら。馬鹿なの?」
あ、はっきり言っちゃった。
「逆に義弟の評価はあまり良くないものだったわ。筋トレにかまけてろくに王子教育も受けてないって。あの側近達とトレーニングルームにこもっているらしいわね」
「その側近のひとりがうちの妹の婚約者、宰相の次男ですわ。妹の誕生日に五キロのダンベルをプレゼントするような男です」
「は?」
「先日の誕生日には、片方一キロもあるリストバンドをプレゼントしておりました」
「貴族の令嬢に? 冗談よね?」
「「本当です」」
オリヴィア様、呆れていらっしゃる。そりゃあそうよね、そんな話聞いた事もないわ。
「そこまで酷いとは……話を聞いた人達が口を揃えて言うの。『第二王子にヴァイオレット様はもったいない』って。今は私もそう思うわ」
「でしょう? 大事にしているならまだしも、あんな酷い態度の人にヴァイオレットちゃんを嫁がせられないわ」
「そんなこと――」
「ね、ヴァイオレットさん。単刀直入に聞くわ。あなたはどう思っているの?」
ソフィアお姉様を見ると、励ますように頷いてくれた。
「折を見て、婚約解消出来ればと……」
「そう思うのも当然ね。私もあなたと姉妹になりたかったけど仕方ない! でもお友達にはなってくれるかしら?」
「オリヴィア妃殿下!」
「やーね、妃殿下なんて堅苦しいわ。お友達なんだから、ね?」
「では、オリヴィア様。よろしくお願いします」
「ふふ、嬉しいわ。私もできるだけ協力したいの。夫にもこの一連の話はしてもいい?」
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫! 大ごとにはしないわ。夫はむしろジワジワとヤると思う」
「ジワジワとヤる……」
なんか不穏なワードが聞こえたわよ。
「まあ、任せてちょうだい。婚約解消が叶ったら、次の婚約者も紹介してあげるわ」
「オリヴィア様、気が早いですわ」
「あら、あなたを変な男には任せられないもの。ちゃんとしたいい男を選ぶから安心して」
「ふふふ、ありがとうございます」
この方となら仲良くなれそうだわ。さっぱりして気持ちのいい方だもの。
「あなた達も、この話は内密にね」
オリヴィア様が侍女達に向かって言うと、皆コクリと頷いた。侍女頭が一歩前に出ると、話し始めた。
「私どもは、普段からヴァイオレット様がどのような扱いを受けておられるか、皆知っております。証言でもなんでも致します。皆ヴァイオレット様の味方ですわ」
「皆さん、ありがとう」
なんて心強いことなの。オリヴィア様をはじめ、王宮に味方が出来たことがとても嬉しい。
「そう言えば近しい人から聞いたのだけど、あなた学園祭で面白い劇をしたんですって?」
「そうなんですよオリヴィア様! 私も観に行ったんですが、そりゃあもう麗しい美男子振りでしたわ」
「お、お姉様。止めてくださいよ」
「もっと詳しく聞かせてちょうだい」
この後、オリヴィア様に根掘り葉掘り聞かれて、変な汗が出てきてしまった。




