26 冬といえばあれ
う〜近頃だいぶ寒くなってきたわね。雪がチラつく日もあるくらいだし。
冬と言えば、そろそろあれの出番じゃない? 優さん達を呼んで、パーッとやろうかしら!
「ねえユージェニー、今度の週末あいてる? ロジャーを連れて遊びに来てくれないかしら」
「ええ、大丈夫だけど」
「フッフッフッ、楽しみにしておいてね」
「やだ、ヴァイオレットの顔が怖いっ!」
なんとでもおっしゃい! きっとびっくりするわよ! ぐふふ。
◇◇◇◇
「ヴァイオレットさん! お招きありがとうございます」
「ロジャーいらっしゃい、待ってたわ」
「さ、ユージェニー嬢もこちらへ」
「フレデリック様、お邪魔いたしますわ」
週末、ふたりが遊びに来てくれた。今日は朝から張り切ってお兄様と準備をしていたの。
「コートはそのまま、脱がなくていいわ。今日は中庭へ行きましょう」
「え? 外は雪がチラついているわよ」
「まあまあ、ちょっとついてきて」
ウヒヒ、ふたりともびっくりするかなぁ。
「ジャーン! 冬と言えばかまくらでしょう。夏も出すけど!」
「あ、これ公爵領でもみんなで入ったよね! でも雪のドームって寒くないの?」
「それがね、ロジャー。不思議と外よりもかまくらの中は暖かいのよ。入ってみて」
「本当だ! しかも火が用意してあるよ」
そうなのだ。中にはテーブルセットを置き、魔石の簡易コンロも準備してもらっている。かまくらの天井には空気穴まであけてあるの。まあ、お兄様にやってもらったんだけどね!
「凄いわねー今日はここでお茶でもするの?」
「フッフッフッ、そんなことでわざわざ呼ぶと思って? 今日はこれよ!」
私がそう言うと、メイド達が持ってきたのは土鍋。
「ウソッ、土鍋じゃない!」
「この日のために、陶芸工房で作ってもらいましたの。ちゃんとお粥も炊いて使えるようにしてあるわ」
「て、ことは……?」
「今日はみんなで鍋パーティーよ〜!」
「ひゃっほーい!」
優さんのテンションが一気に上がった。ロジャーはポカンとしている。そりゃそうよね、初めて見るだろうし。
「百聞は一見に如かずよ。どうだぁ!」
私は土鍋の蓋をあけた。ホワッと湯気が上がり、鍋の中が見える。
「うっわー! なにこれ、いい匂い」
「これはね、この土をこねて作ったお鍋で、好きな野菜やお肉や魚を煮て食べる料理よ。火にかけたままだから最後まで温かいの」
「これは凄いな。彩りも鮮やかだ」
白菜、ネギ、にんじん、キノコに鶏肉と鶏団子も入っている。
「鶏ガラ出汁を取って鍋のスープにしたの。豆腐が無いのが残念だけど」
「そうか、いつか作りたいわね」
「大豆はあるけど、さすがにニガリの作り方までは知らなくて。検索したい!」
「えっと、ふたりが何を言ってるかわかんないけど、これはどうやって食べるんだい?」
「ごめんごめん、この器にお玉で好きな具を取って、それでぽんずの実の果汁をつけて食べるの。今日は給仕も断わったから、全部私がやるわ」
「よっ、鍋奉行!」
優さんは、早くも令嬢の仮面が剥がれかけている。私は一通りの具材を器に取り分けた。
「ね、食べていい?」
「どうぞ召し上がって」
「いただきますっ、熱っ。ん〜ぽん酢しょうゆが合う〜!」
「本当だ! ここまでシンプルな料理なのに美味しいな。鶏も柔らかい」
「僕、この鶏のボールが好き!にんじんもお花の形でかわいいね」
「でしょう?」
私はドヤッて見せたが、誰も見ていなかった。皆ハフハフするのに忙しい。
「もう、私も食べちゃおう。ん、上手くできてる。美味しい〜」
「ヴァイオレット、おかわり」
「はいはい、沢山食べてね」
私は、皆の器に取り分け、具を追加し、鍋奉行として忙しく働いた。あー菜箸がほしい。トングじゃ少しやりにくいのよね。本当は鍋も箸で食べたいけど、私達がいきなり棒二本で器用に料理を食べ出したら皆びっくりしちゃうから、フォークで食べている。
想像してごらん? ドレスやスーツを着た異世界の貴族が、フォークで鍋を食べているところを……しかもかまくらの中で。ちょっと笑えるだろう?
「もうほとんど具材がなくなってきたな。そろそろ終わりかな」
「「ちょっと待ったぁ!」」
「びっくりした。どうしたの?」
「フフ、鍋には『シメ』という物があるのですわ、フレデリック様」
「さっき用意した物を持ってきてちょうだいな」
「はい、お嬢様」
メイドに頼んで、シメの材料を持ってきてもらった。
「お兄様、今からシメの雑炊を作ります」
「ぞーすい?」
私は残った鍋のスープに、冷やご飯を入れた。隣で優さんが、玉子を溶いてくれている。完璧なチームワークだ。ご飯が煮えてきたら、優さんが溶き卵を回し入れ、ネギをパラリと落とした。
「「よし、出来た!」」
「鶏のうま味がたっぷりのシメの雑炊よ、食べてみて」
お兄様もロジャーもスプーンでハフハフと食べている。うわ、美味しそ〜。
「「美味しい!」」
「だよね〜。私達も食べよう、ユージェニー」
「もう食べてる。おいひぃ〜」
早いな? でも喜んでもらえて良かったわ。
「ふたりが止めた理由がわかったよ。シメは必須だな」
「そうなのよ、お腹いっぱいでもつい食べちゃうのよね」
「ふたりとも、良くこんな料理を知ってたね」
「んぐっ」
また突っ込まれてしまった。料理をしていると、つい前世の感覚でやっちゃうのよね。
「もちろん、図書館の本よ〜」
「『シメは忘れるべからず』って書いてありましたの。おほほほ」
「へえ〜そうなんだね」
今日もなんとか誤魔化せたわ。ふぅ。
食後は室内に入って、図書室でゆっくりと過ごしてもらった。
「まあっ、これは!」
「君達のクラス劇のポスターだよ。ヴァイオレットに手に入れてもらったんだ」
図書室の演劇関連の本が置いてある辺りの壁には、例の『フォーサイスの華』のポスターが額入りで飾ってある。ちなみにもう一枚お兄様の部屋に飾ってあるが、それは内緒だ。予備だとか言ってたくせに、保管用以外は自分の目に入る所に飾っているのだ。
「とても良く出来ていたからね、ここに飾らせてもらっているんだ」
「こんな別人のように盛られた絵は、並ぶと恥ずかしいです」
「そうかい? 実物の方が輝いているから、ポスターの方が恥ずかしがるかな」
「ふぇ? 何をおっしゃって――」
お兄様、デロ甘ですわ。私とロジャーは邪魔をしないように、リビングでココアでも飲んでよーっと。
◇◇◇◇
「今日もありがとうございました。ヴァイオレットのお鍋、とっても美味しかったわ」
「それは良かった。これ、いくつか作ってもらったから、グラント家でも使って」
「まあ、土鍋! ありがとう嬉しいわ! これでご飯でも炊いてみようかしら」
「いいわね、土鍋ご飯美味しそう……」
「ロジャー、これはぽんずの実だよ。公爵領で今が旬なんだ。家でも楽しんでくれ」
「フレデリック兄様、ありがとう!」
ふたりは馬車の中から手をブンブンと振りながら、侯爵家へと帰っていった。
「あの、お嬢様」
「あら、料理長どうしたの?」
「今日お客様にお出しした『お鍋』ですが、使用人のまかないでも作ってよろしいでしょうか?」
「もっちろんよ! 鶏ガラスープはまだあるわね? 土鍋も三つくらい使うといいわ。ぽんずの実も好きなだけどうぞ」
「ありがとうございます! 材料費の割に栄養があって体も温まるとてもいい料理ですね」
「でしょう? シメも忘れちゃ駄目よ」
「かしこまりました」
ふふっ、邸のみんなの心も体も温まるといいなー。




