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24 フォーサイスの華(2)

「ねえ、この服やけに仕立てが良すぎない? 本当にあまり布なの?」

「うちの父が『出世払いだ』って、一番いい生地を使わせてくれたんです。私も服を作るいい勉強になりました」


ただ今衣装やヘアメイクの真っ最中。仮縫いの時にも試着したけれど、こんなに着心地良く作ってくれるなんて! 見た目もとってもオシャレなフロックコートだわ。というか、こんなにオシャレな教師いる?


「だって殺陣もあるし、動きやすくなくっちゃね!」

「これが衣装だなんて贅沢だわ……うちのお兄様にもあなたのお店を紹介しときますからね」

「わあ! ありがとうございます」


私は髪をきっちりまとめ、カツラを被った。地毛と同じ銀髪だけど、短くなっただけで随分と印象が変わる。


「フレデリック様?」

「やーね、私よ」

「やだ、やっぱり兄妹ね。とても似ているわ」

「そう? じゃあイケメンになれてる?」

「うん、かなり格好いいわ。あなたのファンができるんじゃない?」

「アハ、そんなに人が観にくるわけないじゃない。せいぜい身内ばかりよ」


私は高をくくっていた。だって演劇部でもないただの素人の私達が主役なんだもの。クラスの保護者と先生が数人いればいいとこだと。


「何を言ってるんですか。講堂は超満員で立ち見客までいますよ」

「「うそっ、なんで?」」


それは本当だった。後に知ったことだが、出店をしているクラスの生徒達も「休憩中」の札を下げてまで観に来ていたという。生徒だけでなく、学内でポスターを見た保護者や、先程の騒動を見た人達、職員室で話題にしていた先生方まで詰めかけたものだから、階段状に座席が連なっている講堂は二階席まで満員御礼。通路に座ったり後ろに立ったりする生徒も沢山いたという。



「じゃあみんな、気合いを入れて行きましょう!」


クラス委員の声に合わせて円陣を組む。


「成功させるぞ!」

「「「おう!」」」


とうとう幕が上がるわ! 前半は優さんと筋肉三人組の出番が多いから、舞台袖で見守りましょう。


「ただいまより、一年生によるクラス劇『フォーサイスの華』を上演いたします」



幕が上がった。ピアノでオープニングの曲が流れる。舞台には優さんと友人役の女子生徒。


「マーガレット! あなた大丈夫? 先程も婚約者のハーランド侯爵子息に絡まれていなかった?」

「ええ、でも私が至らないせいだから、仕方がないわ」

「あなたに何の非があるというの。伯爵令嬢としても完璧なのに、ただ気に喰わないってだけであんなに冷たく当たるなんて!」


ふたりとも上手いわ。女優さんになれるわね。


「先日もあんなことがあったじゃない」


暗転、舞台の反対側にスポットライトが当たる。

婚約者のハーランドと細マッチョ眼鏡と騎士っぽい取り巻きの三人組が現れ、真ん中のハーランド役の男子が話し出す。


「おい、なんでお前が俺の婚約者なんだ。お前の顔は好みじゃない」


あれ? フィクションのはずなのに、微妙に事実と重なっているわ。エスパーかな?


「おい、お前ちゃんと淑女教育は受けてるのか? 恥をかくのは俺なんだ。しっかりやれ」


うっわー嫌な感じがそっくり! 筋肉だけじゃなく、モノマネまで仕上げてきてるわ。


「チッ、かわいげのないやつだ! だからお前は駄目なんだ」

「あっ、ハーランド様! 少しいいですか?」

「なんだい? 僕に何か用かな?」


あ、王族スマイル出た! 他の生徒には愛想よく、すっごく裏表がある感じが出てるよ。

ピアノもいい感じ。いや〜な雰囲気が出ている。



舞台が明るくなると、書割がカフェテリアになったわ。


マーガレットを含む女子数人が、楽しそうに雑談しながらお茶をしている。ちゃんとお菓子の小道具まで置いてあるわ。

そこに現れる嫌な三人組。


「おい、こんなところで何を騒いでいるんだ!」

「ハーランド様、クラスメイト達とお茶を楽しんでおりました。何かご用でも?」

「ふん、用などない。お前たちが騒がしいから注意しに来ただけだ。学園内の規律を守るのも生徒会の役目だからな」


めちゃくちゃ似てる! ご本人登場って言われても納得よ。


「まあ、そんなに大きな声など出しては――」

「うるさい黙れ! この俺に口答えするのか!」


ジャーン! ピアノが鳴る。本当に絶妙な所で鳴らしてくれるのよ。


「申し訳、ありません……」

「ふん、とにかく俺がうるさいと思ったからだ。生徒会の言う事は守れ」


「なんの騒ぎだ?」 キャーーー!


あら? 私が登場したら、黄色い声が上がったんだけど。なぜだ。


「あなたには関係ないですよ、センセ」

「そうかな? 彼女が泣きそうになっているが、君が何か言ったせいではないのか?」

「フッ、生徒会として仕事をしたまで。そこの女が悪いんですよ」


嫌な笑い方をして、三人は去っていった。


「大丈夫かい? なにかされなかったか」

「ナイジェル先生、ありがとうございます。大丈夫ですわ、慣れていますから」


マーガレットが周りを見渡す。


「皆さまにも不愉快な思いをさせてしまい、ごめんなさい」


そう言うと、マーガレットは目元を押さえながらカフェテリアから去っていった。

暗転、真ん中にスポットライトが当たる。ナイジェルの見せ場よ!


「あぁ、なんて健気で謙虚な子なんだろう。あの酷い婚約者からこの手で守ってあげたい。だが私はただの臨時講師。陰ながら見守っていくしかないのか――」


ピアノが流れる。徐々にライトが消えていった。



学園内でのダンスの授業、婚約者のマーガレットを放置して他の女子生徒をとっかえひっかえ踊るハーランド。壁の花になっているマーガレットへ、嫌な笑いを向ける。


「お前なんかと踊らなくても、俺と踊りたがる女性はごまんといるからな」


あれ? デジャヴかな? つい最近聞いたわよ。会場も少しザワついている。

臨時講師の私は、そんな光景を教室の外から見つめる。違う教科の授業だから助けに入れずもどかしい感じを滲ませる。


廊下を歩く時にも、他の女子生徒の肩を抱くハーランド。その光景を見てうつむくマーガレット。


「大丈夫かい? なにかあったら相談してくれ」

「ナイジェル先生、大丈夫ですわ」


小走りで去っていくマーガレット。切なそうな私! くぅ~マーガレットいじらしい!



暗転、卒業式となった。他の女子生徒を腕に絡ませて入場するハーランド。


「やっと卒業だ。親の手前、今日まで我慢していたがもうお前とは婚約破棄だ。どうしてもと言うなら、妾にならしてやってもいいがな」


ムッカーー! この人演技うますぎん? 全部バーナード様で再生されるんだけど。

よし、私のセリフ――


「あんたなんか、こっちから願い下げよ!」

「「「えっ?」」」


優さん? 次は私がセリフを言う番だよ? なんか展開がおかしいんですけど――


「誰があんたの妾になんかなるもんか! ナイジェル先生、相談があります」

「は、はいっ。え、今?」

「あの人、ヤっちゃって」

「オウ……」


その『ヤる』は『殺る』で合ってます?


「んん、お前がマーガレットを大事に出来ないなら、私がもらう! 男なら正々堂々と剣で勝負しろ!」

「お、おう。ヒョロいセンセーがこの鍛えた俺に勝てると思ってるのか? 面白い、受けて立つ」


よし、軌道修正できたぞ。ここからは見せ場の殺陣だ! キーン


「くっ、ヒョロいくせになかなかやるじゃねーか」

「お前になど負けるわけがないだろう」


キン! キン! いくぞ、ジャ~ンプ! キーン! バチッ

ネイサン先生の風魔法も、男子の花火も上手くいった! ドサッ


「お前の負けだ、諦めろ。これでお前とマーガレットは赤の他人だ」

「クソっ」バタン


私はマーガレットの前にひざまずいた。


「マーガレット、今日で私達は教師と生徒では無くなった。君はあいつと婚約破棄もした。もうなんの障害もない。どうか私と婚約してくれないか?」

「先生、私なんか――」

「そんなことを言わないでくれ! 君は世界一素敵な女性だ。いずれ結婚して、私が継ぐ公爵家を一緒に支えてほしい」

「先生は公爵家の方だったの?」

「ああ、どうかイエスと!」

「先生、私も優しい先生と一緒にいたいです」

「マーガレット!!」


私は優さんをギュッと抱きしめた。


「「「キャーー!!」」」


「もう、君を離さないから」

「ええ、ずっと離さないで」


ピアノが最後の盛り上がりをみせる。ゆっくりと幕が降りていった。

その途端、会場は割れんばかりの拍手で包まれた。はあ〜なんとか無事に終わったわ。


「カーテンコールよ! 並んで!」



私達は並んで、観客にお礼の挨拶をした。鳴り止まない拍手の中、突然バタン! とドアが開く音がする。皆の拍手が一瞬止まり、振り返ると例の三人組がきたー!


「なんでどこにも人がいないんだ? あぁ、みんなこんなところにいたのか。生徒会主催のダンスタイムはホールで始まっている。どうぞ、ホールへお集まりを!」



奴が胡散臭い王族スマイルで、空気も読まず言い放った。うわぁ……。

講堂では誰も動かず、静まりかえっている。すると、


「おい、お前の格好はなんだ。男のような格好をして、俺に恥をかかすつもりか?」


突如、舞台にいる私の方を見て言い放った。


「これはクラス劇の衣装ですわ。殿下に恥をかかすつもりなど――」

「黙れ! この俺に口答えするのか! そんな格好ならお前は来なくて良い。俺と踊りたがる女性はごまんといるからな」


うわぁ……うわぁ……別に私達の仕込みじゃないですよ? まさかここで劇のセリフみたいなことを言うなんて、なんというミラクル!


「不愉快な輩の劇などくだらない。さあ、皆さんホールへ参りましょう」


いや、だからそのスマイルのメッキは剥がれてるのよ。



「チッ、どっちが不愉快だよ」


誰かの声が聞こえた。決して大きくはなかったが、静まりかえった講堂ではよく聞こえた。


「勝手に踊れば良いじゃないの。私は行かない」

「なぁ、やっぱりフィクションじゃなさそうだな」

「ねぇ、殿下ってあんな方だったの?」


観客は口々に話し始め、それがどんどん大きくなっていく。

そこで立ち上がったのは学園長先生だ。


「バーナード君、ここにいる人達は劇を心から楽しんでいたのだよ。それをくだらないと切り捨て、ホールへ無理矢理連れて行くのは、横暴すぎやしないかい?」

「なっ、無理矢理などっ! だって生徒会のイベントのほうが大事に決まってます!」

「そんな決まりは聞いたことがない。学園祭は皆のものだ。生徒はそれぞれ自分の意志で、好きなものを楽しむ権利があると思うがね」


ワー! っと大きな拍手が起こった。


「ふん、もういい。せっかく来てやったのに」


捨て台詞を吐いて去っていくバーナード様を、ふたりの取り巻きが慌てて追いかけていった。

あーあ、せっかくのカーテンコールが台無しね。私は観客の方を向いた。




「皆さまに不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。本日は最後まで観てくださってありがとうございました!」


また大きな拍手が起こった。


「あなたのせいじゃないわ!」

「面白かったよ!」

「あの三人組の再現度は凄いな」

「キャー! ナイジェルさまぁー!」


なんとか上手くまとまったようだ。




◇◇◇◇


「やっぱり社交界で流れているあの噂は本当だったみたいね」

「あの、公爵家のお嬢様が虐げられているって話ね?」

「お嬢様、とっても健気で気遣いまで出来る方じゃない」

「一方で、殿下のアレ。酷かったわね」

「空気も読めないバ――んん」

「初めて噂を聞いたときは半信半疑だったけれど」

「「間違いなく、あれはクソだわ」」


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ゆっくり一休みしようと読み始めたら、一話一話が面白過ぎて読むのが止められない!(笑)
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