23 フォーサイスの華(1)
学園祭前日、クラス委員からの檄が飛んでいる。
「明日はいよいよ学園祭の本番よ! みんな準備は万全かしら」
「衣装できてます!」
「書割も完璧です!」
「音楽もインスピレーション湧きまくりです!」
「花火も精度が上がってます!」
「ポスターも学校中に貼ります!」
「筋肉も仕上がってます!」
「よろしい! 明日の本番は講堂を借りて上演することになっています。午前中は他のクラスが使うので準備はできません。うちのクラスは午後一時開始ですから、衣装や道具の準備はそれまでに大急ぎで整えること!」
「「「了解!」」」
「皆さん、毎日放課後に頑張ったと聞いています。今回はお手伝い出来ることがなかったけれど、私も楽しみにしているわね」
担任のキートン先生がおっとりと言われた。どうも、職員室でも話題になっているらしいの。あんまり期待されてもプレッシャーが――
今夜、ちゃんと眠れるかしら。
◇◇◇◇
初めての学園祭当日。秋晴れのとても気持ちの良い日だわ。沢山寝て体調も万全だし。無事に一日が過ごせますように!
「やだ、すみれさん何を拝んでるの?」
「お天道様に何事もなく無事に過ごせますようにと!」
「そんなに力いっぱい拝まれちゃ、お天道様も責任重大ね?」
だって、色々と不安なんですもの! セリフを噛まないかとか、殺陣を間違わないかとか。
「不安すぎて、午前中をどう過ごせばいいかわからない」
「とりあえず、他のクラスのお店でも見ましょうか」
あてもなく校舎内をふたりで歩いていると、
「あっ!」
「ポスターが貼ってあるわ!」
美術部のクラスメイトが描いてくれたポスター。当日のお楽しみだって、私達は見せてもらえなかったの。
「神絵師!」
「いやほんとに凄すぎない? これ誰よ?」
「ヴァイオレットでしょ。似てるわよ」
「私、こんなに格好良くないわ! 盛り過ぎよー! ユージェニーはかわいくて似てるわよ」
「キラキラしすぎよ! 花背負ってるわ」
ポスターは男装の私とキラキラ輝くユージェニーが、背中合わせになって微笑む姿が胸のあたりまで描かれていた。バックにはこれまたキラキラしい花。その花の間に顔がぼかされた筋肉男が三人描かれていた。
「ゲームのタイトル画面にありそう」
「こんなに格好良く描かれたら、実物を見て『イメージと違う!』って怒られない?」
「まあ、大丈夫でしょ」
そんな心配をしていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「おい! お前、今日のダンスタイムはホールに来いよ。仕方がないから相手してやる」
「ユージェニーもね。あけておいてよ」
「生徒会が主催だからな。そりゃみんなくるだろう」
振り返ると、やっぱり……いつもの筋肉三人組だわ。
「申し訳ないですが、その時間は無理ですわ」
「私達は外せない予定がありますの」
「はあ? 俺がせっかく誘ってやったのに、それ以上の予定なんかあるか!」
周りの人達がザワザワとしだした。そんなに大きな声で言うから……注目を浴びてしまっているわ。今日は保護者も学園に入ることができるから、いつも以上に人も多いのに。めんどくさいわー。私達はポスターを指差す。
「これですわ。クラスの出し物があるので、抜けるわけには参りませんの」
「クラスの出し物だと? ふん、くだらない。まあいい、お前がいなくても俺と踊りたがる女性はごまんといる。くだらない出し物を優先したんだ、あとで文句など言うなよ!」
「左様ですか……」
この人、こんなに本性を晒して大丈夫なのかしら。周りが見えていないのね。
「あーら、なにがくだらないですって?」
「もしや、私達の娘のクラスのことかしら?」
「そんなわけありませんわよ。お母様、小母様」
「お母様!」「お姉様も!」
「うっ、ヘザートン公爵夫人!」
「グラント侯爵夫人も!」
ほらあ、言わんこっちゃない。一番見られたらマズイ人達に見られたわよ。
「殿下、大きな声を上げていらしたようですけど、うちのヴァイオレットがなにかご無礼でも?」
「い、いや、ヴァイオレットがダンスタイムに来られないとか言うから」
「それは仕方なくありませんこと? 劇の主役が抜けてしまったら、クラスの出し物は成り立ちませんわ。うちの娘にそんな不義理なことをせよと仰るの?」
「主役だと!?」
「そうですわ。そちらのヴァイオレットさんとうちのユージェニーが主役を演じますの。トレバー様、あなたも知っていたら殿下に進言なさるべきでは?」
「わ、私は何も知らなかったですから」
「んまあ! 婚約者ですのに? お話になりませんわね」
「婚約者なら応援に行くのが当然じゃありませんこと? 冷たいわぁ」
お母様達は社交界でも顔が広い有名人だ。服は社交の場よりずっと地味なはずなのに、存在感があって目立つ目立つ。
そんな人達から『婚約者が出演する劇も知らないなんて! よっぽど興味がないのね』と、周囲にバラされているのだ。周りの視線も心なしか冷ややかだわ。
「と、とにかく、ダンスタイムは生徒会主催だ。俺が仕切りを任されている。午後一時からホールで開催するから、皆ふるって参加してくれ!」
王族スマイルを振りまきながら去って行ったが、もう今さらじゃない? あの喚き散らしを見られた後では胡散臭いだけだわ。
「あなたが言っていた意味がわかったわ。いつもあんなふうなのね?」
「ええ、お母様」
「あんのクソお――」
「あーあーあー」
人前で言うのは駄目よーオホホホ。
「早めに来て正解だったわね! ルイルイ」
「ええ、この目ではっきり見たわよ、トリスィ」
「ルイルイ……」「トリスィ……」
私と優さんは目を合わせて苦笑い。なんだそのあだ名は。いつの間にここまで仲良くなったのやら。
「ルイーザ小母様、ソフィアお姉様も来てくださったのね」
「三人とも助けてくれてありがとう。ちょっと困ってたの」
「ふふっ、いいのよぉーかわいい娘達のためだもの」
「劇も楽しみで、早くきちゃった! あ、ロジャー達もいるわよ」
お母様達の後ろを見ると、ロジャーと手を繋いだフレデリックお兄様が立っていた。お母様達の存在感が凄すぎて、全然気付かなかったわ。
「ロジャー、来てくれたのね。楽しんでる?」
「ヴァイオレットさん、大丈夫? あんなの紳士とは言えないよ」
「フレデリック様も、ごきげんよう」
「あぁ、殺意がわいたけどね。君に会えたのは嬉しいよ」
ふたりとも顔が怖い……あーあ、もう知ーらない。あの三人、公爵家と侯爵家の次期当主まで敵に回したわね。
「私達は大丈夫よ、もう慣れてるしね。あれくらい何ともないわ」
「他にも沢山お友達がいるから、つらくなんてないわ」
「まあ、あんなに罵倒されていたのに」
「なんて健気なお嬢様達なんでしょう」
あれ? 本当に大丈夫なんだけど、周りの野次馬が勝手に誤解してくれてる。まあ、いっか。
「ね、ロジャーはなにが食べたい?」
「僕、さっき見たりんご飴っていうのが食べてみたいの」
「よしっ! みんなで買いに行こうか」
「「いいわねー!」」
公爵夫人と侯爵夫人がりんご飴……お店の子たち、びっくりするだろうな。でもお祭りだもんね、楽しまなくちゃ!
私達は張り切って、りんご飴の出店へと向かった。
◇◇◇◇
「さっき話題になっていた劇って、これでしょう?」
「まあ、なんて素敵なの! 美男美女で麗しいわ」
「うちの娘も学園内で話題になっているって言ってたわよ」
「なんでも、事実を元にしているとか……」
「あら、『この物語はフィクションです』ってポスターに書いてあるけど」
「気になるわね。見に行ってみましょう」




