19 それ、どういう仕組みでそうなったわけ?(2)
料理人やメイド達と中庭に料理を運ぶと、ロジャーがお兄様やお母様と一緒にいた。
「ロジャー、午前中は何をしていたの?」
「あっ、ユージェニー姉さま! ベアトリス小母様とお絵描きをして、フレデリック兄様には剣を教えてもらったんだ」
「まあ! ロジャーと遊んでいただいて、ありがとうございます」
「いいのよぉー。私もこんなかわいい天使と遊べて癒やされたから」
「ロジャーは剣の筋もいいな」
「えへへ」
ロジャーが退屈してるんじゃないかと心配したけど、大丈夫だったみたいね。
「ところで、どんな絵を描いたの?」
「こっちは僕が描いた猫だよ。こっちは小鳥」
「やん、かわいいー! とっても上手に描けてるわ。こっちは、クラ――」
「私が描いたウサギよぉー」
「……オウ。お母様、斬新な画風ね」
あっぶね。私がクラゲだと思ったのは気付かれていないわね。黙っとこ。
「奥様、使用人達はこちらでお嬢様方の作られたお米料理を試食させていただきますが、奥様は中で他のものをご用意いたしましょうか?」
料理長がお母様に尋ねた。
「使用人達と同じで構わないわよー。だって娘たちの手料理なんて嬉しいじゃないの」
「かしこまりました。ではこちらにご用意いたします」
中庭の芝生の上には、料理を置くテーブルと、いくつかのテーブルセットや芝生の上に座れるようシートも敷かれた。せっかくなので、すっかり得意になった『やーー!』でかまくらもいくつか出したら、とても盛り上がった。
邸にいる使用人が全員集まると、四十人ほどいるかな。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。ここにいる私の友人のユージェニーが、お米という隣国の穀物を持ってきてくれたの。それでみんなに味見をしてほしいのよ」
「そうなんです。うちの父が国の今後の為に備蓄を検討しているのだけれど、国民の口に合わなければ意味がないわ。だから皆さんの感想を聞かせてほしいんです」
「これが、お米で作った『おにぎり』よ。塩味が付いているけど、この『ノリ』を巻いてもいいし、『ふりかけ』をかけても美味しいわ」
「は? ふりかけ!?」
「あ、まだ言ってなかったわね。私が見つけたのはこれよ」
あのクッキー缶をパカーンと開け、優さんに見せた。
「海苔たまごのふりかけ!」
「そうなの、偶然見つけてね。これ、『タマフリ』っていう花の花粉よ」
「花粉なのに、でかいわね」
フフ、あとで実物を見せてあげよう。
「私達のことは気にしなくていいわよぉー。こんなことは滅多にないし、みんなゆっくり食べてちょうだいな」
お母様の言葉に、わぁと声が上がった。
「料理はこのテーブルにあるから、それぞれ好きなだけお皿に取って行って。冷しゃぶサラダとスープもあるわ」
私達がおにぎりを作っている間に、料理人が大鍋に野菜とベーコンたっぷりのコンソメスープを作ってくれていたのだ。
『どうやって食べるんだ?』と不思議そうな顔の使用人には、
「手で持ってガブッと行くといいわ! それがおにぎりの作法よ」
と、レクチャーしといた。隣でスープをよそっていた料理長が突っ込む。
「お嬢様達は、なんでそんなに異国の料理に詳しいんですか? 料理の手際もよくてびっくりしましたよ」
「えっ、あの、そう! 私達、本で読んだの」
「そうそう、毎日図書館に入り浸りだから」
「はあ〜さすが王都の学生は違いますな」
「「アハハハーー」」
笑って誤魔化した。変なところを突かれて危なかったわ。
だって前世はアラサー、一人暮らし歴も長い。料理も困らない程度にはできるのよ。
気付けば、料理が全員に行き渡ったようだ。テーブルで食べる者、芝生に座る者、かまくらの中でキャッキャとはしゃぐ者、みんな楽しんでいるようだ。
「こういうのもたまにはいいわね〜」
「ベアトリス小母様、僕とっても楽しいです」
「公爵家の恒例にしましょう、母上」
よかった、お母様達も楽しそう。
あ、ボブ爺がいる。タマフリのこと聞いてみよ。
「ボブ爺、おにぎりとタマフリはどうよ」
「お嬢様、あの時に言われていた意味がやっとわかりましたよ。こりゃあ米に合うな」
「でしょう? いっぱい食べてね」
あのつまみ食いを見られたメイドにも聞いてみた。
「どうよ。これがご飯とタマフリよ」
「お嬢様、たしかにこれなら美味しいです。でも、テーブルに落ちてる物は食べちゃダメです」
「てへ」
私は手におにぎりを持って、ユージェニーをタマフリの花壇へ誘った。
「優さんこれよ、タマフリの花」
「ひまわりにそっくりなのね。どこにふりかけがあるの?」
「ここにおにぎりを持ってきて、花を振ると――」
「わわ、こぼしちゃもったいないわ! てかそれ、どういう仕組みでそうなったわけ?」
「うん、わからん。あとでロジャー達とお土産に収穫しましょ」
「やった!」
私達もふりかけのおにぎりと、海苔のおにぎりを楽しんだ。ノリーは木の皮のくせに、磯の香りがした。ワドレも完全に和風ドレッシングで、違和感なくおいしかった。本当に何なんだあの謎野菜は。
みんなが食べてくれたお陰で、おにぎりも冷しゃぶサラダもスープも全てきれいに無くなった。
使用人達が口々に感想を言っていく。
「食べたことのない味だが、抵抗は無かった。むしろ好き」
「シンプルな塩味でも沢山食べられた」
「ノリもふりかけも合う」
「どんな料理にも合いそう」
「パンよりも腹持ちが良さそう」
「とにかく腹いっぱいになった」
「まかないで出してほしい」
などなど、お世辞ではなく本当に気に入ったようだった。ホートンも、
「公爵家でも定期購入を検討したい」
と、気に入った模様。それもいいかもしれない。半分は王都の邸にも回してもらおうっと。
「良かったわね、ユージェニー」
「ええ、お父様にも報告しなくちゃ! 感想を聞いたらきっと喜ぶわ」
試食会は大成功に終わったわね。使用人のやる気も上がるとのことで、またこのような集まりをやって欲しいと声が上がった。お母様もにぎやかなのが好きだから、きっとまた実現すると思うわ。
◇◇◇◇
午後から私とロジャーのふたりは、タマフリの花粉を収穫した。ロジャーの手が届かない所はボブ爺も手伝ってくれて、またクッキー缶いっぱいに集めた。ロジャーもおにぎりが大好きだから、ふりかけも気に入ったみたい。
「採れた分だけ持って帰っていいわよ」
と言うと、張り切って缶に花粉を集めていたわ。かーわーいーいー!
ああ、なんで優さんがいないかって? そーんなの、私のおせっかいに決まってるじゃないの! フレデリックお兄様に優さんを図書室に誘うよう、けしかけたの。今頃は図書室でふたり、本談議で盛り上がってるんじゃないかしら? ムフフ。