18 それ、どういう仕組みでそうなったわけ?(1)
今日は、優さんとロジャーがヘザートン公爵領へ来る日。私もフレデリックお兄様も、朝からソワソワしている。
「ほら、あなた達。落ち着きがなさすぎるわよ。座ってお茶でも飲んでなさい」
「だって、待ち遠しいんですもの」
お兄様なんて、リビングを出たり入ったり、はたまた玄関ホールまで行ってみたりしている。どんだけ楽しみなんだ。
「お客様の馬車がお着きになりました」
「待ってましたーっ!」
ちょっ、お母様早すぎん? 玄関ホールまでダッシュしたわ。完全に淑女の仮面を放り投げたわね。なんだかんだ言って、一番楽しみにしていたのはお母様じゃない?
「ユージェニーちゃん!」「ユージェニー嬢!」
「はあ、はあ、はあ、ロジャーも、いらっしゃい」
なんで息も切らしてないのよ。ふたりとも凄すぎない?
「ど、どうしたの? ヴァイオレット」
「なんでも、っく、ないわ。長旅お疲れさま」
「ありがとう。ヘザートン公爵夫人、フレデリック様も、お邪魔いたします」
「まあまあ! ユージェニーちゃん久しぶりね! 相変わらずかわいいわーーー!」
お母様、ユージェニーに頬擦りしてる……あ、ロジャーに気付いた。
「んまああーー! この天使はだあれ?」
ロジャーがビクッとした。初対面でこのテンションはビビるわよね。
「私の弟で、ロジャーと申します」
「ロ、ロジャー・グラントです。はじめまして」
「あらあら、なんてかわいいのかしら! よく来てくれたわね。私はヴァイオレット達の母、ベアトリス・ヘザートンよ。よろしくね」
お母様が手を伸ばそうとした瞬間、ガシッ!
「なにをしてるのかしら? フレデリック」
「いえ、今からロジャーを撫でくり回しそうだったので、羽交い締めにしました」
お兄様、グッジョブ!
「ほら、まだ馬車を降りたところから一歩も進んでないわ。ユージェニー、ロジャー、ひとまず邸の中へどうぞ」
「ええ、ありがとう」
「ヴァイオレットさん、ありがとう」
ホートンの案内で、なんとか応接室までたどり着いた。
「ひとまずお茶でも飲んで。疲れたでしょう? このあとお部屋へ案内するわ」
「ええ、お言葉に甘えてそうさせていただくわ」
「ロジャーは大丈夫だった?」
「うん! 僕、王都か領地以外の所へ行くのは初めてなんだ! ずっと外を見てたから楽しかったよ」
「そう! それはよかったわ」
お母様がウズウズしているのは放っておいて、ふたりを部屋に案内した。
「ロジャーが寂しくないよう、続き部屋にしたの。何かあったらそこのベルを鳴らしてね」
「お気遣いありがとう。助かるわ」
その日は皆で軽めの夕食をとり、ふたりには部屋でゆっくりしてもらった。
◇◇◇◇
「ゆっくり眠れたかしら?」
「ええ、公爵夫人。とても良く眠れましたわ」
「それはよかった。そうそう、私のことも『ベアトリス小母様』がいいわ。ふたりともそう呼んでちょうだい」
「では、ベアトリス小母様?」
「んふふ、いいわね〜」
朝食の席で、今日もお母様はご機嫌だ。一晩寝たらちょっと落ち着いたみたい。
「奥様、グラント家からお土産をいただいております」
ホートンがタイミングを見計らって、報告をした。
「まあ、何かしら」
「ベアトリス小母様、隣国から取り寄せた『米』という穀物ですの。うちの父から皆さまに食べていただくようにと」
「あぁ! 以前王都でもいただいたわ。あの親子丼は本当に美味しかったわよー」
「それは良かったです。今後国で輸入するかもしれないから、お邸の使用人の皆さんにも味を見てもらって感想をいただきたいわ」
「じゃあやっぱり最初はおにぎりかしら? 早速お昼にやってみましょうか」
「そうね、厨房をお借りしたいの。ヴァイオレットも手伝ってくれる?」
「もちろん!」
こうして、お昼におにぎり試食会を開くことになった。
◇◇◇◇
「まあ、こんなにいただいていいの?」
「ええ、父が試食も兼ねてるから持って行けって」
そこには布袋に入ったお米が三つ。三十キロはありそう。
ここには土鍋なんてないから、金属の鍋を三つ使うことにした。
まずはお米を計る。お米専用カップはないけど、普通の計量カップで一合を百八十ミリリットルとして計ればよし。日本と単位が同じで助かったわ。
お米をきれいになるまで研いで、水も計ってしばらくそのまま浸けておく。
「ヴァイオレット、何かおかずもほしいわね」
「冷しゃぶサラダにしましょうか。豚肉は夏バテにも効くし」
「あ、それならタレに使ってほしいものがあるの。後で見せるわ」
なにかしら。例の「名物」?
冷しゃぶサラダは邸の料理人達も良く作るからお任せしよう。きゅうり、トマト、玉ねぎのスライス、輪切りにしてソテーしたナスもいいわね。豚の薄切りを茹でて、旬の夏野菜をたっぷり入れてもらおう。
「料理長、ぽんずの実の果汁はかけずにお願いね」
「分かりました、お嬢様」
「そろそろご飯を炊きましょうか」
「学生時代の調理実習で、鍋でやる炊き方を教えてもらってて良かったわ」
「あの頃の家庭科の先生、ありがとう」
私達はボソボソと前世の恩師に感謝した。
邸の料理人達にもレクチャーする。みんな真剣にメモを取りながらも、見たこともない新しい料理にちょっとワクワクしているのがわかる。
いい匂いがしてきた。ご飯は上手く炊けたみたいね。蒸らしている間に、優さんが持ってきた「タレに使ってほしいもの」を見せてもらった。
「これなの」
「なにこれ、きゅうり? ズッキーニ?」
それは、一般的なきゅうりよりもひと回り太く、ヘチマよりは小さい、黄色をしたウリ科っぽい野菜のようだ。
「うちの領地にあった、『ワドレ瓜』というの」
「わどれうり? 初めて聞いたわ」
「狭い地域で細々と作り続けている、伝統野菜らしいの。これをすりおろすわね」
優さんはそう言うと、おろし金でワドレ瓜をすり始めた。
「あれ、すりおろすと茶色くなるのね。りんごみたいに酸化するのかしら。水分も多いみたい」
「ヴァイオレット、ちょっと食べてみて」
優さんが小さなスプーンで掬ってくれて、どうぞと渡してくれた。
「これはっ、和風ドレッシング!」
「そうなの。完全に醤油味の和風ドレッシングよね。油と酸味もあるし」
「この醤油味とすりおろし玉ねぎ感は、どういう仕組みでそうなったわけ?」
「いや、全然わからん」
またも、謎の醤油味の調味料が出てきた。相変わらず、醤油単体がないのに。
「それで『ワドレ』か。名前だけは納得」
「考えてもわかんないから、とりあえずおにぎりを作ろうか」
私達は蒸らしたご飯を料理用のヘラで混ぜ、水と塩をつけた手で握っていった。
料理人達にもやってもらったが、三角はなかなか難しいみたい。男性の手でやると、大きなまん丸の団子のような物が出来上がった。
「これは慣れないと難しいですな」
「丸でも三角でも俵でも構わないわ」
「タワラ?」
「こんな形よ」
私は俵型のおにぎりをいくつか作ってみせた。
「これは、修行がいります……」
ちょっと難しかったみたい。苦戦している。
そんな料理人達を尻目に、私達は三角おにぎりを量産していった。
「そうそう、もうひとつ見つけたものがあるの。これよ」
ペラリと優さんが缶の中から取りだしたのは――
「海苔やん!」
「そう、でも海藻じゃないの。うちの邸の裏にある森で見つけたわ」
「は?」
「昔から地元の人は細々と採っていたらしいんだけど、『ノリーの木』の樹皮よ」
「細々が多いな」
「乾燥してくるとペリペリと木の皮が剥がれていくらしいの。それを切り取ったのがこれよ」
「もう、何が出てきても驚かないわ」
私達はおにぎりを大皿に並べると、他の料理とともに中庭へ運んで行った。