17 ユージェニーからの手紙
『親愛なるヴァイオレット
夏休みはいかがお過ごしかしら。私もあなたより先に、グラント侯爵領へロジャーと一緒に帰っています。そろそろあなたも領地へ着く頃だと思って、お手紙を書いたの。
以前あなたと約束した、うちの領地の「名物」を探してみたわ。そうしたら、意外なものが見つかったの。良かったらそちらに伺ってもよろしいかしら?
領地より愛を込めて ユージェニー・グラント』
優さん、探してくれたのね! 意外なものって何かしら。味噌だったらいいなぁ……
そうだ、ホートンに予定を聞かなくちゃね。
「ホートン! ちょっといいかしら?」
「お嬢様、何でございましょう」
スッと執事のホートンが近くに寄って来る。
「あのね、友人のユージェニー・グラントさんが、うちを訪問したいと手紙をくれたの。弟のロジャーと領地にいるらしいんだけど、ふたりを招いてもいい?」
「グラント様とは、グラント侯爵家のご令嬢ですな? もちろんでございます。あと五日ほどで奥様とフレデリック様がお戻りになられますから、一週間後はいかがでしょう」
「うん、あちらの準備もあるだろうから、ちょうどいいかも。すぐに返事を書くから送ってくれる?」
「かしこまりました」
『親愛なるユージェニー
ご機嫌いかが? あなたも領地を満喫しているようね。
こちらへ遊びに来てくれるの、本当に嬉しいわ。一週間後の八月の頭はいかがかしら。
その頃にはちょうどお母様とお兄様も領地にいるの。皆が喜ぶと思うから、ぜひロジャーも一緒に来てね。何日か滞在できるなら、領地を案内するわ。それに公爵領の本邸にも図書室があるわよ。
おふたりのお越しを、心待ちにしております。
領地より愛を込めて ヴァイオレット・ヘザートン』
あ、そうだ! あのことを書き忘れてるわ。
『追伸
私も不思議なものを見つけました。お米を持ってきてくださると嬉しい。』
よし、これでいいわ。
「ホートン、この手紙をお願いね」
「はい。魔法便で届くよう手配しましょう」
優さんの実家グラント侯爵領は、王都を挟んで反対側にある。うちは王都から西に、グラント侯爵領は王都から東に。どちらも王都から馬車で七、八時間ほどの距離だから、一度王都のタウンハウスに寄って一泊かな。また翌朝出発すれば子供のロジャーでも大丈夫そうね。
「ふたりの部屋の準備もお願いするわ。ロジャーはまだ十歳の男の子よ」
「承知いたしました。では、姉上様と続き部屋にしましょうか」
「そうね、その方が不安がなくていいかもしれない。さすがね、ありがとうホートン」
「なんでもないことです。すぐに準備を始めます」
ホートンはニコリと笑い、仕事に戻っていった。
彼は本当に頼りになる執事ね。数年前に引退した彼の父も、そのまた父も公爵家で働いてくれた。息子もまたホートンの元で、次期当主のお兄様を支えるために修行中。王都の邸の執事は、ホートンの弟だ。
王都の仕事に追われるお父様の代わりに領地での仕事も手伝い、執事と家令を兼任しているようなやり手なのである。ホートンに任せておけば大丈夫! という安心感があるわね。
◇◇◇◇
数日後、お母様とお兄様が領地の邸に到着した。
「ヴァイオレット! フレデリックから聞いたわ〜。ユージェニーちゃんが遊びに来るんですって?」
今から言おうとしたのに、なんで知ってるのかしら?
「ユージェニー嬢から王都の邸に手紙が来たんだ。お世話になりますってね」
「なんだ、そういうことね」
フフ、優さんとお兄様の文通も順調みたいね。この夏休みでもっと親しくなってくれたらいいわね。
「弟くんも来るんですって? ユージェニーちゃんの弟だもの。さぞや……ふふ」
あ、この人、かわいいものに目がないんだったわ。ロジャーは天使のかわいさだもの。危険だわ!
「お母様、ロジャーはまだ十歳なのよ。あまり怖がらせないでね」
「やーねー、取って食ったりしないわよ」
ホントかなー初対面で撫でくり回しそうだわとジト目で見ていると、お兄様が
「俺が止めるから大丈夫だよ」
と安心させるように言ってくれた。お兄様がいるなら大丈夫ね。
「んもう、信用ないわね。そうそう、先日ユージェニーちゃんのお母様のグラント侯爵夫人に会ったわよ」
「えっ、もう?」
「お手紙を書くって言ってたでしょう? あの後すぐにお返事がきてね。同じお茶会に出席することがわかって、そこで話すことができたわ」
「そうなの。どうだった?」
「あんの、クソ野郎どもめ!!」
おぅ、お母様も般若になったわ。
「第二王子もクソだけど、宰相の次男もなかなかのクソ野郎じゃない。なによペアのダンベルって」
「あ、それ聞いたんだ」
「私達がこんな婚約は絶対にぶっ潰してやると、ふたりで手を取り合って誓ったわ」
わ〜なんか凄そう。お母様もルイーザ小母様も、社交界では顔が広いものね。
「それでね、早速種まきをしてきたの」
「種まき?」
「そう。『うちの娘が婚約者から蔑ろにされている。あいつらクソ』っていうのを、何重にもオブラートに包んで匂わせてきたの。『あらお宅もそうなの? つらいわねヨヨヨ』ってふたりで嘆いて、同情も誘っといたわ」
「そんなことして大丈夫?」
「大丈夫よ〜。あとは勝手に噂が広がって、本当にそうなのかとあの王子達を注意して見るようになるわ。そうすればこっちのもんよ。だって本当にクソじゃない?」
クソクソ連呼して大丈夫かしら。仮にも王族よ。
「そのうち王子教育を放棄しているのも気付かれるだろうし、あなた達に酷い態度で接するところでも見られたら万々歳よ。勝手に素敵な王子様の仮面が剥がれていくわ」
「なるほど?」
「それにね、女性は共感しやすい生き物なの。女性が酷い扱いをされているのを見たら、一気にこちらの味方につくと思うわ」
「ほー」
「要は、あの男達が実はクソだと気付かせるきっかけさえあればいいの」
凄いわね、そこまで考えてやってくれたんだ。
「お母様、本当にありがとう」
「かわいい娘たちのためだもの。それにね、侯爵夫人とも仲良くなったのよー! 次は一緒にお出かけしましょうねって約束してるの」
「お、おう」
なかなかテンション高そうなお出かけになりそうだな。