16 夏休み ヘザートン公爵領の夏の花
七月の半ばから、聖フォーサイス学園は夏休みに入った。
私はまだ社交界デビューもしておらず、王都での夜会なども参加していない。まあ、お茶会ですら苦手なんだから、夜会なども出来ればギリギリまでは避けたいところね。
なので、一足お先に領地へ帰ることにした。お母様やお兄様は一週間遅れて戻る予定よ。そもそもうちのヘザートン公爵領は王都から近い。朝に馬車で出発すれば、その日の夕方には到着する距離なの。
お父様は財務大臣として王都で忙しく働いているから、一緒には帰って来られないのが残念だけれど。何かあればすぐに駆けつけられる距離というのは、領主と財務大臣を兼務しているお父様にはありがたいことだと言っていたわ。
領地に帰る間は、王子妃教育もお休みなの。夏休みまであの人達に会いたくないものね。領地に帰っちゃえば、色々と会わない言い訳も立つわ。
「ヴァイオレットお嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま、ホートン、みんな。元気そうでよかったわ」
領地の本邸に帰ると、中年の執事ホートンや使用人達が出迎えてくれた。学園に入学してからは初めて帰ったから、結構久しぶりなのよ。
「お嬢様もお疲れではありませんか? 少し休憩なさっては?」
「そうね、ありがとう」
夕方だけど、夏はまだまだ日が長い。メイド達が庭が見渡せる涼しい場所に、お茶を用意してくれた。
「ありがとう。夏の花が盛りで素敵ね」
「ええ、庭師のボブ爺が丹精込めて手入れしておりますわ。あ、ちょうどそこに」
「本当だ。ボブじーい! ただいまー! 夏のお花がキレイねーー!」
私は少し離れた所にいるボブ爺に呼びかけた。すると、ボブ爺がニコニコと駆け寄ってくる。
「お嬢様、今お帰りですかい?」
「ええ、久しぶり。元気そうね」
「元気は元気なんだが、流石に歳かね。この暑さは堪えますな」
「今年は暑いものね……あ、そうだ。明日良いものを作ってあげるわ」
「お嬢様がワシに? なんだかわからんが楽しみだ。あとでお部屋に花を届けましょう」
「まあ、ありがとう」
そう言ってボブ爺は仕事に戻って行った。
夕食の後私室に戻ると、ソファの前のテーブルにはひまわりに似た花が飾られていた。ボブ爺が届けてくれたんだわ。黄色い花弁、真ん中の丸い部分は黒っぽいところと黄色いところが混ざっている。馴染みのあるひまわりよりはひと回り小さい。とても夏らしくて素敵ね。
その日は移動の疲れも出たのか、入浴後コテンと眠ってしまった。
◇◇◇◇
「ん〜よく寝た」
翌朝、思ったより早く目が覚めた。備え付けの洗面室で顔を洗い、ひとりで着替えられるワンピースを着る。前世の記憶が戻ったからか、メイド達に手伝って貰わなくても一通りのことは自分でやるようになっている。日本人の感覚で、自分でやったほうが早いと思ってしまうのよ。メイド達からは叱られるけどね。
昨日のお花は、テーブルできれいに咲いていた。あら、花瓶の周りに花粉が落ちてる。しかも結構でかいな? 黄色い花粉と思われる粒と黒いヒラッとしたおしべ? 茶色っぽいものも混じってるかな。
あれ? これ前世で見たことないか? 私は花粉を手で集めて見た。
「あ、ふりかけ」
あれよ、日本で一番有名なたまごと海苔の入ったやつ! 見た目は完璧にあれ! でも食べてみないとわからないわね。私は集めた花粉を指でちょっと摘んで口に入れ――
「お嬢様ー!? 何をなさってるんです!」
「味見?」
「何でもかんでも口に入れちゃ駄目です! 毒でもあったらどうするんですか! ほら、ペッてして」
朝の支度にきたメイドに見られてしまったわ。でも、食べて確信した! これは間違いなく例のたまごふりかけよ! この世界の日本っぽい食べ物はおそらく毒がなさそうだと、漠然と思っている。たぶんこれはアレ、この世界の創造主からのボーナスみたいなもんよ。たまには故郷の食べ物を食べて頑張って! みたいな。もうちょっと分かりやすくしてくれると、ありがたいけどね。
「大丈夫だから。あなたも食べてみてよ。騙されたと思って、ね?」
渋々といった顔のメイドが、ふりかけ(花粉だけど)を口に入れた。
「あら、ちゃんと味があるんですね。初めて食べる味ですが、癖になりそう」
「でしょう? これはご飯があると最高なのよ」
「ご飯??」
あー、お米を見たことないか。優さんちから貰ったお米を持ってくればよかった。
「隣国の穀物なんだけどね、今度あなたにも食べさせてあげるわ。ちょっと庭に行ってくる」
そう言って、部屋から走り出た。
庭に出てきょろきょろすると、ボブ爺が庭に水やりをしているのを見つけた。
「おはよう、ボブ爺。朝からありがとうね」
「おはようございますお嬢様、今朝は早いですな。散歩ですかい?」
「ええ、そんなとこ。それと、昨日は部屋にお花をありがとう。あれはなんていう花なの?」
「あの黄色い花ですか? あれは『タマフリ』という花ですわ。ひまわりみたいに夏に咲く花ですよ」
タマフリ……やっぱりたまごふりかけじゃねーか!
「ねえそれ、どこに咲いてるの?」
「こっちですよ」
ボブ爺が庭の一角に案内してくれた。そこには、広い花壇一面に黄色いタマフリが咲いていた。わ~きれいねーって、感動してる場合じゃない。
「ね、ボブ爺はこの花粉を食べたことある?」
「花粉? いやねえですな」
「ちょっと試してみてよ」
ボブ爺の手のひらに、花を揺すって花粉を落とした。
「ほら、ほら」
ええ〜? とボブ爺の顔に書いてある。
「私も食べてみせるから。ほらね、毒なんかないから大丈夫」
「そうですか……あれ、味がありますな。結構美味い」
「でしょーー!」
私はドヤってみせた。
「だけんど、こんな小さいものをわざわざ食べんでしょう。木の実くらいの大きさならまだしも」
「そこなのよ〜。ご飯さえあれば、わかってもらえるのに悔しい!」
メイドが探しに来たので一旦朝食をとりに邸に戻った。食後メイド達にブツブツ言われながらも、作業がしやすいズボンと日除けの帽子を出してもらった。
「お嬢様を着飾るのが楽しみでしたのに!」
「まあまあ、ドレスが汚れるより良いじゃない。着飾るのはまた今度お願いね」
せめてこれだけは! と顔に日焼け止めクリームを塗りたくられた。
厨房からは、クッキーが湿気ないように入れる大きめの缶も借りた。これで準備万端!
「ボブ爺ごめんね、少し花壇に入らせてもらうわね。花を踏まないよう気を付けるから」
「ここはタマフリしか植わってないから大丈夫ですよ。背も高いしな」
タマフリの花は、ちょうど私の背丈と同じくらい。手が届いてよかったー。
花の下辺りにクッキーの缶を持って、花粉を落とすように花を振る。ほら! 花粉が採れたわ。あとはこれをひたすら続けるだけね。やっぱり炊きたてご飯に掛けるのがいいかしら。おにぎりも捨てがたいわね。フフフフフ……
「お嬢様! ヴァイオレットお嬢様!」
「えっ?」
「なんか笑いながら作業されてましたが、大丈夫ですかい?」
ボブ爺に心配されてしまった。ニヤついていたのがバレてるわ。
「そろそろ休憩されては?」
いつの間にか、お茶を載せたワゴンを押してきたメイドも立っていた。あら、集中しすぎて全然気付かなかったわ。
「お嬢様、アイスティーの方がよろしいですよね? 氷を出していただいても?」
「そうね、まかせて!」
かち割り氷はこんな時くらいしか使えないものね。私はグラスの中に氷をカラカラと出した。
「あ、そうだわ。ボブ爺と約束してたんだった」
思い出した私は、
「やーーー!」
と、気合いを入れて大きなかまくらを出した。フフ、これくらい硬くて大きければ数時間は保つわね。中にいなくても、周囲に立つだけで心なしかひんやりしている。
「な、なんですかこれは!」
「雪? 氷? 中に入れるの?」
ふたりとも驚いているわね。どうよ、ポンコツ魔法でも、ここまで出来るようになったのよ。
「そこのテーブルと椅子を中に入れてっと。はい、ここでお茶にしましょう。ふたりとも一緒に入って、私のお茶に付き合ってよ。ほら座って」
「「おお〜〜」」
「どう? なかなか涼しいでしょう」
「お嬢様、ありがとうございます。午後からの作業も頑張れそうですわい」
ボブ爺に喜んでもらえてよかったわ。私もふりかけが缶にいっぱい集まったし。フフフフ……
邸に戻ると、執事のホートンから声を掛けられた。
「お嬢様、お手紙が届いております」
「まあ、誰からかしら」
トレーに載せられた封筒を受け取ると、差出人を確認した。
「あら、ユージェニーからだわ」