14 ダブルデート?
「ねぇすみれさん、今度街へスイーツでも食べに行かない?」
「スイーツ? いいわね」
「うちのロジャーがね、ヴァイオレットと会えるのはいつだってうるさいのよ。だから一緒に連れて行ってもいいかしら?」
「もちろんよ!! ゆっくり会うって約束したもの、私も嬉しい」
むしろ大歓迎だわ! わたしのかわいい弟(予定)だもの。あっそうだ、いい事思いついちゃった!
「ね、うちのお兄様も連れて行っていいかな?」
「フレデリック様? 甘いものに付き合わせてしまって大丈夫かしら」
「大丈夫よ。意外と好んで食べると思うわ。ああ見えて腕も立つし、護衛だと思って、ね?」
「フレデリック様がいいなら構わないわ」
フフフ、優さんとお兄様はあれから手紙のやり取りをしているみたいなの。優さんは特に言わないけれど……たぶんまだ、純粋に読書友達だと思っているようだし。
お兄様は頭のいい人だから、疑われるような内容は一切書いていないらしい。新しく見つけた本の紹介だとか、お勧めしてもらった本の感想だとか。だけど、少しは進展がほしいわよね?
そ・こ・で、ワタクシがおせっかいをいたしますわよ!
お兄様と優さんがふたりで出歩くのは、婚約者持ちの令嬢としてはよろしくない。だけど、そこに私とロジャーがいることで、「女友達がお互いに兄弟を連れてきただけ」と、誰にも文句を言われず、変な噂も立たずに街歩きができるってことよ。
「じゃあそれで決まりね! うちからグラント家までお迎えに行くから、同じ馬車で行きましょう」
「まあ、私が誘ったのにいいのかしら」
「お兄様もきっとそう言うと思うわ。ね、そうしましょ」
「ありがとう。じゃあロジャーと待ってるわね」
◇◇◇◇
約束の日。私とフレデリックお兄様は、お忍び用の家紋の入っていない馬車でグラント侯爵家へ向かった。服装も派手なドレスではなく、白い上品なブラウスにくるぶしまであるスカート。お兄様もジャケット無しでシャツにベスト、スラックスと幾分ラフな装いをしている。滲み出る貴族感は消せていないけど、あまり周りから気を遣われたくないだけなので、まあこれくらいで妥当なところだろう。
グラント家の門をくぐる。玄関前の馬車乗り場で、執事さんや侍女さんらと一緒にいるユージェニーとロジャーの姿が見えた。
「こんにちは。お久しぶりです」
お兄様は馬車から降りると、ユージェニーの手を取り馬車へ乗るのを助けた。ロジャーは自分でピョコンと乗り込んできた。
「ヴァイオレットさん! 今日は楽しみにしてたんですよ」
「私もよ、ロジャー」
執事さんから、『お嬢様達をよろしくお願い致します』と言われたお兄様は、
「あぁ、安心してくれ。帰りも遅くならないうちに送り届けるよ」
と、請け合った。
御者に合図をすると、馬車はゆっくりと走り出した。
「君はロジャーだね? はじめまして、ヴァイオレットの兄のフレデリック・ヘザートンだ」
そう言ってお兄様が右手を差し出すと、ロジャーはもじもじしながらも握り返し、
「ロジャー・グラントです。はじめまして、ヘザートン卿」
と、大人びた挨拶をした。
「うちの妹は、君たち姉弟の事を呼び捨てにしているよ。姉上のことは『お姉様』と呼んでいるらしいね。だから君も、俺のことは『フレデリック兄様』とでも呼んでくれ」
「フ、フレデリック兄様」
「うん、それでいい。ロジャー、仲良くしような」
お兄様がにっこり笑うと、なぜかロジャーがポーッとしている。イケメンって子供にも効くのね。
今日は優さんも、あまりかしこまっていないワンピース姿だ。ロジャーもシャツにベスト半ズボンというかわいらしい格好をしている。
「ユージェニー嬢、今日のワンピースも素敵だね。とても良く似合っている」
お兄様さすがだわ。女性に会ったらまず装いを褒める。紳士として完璧ね!
「あ、ありがとうございます」
ほら、優さんもほんのり赤くなってる。
「ヴァイオレットさんも、いつもとは違う雰囲気が新鮮です」
「あら、ありがとう。ロジャーも素敵よ」
「えへへ」
ちっちゃな紳士かーわーいーいー!!
十分ほどで街の中心部へ着くと、私達は馬車を停めた。お兄様がまず降り、私達に手を添え降ろしてくれた。ロジャーもピョコンと降りると、予約をしているカフェへと向かった。
店に着くと、優さんが奥の個室を予約してくれていたのでスムーズに通された。
私の隣にお兄様、その向かいが優さん、私の向かいはロジャーという席順だ。
「ここはケーキの種類が沢山あるらしいの!」
「まあ、本当ね。こんなにあると迷ってしまうわ」
ロジャーもうーんと悩んでいる。するとお兄様が、
「それなら、いくつか注文してみんなでシェアしようか。ちょっとお行儀が悪いかもしれないが、ここは個室だ。誰も見ていないし、たまにはいいだろう」
と提案してくれた。
わぁと声を上げ、皆で賛成する。悩みに悩んで、六種類のケーキと紅茶を注文することにした。
ケーキがくると、各々デザート用のフォークやナイフで切り分け口に運んだ。ロジャーも、お兄様と初対面とは思えないほど懐いている。
「フレデリック兄様、こちらも食べてみて! 美味しいんだ」
「おっ、ロジャーのお勧めならいただこう」
六つもあったケーキは、すべて皆のお腹に収まった。どれもとっても美味しかった! ゆっくりと紅茶を楽しんでいると、ロジャーがなにやらもじもじとしている。
「ロジャーどうしたの?」
「あのね、あの、僕、ヴァイオレットさんに渡したい物があるんだ」
「まあ、なにかしら」
「これ、お誕生日おめでとうございます!」
「ふぇ?」
「ヴァイオレット、あなたあと二日で誕生日でしょう? だから今日はサプライズで誘ったの」
「わあ! そうだったの。本当にびっくりしたわ!」
「サプライズ成功だね!」
優さんとロジャーが嬉しそうに笑い合う。
「開けてみてもいい?」
私は贈られたプレゼントが気になりソワソワした。
「ええ、もちろんよ」
きれいにラッピングされた小さな箱を開けると、中からリボンが付いた髪飾りと、雫形のカラーストーンで作られた普段使いに良さそうな耳飾りが入っていた。
「まあ、かわいい! 早速つけてみようかしら」
「俺がやってあげるよ」
隣のお兄様が、髪の結び目にリボンの髪飾りを差してくれた。耳飾りも自分でつけてみた。
「どう? 似合う?」
「うん! とってもかわいいよ! そのリボンの色は僕が選んたんだ。ヴァイオレットさんの瞳の色にしたんだよ」
「まあ、そうだったの。ロジャーありがとう」
「そのふたつは私の手作りよ。ちょっと拙いかもしれないけど」
「うそっ! 売り物かと思った! ユージェニー、なんて器用なの」
「ふふっ。ヴァイオレット、十六歳のお誕生日おめでとう」
そう優さんが笑うと、小さな声で
『前世、小物を作るのが趣味だったの』
と、日本語で話した。嬉しい! こんなサプライズをしてもらえるなんて。
「こんなに、心のこもったプレゼントは初めてよ。ユージェニー、ロジャー、本当にありがとう」
素敵な人達に囲まれて、なんて幸せなのかしら。みんなで楽しい気分のまま、店を後にした。
「少し馬車の待ち合わせ時間には早いね。皆で本屋にでも行かないか?」
「いいわね、賛成」
優さん達もコクコクと頷いている。
「ヴァイオレットさん、お手をどうぞ」
「まあロジャー、エスコートしてくれるの? ではお願いします」
私達は手を繋いで歩き出しだ。そうなると必然的に
「ユージェニー嬢、良かったら腕を」
「は、はい」
お兄様が優さんをエスコートした。ロジャー、グッジョブ! 本屋までは五分ほどの距離だったけど、ふたりともいい感じね。
「ヴァイオレットさんはどんな本が好き?」
「私? 結構なんでも読むわよ。小説もいいし、子供の頃は冒険譚や旅行記も好きだったわ」
「僕も冒険譚が好き! なにかお勧めある?」
「じゃあ私達は冒険譚のコーナーへ行きましょうか。お兄様、ユージェニーをお願いね」
「ああ、こちらは大丈夫だ」
私はロジャーと子供向けのコーナーへ行き、本を選びながらもチラチラとふたりを覗った。
あっ、優さんが何もないところで躓いた! おう、お兄様が受け止めたわ。おやおや? 優さんの顔が赤いわね。ウヒヒ。
「ヴァイオレットさん、僕これにするよ」
「わかったわ。あちらに合流しましょ」
ついつい、のぞき見に夢中になってたよ。
「おふたりさん、決まった?」
「ああ、俺達はこのシリーズ物にしたんだ。読んだら貸し借りしようと思って」
「それはいいわね」
お兄様、意外と策士だわ。会うための口実になるものね。
「ロジャー、その本は俺からのプレゼントにさせてくれ」
「えっ、このシリーズも買っていただくのに、そんな――」
「いいんだ、ロジャーと仲良くなった記念だ。受け取ってくれるかい?」
「うん! ありがとうフレデリック兄様!」
本を買って、私達は帰路についた。馬車で侯爵家までユージェニーとロジャーを送り届けると、
「この本はユージェニー嬢が先にどうぞ」
「いいんですか?」
「ああ、また感想を聞かせてほしい」
「では、お言葉に甘えて……ありがとう」
「ロジャーも、今度はうちにおいで。俺が子供の頃に読んだ本が沢山あるよ」
「うん! 行きたい! フレデリック兄様、この本も大切にするよ」
私も誕生日サプライズのお礼を言い、馬車へ乗り込んだ。優さん達と侯爵家の使用人達に見送られ、馬車は走り出した。
「お兄様、今日はいい感じだったわね」
「そうかい? まだまだだよ」
そう言ってニヤリと笑う。やだ、なにか企んでるのかしら。そう思ってると、顔に書いてあったのか、
「何も企んではいないよ。まだ攻めが足りないと思っただけ。二年かけてゆっくりいくさ」
と、お兄様はつぶやいた。