12 グラント侯爵家の淑女達
今日私は、ユージェニーのお家であるグラント侯爵家のお茶会に招かれている。お茶会と言っても、他の招待客はおらず私だけ。
グラント家のご家族に私を紹介してくれるというお茶会だ。
「はじめまして、ユージェニーさんにはいつもお世話になっております。ヴァイオレット・ヘザートンと申します。皆さまにお会い出来て光栄です」
グラント家の応接室に通されると、グラント侯爵夫妻、長女のソフィア様と顔を合わせた。弟のロジャーとは、すでに前回お邪魔した時に仲良しになっている。
「やあ、よく来てくれたね。私はユージェニーの父ヘンリー・グラントだ」
「私はユージェニーの母で、ルイーザよ。よろしくね」
「私は姉のソフィアよ。以前、令嬢が集まるお茶会でご挨拶したことがあるかしら」
グラント家の皆さまが自己紹介をしてくださった。皆さん美形ね〜ソフィア様はお父様似のキリッと美人、ユージェニーとロジャーはお母様似のかわいい系美人ね。
「こちらこそご招待感謝しますわ。先日お邪魔した折には、侯爵閣下が隣国から見つけてこられたという、お米をいただきましたわ。とても美味しくて感動いたしましたの」
「ヴァイオレットさん、侯爵閣下なんて他人行儀な呼び方は寂しいじゃないか! 君のお父上であるヘザートン公爵とも仕事上知らない仲じゃない。ぜひ『ヘンリー小父様』と呼んでくれないかい?」
「へ、ヘンリー、小父様?」
うんうんと、満足そうな笑みを浮かべるグラント侯爵。いや、ヘンリー小父様。
「ちょっと、あなただけズルいわ! 私もルイーザ小母様と呼んでちょうだい!」
「あ〜私も! ソフィアお姉様がいいわ!」
「えっと、ルイーザ小母様にソフィアお姉様?」
うんうんと頷く、ルイーザ小母様とソフィアお姉様。本当にいいのかしら。
優さんの方をチラっと見る。
「うちの家族も、かわいいものに目がないのよ」
いいの? 私ポンコツよ? 優さんの目が、いいのいいのと言っているように見える。
「私達はヴァイオレットちゃんって呼ぶわね!」
「は、はい」
グイグイと距離を詰められているわ。
「ところで、お米を気に入ってくれて良かったよ。まだこの国では紹介されていない穀物だからね。ネズミの餌だなんて言うと、国民もなかなか受け入れられないんじゃないかと思って」
「たしかに、貴族は特に抵抗があるかもしれませんわね。ですが、あのおにぎりを一度食べたらわかりますわ。あんなに美味しいんですもの!」
「そうか、君は全く抵抗がなさそうだね」
「ええ、私は美味しいものならなんでも試してみることにしております。だって食わず嫌いなんてもったいないですもの」
「その通りだな。天候や天災などの影響で小麦が不足した時に備えて、お米を輸入して備蓄することも検討しているんだ。君みたいな人が増えると助かるよ」
「きっと大丈夫ですよ。もし受け入れられないなら、余った分をうちが全部買い取ります」
「ハハッ、それはいい。また話を聞かせておくれ」
「はい、ヘンリー小父様」
ヘンリー小父様、とても気さくで話しやすい方だわ。イケオジだし。
「さあさあ、難しい話はそれくらいにして、中庭へ移動しましょう」
「僕も!」
「あらロジャーごめんね。今日は淑女だけのお茶会なのよ」
「ズルい! 僕もヴァイオレットさんと遊びたかったのに」
あらあら、ロジャーが拗ねちゃったわ。でもその顔もかーわーいーいー!
「ロジャー、また次はゆっくりお話しましょうね?」
「絶対だよ! 約束したからね?」
「ええ、約束よ」
納得してくれたロジャーを残して、ルイーザ小母様、ソフィアお姉様、ユージェニーと私は中庭へ案内された。
◇◇◇◇
中庭にあるガゼボへと案内されると、テーブルセットに色々なお茶菓子とティーセットが準備されていた。
「さあ、座ってちょうだい。お茶にしましょう」
ルイーザ小母様が給仕に合図を送る。
「奥様、こちらはヴァイオレットお嬢様からいただいたものでございます」
執事さんが、私の手土産をきれいにお皿に並べてテーブルに出してくれた。
「ちょっ、メロンパン!!」
「あら、ユージェニーは知ってるの?」
「私も初めて見たわ。コロンと丸くてかわいいのね」
と、ソフィアお姉様も興味津々。
そう、私の手土産はメロンパンなのだ。お茶会に合わせて、淑女のお口でも二、三口ほどで食べられるミニサイズだ。
「こちらはメロンパンと言いまして、クッキー生地を乗せて焼き上げたパンですわ。甘いので食事用というより、お茶に合うと思います」
「メロンが入っているの?」
「いいえ、メロンは入っていませんの。この網目模様がメロンに似ているのでメロンパンです」
「食べてい? いいよね?」
優さんが前のめりになっている。
「どう――」
「いただきます! ん〜美味しい!」
早いな? 食い気味にいったぞ。ルイーザ小母様達も手を伸ばした。
「まぁ! 周りはサクサクで中はふんわり」
「こんな組み合わせのパンなんて初めて! 美味しいわ」
気に入ってもらえたようだ。よかったー。
「ヴァイオレットちゃんも、好きなお菓子を食べてね」
「ありがとうございます。えっ? これはっ!」
「フッフッフッ」
優さんがドヤ顔を決めたーー!
「あのあんこで作った、あんバターどら焼きよっ!」
「やだ、絶対美味しいやつ!」
こちらもお茶会仕様で、一口サイズのどら焼きになっていた。
「んん〜〜あんことバターが合う! 禁断の味!」
「最近、ユージェニーが見たこともない不思議な食べ物を作るようになったのだけど、どれもなかなかのもんなのよ」
ソフィアお姉様もどら焼きを摘みながら言う。美味いよね〜どら焼き。
「ところでヴァイオレットちゃん、あなた第二王子殿下の婚約者なのよね?」
「ええ……」
ルイーザ小母様から問われる。するとソフィアお姉様も入ってきた。
「噂は聞いているわ。私の婚約者は第一王子の側近なのよ」
「まあ、そうなんですか?」
「普通はね、第一王子と第二王子にそれぞれ関わりがある家に、娘達を嫁に出すなんてことはないんだけれど。うちの旦那様は中立派だから、それぞれの家から請われて婚約者となったの」
ルイーザ小母様が説明してくれた。たしかに、王子がふたりいたら派閥争いになりがちなのに珍しい。
「私は幼馴染だからまだいいのよ。ユージェニーはあちらから請われて婚約したのに、最近アレでしょう?」
「ほんっと、あの方は何を考えておられるのかしら! 誕生日プレゼントがダンベルとかありえないわ! 最初はあんな変な人ではないと思っていたのに」
ルイーザ小母様、怒り心頭である。気持ちはわかります。
「第二王子も王宮にトレーニングジムを作って入り浸り、王子教育は放り出しているって噂になってるわ」
「ええ、ここだけの話、本当です。私が王宮に王子妃教育へ行っても、あまりお会いしませんの」
「しかも、婚約者であるあなたを蔑ろにしているって。許せないわ!」
「お姉様、それも本当よ。ヴァイオレットは学園でも酷い態度を取られているわ」
優さんが、ここ最近学園で起こったことをかいつまんで話した。
「あんのクソ王子め! クソ眼鏡も許すまじ!」
「うちのかわいい妹達に何してくれてんの!」
あ、美人の般若顔って迫力あるわ。この世界に般若はいないけども。
「ねぇヴァイオレットちゃん、あなたこのまま結婚したい?」
「あ……その」
言ってもいいだろうか。侯爵夫人であるルイーザ小母様に、そんなに甘えても大丈夫だろうか。優さんを見ると、コクリと頷いている。私の腹も決まった。
「婚約解消したいと思っています」
私は真っ直ぐ前を見て言った。ルイーザ小母様はひとつ頷くと、
「ユージェニー、あなたは?」
「私も同じ気持ちですわ、お母様」
「よし、わかったわ! 私達に任せなさい!」
「ええ、私も協力するわ」
ルイーザ小母様とソフィアお姉様が力強く頷いた。
「ありがとうございます。うちも相手は王族ですし、こちらから望んだ婚約ではありませんでした。ヘザートン公爵家を王家に取り込んでおきたかったのでしょう。王家から是非にと請われて婚約したけれど、バーナード様は私が気に食わなかったのです。ですから滅多なことでもないと、王家は引かないし解消も難しいですよね」
「その通りよ。今は残念ながら、こちらからの破棄も難しいわ。ユージェニーもね。だけど、女には女の戦い方があるのよ!」
「そうよ。私も婚約者と協力して、第一王子殿下も巻き込むわ! 大丈夫、あなたも知っての通りあのお方なら話がわかるから」
なんと頼もしいおふたりなのかしら。
「ヴァイオレットちゃんのお母様の公爵夫人にも協力を仰ぎたいの。大丈夫かしら?」
「ええ、帰ったらお母様にも話をします」
こうして、グラント侯爵家のお茶会は終わった。
◇◇◇◇
ヘザートン公爵家へ戻ると、早速お母様に話をした。
バーナード様から虐げられていること、学園でも酷い状態なこと、出来れば婚約解消をしたいこと、ユージェニーも婚約解消を望んだこと、グラント侯爵夫人が協力を申し出てくれたことなどすべて。
「あなたには辛い思いをさせてしまったわ。ごめんなさいね。たしかにグラント侯爵夫人の言われる通り今すぐは難しいわ。でもやり方はある! 早速グラント侯爵夫人へ手紙を書きましょう。お茶会で顔見知りだから大丈夫よ」
「ありがとう、お母様!」
「いいのよ。かわいい娘たちのためだもの」
「ん? 娘たち?」
「やーねー、ユージェニーちゃんよ。私の娘の親友なんだから、私の娘みたいなもんでしょう」
「ああ、うん。うん? そうなの?」
一瞬納得しかけたわ。それ合ってるか?
「細かいこと言わないの! ユージェニーちゃんが婚約解消したら、うちがもらうわ。フフフ」
「どういうこと?」
「うちにお嫁に来ればいいのよぉ! やる気出てきた!」
さすがは親子。考えることは同じだった。
うちのお母様とルイーザ小母様がタッグを組んだらどうなるんだろう……味方で良かったわ。