11 王立図書館(2)
私と優さんは、あれ以来久しぶりに王立図書館へ来ているの。もちろん目的は、あの日記帳。
また優さんがキレちゃうんじゃないかと心配したけど、もうだいぶこの日記のパターンに慣れてきたみたい。今日も誰もいない書庫でヒソヒソ話である。
『○年○月○日
今日は街の食料品店へ行ってみた。ゲームには出てこない店を回るのは新鮮だったな。
俺が今探しているのは、しょうゆだ。それさえあれば、何とでもなる。
しょうゆラーメンも、カツ丼も、しょうゆを水にブチ込んでおけばそれらしい味にできるはずなのに。だがどこにも売っていなかった。しょうゆさえあれば、寿司も海鮮丼もできるのに!
くそっ、しょうゆがない!』
「また食べ物のこと書いてる。醤油が好きすぎるでしょ」
「この人、出汁って概念ないのかな。醤油を水に入れても、ただの薄い醤油だよ」
「この国には米も売っていないから、寿司も海鮮丼も出来ないし」
役に立つ情報がないから、段々ツッコミにシフトしていくのは許して。
「醤油で思い出したわ。この間いただいた麺つゆとそうめん、家族に大好評だったの。本当にありがとう」
「どういたしまして。まさかうちの領地に麺つゆが存在していたとは、私もびっくりよ」
「しかも果実って! ツッコミどころ満載ね」
そう、わが公爵領に『めんつゆの実』なんていうふざけた果実があったのだ。
「麺つゆがあってポン酢しょうゆもあるんだから、普通の醤油もありそうなもんだよね」
「そこが不思議なのよね。今のところ『しょうゆの実』なんてものはなさそうよ」
「うちの侯爵領でも、なにか日本っぽい調味料とか食材があるかもしれないわ。探してみようかな」
「普通に調味料として存在していればすぐに見つかるけど、果実とかいう意味不明なやつかもしれないから気を付けて」
「ええ、その可能性も含めて探してみるわ」
「そろそろ味噌とか出てきてもいいよね」
「いいねぇ、味噌汁飲みたい」
あ、日記につられて食べ物の話へ脱線してしまったわ。危ない危ない。私達もこの日記の主に負けず劣らず、食いしん坊なのかも。
『○年○月○日
今日は学園の図書館で、王家の歴史を調べてみた。
家系図が載っていたので読んでみたが、バーナード・ガルブレイスなんて王族はいなかった。
初代まで遡ったが、バーナードという名はひとりもいなかった。なぜだ?
第二王子だろうと載っていないなんてありえない。しかもメイン攻略対象だぞ?』
「でしょうね。まだ生まれてないもの」
「やっとまともに調べる気になってくれて良かったわ」
『○年○月○日
俺はひとつの仮説を立てた。俺が転生したのは、フロプリの舞台になる年よりも前かもしれないということ。
ボールドウィンという家名のムキムキな男に、恐る恐る「家族にジェフリーという名前の人はいるか」と聞いたが、いないと言う。もっと体を鍛えろと気合を入れられて終わった』
「ご先祖さまもムキムキなのね」
「筋肉推しなのも変わらないわ」
『時間軸がずれてしまったのか? バーナードもジェフリーもいないなら、当然フローラもまだ存在しないだろう。
例え今年バーナードが生まれたとしても、ゲームが開始するのは十八年後ということになる。
なんてことだ! 俺はその時にはもう学園を卒業してしまっているじゃないか!
あのイベントを生で見るのが楽しみだったのに! くそっ!』
「優さん、この人やっと気づいたね」
「おまけに、十八年どころか六十年ずれてるけどね」
「なんかちょっとかわいそう」
「うん、ちょっとね」
『○年○月○日
今日は、学園の売店にサンドイッチを入れているパン屋へ、もっとボリュームがあるサンドイッチを提案した。
しかし「貴族のお茶用のサンドイッチは、こういう軽く摘めるものでないと」と却下されてしまった。それじゃ腹にたまらないんだよ!』
「この人、立ち直り早くない?」
「うん、もう食べ物に戻ってるね。同情して損した」
「こういうガッツリとゲームに関わりたかった人がモブで、しかも時間軸がずれてて。私や優さんみたいにモブで良かったのにって思ってる人が、ガッツリ悪役令嬢だなんて皮肉なもんよね」
「そうねえ。だけどこの人、時間軸がずれてなくても食べ物のことばかり言ってる気がする」
「間違いない」
『○年○月○日
俺は決意した。この世界にカツ丼や牛丼の店を作ってやる。今までにない斬新な店だから、きっと話題になるはずだ。
話題になれば、フローラと攻略対象が初デートで行くカフェの代わりに来てくれるかも……
よし、イベントを見るにはこれしかない! 俺の腹も満たせて一石二鳥だ。』
「「……」」
ふたりともスンッてなった。
「優さん、王都に牛丼屋ってあったっけ?」
「聞いたことないわね。そもそも米が市販されてないし」
「醤油もないしね。味噌もないから、味噌汁のセットもできんな」
「それと、前世でも初デートで牛丼屋はないって女子が多数だったと思うよ。付き合いが長いならまだしも」
「カフェの代わりに牛丼屋って発想がもうね……みんな丼をガッとかき込んで出ていくから、ゆっくり店内で話も出来ないよ」
「この人、女の子とデートしたことないとか?」
「あっ、」
私達はなにかを察したわ。これ以上触れてはいけない……
「つ、続きを読みましょうか」
「ええ、そうしましょう」
私達は日記帳のページをめくった。
『○年○月○日
忘れてしまわないように、ゲームのことについて書き残して行こうと思う。』
この行を最後に、ゲームについて書かれていたと思われる行は全て黒く塗りつぶされていた。
「えっ、なにこれ!」
「黒く塗りつぶされていて読めないわ!」
「すみれさん、司書さんに聞いてみましょう」
書庫のすぐ外のカウンターに座っている、いつものロマンスグレーの司書さんに日記帳を見せた。
「これ、ここから黒く塗りつぶされているんですが」
「これは禁書かなにかでしょうか」
「いや、そんなはずはないよ。禁書なら外部の人が入れない特別な書庫に収めているからね。ここには絶版になった古書や、一冊しかないものなどが置いてあるんだ。だから貸し出しはしていないけど、見てはいけないものなど無いはずなんだが……」
「そうですか……」
司書さんも不思議そうにしている。
「文字が読めないからなんとも言えないが、たちの悪いイタズラかもしれない。少し調べてみるよ」
「ありがとうございます」
司書さんに日記帳を預け、その日は帰宅した。
◇◇◇◇
数日後、私達は再び王立図書館の司書さんを訪ねた。
「この塗りつぶしね、普通のインクでやったものではなく、高度な隠蔽魔法が使われているらしいんだ」
「「隠蔽魔法?」」
「あぁ。ある一定時間が経つと魔法は消えて、隠れていた所がまた読めるようになるらしい。ただそれが一週間後なのか百年後なのかはわからないそうだ」
「そんな高度な魔法がなぜ……」
「そこまではわからなくてね。魔法を解くには王宮の魔法塔へ依頼しなければならない。だけど今まで重要視されていなかった書物でもあるし、そこまでする必要もないと判断されたよ」
「そうですか」
「とりあえずは様子見だね。私も魔法が解けていないか、時々気にかけておくよ」
「司書さん。調べていただき、ありがとうございました」
私達は王立図書館を後にした。
「ねえ優さん、なぜゲームの事に触れそうになったところから隠蔽されたのかしら」
「ピンポイントでそこからだものね。他にも日本語がわかる人がいるってこと?」
「そうとしか思えないわ」
「あそこにはなにか重要なことが書かれていたのね」
「魔法を掛けた人の狙いがなにかわからないけれど、私達も注意しましょう」
「そうね、すみれさん。気を付けましょう」
今までただの食いしん坊日記だったものが突如、なにか重要なことが書いてある預言書にでもなったような気がした。