10 学園女子会
「ヴァイオレットさん、こちらうちの料理長自信作のマフィンですわ」
「わっ、おいしい! このツブツブはなにかしら」
「ふふ、ニンジンです!」
「わからなかった! おいしいのにヘルシーでいいわね」
「ユージェニーさん、うちのも食べてみて!」
「ん、ザクザクスコーンね! 私こういう素朴なお菓子大好きなのよ」
「よかったわ! 私が作ったの」
「まぁ! あなたお菓子作りの才能まであるの? 凄いわ!」
「うふ、嬉しい!」
あの魔法学実習の日、私達に話しかけてくれたのはジェシカ、セーラ、ミレナの三人組。あれ以来、もう何度かこうやってお茶やランチを楽しんでいる。
とはいっても、普段は邸からお弁当を持参するのでその時はいつもの中庭でふたりのランチ、週に一、ニ度はこうやって示し合わせて五人でカフェテリアに行っている。
最初は頑なに『ヘザートンさま』『グラントさま』と呼ぶ三人だったけど、なんとかお願いして『ヴァイオレットさん』『ユージェニーさん』で落ち着いた。私達も三人のことは『さん』付けで呼ぶことにした。
私達は令嬢達とのお茶会が苦手だった。高位貴族のお茶会って、自慢、嫌味、腹の探り合いで疲れるだけだったもの。前世アラサー庶民の私にはキツい。前世の記憶が戻ってからは特に、ユージェニーも私もすっかり足が遠のいているわ。
だけどこの三人はとても素直な方達で、裏表がない。貴族や平民関係なく三人仲良くなっているところも好感が持てた。ジェシカさんとセーラさんは下位貴族だが、ミレナさんはパン屋の娘さんだ。
だからお茶会というより女子会って感じ。女友達と他愛もない話でお茶が飲めるのが楽しいの。慣れてきたのか三人の言葉も大分くだけてきた。その時々で誰かがお菓子を持ってきてくれるので、みんなで摘みながらおしゃべりをしてる。
「皆さんも、うちのお菓子を食べてくれない? これは『おまんじゅう』と言うの」
「なに!? まんじゅうですと!」
いけない、優さんが持ってきたまんじゅうに思わず興奮して、令嬢の仮面が剥がれ落ちるところだった。
「おまんじゅう? 初めて聞きましたわ。それはどんなものなんですか?」
「小麦粉で作った皮に、豆を甘く煮て作った『あんこ』という物を入れて蒸してあるの」
「あんこ……初耳だわ」
三人とも興味津々だ。あんこなんてこの世界にないもんね。
「小豆には鉄分が多いから、貧血予防にもいいの。便秘やむくみも解消してくれるから女性には嬉しいお菓子ね。ただし、お砂糖で甘くなってるから食べ過ぎ注意だけど」
「まあ! 私、貧血気味なんです」
「便秘にも効くなんて、いただいても?」
「どうぞどうぞ、召し上がってみて」
「「「いただきます」」」
みんなどう? どう? 私が作ったんじゃないけど!
「美味しい!豆を甘く煮たのは初めてだけど、私好きです」
「うん、優しい甘さですわ。ホッとします」
「この周りの皮もふわっとして、パンとはまた違ったおいしさね」
「ふふ、お口に合ってよかったわ」
やだ、めちゃくちゃ美味しそう。
「わ、私も食べ――」
「おい、こんなところで何を騒いでいるんだ」
はい、出たよ。取り巻きの筋肉達もお疲れさまです。
「バーナード様、別に騒いでおりませんわ。クラスメイト達とお茶を楽しんでいるだけですわ」
「休み時間ですもの。みなさん思い思いに楽しまれていますわ」
得意の令嬢アルカイックスマイルを決めた。ちょっと、三人をビビらすのやめてよね!
「皆さん、大丈夫だからね」
目配せして小声で囁いた。三人とも固まっていたのから解けたみたい。コクコク頷いている。
友人三人を後ろに庇うように、私と優さんはテーブルの前に立った。
「なにかご用でしたかしら?」
「ふん、用などない。お前たちが騒がしいから注意しに来ただけだ。学園内の規律を守るのも生徒会の役目だからな」
んなぁ〜にが規律を守るだ! 生徒会室をトレーニングルームにしたお前が言うかー? ヤバいわ、ほっぺがピクピクしてきた。
周りの生徒達もシーンと静まり返って、成り行きを見守っている。やだもう目立ちたくないのに。
「それはそれは、生徒会も大変ですのね。ですが、そんなに大きな声は出しておりませんわ」
「一応、貴族の娘として弁えておりますもの。普通の話し声の許容範囲内かと――」
「うるさい黙れ! この俺に口答えするのか!」
「「申し訳ありません」」
「ふん、とにかく俺がうるさいと思ったからだ。生徒会の言う事は守れ」
そう言い放つと、生徒会の三人は去っていった。はぁ〜めんどくさい。
「ヴァイオレットさんユージェニーさん、大丈夫ですか?」
「私達がはしゃぎすぎてしまったかしら」
「まさか殿下が、あんな言い方をされる方だったなんて」
ほら、三人が不安がってるじゃない! 筋肉クソ王子め!
「大丈夫よ。私達は慣れているから」
「そう、いつもあんな感じなの。あなた達はなにもしていないわ」
「皆さまも、お騒がせしてしまってごめんなさいね。どうぞお気になさらず、いつも通り休み時間を楽しんでくださいね」
周りの生徒達にそう謝ると、またカフェテリアにざわめきが戻ってきた。
「あなた達にも不愉快な思いをさせてしまったわ」
「本当にごめんなさいね」
「なにをっ、さっきのはどう見てもおふたりは悪くありませんわ」
「そうよ! あんなのただのインネンです!」
「どうか私達に謝らないでください」
「ありがとう……」
「よし、気を取り直しておまんじゅうをいただきましょう!」
「そうしましょう。ん〜おいし」
私達五人は、仲良くおまんじゅうを頬張った。
◇◇◇◇
カフェテリアにいた生徒達は、一部始終を目撃していた。
「いつもの殿下の穏やかな微笑みはなんだったんだ? もっと優しい話し方をされてるよな?」
「ヴァイオレット様にだけ、あんな態度を取ると言うことか……」
「しかも『いつもあんな感じ』らしいわよ」
「きっと外面がいいのね。別人みたいだったわ」
「女性に、それも婚約者に対してあんな言い方。横暴な方だったのね」
「そもそも、生徒会にそんな決まりがあったか?」
「そうだよなあ、別にヴァイオレット様達もうるさくなかったぞ」
「俺達の声のほうが大きいくらいだ」
「学園では皆平等となっているのに、王族を振りかざすなんてね」
「「「なんか殿下の見方が変わったわ」」」