1 思い出した、私悪役令嬢だわ
「な、な、なああぁーーー!! 思い出した!」
私はヴァイオレット・ヘザートン。公爵家の長女である。
それはまぁいい。ちょっと今それどころではないの。今日から通う聖フォーサイス学園の門を潜ったところで頭の中で音楽が鳴り響き、ピンク頭の女の子が振り返る映像が流れたのだ。
それと共に前世がアラサー会社員だったことや、ハマっていたゲームのことなど全て思い出した――ここ、乙女ゲーム『フローラ〜花の乙女とプリンスたち〜』の世界じゃん!
はい? 私、転生したの? ……あぁ、確かに死んだわ。うん、車に巻き込まれる事故で。
今の私はヴァイオレットよねぇ。銀髪ストレートに紫の目をした美少女。産まれた時から十五年間の記憶もちゃんとある。あれ、ちょっと待って。私ってメイン攻略対象の第二王子の婚約者で、ヒロインに数々の嫌がらせをする当て馬、兼断罪ザマァ要員じゃないの! ドリルのような縦巻きヘアでなくてよかったぁ……じゃなくて! 私が悪役令嬢だなんて、そんな――
「イヤァーーー!!」
淑女らしからぬ声でそう叫んだところで、後ろから
『イヤーー!! マジか、フロプリじゃん!』
という声が聞こえてきた。え、日本語?
「ユージェニー?」
「ヴァイオレット?」
振り返ると、ふわりとウェーブしたダークブロンドに翡翠色の瞳の友人ユージェニーがいた。
『あなた今、フロプリって言った?』
『ウソッ、まさかあなたも?』
日本語で話しかけると日本語で返事が返ってきた。
「「やだ、私達、転生者?」」
◇◇◇◇
ひとまず入学式に出席することにした。そこは真面目なのである。
壇上では新入生代表として、私の婚約者でもある第二王子のバーナード・ガルブレイス様が挨拶をされているところだ。バーナード様はメイン攻略対象だけあって、顔がいい。金髪碧眼のいかにも王子様って感じ。だがはっきり言って、私達の仲はあまり上手くいっていない。
そんなことを考えていると、拍手の音で現実に引き戻された。バーナード様が、片手を上げて拍手に応えながら階段を降りていく所だった。バーナード様の話は全然聞いてなかったわー。
「ねぇ、あれあなたの婚約者よね」
「そうよ。一応」
ユージェニーと口に手を当てコソコソと話す。
今世の記憶はもちろんあるのだが、前世の記憶が一気に流れ込んできて少し混乱したので、ふたりで擦り合わせ確認中なのである。
「ユージェニーの婚約者は、あの王子の隣にいる黒髪眼鏡の宰相子息よね」
「そう、トレバー・ベイリー様よ。一応ね」
ユージェニーの言葉にも含みがある。ここのカップルも上手くいっていないのよね。
あら? でもおかしいわね。うちはゲームでも最初から不仲だったけど、ユージェニーとトレバー様は、ヒロインが出てくるまでは仲が良かったはず。
「なんかゲームと違う所がありそうね。ちょっとあなた時間はあるかしら?」
「ええ、大丈夫よ。このあとカフェテリアで話しましょう」
今日の予定は入学式とクラスの確認だけ。あとは帰ってもよいので、私達は学園内のカフェテリアへ行くことにした。
◇◇◇◇
「じゃあ、一度状況を整理しましょうか」
「そうね。ここは『フローラ〜花の乙女とプリンスたち〜』って乙女ゲームの世界で間違いない?」
「ええ、あなたは公爵家長女のヴァイオレット・ヘザートンで、私は侯爵家次女のユージェニー・グラント」
「合ってるわ。そして、攻略対象は私の婚約者である第二王子バーナード・ガルブレイス様、ユージェニーの婚約者である宰相次男のトレバー・ベイリー様、騎士団長次男のジェフリー・ボールドウィン様、学園の魔法学教師のネイサン・グリーングラス先生」
このゲームの攻略対象は四人。そのうち婚約者がいるのは、先生以外の生徒三人。
ヴァイオレット・ヘザートン、ユージェニー・グラント、一歳年下のモリー・ファニングがそれぞれ婚約者で悪役令嬢だ。
「ねぇヴァイオレット、なんで次男ばっかりなのよ」
「しらん。制作側が次男になんか思い入れでもあったとか?」
「まぁ、単純に長男は第一王子の側近に選ばれたから、自動的に第二王子に次男があてがわれたのかもしれないけど」
「なるほど。たしか続編も出るって話だったわよね。あなた知ってる?」
「私、リリースされる前に死んじゃったみたいなのよね」
「私もだわ……」
登場人物が全員知っているキャラなので、恐らく続編が出る前の第一シーズンで間違いない。
「ユージェニー、あなた前世は何歳だったの?」
「私は三十歳ね。子供の頃から体が弱くて、体調を崩して入院中に亡くなったんだと思うわ」
「そっか……私は二十八歳。横断歩道で車の事故に巻き込まれて、そのまま記憶が途切れてるわ」
「そうだったの……私達アラサー同年代だったのね」
「道理であなたとは気が合うと思った」
私達は前世の記憶が戻る少し前から仲がよかった。若いデビュー前の令嬢たちが集うお茶会で、あまり他の令嬢たちの話に共感できず苦笑いしていると、テーブルの向かい側に座っているユージェニーも同じ顔をしていたのだ。
何かを察し目と目で通じ合った私達は、それからよく話すようになった。
「あなた前世の名前は覚えてる?」
「優香よ。ユージェニーだからちょっと似てるわね」
「へぇ、じゃあふたりの時は優さんって呼んじゃお。私はね、すみれよ」
「ヴァイオレットとすみれ、やっぱり関連があるのね! じゃあ私もすみれさんって呼ぶわ」
「ふふっ、なんか不思議な感じね」
前世の話が出来る友達がいてくれて、なんだか嬉しい。
「ところですみれさん、ゲームはまだ始まっていないわよね?」
「えぇ、二つ年下のヒロインが入学してそこから始まるのよ」
「ヒロインはピンク頭にエメラルドの瞳をしたフローラっていう平民の子ね」
「で、私達は悪役令嬢ってやつで、卒業式で断罪……」
「イヤーー! 断罪なんてイヤーー!」
「ちょっと優さん、落ち着いて!」
気持ちはわかる! 私だって断罪なんか絶対に嫌だ! 悪役令嬢なんて、自分の婚約者ルートなら国外追放、他の攻略対象ルートなら修道院、逆ハーエンドなら三人揃って娼館落ちなんだもの。
「優さん、そうならないためにも対策を練るのよ」
「どうするの?」
「ヒロインと攻略対象を徹底的に避けましょう!」
「そう上手く行くかしら。ゲームの強制力とかあったらどうしよう」
「やってみないとわからないわ。少なくとも原作ゲームとは違うところもあるみたいだし」
「なるほど? たとえばどこらへんが?」
優さんがテーブルに乗り出してきた。立ち直りが早い。
「まずは、あなた達カップルよ」
「ん? 私とトレバー様ってこと?」
「原作では、ヒロインが出てくるまで仲が良かった設定だったわよね」
「確かに……今の私達はあまり上手くいってないわ」
「でしょう? なんでなのかしら」
少し考え込んだあと、おもむろに優さんが答える。
「たぶんだけど、あの人なんかキャラが違うのよ」
「キャラが違う?」
「そう、ゲームでは知的眼鏡枠だったでしょう? だけどなんか体育会系というか、脳筋というか――」
「んあっ! それ私にも覚えがある」
そうそう、それよ! 今まであった小さな違和感の根源がやっとわかった気がするわ。
「バーナード様もよ! 私が体調を崩した時に『鍛えてないから風邪なんか引くんだろ、気合が足りないんだ』って言われたのよ。お見舞いに来てそれはないわよね」
「トレバー様もね、お茶会に誘ったら『今日はトレーナーが来る日だから無理だ』って断られたり、誕生日プレゼントもダンベルだったり」
「ダンベルいらねぇ……貴族令嬢にそれはないわ」
「でしょう? しかも自分とペアとか言っていたわ。それで段々冷めて行っちゃったのよね」
「ペアのダンベルて……うちは元々バーナード様が冷たい設定だけど、原作では私の方は好きだったはずなのよ。だけど、いつも冷たくされるから全然好きじゃないし。筋肉バカなのはバグかしら」
「バグる方向がおかしいわっ!」
先程見た攻略対象達の姿を思い浮かべてみる。
「バーナード様もトレバー様もスマートな優男ってキャラのはずなのに、少し制服がパツパツしていたわね」
「脱いだら凄い、細マッチョってやつ? たぶん腹筋割れてるわね」
「割れてる割れてる。王宮にトレーニングジムまで作っちゃったもの」
「マジか!」
「騎士団長子息のジェフリー様は元々脳筋キャラだったけど、まさか他の人までそうだとは」
なんでこうなった?