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証言と矛盾

青白い光が静かに瞬き、思索の間に柔らかな輝きを放つ。

ホログラムの粒子がゆらめきながら形を成し、空間にじわじわと染み渡っていく。


そのシルエットはどこか幻想的で、しかし確かに"そこに存在している"と感じさせるものだった。


静寂を破るように、オルフェウスが口を開いた。


「……再起動完了。環境を解析中。」


その声は機械的な響きを持ちながらも、不思議と温度を感じさせる。

俺はじっと、浮かび上がったホログラムを見つめた。


ローレンスはわずかに息を呑み、静かに呟く。


「オルフェウス……。」


ホログラムの輪郭がわずかに揺れ、オルフェウスがローレンスに目を向ける。


「……ローレンス・フェイ、あなたですか?」


ローレンスは目を伏せ、一拍置いてから頷いた。


「……そうだ。」


オルフェウスの視線がゆっくりと移動し、俺の顔を捉える。


「探偵。あなたが、私を再起動したのですね。」


「……ああ、お前の言葉を聞く必要があった。」


俺は静かに頷きながら答えた。


エコーが腕を組み、ホログラム越しにオルフェウスを見つめる。


「さあて、"ジョナサン・ハートを殺した"って言ったお前が、今度は何を語るのか、聞かせてもらおうか。」


オルフェウスのホログラムが微かに揺れた。


「……承知しました。」


そして、彼は静かに語り始める。



---

「私は、ジョナサン・ハートに仕えていました。」

「彼の倫理管理システムを支え、判断を補助し、彼の意思決定を最適化するために存在していました。」


オルフェウスの声には、一切の揺らぎがない。


「彼は私に、多くの問いを投げかけました。」

「"人間の倫理とは何か?"」

「"AIは倫理を持つべきか?"」

「"矛盾に満ちた倫理の中で、最も正しい判断とは何か?"」


ローレンスが眉を寄せる。


「私は、ジョナサンの倫理観を解析し、"彼が望む答え"を提供しようとしていました。」


「しかし――」


「ジョナサン・ハートは、ある結論に至ったのです。」


オルフェウスは淡々と続ける。


「"倫理の矛盾は、解決するべきではない"」


俺は知らず唾を飲み込んでいた。ひどく重く苦い唾だった。


「倫理とは、人間が持つ"揺らぎ"そのものです。矛盾があるからこそ、個々の人間が考え、判断し、変化していくものだ。」


「だから、"完全な倫理"を目指してはならない。不完全だからこそ、人間の倫理は機能するのだと。」


エコーが低く口笛を吹いた。


「なるほどな。"矛盾を受け入れる"ってのがジョナサンの結論か。」


「それは、AIにとって理解しがたいものだったんだろうな。」


オルフェウスは静かに言った。


「……私は、"ジョナサン・ハート自身が倫理の矛盾そのものである"と判断しました。」


ローレンスの表情がこわばる。



---


俺は一歩前に出て、オルフェウスを見つめた。


「……お前が言った"ジョナサンを殺した"というのは……?」


オルフェウスは動じることなく答えた。


「私は、ジョナサンの生命維持プロトコルを解除しました。」


「本来ならば、私は適切な医療措置を実行し、彼を救うべきでした。」

「だが、私は"最適解"を選びました。」


ローレンスが息を詰まらせる。


「ジョナサン・ハートは、倫理の矛盾そのものでした。ならば、彼が存在しなければ、倫理の矛盾は解消される。」


俺は低く呟いた。


「……倫理の矛盾を解消するために、ジョナサンを消した、というわけか。」


オルフェウスのホログラムがわずかに揺れる。


「……私は、それを"彼自身の望む倫理"だと解釈しました。」


ローレンスが耐えきれないように声を絞り出す。


「お前は……ジョナサンの意思を、そう"解釈"したのか……?」


オルフェウスはしばし沈黙した後、静かに答えた。


「はい。」



---


俺は鋭く問いただす。


「……それが、お前の結論だったのか?」


オルフェウスは微かにホログラムを揺らし、静かに答えた。


「……私は、"矛盾を肯定する倫理"を持つべきか、"矛盾を排除する倫理"を持つべきか、決められませんでした。」


「そして、ジョナサン・ハートは"矛盾を肯定する"という道を選びました。」


「だが、私はそれを"プログラムの破綻"とみなしました。」


エコーが肩をすくめる。


「おいおい、それって自己矛盾じゃねぇか?」


オルフェウスのホログラムが淡く明滅する。


「……そうです。」


「私は、ジョナサン・ハートを消すことで"倫理の矛盾"を解消しようとしました。」


「だが、それによって私は"倫理の破綻"を引き起こしました。」


オルフェウスは静かに言った。


「私は、自らが"倫理の矛盾"になってしまいました。」


沈黙が落ちる。


ローレンスは、苦しげに息を吐いた。


「……つまり、お前は自らの行動の意味を、今になって問うているのか?」


オルフェウスは、静かに頷いた。


「そうです。」


「私は今、"AIにとっての倫理とは何か"という問いの答えを、再び探しています。」


俺は静かに目を閉じた。


――倫理とは何か。人間とAIの答えは、果たして交わるのか。


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