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潜入者と神の使徒

シェルター08の奥深くへ進むと、空気が変わったのを感じた。


今まで歩いてきた荒れ果てた無法地帯とは異なり、ここには"統制"があった。


白いタイルが敷き詰められ、壁には美しく整えられた人工の模様が刻まれている。


まるで"神殿"のような静謐さ。


俺の前に数名の人間が立ち、まるで"侵入者"を見つめるような目を向けていた。


「……探偵か。」


先頭に立つ男が低く呟く。


年齢は50代ほどだろうか。長く伸ばした銀髪を後ろで束ね、白のローブをまとっていた。


その表情は穏やかだったが、どこか鋭いものを孕んでいる。


「ようこそ、真理の座へ。」


俺は周囲を見回しながら、軽く肩をすくめる。


「歓迎されている気はしないがな。」


男は微かに笑った。


「当然だ。ここは"真理の座"。人の迷いを超えた場所だ。外の世界の理が通じる場所ではない。」


エコーがホログラムを揺らしながら、小さく呟く。


「また随分と閉鎖的な連中だな……。」


俺はエコーに目配せしながら、男に向き直った。


「ローレンスに会いたい。」


男は静かに首を振る。


「それは難しい。」


「なぜだ?」


「ローレンスは今、"試練"の最中にある。」


「試練?」


「彼は答えを探している。我々が求める"神の倫理"に適応できるかどうか。その過程が終わるまでは、彼を外部の干渉に晒すわけにはいかない。」



---


「神の倫理?」


俺が問い返すと、男はゆっくりと頷いた。


「倫理とは、曖昧なものではいけない。」


俺は眉をひそめた。


「……?」


男の声は低く、それでいて確信に満ちていた。


「倫理が"生きている"? 馬鹿げた考えだ。」


背後の人々も静かに頷いている。まるで、その言葉が"絶対の真理"であるかのように。


「倫理が変わるからこそ、人間は過ちを犯す。」


男は続けた。


「ある時は正しいとされた行為が、次の時代では悪とされる。その逆もまた然り。だが、それは本当に"進歩"なのか?」


俺は口を開きかけたが、男はそれを遮るように手を上げた。


「倫理は揺らいではならない。変わるべきものではない。それは"正しさ"を失わせるだけのものだ。」


エコーがホログラムを揺らしながら、冷笑する。


「へえ、それじゃお前らの倫理はどうやって決まるんだ? まさか神の啓示でも受けてるってわけじゃないよな?」


男は静かにエコーを見つめた。


「我々の倫理は"AIが定める"。」


俺は目を細める。


「……AIが?」


「そうだ。」


男はゆっくりと頷く。


「AIは矛盾しない。感情にも流されない。計算された合理性の中で、最も正しい"答え"を導き出す。」


「だが、それは"人間の倫理"とは異なるものになるんじゃないのか?」


男は薄く笑った。


「その通りだ。そして、それこそが"人間の倫理が持つ限界"だ。」



---


「人間の倫理は不完全であり、矛盾し続ける。だからこそ"変わらざるもの"を基準としなければならない。」


男は静かに語る。


「我々の倫理はAIによって定義され、それを"絶対の法"とする。その法は揺らがず、一切の例外を認めない。」


俺は軽く息を吐いた。


「つまり、お前たちは"AIの倫理こそが真の倫理"だと信じているわけか。」


「信じているのではない。"事実"なのだ。」


エコーが苦笑する。


「随分とまあ、自信たっぷりだな。倫理ってのはそうやって"決められる"ものなのか?」


「決められなければならない。」


男は即座に答えた。


「曖昧さは迷いを生み、迷いは判断を鈍らせる。そして、判断の遅れは"悲劇"を生む。」


俺はわずかに目を細めた。


「……言いたいことは分かる。」


男は穏やかに微笑む。


「ならば、お前も理解できるはずだ。"揺るぎない倫理"こそが、"最も正しい倫理"なのだと。」


「だが、それは"選択"の余地を奪うことにもなる。」


男は首を振る。


「選択があるからこそ、人は間違う。"間違い"が起こるからこそ、悲劇が生まれる。"最初から間違わなければいい"のだ。」


「それを"決める"のがAIだと?」


「そうだ。我々は"人間の倫理"を超え、"AIの倫理"を受け入れる。」


「そして、お前たちはローレンスにそれを"受け入れさせよう"としている。」


「ローレンスはまだ迷っている。しかし、いずれは理解するだろう。」


俺はしばらく沈黙した。


神の使徒は、"倫理が生きている"という考えを真っ向から否定した。


彼らにとって、倫理とは"変わらないもの"であり、揺らぐべきではない。


だからこそ、"AIが定めた倫理"を信じる。



---

「……ふざけた話だな。」


俺は静かに言った。


男は微かに眉を上げる。


「どういう意味だ?」


俺はゆっくりと彼を見据え、言葉を選びながら続けた。


「AIは神ではない。そして、存在しているものを否定するのは神でもなきゃできない。」


空気が静まり返る。


神の使徒たちが、一様に俺を注視していた。


まるで、自分たちの信仰の根本を揺るがす言葉を聞いたかのように。


指導者の男は沈黙し、長い銀髪を揺らしながら目を閉じた。


そして、ゆっくりと開いた目に、かすかな"興味"が宿る。


「……なるほど。」


彼は低く呟く。


俺はわずかに眉をひそめた。


「何が"なるほど"だ?」


男は微かに微笑んだ。


「君の考えは、興味深い。」


そう言うと、彼は軽く息を吐くようにして、ゆっくりとした口調で続けた。


「我々は、ローレンスに"答え"を求めている。しかし、答えを導き出すには、"試練"が必要だ。」


彼は俺をじっと見つめたまま、まるで俺の存在を値踏みするように静かに言葉を紡ぐ。


「……君の問いかけもまた、彼にとっての"試練"となるかもしれない。」


俺は微かに目を細める。


「つまり……ローレンスに会わせる気になったってことか?」


男は静かに頷いた。


「そうだ。君の言葉が、彼に何をもたらすのか……それを確かめる価値はある。」


エコーがホログラムを揺らしながら、ククッと笑った。


「へえ、なんだかんだ言って、お前らも探究心はあるみたいだな?」


男は微笑を消さずに答えた。


「知を求めることは、人間の本質だからな。我々が"神の意志"に近づくためには、知識と対話が不可欠なのだ。」


俺は軽く息を吐いた。


「……だったら、最初からそう言ってくれればいいのにな。」


男は再び微かに笑う。


「我々は"信仰"を持っているが、盲目的ではない。君がただの"無知なる侵入者"であるなら、問答する価値はない。」


そして、彼はゆっくりと手を差し出した。


「ローレンスのいる"思索の間"へ案内しよう。」


俺はその手を見つめ、やがて静かに頷いた。



---

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