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情報屋と無法地帯

ゼインの店は、都市の地下に広がる"情報の闇市場"の一角にあった。


外観はただの古びたバーに見えるが、内装には無数のモニターが並び、リアルタイムで流れるデータの奔流が映し出されている。


カウンターの奥では、ゼインがグラスを片手にゆったりと腰掛けていた。


「久しぶりだな、探偵。」


ゼインは静かに微笑み、琥珀色の液体を軽く揺らす。


「また酒ばかり飲んでるのか?」


俺はカウンターに腰を下ろしながら問いかけた。


ゼインは肩をすくめ、片手でグラスを回す。


「酒と情報は似てる。どちらも、時間をかけて楽しむもんだろ?」


ふわりとエコーが浮かび、ホログラムの腕を組むようなポーズを取る。


「へえ、情報屋のくせに、肝心の情報をのんびり味わってるとはな。商売の腕はどうなんだ?」


ゼインはにやりと笑った。


「相変わらず口の減らないAIだな。」


「生意気が売りなもんでな。」


ゼインは笑いながら、テーブルに端末を置いた。


「それで? 今日は何を求めてきた?」


俺はゼインの目をまっすぐ見据える。


「シェルター08へのアクセス方法を知りたい。」


ゼインの指が止まった。グラスをカウンターに置き、俺をじっと見つめる。


「……なるほど。ジョナサンの事件か?」


俺は口元を引き締めながら頷いた。


「ヴァンサンに会った。彼の口から"シェルター08"の名前が出た。」


ゼインはわずかに目を細め、静かに息を吐いた。


「お前、ヴァンサンの情報でここにたどり着いたってのか……それは驚きだな。」


ゼインの目は俺を試すように光る。


「俺でも、ローレンスがそこに潜伏してる可能性が高いと知るのに時間がかかった。」


「お前がヴァンサンの話を信じるなら——なるほどな、納得だ。」


エコーがホログラムを揺らしながら、小さく笑う。


「へえ、探偵の腕も捨てたもんじゃないってことか?」


ゼインは肩をすくめた。


「仕事柄な。こっちもそれくらいは把握しておかないと、飯の種にありつけなくなる。」


俺はテーブルに肘をつき、静かに言った。


「シェルター08に潜入する方法を知ってるか?」


ゼインは端末をいじりながら、薄く笑う。


「いい情報ほど、高くつくぞ。」


「分かりやすいのは好きだ。」


ゼインは満足げに頷く。


「そういう取引は好みか?」


「まぁな。」


ゼインはグラスを持ち上げ、一口飲んだ後、ゆっくりと口を開く。


「シェルター08に入るには、"神の使徒"と接触しなきゃならない。そこに関わる情報は、ただの裏ルートよりもずっと価値がある。」


俺は静かに息を吐いた。


「神の使徒、か……」


ゼインは軽く頷き、グラスを置く。


「元々は防災用の地下施設だったんだが、今は"排除区"として機能してる。統括局の管理が及ばない無法地帯だ。」


「そこを支配してるのが、"神の使徒"って連中だ。AIを神と崇める狂信者たちだよ。」


エコーがホログラムを揺らしながら、皮肉げに笑う。


「AIを神ねぇ……また厄介そうな連中だな。」


「お前らの倫理観とは違うが、奴らにとっては"真実"だ。」


ゼインは軽く肩をすくめた。


「で、彼らと接触するには?」


「……簡単な方法がある。」


ゼインは端末を操作しながら言った。


「"彼らにとって有益な情報"を持って行くことだ。」


「有益な情報?」


「例えば、"統括局がAI倫理の改変をどこまで進めているのか"。それを示す何かだな。」


俺は目を細めた。


「そんな都合のいい情報は持ってない。」


ゼインはゆっくりと笑う。


「持ってないか?」


彼は俺の目を覗き込むように言う。


「ヴァンサンの話を聞いたんだろう? AI倫理の"発展派"と"遵守派"が行き着いた、"同じ問題"について。」


俺は少し間を置いて、静かに答えた。


「それがどうした?」


ゼインは指を鳴らした。


「それは、神の使徒が求める答えと関わっているかもしれないってことさ。」


エコーがくすっと笑う。


「なるほどな。つまり、こっちが提示する"情報"は、"AI倫理を操作しようとした結果、何が起きたのか"ってことか。」


ゼインは満足そうに頷いた。


「そういうことだ。」


俺は考える。ローレンスに会うためには、"神の使徒"をうまく利用する必要がある。しかし、彼らが単なる情報提供者で終わるとは限らない。


「……リスクはあるな。」


ゼインは微笑む。


「リスクのない取引なんてないさ。」


俺は小さく息をついた。


「……いいだろう。」


ゼインはグラスを傾け、笑みを深める。


「交渉成立だな。」



---

探偵事務所に戻ると、エミリアが端末を開きながらこちらを見た。


「ゼインと話してきたのね。シェルター08に行くつもり?」


俺はコートを脱ぎ、ソファに腰を下ろした。


「そこにローレンスがいる可能性が高い。なら、行くしかないだろう。」


エミリアは腕を組み、難しい顔をする。


「シェルター08……そこは統括局の管轄外よ。つまり、秩序がない。"統括局の排除区"として扱われているけど、実際はただの無法地帯。」


エコーがふわりと浮かびながら軽く口笛を吹く。


「ふぅん、なるほどな。つまり、相棒とオレが入ったら、"どんな目に遭おうと自己責任"ってわけか。」


「その通りよ。」


エミリアは端末を操作し、シェルター08の概略図をホログラムに投影した。


「元々は防災用の地下施設だったけど、統括局が"問題のあるAI"を排除するための隔離区域として機能させたの。それがいつの間にか、人間の避難場所にもなった。」


俺はホログラムのマップをじっと見つめる。


「神の使徒の拠点にもなっているんだろう?」


「そうね。"AIこそが倫理を超えた存在"と考える狂信者たち……彼らがこの場所を支配しているわ。」


「ローレンスがそんな場所にいる理由は?」


エミリアは小さく息を吐いた。


「おそらく、統括局の追跡を逃れるため。そして……"AI倫理の本質"を問い直すためよ。」


俺はエコーと視線を交わす。


「ヴァンサンが言っていた。"AIの倫理は人間の倫理と同じであるべきか?" それを追求しているってことか。」


「ええ。」


エコーがホログラムを揺らしながら言う。


「なるほどな。"統括局に管理された倫理"と、"AI自身が選ぶ倫理"。そのどちらが正しいかを試すには、確かにいい場所かもしれねぇな。」


「問題は、ローレンスにどう接触するかよ。」


エミリアはホログラムを指でなぞりながら続けた。


「シェルター08は閉鎖的な社会。外部の人間が簡単に入り込める場所じゃない。神の使徒に接触する方法を考えなきゃならないわ。」


俺はゼインの言葉を思い出し、静かに答えた。


「"彼らにとって有益な情報"を持っていけば、交渉の余地はある。」


エミリアが少し目を細める。


「ゼインがそう言ったの?」


「ああ。」


エミリアは軽くため息をついた。


「……そうね。神の使徒にとって興味があるのは、"AI倫理がどう進化しようとしているのか"、もしくは"統括局がどこまで介入しようとしているのか"。」


「つまり、俺たちが持っている"AI倫理の発展派と遵守派が行き着いた同じ問題"についての情報が鍵になる。」


エコーがくすっと笑う。


「へぇ、神の使徒が"真の倫理"を求めてるってんなら、そいつは確かに興味を持つかもしれねぇな。」


「問題は、どうやってシェルター08に入るかだ。」


エミリアは真剣な表情で言った。


「統括局の監視が強まってるわ。あなたたちの動きは完全に把握されていると思ったほうがいい。」


「つまり、正面突破は難しいってことか。」


エミリアは頷いた。


「ええ。正面ルートは統括局の目が光ってる。別ルートを探す必要があるわ。」


「どんな手がある?」


「ひとつは、"シェルター08に物資を運ぶルート"を利用すること。」


エミリアはホログラムのマップを拡大した。


「シェルター08は外部と完全に断絶しているわけじゃない。一定の物資は外部の人間が持ち込んでいる。神の使徒に認められた者だけが運び込める物資ルートを使えば、内部に入り込める可能性がある。」


「物資ルートか……」


俺は考え込む。


「リスクは?」


「当然、高いわ。もし"潜入者"だとバレたら、ただで済むとは思えない。」


エコーが軽く肩をすくめるようなジェスチャーをする。


「ま、そもそも危険じゃないルートなんてないだろ?」


「ええ、確かにね。」


エミリアはホログラムのマップを操作しながら、真剣な表情で言った。


「正面突破という手もあるわ。」


俺は目を細めた。「どういう意味だ?」


「統括局がシェルター08の周囲を監視しているのは確か。でも、彼らが警戒しているのは"不審者"よ。なら、"不審者"を作ればいい。」


エコーがふわりと浮かび、「おいおい、まさか……」と言いかける。


「私が囮になる。」エミリアはきっぱりと言った。「統括局を引きつけている間に、あなたたちは正面ルートから潜入するの。」


俺はカウンターに肘をつきながら、少し考え込む。


「……悪くない案だな。お前がうまく立ち回れば、正面ルートからでも入り込める可能性は高い。」


「ええ。ただし、リスクも大きいわ。」エミリアは静かに続ける。「もし失敗すれば、私は統括局に捕まるかもしれないし、あなたたちも逃げ場を失う。」


エコーが腕を組むポーズをしながら口を挟む。「つまり、相棒、お前がどっちのルートを選ぶかってことだ。」


俺は小さく息を吐き、マップを見つめる。


「物資ルートを使う。」


エミリアがわずかに驚いたように俺を見る。


「なぜ?」


俺は肩をすくめ、コートの襟を正す。


「俺は探偵だ。どんな状況でも"潜入"の方が得意なんでね。」


エコーがホログラムを揺らしながら、くすっと笑った。「カッコつけやがって……でも、まぁ、探偵らしいな。」


俺は軽くエコーを睨むが、エコーは構わずふわりと浮かびながら言う。


「いいぜ、相棒。どうせ危険なのは変わらねぇんだから、カッコつけるのもアリだ。」


エミリアは小さく微笑むと、「分かったわ。物資ルートを確保するわね。」と言った。




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