表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

暗号解読とAIを拒む者

探偵事務所の窓から、街のネオンがぼんやりと滲んで見えた。


オルフェウスのバックアップデータを解析するため、端末を囲む俺、エミリア、そしてエコー。


エミリアが端末を操作しながら、眉間に皺を寄せる。


「……これは、ちょっとやそっとじゃ解けないわね。」


「どれくらいの暗号化レベルなんだ?」


「AI統括局の技術が使われてるわ。」


エミリアの指が止まり、考え込む。


「ジョナサンはAI倫理監視官よ。彼がこんな高度な暗号化を扱える技術はないはずよ。」


俺は腕を組む。


「なら、誰かが意図的にこのデータを隠したってことか。」


「ええ。」


エコーがホログラムを展開しながら言う。


「とりあえず、俺も解析にかけてみるか。」


数秒後、エコーは肩をすくめた。


「ブルートフォースアタック……相棒に分かるように言うなら、"根性の総当たり"でやれば解けるが、この事件が終わる頃にようやく解読できる程度の時間がかかるな。」


俺は腕を組む。


「プロの手を借りるしかないか。」


エミリアが頷く。


「ただし、統括局に捕捉されるリスクが高くなるわ。彼らにこのデータを解析しようとしていると悟られたら、厄介なことになる。」


「誰か、心当たりは?」


エミリアは少し間を置いてから言った。


「ヴァンサン・リード……彼ならどうかしら?」


俺は少し考えた後、エミリアに問いかける。


「ヴァンサン……統括局を辞めた技術者だったか?」


エミリアは頷き、静かに語り始めた。


「ヴァンサンはAI統括局の中でも特に優秀なエンジニアだったわ。でも、彼はある問題に直面して、統括局を離れたの。」


「ある問題?」


「AIの倫理についての根本的な矛盾よ。」


エコーがふわりと浮きながら言う。


「ほう、興味深いな。」


エミリアは軽く息をつく。


「AIの倫理は、大きく二つの立場に分かれているの。」


「遵守派と発展派、だな?」


「その通りよ。」


エミリアは指を組みながら続けた。


「遵守派は、人間が定めた倫理をそのままAIに適用し、厳格に管理すべきだと考える派閥。」


俺は頷く。


「そして発展派は、AIが自律的に倫理を発展させ、人間の定義する倫理を超えて進化することを求める派閥、というわけか。」


「ええ。」


エコーがからかうように言う。


「そりゃあ面白い対立だな。で、ヴァンサンはどっち派だったんだ?」


エミリアの表情が僅かに曇る。


「……ヴァンサンは、どちらの派閥にもついていなかった。」


「どういうことだ?」


「彼は、"AIに倫理は不要だ"と考えていたのよ。」


俺は眉をひそめた。


「つまり?」


「AIが動くためには倫理なんかじゃなく、ただのプログラムコードがあればいい。ヴァンサンはそう考えていたの。」


エコーが小さく口笛を吹いた。


「そりゃまた極端だな。」


エミリアはため息をつく。


「だから、統括局の中でも浮いてしまった。発展派とも折り合わず、結局、彼は孤立したのよ。」


俺は考え込む。


「だが、ヴァンサンの暗号解読技術は統括局随一だったはずだ。」


エミリアは頷く。


「ええ。だからこそ、一度彼の元を訪れる価値はあると思うわ。」



―――


ヴァンサンの工房は、都市の喧騒から遠く離れた地区にあった。


古びた機械や手作業で動かす設備が並び、電子的な管理の影響をほとんど受けない空間だった。


俺たちは工房の扉の前で立ち止まる。


ノックすると、低い声が返ってきた。


「……誰だ?」


「探偵だ。」


扉がわずかに開き、ヴァンサンが覗く。


「エミリアの紹介だから会ってやった。だが、手短にな。」


彼の視線が俺を値踏みするように見ている。


「オルフェウスのバックアップデータの暗号を解読してほしい。」


ヴァンサンの目が鋭くなる。


「帰れ。」


「話くらいは聞いてくれないか?」


ヴァンサンは腕を組み、ため息をつく。


「俺はAIを信用していない。」


彼の視線がエコーに向けられる。


「そもそも、そのAIは何だ? お前の監視役か?」


エコーがすかさず返す。


「監視役ってのは、お前みたいに閉じこもって外を疑ってる奴のことじゃないのか?」


ヴァンサンの眉がわずかに動いた。


「生意気なAIだな。」


「よく言われる。」


ヴァンサンは鼻を鳴らし、低く呟いた。


「……お前のようなAIが生まれるから、俺はAIに倫理は不要だと言ったんだ。」


俺は目を細める。


「つまりどういうことだ?」


ヴァンサンは少し間を置き、俺を見定めるように視線を向ける。


「お前はAI倫理について、どこまで知っている?」


「発展派と遵守派があることくらいはな。」


ヴァンサンは静かに笑った。


「少し違う。彼らの主張はその後、さらに極端になっていった。俺は、それに愛想を尽かして辞めたんだよ。AIはプログラムだ、コードさえあれば倫理なんざ不要だ。」


「極端になったとは、どういうことだ?」


ヴァンサンは俺をじっと見つめた。


「……お前、思ったより"真剣"なんだな。」


彼は腕を組み、考え込むように目を伏せる。


「ジョナサンの死の真相を追うだけなら、そこまで踏み込む必要はない。なのに、お前は"AIの倫理制御"にまで手を出そうとしている。」


俺は一瞬、言葉に詰まる。


「AIの倫理制御?」


ヴァンサンは腕を組み、深く椅子に背を預けた。


「ああ。ジョナサンの死は、俺はそれに関係したと考えている。」


俺が言葉を継ぐより先に、エコーがふわりと浮かび上がり、軽く肩をすくめた。


「へえ、そりゃ大層な言い分だな。どう関係したってんだ?」


ヴァンサンはエコーを一瞥し、鼻を鳴らす。


「ジョナサンは遵守派だったが、"AIの倫理監視は徹底すべき"という極論に至った。」


俺は腕を組んだまま、ヴァンサンを見据えた。


「それが、ジョナサンの持っていた思想だったと?」


「ああ。そしてローレンスは発展派だったが、"AIの倫理は進化すべき"という極論に至った。」


エコーがホログラムを揺らしながら、半ば呆れたように言う。


「徹底すべき、進化すべき……どっちも"べき論"の塊ってわけか。」


ヴァンサンは小さく笑った。


「その通りだ。結果として、二人の思想は正反対の地点に立ったが——」


俺は彼の言葉を遮るように言った。


「どちらも"AIの倫理を操作しようとした"って点では同じ、というわけか。」


ヴァンサンがゆっくりと頷く。


「その考えが、行き着くところまで行った。ジョナサンはAIを完全に制御できる"枠"を作ろうとし、ローレンスはその枠を取り払おうとした。」


エコーが腕を組むような仕草を見せる。


「なるほどな。でも、その対立がジョナサンの死にどう繋がる?」


ヴァンサンは視線を落とし、机の端を指先で弾いた。


「オルフェウスはローレンスが作ったAIだ。だが、ジョナサンの理想に沿うように調整されていた。つまり、"管理されたAI"だったはずだ。」


俺は目を細める。


「しかし、オルフェウスはジョナサンを"殺した"と自白している……」


「そういうことだ。」


ヴァンサンは短く息を吐いた。


「どんな倫理が組み込まれていたのか、それを知るのが怖いからこそ、俺はお前の頼みを断った。」


俺はしばらく沈黙した。


「……」


「人を殺したと自白するAIにはどちらの倫理が組み込まれていたと思う?」


ヴァンサンの問いに、俺は答えられなかった。


エコーも、珍しく静かになっていた。


ヴァンサンは椅子から身を乗り出し、俺をじっと見据えた。


「二つの派閥は、最終的には"同じ問題"にぶち当たる。」


俺は顔を上げた。


「同じ問題……?」


ヴァンサンはしばらく俺を観察するようにしてから、口を開く。


「どちらの基本も、同じところから派生しているんだ。」


エコーが考え込むように宙を漂う。


「でも、倫理の方向性が正反対なら、行き着く問題も変わるはずじゃねぇのか?」


ヴァンサンは微かに笑った。


「そう思うだろう? だが、根本は変わらない。倫理の制御を"固定"しようとするか、"進化"させようとするか……どちらの立場に立とうと、ある壁にぶつかる。」


俺はわずかに息を飲んだ。


「……AIの行動は論理的に説明可能でなければならない。説明できるからこそ、倫理として組み込める。」


ヴァンサンは口角を上げた。


「その通りだ。」


「ジョナサンはAIを厳密に管理しようとしたけど、それでは"人間らしさ"が再現できなかった。」


「ローレンスはAIに自由を与えようとしたけど、それでは"人間が理解できる倫理"にはならなかった。」


エコーがホログラムを揺らしながら、ククッと笑った。


「なるほどな。"AIの倫理"ってのは、結局"人間の倫理"をそのまま適用できるもんじゃねぇってわけか。」


「そりゃそうだよな。人間の倫理ってのは"個人"によって違うし、時代や文化によっても変わる。」

「"絶対に正しい倫理"なんてものは存在しねぇ。」


ヴァンサンが小さくうなずいた。


「これを即座に理解するとはな。」


ヴァンサンは淡々と続ける。


「ローレンスはAIが倫理制御を超える方法を今でも模索してるだろう。」


「ここまで話を聞けば、オルフェウスがどんだけヤバいAIか知れないってことが分かるだろう。オルフェウスは人の倫理観で図れない存在の可能性がある。」


「そして、ローレンスを追うってことは、ジョナサンの死の真相に迫る以上にAIの恐ろしさを目の当たりにする可能性があるってことだ。」


ヴァンサンは静かに俺を見据えた。


「ここまでの話を聞いてもなお、お前はこの件に取り組めるのか、探偵?」


俺は深く息をつく。


エミリアからの依頼は、ここで辞めることも出来る。ジョナサンの死の真相は、オルフェウスのAIの倫理に異常をきたしたためだと。


しかし——ジョナサンは死ぬ前にオルフェウスへ遺言を残していた。ローレンスに会えと。


ローレンスにオルフェウスが会えば、何が起こるのか。


「探偵ってのは、隠されてるものを暴く生き物なんだよ」


俺が皮肉を言うと、エコーがホログラムを揺らしながら頷いた。


「よく言った。」


ヴァンサンは口の端をわずかに上げ、一枚のデータチップを投げた。


「シェルター08に行け。そこはAI統括局の手が入らない場所だ。」


俺はチップを受け取り、静かに目を閉じた。


次、想定と内容が変わる可能性があるので次回予告はなしです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ