ジョナサン・ハートの自宅と封印された記録
夜の街は冷え込み、遠くのネオンが滲んで見えた。
俺たちはタクシーを降り、AI統括局の監視を警戒しながらジョナサン・ハートの自宅へと向かっていた。
ジョナサンが住んでいたマンションは、市街地の外れにそびえる高層タワーの一室。
外観は無機質なデザインだが、住人のプライバシーと安全を最優先にした厳重なセキュリティが施されている。
「エミリア、セキュリティ解除を頼む。」
エミリアは小さく息をつき、端末を操作しながら答えた。
「解除はできるけど……15分しか持たないわ。」
「なんで15分なんだ?」
「ジョナサンのセキュリティは独自の暗号化プロトコルを使ってる。解除に成功しても、15分後に"異常検知モード"が発動する仕組みよ。そうなれば、AI統括局の監視システムが作動する。」
エコーがふわりと浮かびながら言う。
「要するに、15分経ったら"俺たちが侵入してます"って、でかい看板掲げるようなもんか。」
「そういうこと。」
俺はエミリアの言葉に短く息を吐く。
「なら、さっさと終わらせよう。」
エミリアが端末をタップすると、ドアのロックが静かに解除された。
「開いた。」
「行くぞ。」
俺たちは音もなく室内へと滑り込んだ。
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ジョナサン・ハートの部屋は、合理的な空間だった。
高層階にある彼の住居は広々としていたが、飾り気のないシンプルな家具と整然とした書棚が、彼の性格を物語っている。
デスクの上にはいくつかのファイルとコーヒーカップが残されており、生活感はあるものの無駄がない。
だが、違和感があった。
「……思ったより荒らされてないな。」
エコーがホログラムを展開しながら言う。
「AI統括局が入ったはずなのに、妙に綺麗すぎる。」
「もしかすると、AI統括局の中にも"全てを消すことに反対した"者がいるのかもしれないわね。」
エミリアが机の上の端末を開き、アクセスを試みる。
「急ぎましょう。時間がないわ。」
俺は部屋の中を見回しながら、手がかりになりそうなものを探す。
「エコー、オルフェウスのバックアップデータの痕跡を探せ。」
「了解、相棒。」
エコーが部屋の隅でホログラムを展開し、データの痕跡を追い始める。
数分後、エコーが低い声で言った。
「バックアップデータ、見つけた……けど、暗号化されてるな。」
「解除は?」
「今やるのは無理だな。」
エコーが軽く浮かびながら続ける。
「時間がかかるし、下手にいじるとAI統括局の監視プログラムが作動する可能性がある。」
「なら、持ち出すしかない。」
俺はストレージを記録チップに転送し、小さな黒いチップを指で弾くように確認する。
「これでいい。」
エミリアの方を振り返ると、彼女も何かを見つけたようだった。
「こっちも面白いものを見つけたわ。」
彼女は端末の音声ログを再生する。
スピーカーから、低く落ち着いたジョナサンの声が流れた。
「オルフェウス、もし私に何かあったら……ローレンスに会え。」
「……ローレンス?」
エミリアが、眉毛を寄せている。
「……あと2分だ」
エコーが警告するように言う。
「監視システムが動く前に出たほうがいいな。」
俺の言葉にエミリアが頷く。
「ここでローレンスのことを調べる時間はないわね」
エミリアが端末を閉じながら言う。
「だったら、情報屋を頼るしかないな。」
「ゼインのことか?」
エコーが言うと、エミリアが不思議そうな顔をした。
「ゼイン?」
「知らないのか?」
「ええ、初めて聞くわ。」
俺は短く笑い、説明する。
「ゼインは、表の世界には存在しない。裏社会に通じた情報屋で、AI統括局の内部情報すら売り買いしてる。普通のデータベースには載らない情報も、彼のネットワークなら手に入る。」
エコーが低く笑いながら言う。
「ゼインはな、"情報そのもの"を商売にしてる。合法・非合法の境界線なんて関係ない。どれだけの価値を払えるか、それだけが取引の基準だ。」
エミリアは眉をひそめる。
「……やっぱり危険じゃない?」
「だからこそ、俺が行く。」
エコーが浮かびながら、少し楽しげに言った。
「ゼイン相手にどういう条件を提示するか、見ものだな、相棒。」
「適当にやるさ。」
俺たちは、監視システムに感知される前にジョナサンの自宅をあとにした。
ジョナサン・ハートの死の謎。
AI統括局が隠蔽しようとした事実。
新たな鍵となる「ローレンス」。
そして、オルフェウスのバックアップデータの暗号解読。
物語は、次のステージへと進む。
(続く)
次回予告
第4話:「暗号解読とAIを拒む者」
オルフェウスのバックアップデータ。
暗号化されたデータを入手するためにとった方法は?
そして、新たな謎が提示される