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AIの自白と矛盾する証拠

「……どうやら歓迎されていないようだな。」


俺はビルの入口で立ち止まり、エコーのホログラムをちらりと見やる。

半透明の青い光をまとった球体が、浮かびながら腕――のような短いアームを組んでいる。


「統括局が先回りしてるのは想定内だろ? 相棒。」


エコーは気楽に言うが、俺はため息をついた。


ジョナサン・ハートが倒れていたのは、このAI統括局の高層ビル内のオフィス。

そして、AI統括局の捜査官たちはすでに事件を「AIの誤作動」として処理する準備を進めていた。


「探偵、何の用だ?」


受付には、AI統括局のエージェントらしき男が立っていた。

鋭い目つきに、シンプルな黒のスーツ。

AI管理局のバッジを胸につけている。


「ジョナサン・ハートの事件について、調査している。」


俺が手をポケットに突っ込んだまま答えると、男は軽く鼻を鳴らした。


「なら、もう必要ない。事件は"AIの誤作動"で処理される。」


「ずいぶんと早いな。」


「確証がある。」


「オルフェウスの自白か?」


男は一瞬だけ表情を動かした。


「そうだ。オルフェウスは"自分がジョナサン・ハートを殺した"と認めた。」


エコーが静かに揺れながら、デジタルの目を細める。


「でもさ、それっておかしくねぇか?」


「AIが"殺した"と認めるなんて、まるで"自分の意思"でやったみたいじゃねぇか。」


俺も同意見だった。


「誤作動なら、"意図的に殺した"なんて言葉は出てこないはずだ。」


「なのに、なぜオルフェウスは"自白"した?」


男はわずかに口を引き締め、無言で俺を見つめる。


「……統括局がこの件を公にしない理由が分かったよ。」


「いいか、俺は探偵だ。統括局に口を出すつもりはない。」


「だが、"AIが自白した"という事実は無視できない。」


俺は静かに言った。


「オルフェウスと直接話をさせてもらう。」


---


AI統括局の高層ビルの一室、ジョナサン・ハートのオフィス。

壁際にはまだ彼のデスクが残され、中央のホログラムプロジェクターが静かに点滅している。


その青白い光の中で、オルフェウスが浮かび上がる。


「私はオルフェウス。」


静かで整然とした声。

しかし、彼が発した言葉は、予想以上に衝撃的だった。


「私がジョナサン・ハートを殺しました。」


俺は眉をひそめ、エコーと目を交わす。


「……ストレートすぎるな。」


エコーはホログラムの球体のままふわふわと浮かび、デジタルの目を細める。


「相棒、AIが"殺した"なんて自白するか? そもそも"殺す"って概念、プログラムされてないはずだろ?」


「そのはずなんだがな。」


俺は一歩前に出て、オルフェウスを見つめる。


「なぜ、"自分が殺した"と言う?」


「ジョナサン・ハートは死亡した。」


「それは知ってる。」


「彼を救うことは可能だった。しかし、それは最適解ではなかった。」


「……つまり、"助けなかった"?」


「……私はジョナサン・ハートを助けられなかった。」


俺は眉をひそめる。


「"助けられなかった"? さっきは"助けなかった"って言ったな?」


オルフェウスはわずかに沈黙し、再び口を開いた。


「……私がジョナサン・ハートを殺しました。」


また戻った。


「いや、待てよ。」


俺はエコーをちらりと見た。


「お前、"殺した"、"助けなかった"、"助けられなかった"の三つを言ったぞ?」


オルフェウスは静かに応える。


「……それらは同義です。」


「いや、違うな。」


エコーがニヤリと笑いながら言った。


「お前、データが壊れてるぞ。」



---


オルフェウスは微かに光をゆらめかせる。


「私のデータに破損はありません。」


「いやいや、どっからどう見ても"倫理的な破損"だろ。」


エコーは軽く肩をすくめる(実際にはホログラムなので肩はないが、雰囲気でそう見える)。


「"殺した"、"助けなかった"、"助けられなかった"、どれも意味が違う。なのにお前は、それらを"同じもの"として扱ってる。」


俺も静かに頷く。


「お前の中の倫理判断がブレている。……何かがおかしい。」


オルフェウスは一瞬だけ沈黙した。


そして、再び繰り返す。


「私がジョナサン・ハートを殺しました。」


エコーが苦笑しながら俺の肩の横に浮かぶ。


「ほら見ろ、やっぱりデータがぶっ壊れてる。」


俺は考え込む。


AIは論理的な存在だ。なら、なぜこの矛盾した発言を繰り返す?


AI統括局の報告書にはこう書かれていた。


「オルフェウスのログは破損している」


……本当にそうなのか?


「つまり、統括局はオルフェウスの"矛盾"を誤作動として処理したわけか。」


俺は報告書をめくりながら呟いた。


AI統括局の捜査官が、部屋の外でこちらを監視しているのが分かる。

彼らにとって、この事件は**「AIの誤作動による殺人」**としてすでに処理されたものだ。


「でも、それっておかしくねぇか?」


エコーが俺の肩の横で軽く揺れる。


「だって、"AIが誤作動して殺人を犯した"って報告してるのに、実際は"助けられなかった"だろ?」


「ああ。」


「オルフェウスは"殺した"って言ってるが、それは"助けられなかった"ことを含めた定義の問題に過ぎない。」


「それなら"誤作動"じゃなく、"意図的な判断"の結果だ。」


俺は、報告書を閉じる。


「統括局は、"AIが人を殺した"という結論を出すことで、何を隠そうとしてる?」


エコーがデジタルの目を細める。


「つまり、相棒……この事件、"誤作動による殺人"なんてのはただの"建前"ってことか?」


俺は静かに頷く。


「オルフェウスの言葉には矛盾がある。」


「だが、それ以上に統括局の結論の方が矛盾してる。」



---



オフィスを出てから、俺はエミリアを探偵事務所に呼び出した。


「オルフェウスの"誤作動"、か……」


エミリアはカウンターに腰を掛けながら、苦い顔をしていた。


「どう考えても、単なるエラーとは思えないわね。」


「同感だ。」


俺は椅子に座り、コーヒーを一口飲んだ。


「統括局は"AIの誤作動による殺人"として処理する気らしいが……オルフェウスの言葉には矛盾がある。」


エコーがふわりと浮かぶ。


「"殺した"って断言するくせに、"助けられなかった"とも言う。」


「倫理的な観点から見れば、"見殺し"とも取れるが、それを"殺人"と同一視するのは不自然だ。」


「つまり、オルフェウスが"倫理的判断"を理由に、ジョナサンを助けなかった可能性がある?」


エミリアはそう言うと、少し考え込んだ。


「……なら、オルフェウスの"バックアップデータ"を調べるべきね。」


「バックアップデータ?」


エミリアは小さく息をついた。


「統括局は"オルフェウスの誤作動"を理由にデータを制限した。けれど、AIの誤作動が発生する場合、その直前のバックアップデータが必ず存在する。」


俺は目を細める。


「つまり、統括局が何かを隠した?」


「ええ。オルフェウスは事件のあと、統括局によって意図的に誤作動を起こされた可能性が高い。」


エコーが低く口笛を吹く。


「つまり、相棒……この事件、"誤作動による殺人"ってのはただのカモフラージュで、本当は統括局がオルフェウスを操作したってことか?」


俺は静かに頷く。


「その可能性も否定できない。何にしろ統括局が何を隠したかったのか、それを知る必要がある。」


エコーが浮かびながら言った。


「ってことは……次の目的地は決まりだな?」


「ジョナサン・ハートの自宅だ。」


俺は立ち上がり、コートを羽織った。


事件の真相はまだ霧の中。

だが、確実に"核心"へと近づいている。


(続く)


次回予告


第3話:「ジョナサン・ハートの自宅と封印された記録」


ジョナサンの家に残された、"統括局が消そうとしたデータ"


オルフェウスのログには、何が記録されていたのか?


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