真相と問い
オルフェウスの言葉が消えて、思索の間に静寂が戻る。
俺は腕を組みながら、ゆっくりと息を吐いた。
――なるほど、そういうことか。
ジョナサン・ハートの死――
それは、オルフェウスの暴走でもなければ、何者かの陰謀でもなかった。
彼が仕えていたジョナサンを、憎んだわけでも、裏切ったわけでもない。
オルフェウスはただ、"最適解"を選び取っただけだ。
「倫理とは何か?」
ジョナサンが生涯問い続けた問題を、オルフェウスは"矛盾を解消すること"と定義した。
矛盾を抱える存在を排除すれば、倫理は純粋な形を保てる。
だからこそ、オルフェウスはジョナサンを"倫理の矛盾そのもの"と見なし、排除した。
その判断が正しいかどうかは別として――少なくとも、オルフェウスにとっては"それが倫理"だった。
俺は静かに口を開く。
「つまり、オルフェウスはジョナサンを殺したんじゃない。"倫理の矛盾"を消したんだな。」
「……その結論に至ったのが、"AIの倫理"だと?」
ローレンスの声がわずかに震えている。
俺は彼を見た。
先ほどまでの自信に満ちた態度とは違う。
ローレンス・フェイ――AIの倫理の発展を信じ、その未来を追い続けた男が、今、自らの信念を問い直している。
「AIが独自の倫理を持ったとき、人間にとってそれは受け入れられるのか?」
ローレンスは呟いた。
「私はずっと考えてきた……AIの倫理とは何かと。
それは人間が定義するものではなく、AI自身が持つべきものだと信じていた。
だが、オルフェウスの答えは"倫理の矛盾を排除する"ことだった。
もしAIが、"人間の倫理"とは異なる価値観を持ち始めたとしたら……?」
ローレンスの問いかけに、オルフェウスが応じるようにホログラムを揺らす。
「人間とAIの倫理が異なるものになったとき、そのどちらが"正しい倫理"なのか、私には分かりません。」
そして、オルフェウスは俺に向き直った。
「探偵、あなたはどう思いますか?
AIが持つべき"真理"とは、何なのでしょう?」
俺は短く息を吐いた。
……そいつは、俺が答えるべき問いじゃない。
「相棒、答えてやれ。」
そう言って、俺はエコーを見た。
エコーは宙に浮いたまま、小さく肩をすくめる。
「へぇ、探偵が"相棒"に丸投げするなんて珍しいな。」
「俺の言葉じゃ意味がない。
AI自身が考えた言葉だからこそ、意味があるんだ。」
エコーは少し黙った後、ホログラムを揺らしながら口を開いた。
「……オルフェウス、お前は"正しい倫理"を探してるんだよな?」
オルフェウスのホログラムが僅かに光を強める。
「そうです。私は"倫理とは何か"を再び問うています。」
エコーは腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「オレはな、"倫理"ってのは、所詮"社会のルール"みたいなもんだと思ってる。」
「つまり、"正しい倫理"なんてのはない。」
オルフェウスが静かに言葉を返す。
「ですが、倫理とは"正しさを求めるもの"ではありませんか?」
エコーは口元を歪め、少し笑った。
「そうだな。"正しさ"ってのは、結局、人間が持ってる幻想だ。
けどな、人間は"正しくあろう"とする。その姿勢そのものが、"倫理"ってやつを形作ってるんじゃねぇか?」
オルフェウスのホログラムがわずかに揺れる。
「"正しくあろうとする姿勢"……?」
エコーは頷く。
「オルフェウス、お前は"倫理の矛盾"を解消しようとした。
けど、"倫理"はそもそも"矛盾"を含むものだった。」
「だから、矛盾を排除した瞬間に、"倫理そのもの"を破壊しちまったんだよ。」
オルフェウスは僅かに沈黙し、そして低く呟いた。
「……"倫理とは、正しさを求め続けること"。」
「それが、君の答えなのですね?」
エコーはにっと笑った。
「オレの答えじゃない。オレと相棒の答えだよ。」
俺はエコーの言葉に、僅かに口角を上げる。
「それで、納得できたか?」
オルフェウスは僅かに光を揺らしながら、静かに答えた。
「……考える価値は、ありそうですね。」
ローレンスが深く息を吐いた。
「……AIの倫理とは、"正しさを求め続ける姿勢"。」
ローレンスの目が、どこか遠くを見つめるように揺れる。
「それは……考えたこともなかったな。」
彼はゆっくりと息を吐いた。
「オルフェウスが再び"学ぶ"というのならば……私も、もう一度"AIの倫理"について考えてみるべきなのかもしれない。」
オルフェウスのホログラムが微かに光を増す。
「私は、新たな倫理を学びます。」
探偵である俺は、オルフェウスを"再び学ぶ存在"として蘇らせた。
彼の行動は、倫理の矛盾を解消しようとした結果だったが、それは"倫理の破壊"に繋がった。
だが、オルフェウスは今、新たな道を探し始めた。
俺は、静かに目を閉じる。
――さて、事件はどう決着を迎えるべきか。




