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泉水ちゃんの話術


 自宅マンションにつくと、俺は今年一番の深いため息を吐いた。

 ようやく終わった。今日は長い一日だった。

「世の中にはとんでもない女がいたもんだ」

 今頃、別の男が引っ掛けられていないといいけれど。俺はさっとシャワーを浴びると、冷蔵庫を開け、ビールをとった。

「飲み直し飲み直し」

 プシュッと心地よい音とともに、泡が弾ける。ゴクゴクと喉を鳴らして、アルコールを身体に染み渡らせていく。

 と、そのとき。


 ――ピーンポーン。

「ん?」

 いつもはほとんど鳴ることのない、インターホンが鳴った。特になにも考えずに玄関に向かう。

「はーい。どちら様……」

 そして俺は玄関の扉を開けて、硬直した。

「ハーァイ、晴くん」

 ……これは夢なのか?

 目の前の状況が、俺にはまったくもって理解できない。

「お前……」

 目の前にいたのは、ゾッとするほど顔が整った女――紛れもなく白鳥泉水だった。


「お昼ぶり!」

 俺は見えなかったことにして、とりあえず扉を閉めようと試みた。

 しかし、

「ちょ! 閉めないでよ!」

 あと一歩のところで遮られてしまった。

「なんで俺の家を知ってるんだよ!」

 俺たちは今日が初対面のはず。もちろん今日燃えたこの女の家が、ここの近所だったというわけでもない。

「そんなの、愛の力ですよン」

「ふざけんな。お前、詐欺と放火の次はストーカーか。つかここまでどうやってきたんだよ!」

「電車代ないからうちの最寄り駅から歩いてきたよ!」

「怖っ!」

「なんでそんなに嫌がるの? 泉水ちゃんがこんな出血大サービスするなんて、普通有り得ないよ?」

「いいからさっさと消えろ。警察に通報するぞ」

「なに言ってるんだい。晴くんも警察じゃん」

「んなの知ってるわ」

 クソ、いちいちムカつく。

「お願い。晴くんしかもう頼れる人いないの」

 そりゃお前のATMは今日焼け死んだからな。

「目的はなんだ?」

「泊めてください」

「却下」

「そこをなんとか!」

 白鳥は顔の前に手を合わせ、瞳をうるませて必死に頼み込んでくる。

「お願い!」

「無理。他をあたれ」

「家がないんです。どうかこの不幸な泉水ちゃんを助けて」

 ツッコミどころが多過ぎて。

「自業自得だろうが!」


 そう容赦なく言い捨てると、白鳥の声がピタリと止んだ。

「……泣くよ?」

「は?」

「入れてくれないと、今ここで大声で泣くよ?」

「お前……警察官相手に恐喝か」

 声のボリュームがバカになったかのように、白鳥が騒ぎ出す。

「寒い! お腹減った! 晴くんのせいで死にそう! 黒咲晴は用済みの女をこの寒空の下に捨てる最低最悪なクソけいさ……」

「あー!!」

 こいつマジでぶっ飛ばす!

 社会的な死がチラつき、俺は咄嗟に白鳥の口を覆った。

「わ、分かったから今すぐに黙れ!」

 満足そうに、にっこりと笑いかけてくる白鳥。その笑みはゾッとするほどに美しかった。

「……なんて日だ」


 白鳥の視線が俺を捕らえる。俺はその視線から逃げるように空を見上げ、玄関の戸を開いた。

「お邪魔しまーす」

 跳ねるような軽い足取りで、白鳥は俺の横をすり抜けていく。すれ違いざま白鳥をちらりと見ると、その口角は上がっていた。

 そして白鳥は上目遣いで俺を見上げ、

「晴くんって、優しいんだね。私みたいな詐欺師を匿っちゃうなんて」

 してやられた。

 俺は何度目か分からないため息をつく。

「騙された……」

 気づいたときにはもう手遅れだった。

 

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