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カムバック


 俺はスモークガラスの先にいる女を、信じられない気持ちで見つめた。

「詐欺容疑の次は放火殺人容疑だと? とんでもない女だな」

「彼女、白鳥泉水の部屋から見つかった焼死体の身元はもう判明したんですか?」

 霙が一課の刑事に訊ねる。

「阿良々木タクト……彼女の元交際相手だったらしいんです」

「阿良々木タクトって……それ、もしかして被害届を出されたからその腹いせに殺したってことですか? 嘘。怖っ!」

「いや。あいつはそんな馬鹿じゃない。多分、その逆だ」

「逆?」

 白鳥泉水が釈放された直後、彼女の自宅マンションで火災が発生した。火元は他ならぬ彼女の部屋。そしてそこで見つかったのは、阿良々木タクト――白鳥泉水に騙され被害届を出した男の焼死体だった。


 阿良々木タクトは、彼女に騙されたと言って被害届を出してきながら、突然取り下げた男だ。

 一体なぜ届を取り下げたのか、俺も疑問に思ったが、こういうことだったか。

「彼女も驚いたでしょうね」

「釈放されて家に戻ったら、自宅が火の海でしかも中で元彼が自殺してたんだからな」

 俺は白鳥に、憐れみの視線を向ける。

「本当に自殺なんですか?」

 霙が白鳥に疑いの目を向ける。

「消防に通報があった午後三時は、彼女はまだここにいましたからね」


 つまり白鳥に騙されたと知り、悲観した阿良々木が最後の悪足掻きに思い出のマンション諸共消し炭にしてやろうしたということか。

「ついさっき釈放されて、もう戻ってくるとはな。憐れな女だ」

 俺は、スモークガラスの先で捜査一課の取調官に訴える白鳥を見つめ、ため息を漏らす。

『だって、帰ったら家が燃えてたんだもん。しかも中で遺体が見つかったってなに。意味わかんないんだけど』

 見たところ、白鳥が嘘をついている様子はない。これは完全にこの女の自業自得だが、男の方もさっぱり理解できない。女に捨てられ、その女の部屋で自殺をするとは……。

 

『お前の部屋で死んでいた遺体の身元は、阿良々木タクト。お前に金を騙し取られたと言って被害届を出していた男だな。詐欺の次は放火殺人か?』

 取調官は苛立ちを隠そうともせず、白鳥を問い詰めていく。白鳥は必死に無実を訴えていた。

『ちょいと。他でもないアリバイ証人がここの刑事さんたちでしょーが』

『被害届を出されて逆恨みしたんじゃないの?』

『いや、そもそも燃えてるとき、私はここにいたでしょ。ね、晴くんいないの? 晴くんに聞けばすぐこんな容疑晴れるから。晴だけに。なんつって』

 ケロリと笑っている白鳥が、不意にこちらを見た、気がした。

 いや、スモークガラスなんだし、ないな。

 ぞわりと背筋に悪寒が走り、俺は自分自身を抱き締めるようにさすった。

「五時だ。俺、先に帰るわ。お疲れ」

 俺はさっさと回れ右をして、部屋を出る。詐欺関連でないなら俺の出番はない。関わらぬが吉。

「あっ、黒咲さん! 今日飲み行きましょうよ」

「奢ってくれんの?」

「またまたぁ。いつも出してくれるくせにぃ」

「……いつものとこでいいか」

「はい!」


 ――長い一日が終わり、俺は浅草の屋台で霙と飲んでいた。

「クソ。悪寒が止まんねぇ」

「え、大丈夫ですか?」

 ビールを呑みながら、舌打ちを零す。

「風邪かな……」

「黒咲さんが?」

「なんだよ。悪いか」

「いや、もしかしたら誰かが噂してんのかもしれないっすよ? あ、ほら今日の彼女とか」

 ニヤニヤと言う霙を睨む。

「止めてくれ」

 本当に。

「いいなぁ。俺、彼女になら目を付けられたいかも」

 なんて、霙はあの女詐欺師を思い出しながらうっとりしてやがる。俺はそんな同僚に呆れた視線を送った。

「あれは詐欺師だぞ?」

「可愛いから許す!」

「よくない。あれと付き合いたいなら、警察は辞めることだな」

「大丈夫ですよ。彼女起訴されてませんもん」

「そういう問題じゃ……っくしゅ!」

「黒咲さん、まさか本当に風邪?」

「大丈夫。呑めば治る」

「荒療治過ぎません? 黒咲さんて、ワイルドなんだか繊細なんだか、イマイチわかんないんですよね」

「繊細だ。とってもな。だから今日の会計は任せた」

「えっ!」

「お疲れ」

「えっ!?」

「冗談だ。ほら、行くぞ」

 笑って振り向くと。

「……好き」

 鳥肌が立った。

「……今回はお前が払うか?」

「嘘です。ごめんなさい」

 とにかく、今日はもう早く帰って寝よ。

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