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天国からの


 その日、俺は天国と地獄を味わった。

 未だかつてあんな感情は知らない。あの感情に名前をつけるとしたら、それはそう『混沌(カオス)』……。


 時刻は午後八時。俺は部屋の扉の前でゴクリと息を呑む。果たして白鳥は、あの置き手紙を読んでちゃんと出ていっただろうか。

 俺は帰り道を思い出す。道端を歩けば上から植木鉢は降ってくるし、黒猫が目の前をわざとらしく横切るし、鴉から糞を落とされるし。不吉なことこの上ない帰り道だった。

 

「嫌な予感がするが」

 どうか、誰もいませんように!

 ゆっくりとドアノブを回す。そして僅かに扉が開いた瞬間、ぷぅんと中から異臭がした。

「……ん? なんだ、この匂い」

 違和感を感じながら一歩踏み出すと、足音が既に違う。革靴がなぜかびちゃりと音を立てた。見ると、なぜかアワアワの水が地面を覆っている。

 ……あぁ、もう嫌だ。なんとなく予想はしていたけれど。

 できればこの先を行きたくはないが、これを放置して今以上の惨状になったらもっと困る。

 俺は背を向けたくなる衝動を振り切ってリビングに向かった。

 そして、期待通りの部屋の惨状に絶望した。

 目の前に広がるのは、シャボン玉が飛ぶファンシーなリビング。

 そしてフローリングを覆う泡水。キッチンの換気扇には焦げた後がべっとりと付き、挙句の果てには天井から火災用のスプリンクラーが発動している始末。

 あぁ、神様。ここは本当に俺の部屋なのですか。

「悪夢だ」

 場違いなバラエティ番組の音が響き渡る異質な部屋の中、ソファの上にどんよりとした空気をまとって丸まった人影がひとつ。

「……白鳥、どういうことだ? これは」


 なんとか怒りを抑えて訊ねるが、震える拳は止まらない。

「あの、晴くん……弁明を」


 青白い顔で、白鳥は震えながら土下座をする。

 いい加減、堪忍袋の緒も切れるというものだ。

「なんだこの部屋?」

 白鳥の目が泳ぐ。

「えっと、これはわざとではなくて……」

「俺は昨日、少なくともお前も被害者だから、このまま寒空の下に追い出すのは可哀想だと思ったから泊めたんだぞ!? そもそもなんでまだこの家にいるんだ!」

「それはその」

「下の階にまで水が漏れていたらどうする気だ? この部屋を追い出されたら一体どうしてくれるんだ!」


 嫌がらせにも程がある。この水浸し泡だらけの部屋を元通りにするまで、どれだけの労力を必要とするだろう。考えただけでも頭が痛い。

 この部屋どうすんだよ。明日も仕事なのに。

「……出てけ」

「話くらい聞いてくれても……」

「出ていけ! お前の顔なんて二度と見たくない」

 思わず怒鳴ると、白鳥はビクリと肩を揺らし、大きな瞳いっぱいに涙を貯めた。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、玄関へ向かう。


 俺はため息をつきながら、とりあえず窓という窓を全開にした。

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