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昼休み~昼休みEXマッチ~第4ゲーム(表)【5】

動画サイトを通じてサバゲーを知った日の翌日エアガンショップで出会った店長と山寺岳にエアガンの楽しさを教えてもらいサバゲーの定例会に参加する事になった分目。

レンタル品のAK-47を手に初サバゲーを体験する。

目まぐるしく変わるゲーム状況に混乱しながらも、必死に山寺に食いつく分目は何を思うのか?


昼休み


 休憩所は参加者が各々持ち寄った物や頼んだ弁当を各々が広げて昼の休憩を楽しんでいる。

 少し煙さを感じて辺りを探してみると、休憩所の奥の方で一つのグループが本格的にグリル出して、バーベキューを楽しんでいる。

 俺は、エアガンを邪魔にならないところに置いて朝コンビニで調達した昼ご飯に手を伸ばす。午前中最後のゲームの情けない最後を思い出しながらもそもそと食べる。悔しいやら、情けないやら。まぁ、少なくともいい気持ちはしない。頭の中で今日の振り返りが急に始まった。

 一回目のゲームは、ガクさんの言葉で体が反応して、後はガクさんの後ろを付いて行っただけだった。

 二回目のゲームは、前半一回目と同じでガクさんに付いて行くだけだったが、一回目のヒット以降、

怖気ついて20mも進めず、座り込み、敵にヒットを取られた。2回目のヒットも状況が把握できていない。発砲音がして、それに驚いて反射的に顔を守るようにうずくまり、その間に撃ち込まれた。

 結果として良い所が無い。

 「ワンメさん。大丈夫ですか?」

 ガクさんの声で、食べかけのパンから顔を上げる。ガクさんは、サングラスを外し、普段のメガネを付けていた。すでに朝食を終えており、缶コーヒーを片手に心配そうに顔色を窺ってきている。

 ため息しか出ない。

 「なんか、嫌な事されたりしました?」

 ガクさんは、恐る恐る話を切り出した。

 「いえ!それは無いです。怖いぐらい皆優しいですよ。いや、本当に。」

 一瞬、喫煙所でのスタッフの顔が頭によぎる。

 「少し、疲れる人もいますけどね。」

 ガクさんは、バツが悪そうに苦笑いをする。

 「あー煙草吸ってた時の?改めて俺からも注意させて貰いましたし、本人も反省してたんで、今後は大丈夫だと思いますよ。」

 そんなガクさんを見て勇気を出して口を開いた。

 「話。聞いてもらってもいいですか?」

 「いいですよ。」

 「今の所2回ゲームに参加したんですけど、なーんか良い所なかったなぁ。って思って。」

 「そうですか?一回目のゲームとかヒット2回も取ってすごいと思いましたけど。」

 「え?そうでしたっけ?なんか必死で正直詳しくゲーム内容覚えてなくて。ヒット取った実感も無いんですよね。」

 その言葉を聞いてガクさんは唸って首を捻る。しばらく考え込んだ後、おもむろに

 「ワンメさん。昼休み俺と1on1で遊びませんか?」

 ワン・オン・ワン?って何?


昼休み エクストラマッチ 分目 対 山寺岳


 そして、俺は、昼休みなのにも関わらずエアガンを持ってフィールドに立っている。

 1on1の準備をしながらガクさんからルール説明受けたのを思い出す。

 全身全装備ヒット制。限定されたエリアのみで行われる。エリア外に出た時点でヒット扱い。エリア外の判定は、相手の指摘で判定。今回は、フィールドセーフティ側バリケードエリアのみの使用。セレクターはフリー。2本先取制。ゲーム開始合図は、まー君と呼ばれたスタッフが買って出てきたのでお願いすることにした。エリア内の両端に俺とガクさんが立つ。ちょうど真ん中にある観戦台からスタッフの張り上げた声が耳に届いて来る。

 「両人!準備はよろしいですか!?準備が出来たら合図をお願いします!」

 人差し指サイズのガクさんが、手を挙げ観戦台のスタッフに合図を送る。スタッフが確認し、俺の方に顔を向けて来たので同じように手を挙げて合図を出す。

 「合図を確認しました!それでは、ゲーム開始5秒前!4。。。3。。。2。。1。スタート!」

 スタッフの開始のアナウンスと共にガクさんが発砲し、手前のバリケードにバチンと大きな音を立てる。

 反射的にその裏に身を隠し、様子を見る事にした。何度も何度も撃ちつけられるBB弾に恐怖を覚えつつも勝負と言う事だけは忘れてはいない。発砲が止んだ瞬間にエアガンを構えながら瞬時に顔を出し、正面のガクさん目掛けて撃ち込む。

 しかし、音は鳴り止まない。じっと待つ。

 しびれを切らして顔なんか出そうもんなら絶対に撃ち込まれる。そんな圧を感じた。

 じっと耐える。

 そして、リズミカルに奏でていた弾着音が一瞬鳴りやんだのを確認すると今だと足に力を入れ立ち上がろうとした。しかし、立ち上がるのを制止するようにひと際大きな弾着音が耳から耳へ響いて抜けていく。

 思わず弾着音の方へ顔を向ける。

 今までとは明らかに違う大きさの着弾音。音は、内側の右側から鳴っていた。

 着弾音の先を見るがガクさんはいない。

 反対方向を見る。

 そこには、バリケードを迂回して側面を取ってきたガクさんが、両足を肩幅に開きコンパクトにエアガンを構え近距離で、俺を狙っていた。まずい!そう思った俺は、エアガンを構えようと体の向きを変え、銃を構えようとするが、ガクさんはトリガーをゆっくりと引く速さにすら負け、発砲音が鳴り、俺の付けているゴーグルに当たる。想像以上の爆音に驚き、声が裏返った叫びと共に身が固まってしまった。

 「お疲れ様です。ワンメさん。」

 ガクさんの優しい声が聞こえると、自分がヒットコールしてない事に気付き手を挙げ、大きくヒットコールをする。それを聞いたスタッフがゲーム終了の合図を出してあっさりとゲームが終わった。

 「痛くなかったですか?」

 ガクさんは、銃を器用に肩掛けベルトに引っ掛けると、そのまま後ろに回し背負う形を取り両手を差し出してくる。

 「ゴーグルに当たったんで、大丈夫です。でも、怖かったですね。」

 出された手を片手で掴もうとすると、出した手を両手でしっかりと掴まれ、勢いよく引っ張られた。その勢いを借りて両足に力を入れ立ち上がる。

 「初めてなんですから、あまり虐めないでください。」

 笑いながら、ガクさんに問う。

 「もちろん。そんなつもりは無いですよ。」

 「でも、初めての相手とゲームやって楽しいですか?もっとうまい人とやった方が楽しいんじゃないですか?」

 俺の言葉にガクさんは首を横に振りながら

 「いや、そんなことはないです。付き合ってくれることに感謝してますよ。でも…」

 でも…?

 「アドバイス出来ればなと思って、この1on1に誘いました。」

 「アドバイス?ですか?」

 「はい。少しでも長くフィールドに留まれる方法。」

 「それって、生き延びる方法って事ですよね?」

 ガクさんは、ふっと微笑む。

 「大げさに言えばそういうことになります。ちょっと待ってください。」

 ガクさんは、観戦台のスタッフに向けて大声を出した。

 「少し、時間くださーい!」

 すると、同じぐらいの声量で了解。と帰って来る。

 その声を聴いたガクさんは、軽く手を挙げお礼を言うと改めて俺の方に顔を向ける。

 「そのアドバイスは、相手の顔から眼をそらさない事です。」

 「ずっと見てろ。ってことですか?それが出来たら苦労しないような気がしますけど」

 「極論で言えばそうですけど、リスクを取って実を取る。と言う事です。」

 「それはわかりますけど、相手に自分の体を見せるって事ですよね。危ない気がします。」

 先程の状況を頭の中でリフレインしながらガクさんに問いをぶつける。

 「あくまで極論だった場合です。今のゲームを思い出してください。」

 先程のゲームを脳内でリプレイを流す。

 「ワンメさんは、バリケードから顔を出す時間よりバリケードで待ってた時間の方が長かったですよね?」

 まぁ、確かに。俺は頷く。

 「もちろん被弾するリスクはもちろん下げなくちゃいけません。だから、見る時間を極力少なくする。それ自体は間違ってません。でも、索敵をして相手の情報を手に入れないと後手に常に回ることになります。見る時間を増やす事で、ヒットするリスクを取ってヒットを取る確率を上げる。顔を出す位置を変えたり、タイミングをずらしたりして当たりづらく外に顔を出してヒットリスクを下げる事も忘れずにです。そうすることで、相手の行動を把握して作戦を組み立てる。」

 「わかりました。やってみます。」

 俺は、頷いた。

 「あくまでヒットリスクを下げる行為を忘れずに、さっそく裏のゲームやってみましょう。」

 陣地を変え、裏のゲームが始まる。

 さっき教わったアドバイスを整理する。

 言われた通りにとりあえずやってみるか。

 そして、カウントが始まり、裏のゲームが始まる。

 表と同じ、ガクさんは合図と同時に発砲を開始する。そして、俺は、前のバリケードに身を寄せる。表のゲームの焼きまわしをさせられる。

 だが、今回は違う。

 ガクさんのアドバイス通り着弾音を音で位置を探ってみる。一枚板のバリケードのちょうど真ん中をリズミカルに当てている。であれば、顔を出してガクさんを見るには、左右のどちらか。見る時間を短くするってことは、顔をすぐに出して引っ込めるという事。その動作も頭の中でシュミレーションしながら、左か右かどちらから覗くかを決めていく。

 と言うか、どっちから見ても同じなら左からでいい。

 左のバリケードの際まで体を持って行き、バリケードを鏡に見立てるように正面に座り片膝を立てる。

 バチン、バチン、バチン。バチ。。。

 今だ!

 リズミカルに鳴り響く着弾音が鳴りやむ前に首をふりバリケードから頭だけ出す。しかし、ふり幅が短かったのか、ほぼ見える景色は変わらず、壁だけしか見えなかった。振った直後に、着弾音は移動して、顔を出そうとした左際に変わって来る。

 失敗した。

 なら、次は真ん中だ。立ち上がって上から見る。高速で屈伸するようなイメージを頭の中で作り上げる。横と縦で動きは違うが、今度は、しっかりとガクさんが確認出来るように動かなければいけない。自分が思っているより少し多めに動く。

 心に決め、場所をバリケードの真ん中に移動し、同じタイミングで顔出す。視界が、ジェットコースターの落ちる瞬間の逆のような動きで一気に開ける。後は、しゃがむだけ。視界がまた遮られる前に出来るだけ瞳を動かして周りを見る。俺から距離を詰めているように見えるガクさんの構える銃口とばっちり目が合い、思わず驚き急いで体を下げる。

 下げ切ってバリケードに頭を隠しきれた瞬間に、あの着弾音がバチンと鳴った。少しでも頭を下げるのに時間がかかっていたらヒットされていたかもしれない。あんな早さで弾が飛んでくるなら、確認して、構えて、狙って、撃つ。なんてとてもじゃないけど出来るはずもない。

 2回目のゲームが始まる前にガクさんが言っていた事を思い出す。

 『常にエアガンを構えて進む事ですかね。』

 思い出した言葉に突き動かされるように構えられる位置まで下がり、エアガンを構える。

 顔を出して、銃が出たと同時にトリガーを引く。

 イメージトレーニングを済ますと、セレクターの位置を確認し、直ぐ撃てる事を確認する。相変わらず、リズミカルに奏でる着弾音の中、大きく息を吸いゆっくり吐ききるのとガクさんを撃つ為、エアガンを構えながら両足に力を入れ、地面を蹴るように体を立ち上げる。バリケードより目が越え、外界が広がって来る。エアガン越しにさっき見た位置を確認するが、ガクさんは姿は無く、少し手前まで攻め込んできていた。

 ガクさんは歩きながら撃ち続けていた。その姿に一瞬驚いたが、狙いをすぐさま修正し、ガクさんの体の中心に合わせる。この時、壁に一発バチンと着弾音が真下で聞こえてきた。

 そんな事でビビってる場合じゃない。

 もう、照準はガクさんにピントがあっている。

 指に力を入れて思いっきりトリガーを引く、顔が強張り歯を食いしばる。そして、無意識に目を瞑ってしまった。自分の持ってるエアガンから1発、2発、3発。続けて音が、発射された。

 そして、三発目の音と共に右の鎖骨辺りに激痛が走る。反射的に、トリガーから手が離れ、銃を支えていた左手を空高く上げると

 「ヒットぉ!」

 と、叫んでいた。

 目を瞑っていた事に気付き、俺の弾が当たったかを確認する為目を開く。

 ガクさんは、ヒットコールせず向かい合うように銃を構えたまま静かにこっちを見ている。

 俺の撃った弾は、当たってなかった。

 いや、違う。

 最後に見たガクさんの位置と今の位置が若干だがズレている。

 俺が、撃った瞬間に横にスライドして、弾を避けていた。弾を避けた?避ける事なんてできるのか?

ガクさんはエアガンを降ろし、俺に近づいてくる。俺は、いつの間にか上がっていた息を何とかして抑えようとしながら、上げていた手を降ろし、エアガンを両手で持つ。

 バリケード一枚挟んだ位置までガクさんが歩いてくると右手を差し出してくる。

 「ナイスファイト。良く、あの短時間で反撃する形まで持って行きましたね。」

 差し出された右手に応える為に、エアガンを体に押し付けるように右手で抱え込み、左手を差し出した。

 「ありがとうございます。」

 「目を瞑ってなければ、ヒット取られてかもしれません。」

 顔は、保護具で隠れてはいるが、声を聴いただけで笑顔になっているんだろうなと思うほど声が弾んでいるのがわかった。

 「いつの間にか、目を瞑ってました。」

 何となく口元がゆるむ。

 「2対0で僕の勝ちですね。」

 ガクさんは、観戦台のスタッフにお礼を言うと、残りの時間休みますか。と休憩所に向かい始めた。歩きながら、手慣れた手つきでマガジンを銃から抜き、腰に付けた器具にマガジンを入れてた。その後ろ姿に少し憧れながらガクさんの後ろにぴったりついて付いて行く。

 休憩所に着き、エアガンなど置いて座っていると、俺たちのゲームを見て触発されたのか、フィールド内で1on1が始まったらしく、先ほどのスタッフの声と同時に激しい銃撃戦が始まっていた。

 「ガクさん。」

 ネット越しの喧騒から視線をガクさんに戻し声を掛ける。

 「なんですか?」

 「最後のゲームなんですけど、ヒット取る時、僅かに横にずれましたよね?」

 「良く気付きましたね。」

 避けれるもんなんだな。心の中で納得する。

 「やっぱり避けたんですね。」

 「まぁ、当たるかどうかは運でもありましたけど、あの時はワンメさんのガンコントロールが良くて運よく当たりませんでした。目を瞑りながら、しっかりと銃を保持できるって出来そうで出来ないもんなんですよ。」

 一つ間をおいてガクさんは続けて語り出す。

 「一発目撃った時。あれ、実は、当てる気で撃ったんですが外れちゃったんですよね。その時点で避けなきゃと思って横に1~2歩ぐらいかな?カニ歩きしました。」

 自然と口からふーん。と唸りが漏れる。しかし、漏れきる前に唸りを止める。ガンコントロールと言う言葉に何か引っかかりを感じた。

 「それは、そうなんですけど。”コントロールが良くて当たらなかった”ってどういうことですか?」

 ハッとしたガクさんは、取り繕うように話し始めた。

 「気分を害したらすみません。けして、馬鹿にしているわけではないんです。」

 俺は、素直にその言葉に返答する。

 「いや、そういうことじゃなくて。普通だったらコントロールが”悪く”て当たらなかった。になるじゃないですか。」

 少し、ホッとした様子のガクさんは話し始める。

 「エアガンは、実際の銃と違って、引き金を引いてから発射されて弾が外に出るまで時差があるんです。その時差の間にエアガンを固定できずにいると、自分が狙った所と違うところに飛んでしまうんです。あの時、ワンメさんが撃った弾は、着弾位置がほぼぶれずに同一の所に飛んでいました。あの時、少しでも、俺が避けた方向にぶれていたら当たってた可能性は十二分にあったという事です。普通は目を瞑ってしまうと、上手くガンコントロール出来なくて、弾があらぬ方向に行くことが大半なんですけど、ワンメさんは先程言った通り同じ場所に当たっていた。銃をしっかり保持して無駄な力が入っていない証拠でもあります。」

 ガクさんの言葉を頭の中で映像化しながら理解しようと努力する。何故、時差があるのかは気になるが、概ねちゃんと構えられたが故に当たらなかった。と言う事だろう。

 「つまり、上手だったから逆に当たらなかった。ってことですか?」

 「そういう事です…そして、あの時、目を開けて狙いを定めて弾道の修正が出来ていれば、ヒット出来た。と思います。」

 ヒットが出来た。ガクさんの口から思わず零れた。

 1on1の最後のシーンが、もしも、ちゃんと狙えていたらで、スローで再生される。

 立ち上がり、発砲と共に相手を見据え、動いた標的に合わせて弾道の修正をかける。修正先の弾道をBB弾がなぞり、ガクさんは大きな声でヒットと叫び片手を上げる。しかし、目を瞑ったことで俺がヒットされた。

 目を開けていれば。

 ただ、目を開けていれば、俺がヒットを取れたかもしれない。

 聞いたうえでそう思うと、、途端に悔しさが無性に込み上げてくる。

 「とても今日が初めてのサバゲーとは思えません。筋が良いですよ。すごく。」

 俺が零した言葉にガクさんは、はっきりと確かにそう言った。

 嬉しい。

 「嬉しい…ですけど、悔しい。です。」

 ガクさんは、妖しくニヤリと笑いながら

 「初心者に負けちゃあ自分が廃るってモンです。」

 ガクさんの顔が、目を細めて優しい笑顔に変わった。

 「また、挑戦しに来てください。俺も勉強出来ましたし、いつでもお待ちしてますよ。」

 餌が付いた釣り針がそこにあった。

 「じゃあ、今やりませんか!?」

 俺は、机を力強く両手で叩きながら立ち上がる。

 「嫌です。」

 ガクさんは、そっぽを向いて子供のように拒否をする。

 「お願いします!」

 俺は、負けじと頼み込む。

 「い、や、で、す。」

 立て肘をついたガクさんは気怠そうに拒否をする。

 「どうしてですか!?」

 ガクさんは、人差し指を立てて上を差す。

 俺は、その指に釣られてそのまま顔を上げた。

 「お昼休み、しっかりとお休み出来ましたでしょうか?残り5分ほどで午後の部一回目のゲームを始めさせて頂きたいと思います。お昼の間解放していたフィールドも一旦閉鎖させて頂きます。次のゲームの為に、一度フィールドアウトお願い致しまします。続きまして、午後の部一回目のゲームは………」

 フィールド内にスタッフのアナウンスが流れている。

 「時間切れ。なんです。」

 煙草を取り出しながら立ち上がったガクさんは、先ほどの目を細めた笑顔で

 「だから、次の機会に持ち越しでお願いします。」

 と、言うと、喫煙所に逃げる様に歩き出した。

 崩れる様に座ると、落ち着かせるようにゆっくり髪の毛をかきあげる。

 次は、負けねぇ。

 力強く息を吸い込み、邪気を払うように力強く短く一気に吐き出すと、ポケットに収めていた煙草を取り出して、ガクさんを追いかける様に喫煙所に向かった。


第3ゲーム フラッグ戦(裏)黄色Xフラッグ「エクス」赤色Eフラッグ「エコー」


 昼休みにゲームをやった後、煙草を吸いながら談笑することにした俺らは、表のゲームを休み裏ゲームから参加することにした。

 午後初参加は、フィールドの端に存在する森林地帯をメインにした地域が舞台となるらしい。

 裏ゲームのフィールドインのアナウンスが流れ、俺達はフィールドインをして森の方向に向かって黄、赤2色のまだら模様の列に続いていく。森の入り口付近で赤チームは、森と塹壕の境界に沿うように別れ俺たち黄色は森の奥へと進んでいった。

 塹壕と平地のフィールドとは違い、木々に陽の光を遮られ微かな風に靡く葉の音が参加者たちの行軍

会話の中に紛れ込む。各場所に設置された敵の侵攻を防ぐ為の木製のバリケードが木漏れ日に照らされ、数分後に起きる戦闘を物悲しく待っていた。

 スタート地点のXフラッグにたどり着く。

 そこは、円形に開けた場所で、周りを囲むように草むらや倒木が存在し、人一人分の太さの木々が点

々と生えている。円形に開けた中央にXフラッグはあり、フラッグ付近でゲームの準備をしているスタッフを中心に雑談や作戦会議などをして参加者はゲームが始まるのを待っていた。

 ガクさんと俺は、いつもの通り集団から少し離れた所で立っている。

 ふと、ガクさんを見ると、マガジンの位置を確認したり、予備のマガジンのチェックをしている。

 俺も真似る様にポケットに入れて来た予備のマガジンに弾が入っているか確認をして再度マガジンをポケットの中に入れながら、改めてAK-47に持つ手に力を入れながら今まで参加したゲームとガクさんからのアドバイスを反芻する。

 動くときはエアガンを構えながら。目をしっかり開けて相手を見る。ビビらない。

 脳内学習をしている最中、ガクさんがエアガンを下に向けながらスコープのようなものを調整しながら声を掛けてくる。

 「森の中で戦う場合は特になんですけど隠れる所が結構あるんで、草むらとか気をつけて下さね。」

 「了解です。見つけやすくなるコツとかあるんですか?」

 「うーん。こればっかりは慣れですかねぇ。」

 そんなうまくはいかないか。

 世知辛さに嘆きながらAK-47を眺める。

 「あ。」

 ガクさんは何かを思い出したのか、声を発する。

 「一つだけ、見つけられる可能性を高める方法があります。」

 妙に引っかかる言い方に少し不安になりながら耳を傾ける。

 「草むらの動きを見る事です。」

 「どういうことですか?」

 「風で靡く動きと人で揺れる動きって違うんですよ。もうちょっと具体的に話すと風は外側から力が働くので草むらが全体的に動くんです。けど、人が動く場合内側から力が働くので根元から動きが伝わってピンポイントで揺れることがあるんです。」

 「その草むらの動きの違いが分かれば人が隠れているかどうかがわかるって事ですか?」

 「そうです。でも、風で揺れる草むらの動きなんて普通覚えてませんからね。だから、違和感を感じたら警戒する感じでいいと思います。」

 「ガクさんはその動き分かるんですか?」

 「まぁ、大体は。100%わかる訳ではないですけど。」

 にわかに信じがたい。

 「あ!ワンメさん。信じてないでしょ!」

 心の中を読むようにガクさんは問い詰めてくる。

 しかし、その表情は閻魔というより無邪気な子供が宿っていた。

 思わず、笑顔を作って対抗する。

 「そんなことないですよー。すごいなーっておもってますー。」

 「うわーめっちゃ棒読み。」

 「実際は、想像つかないですよ。草の揺れ方に違いがあるなんて思わないですもん。」

 「観察してれば分かりますよ。今日は……草が揺れるほど風が吹いてないか。それに、森林内だしな。」

 360度見回して草むらが揺れているところを見るが、氷漬けでもされているかのように草木が固まっている。日光を遮っている木の上の葉や枝が凪でそよそよと揺らいでいる音だけが他の人の雑談の節々にまぎれて囁くだけ。

 「ゲーム説明を再度行います!私語は慎むようお願いします。」

 スタッフの声で参加者の雑談は綺麗に止み、説明が行われる。

 EフラッグXフラッグ間のフラッグ戦。セレクターはフルオート。注意事項や初心者適応ルールの説明を受ける。

 「それでは、間もなくゲームを開始します!」

 息をつかぬ間にスタッフは手に持っていた個人用のとトランシーバーで連絡を取る。

 すると、案内放送が流れ始めた。

 「準備完了を確認しました。それでは、ゲームを開始します。E、Xフラッグ間フルオートのフラッグ戦を開始します。ゲーム開始5秒前!5,4,3,2,1。スタート!」

 ゲームの開始の合図と共に参加者の大半が我先にと相手方のフラッグ目掛けて走り去り、俺らを含む残された参加者は思い思いにゆっくりと散らばり自分の居場所へと歩き動いて行く。開始してすぐにEフラッグ方面から発砲音が微かに聞こえ、返事を返す様に今まで聞いた事の無い甲高い発砲音がひときわ目立って鳴り響き続ける。

 参加者が居なくなったスタート地点でぼんやりと立ち続けた俺とガクさん。

 「行かないんですか?」

 俺の一言で、ガクさんはのんびりとエアガンを構え、

 「まぁ、前線は任せて、俺たちはのんびり行きますか。」

 と言うと、そのまま走り去って行った人たちとは別方向に歩き出していく。

 森林エリアと塹壕エリアの境目にある目標フラッグのEフラッグに対して平行に左に進んでいく形で歩き、遠ざかる交戦音をしり目に歩き続け、Jフラッグを通り過ぎた。森と言うより林に近く倒木が多いこの一帯は走るには慣れが必要な程地面の状態は悪いがその反面見通しが良く、隠れるのが難しい印象を受ける。だが、ネットに近づくほどに草木が塹壕エリア以上に生い茂り、中腰になるだけで体を隠すことが出来る。

 いつの間にか、道と行っても獣道に毛が生えたような草むらの中にガクさんは恐れも無しに突っ込んでいく、そして人一人が通れるぐらいの草で出来たトンネルの前で歩みを止めた。

 「ここら辺からかな。」

 ガクさんは、そう言うと中腰になり、エアガンの肩当てを伸ばし肩に当てると、水平に構え、一歩一歩確認するように静かに歩き出す。

 俺は、ガクサンを真似る様に中腰になり、エアガンを抱える様にして持ち、ガクさんの後ろを歩くいていく、時折落ちていた枝を踏み抜く乾いた音が足元から鳴る度に敵に位置がばれるのではないかと言う恐怖に駆られ、じっとりと額に汗が滲み出てくるのを感じながら、細心の注意を払ってガクさんに何とか付いて行くが、少しづつ距離が開いて行く。

 あの人、足音全然鳴らさない。どーやって歩いてるんだ?

 ガクさんの足元を凝視していると、ガクさんがトンネルの終わりにたどり着き、90度曲がった方向を静かに観察していた。

 やっとの思いでガクさんの真後ろにたどり着くと、ガクさんが囁き始めた。

 「ここにしましょう。」

 自分の体を草木に隠しながら、横斜め水平に構えていたエアガンを草木に突っ込む形で前に出し、獲物を狙う。そして、囁く。

 「ワンメさん。手伝ってもらってもいいですか?」

 「何をすればいいですか?」

 ガクさんは、顔を逸らさず、エアガンをビタッと動かず、構えながら口だけが静かに動く。

 「まず、位置の説明から。俺たちが今いる所は、スタート地点から一番遠い所、端になります。相手チームの侵攻ルートは三通りあります。一つは、EフラッグとXフラッグを直線に結んだ最短ルート。二つ目は、Dフラッグを経由してフラッグを目指す右側の迂回ルート。そして、三つ目が今ここにいる左回りで最も遠回りするルートです。味方達は、主に最短ルートと右回りをメインに侵攻しています。俺たちは、手薄になっている遠回りのルートを守って味方が安心して侵攻できるように守っていきます。」

 続けて、ガクさんは説明を続ける。

 「俺が、侵攻してくる敵をここで迎え撃ちます。ガクさんは、俺の後ろを守って欲しいんです。」

 「ここでですか?」

 「はい。背中合わせで互いに守っていきましょう。ここに来る途中。道はいくつかに分かれていました。ここのルートを選ぶ人はヒット狙いではなく、フラッグ狙いの猛者の可能性が高いです。ガクさんには、潜んでもらって、俺の背中を撃ちに来ようとした人を撃ってけん制してください。ヒット取れたら儲けものです。」

 「でも、俺今日始めたばっかですよ。力になれるか……」

 そう言いながら、俺が守ることになる草のトンネルをじっと見つめる。

 「大丈夫。AMATERASUのシューティングレンジじゃ30m先の的に当てまくってたじゃないですか。それに味方に背中を任して戦うって、映画みたいでワクワクしません?」

 ガクさんの口元が密かに吊り上がった。

 良くあるアクション映画のワンシーン。敵に囲まれ追い詰められる主人公達。

 最後の最後に背中合わせで互いの正面の敵に銃をぶっ放す。それが、今、現実になりかけている。

 「じゃあ。俺も少しはカッコつけないとダメですね。」

 自然と片方の口角が上がる。

 「お、いいですねぇ。」

 ガクさんは、そう言うと続けて芝居がかった口調でこう言った。

 「相棒。どうカッコつけるつもりだ?」

 俺は、その臭い芝居に乗っかることにする。

 「ここは、『背中は俺に任せろ』ってセリフで答えます。」

 ガクさんは静かに鼻で短く笑うと

 「俺がアタッカーでお前がディフェンスだ。」

 と、言う言葉の後に銃の前の部分を握っていた手を離し、腕を直角に曲げて俺の方に差し出してきた。

 俺は、自然とその腕に自分の腕をクロスするように軽く当てて

 「コピー」

 と、言い放ち、ガクさんに背中を向け、膝立ちで銃を構える。

 「頼んだぞ。」

 背中でその言葉を噛みしめながら、遠くの方で交戦音が響く中、今は、不気味に見える草のトンネルをじっと睨みつけた。

 ただいたずらに遠くの方で鳴り続ける交戦音と自分の息使いだけが聞こえる静かな時間が続く、片膝をついてエアガンを構え続けるという慣れない態勢で足は痺れ、時折左右に足を入れ替えては、エアガンを構え続けた。

 初夏でまだ涼しい時期ではあるが、思った以上の湿り気のある空気にマスクから上る自分の息でゴーグルは曇り始め、周りに誰もいない事を確認し背中のガクさんに気付かれないようにゴーグルを外し、曇りを取るように空を切るようにゴーグルを何度も振る。

 「ワンメさん。」

 背中からの声に心臓が飛び出る。

 「ゲーム中は絶対にゴーグルを外さないでください。失明して嫌な思いするのは自分だけだと思ってます?怪我させた相手が一生悔やむかもしれませんよ。」

 ガクさんの声は、今まで聞いたことが無い程に低く、冷たい。

 「すみませんでした。」

 背後の視線を感じながらゴーグルを再度装着する。

 気を取り直し、エアガンを構え直す。

 ゴーグルが曇らないように、ゴーグルの位置や、フェイスマスクの位置を調整するが、何も改善は見られず、目の前のトンネルは霧がかり一層不気味さが増す。

 さらに、交戦音が徐々に近づいてくるのを感じる。こちら側が押されているのだろうか?

 「ガクさん。交戦音が近くなってきた気がします。」

 出来る限り声を抑え、ガクさんにはっきりと聞こえる様に声の大きさに最大限に気を配り報告をする。

 「了解です。」

 ガクさんの声が耳に届く。

 ふと、ゴーグルを外したことを思い出し、心が少し重くなる。

 その時、ガクさんの微かな声が自分の耳にかろうじて届いた。

 「正面に敵4名。」

 とうとう、敵が姿を現した。草の音に注意して聞き耳を立てる。

 そう時を待たずして近くで4発のエアガンの発砲音が連続して聞こえた。

 敵か!?

 「大丈夫。味方です。」

 ガクさんは呟いた。

 「りょ、了解です。」

 思わず、生唾を飲み込んだ。

 程なくして激しい銃撃戦が始まった。

 左後ろと左前から絶妙に少しだけ違う発砲音が激しく交差し、止まることを知らず一進一退の攻防が行われているように聞こえる。

 いつしか左前からの発砲音は鳴りやみ、一間置いて草が何かに擦れる音が激しく鳴る。

 グリップを握る手に一層力が入る。

 音は、俺の方に近付いて来る。

 敵じゃない事を祈りながら、ストックをしっかりと肩に押し付け固定させ、目を開き、目からの情報も仕入れるように集中する。

 音が、すぐ近くまで来て、ピタリと止まった。

 何かを探す様にその場でガサガサ、ガサガサと音と共に草が不自然に揺れるのが見えた。

 ヤバイ!来た!?どうする!?

 敵か味方か。来て欲しかったけど、来て欲しくなったような複雑な感情が腹の底からじわじわと沸き上がってくると、呼吸の管理など等に忘れ、荒くなり、肩が激しく上下に動く。

 そして、空中に一つの棒のようなものがゆっくりと出て来くるのがわかった。

 確認するためにその棒のようなものを自分の息で曇りかけのゴーグルの鮮明な部分でそれを観察する。

 それは、人の手でだった。

 人の手がゆっくりと伸びていくと黄色のマーカーが前腕の真ん中に付いている。

 味方と言う事がわかるとグリップを握る力が一気に抜け、上がり切った肩と一緒に溜まった呼吸を膨らんだ風船の空気をゆっくり抜くように吐き出した。

 「み、味方……」

 思わず、口から零れる。

 2~3秒出ていた空中の前腕は、勢いよく引っ込められると同時に、ガサガサと言う音と共に後ろ向きエアガンを構え後退してくる50代ほどの恰幅が良く、大きい体男性が器用に縮めながら現れた。俺の目の前に身体全体を出し、俺と目が合うとサムズアップをして、軽く頷いて見せる。俺には、撃たないでくれてありがとう。と言う意味に感じた。

 それに応える様に、俺も短く一回こくりと頷く。

 それと同時に真後ろで3発セミオートでの発射音が鳴る。

 「コンタクト…。」

 囁き声が、後ろから聞こえる。

 「一人、味方が合流しました。」

 同じぐらいの音量で伝えると、了解。と帰って来た。

 すると、目の前にいる味方が小さく手招きをしているのが見えた。

 後ろの方ではとうとう銃撃戦が始まり、ガクさんはフルオートに変え、2連発で対応し始める。

 少し、悩んだが、後ろに振り返りながら

 「ガクさん。味方が呼んでるんでちょっと行ってきます。」

 と、言う。

 撃ち合いをしながら隙を見て一瞬だけ俺の方を見る。

 しかし、俺の顔を見てる様子はなく俺の顔の先の味方を見ているようだった。

 「了解。背中は頼みましたよ。」

 ガクさんの許可を貰うと

 「了解です。俺は、ディフェンスですから。」

 と答える。

 ガクさんは、コピー。と、返事を聞くと、自然と俺の体が動き、ガクさんに近付いて肩に軽く触れる。

 それを合図にガクさんは引き金を引きっぱなしにしてフルオートで乱発し始める。

 俺は、その音を聞きながら、中腰になり早歩きで味方に近づいた。

 先程の男の味方は、敵が進んでくるであろうT字路まで戻って、膝立ちで待っていた。

 俺は、男に合流すると道を挟んで男と同じ膝立ちで座り体を休める。

 「ごめんね。友達と遊んでるところ。」

 妙に東北訛りの標準語で喋る男は、そう話し始めた。

 「兄ちゃん。ここ守ってるんだろ?二人ぐらいこっち来そうだから手伝ってくんねぇかな。」

 「何すればいいですか?」

 「簡単だよ。来たらそっから撃ち込んでくれれば」

 「わ、わかりました。」

 「黙ぁーって待ってればヒョって顔出してくっからよ。そこ撃っちまえばビンゴだぜ。」

 イヒヒと男は笑う。

 男は、全体的に細長いフォルムにスコープを乗せたエアガンをマタギの様に構え、じっと狙いをT字路の先に据える。

 俺も体をT字路の方に向けAK-47を構えガクさんの銃声鳴り響く中、敵が来るのを待つ。T字路の先は、開けており腰辺りまで生えた草むらが各自に点在し、人が立って歩けばすぐに目が付く、待ち伏せするにはこの場所は絶好と言うやつだ。

 左から敵はやってくるからよ。味方の男はそう言う。

 よく観察すると、左側の視線が切れる位置に細い木が生え、その下が人一人隠れてしまう程の草むらが生い茂っているのに気づく。

 あそこに隠れられながら来られると怖いな。

 そう、思いながらエアガンを握る手に再度力が入る。10秒もしないうちに草が不自然にガサガサと鳴り出した。その音は、俺達二人に向かって左からゆっくりと近づいてくる。

 反対側の男のほうから、聞いたことが無い音が静かに鳴る。それは、タイヤの空気が抜けるようなプ

スッという音に近い。その直後。

 「ヒットー!」

 草が鳴った所からヒットコールが鳴り響いた。

 俺は、何が起きたのかわからず反対側の男の方を見ると、エアガンを軽く構えた状態で嬉しそうにサムズアップをしていた。今のは、発射音なのだろうか、とても同じエアガンとは思えない。男から、目線を外す事が出来ずじっと見ていると反対側の男がそれに気づいたのか気恥ずかしそうに頭の後ろに手を回し照れて見せる。

 その瞬間、短い3連射のフルオート音が鳴ってすぐに反対側の男は片手をあげて立ち上がる。

 「ヒットぉー」

 そのまま肩を下げて歩き出す。去り際に

 「調子乗っちまったなぁ…。」

 と、ボソッと呟くと何かに納得できないようで、何度か首を傾げて悲しそうに去って行った。あまりに早すぎる展開に頭の整理が追い付かない。男が居なくなった反対側のスペースを見ていると、緊張感がこそぎ落ちた草をかき分ける音が横から聞こえてくるのに気づき、顔を振り返りエアガンを構え直した。

 草をかき分ける音が、だんだんと近づいてきた。

 すると、爪楊枝程の黒い筒が左側からニョキと現れ、続けて人の手と共に姿を現す。その時に始めてエアガンを持った人間だと気づく。AMATERASUのシューティングレンジでの射撃の感覚を呼び起こし、ガクさんの言葉を思い出す。

 『大丈夫。AMATERASUのシューティングレンジじゃ30m先の的に当てまくってたじゃないですか。』

 緊張と興奮で支配された頭がのように冴えて視界がハッキリしたような気分になる。

 「しっかりと目で見る。しっかりと目で見る。しっかりと目で見る………。」

 詠唱するように何度も同じ言葉を繰り返す。塹壕の時のような失敗は二度としない。今度は必ず決める。

 人の手から前腕上腕が現れ、体の半身が見えてくる。

 まだ、ダメだ、しっかりと目で見ろ。自分に言い聞かす。

 ほぼ全身が出る。相手は周りを見回し、体を90度反転させこちらに身体のすべてをだらしなく晒した時に相手の目とあった。

 今だ!!

 俺は、トリガーを引き続ける。

 1、2、3、4、5発フルオート連射された弾は敵目掛けて飛んでいく。

 相手も負けじと狙いを定め始める。

 だが、トリガーを引く前に分目が打ち出した弾の初弾が敵のゴーグルに当たり、残りの4発は後ろの森に消えていく。ゴーグルに当たりヒットを確信した敵はワンテンポ遅れて銃を降ろし片手を上げてヒットコールを声高々に上げた。

 「ナイスヒットー!」

 ヒットコールを聞いて俺は、トリガーから指を離す。

 その間発射された弾は俺の意思とは関係なく相手に向けて飛んでいく。何発か当たってしまったらしく相手は痛ッと短く叫んだ後に防御態勢を取っていた。朝のルール説明の時のオーバーキルの事を思い出した俺は咄嗟に、

 「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 と、叫んでいた。

 相手にその声が届いたみたいで、明るい声で

 「大丈夫!大丈夫!ナイスヒット、ナイスヒット!」

 と、叫ぶと再度片方の手を挙げた。

 一瞬で戦いが終わった。

 ため息と共に構えたエアガンを降ろし、去っていく相手の後姿を見ると掲げた拳は、サムズアップになっていた。戦いの余韻に心を落ち着かせながら改めてエアガンを構え、次なる敵に備える。人一人通らない静かな戦場とは打って変わって自陣のフラッグ方面から幾つかのヒットコールが聞こえ始めた。

 心なしか発砲音も近くなっているように思える。

 そして、最後のヒットコールが聞こえてまもなくしてエアーホーンの爆音がフィールドを包み込んだ。

 もしかして負けた?そう思った俺は、ガクさんの顔を見る。ガクさんは、すでに戦闘態勢を解き、銃を下に向き抱えように持っている。

 「押し込まれちゃいましたね。」

 程なくして、場内アナウンスが鳴り響いた。

 「赤チーム!フラッグダァーン!ゲーム終了!ゲーム終了です!」

 こうしてゲームが終わった。

 ガクさんは無言で立ち上がり守備位置から歩き出し、俺の方に近付いて来る。

 俺も立ち上がり、真正面から草むらのトンネルを出てガクさんが来るのを待つ。

 ふくらはぎ辺りまで伸びた草むらを慎重に下を見ながらかき分けてガクさんは近づいてくる。

 草むらを抜け地肌が出てるところまで来ると前を向き俺の方に向かって来た。

 そのまま、横を通り過ぎるタイミングで俺も並んで同じスピードで歩き出す。

 「ガクさん。」

 俺は、短く声をかける。

 どうかしたのかとガクさんはこっちを向いてくる。

 「ゴーグル。すみませんでした。」

 あーなんだその事か。と思い出したようにガクさんは言うと装填されたマガジンを外し、しまいながら喋り出す。

 「あん時は、ちょっとキツく言っちゃいましけど、本当に危ないからいくら見難くてもやっちゃダメですよ。」

 怒られた時とは違い声のトーンは明るく子供に注意を促すような口調で話してくる。

 「うっす。気を付けます。」

 素直に受け取ろう。次からは気を付けよう。

 その後、フラッグを取ったであろう赤チームの人達が、円陣を組み片手を上げて雄たけびに似た声を上げながら小刻みにジャンプしながらグルグル回っているのが見える。

 ガクさんは、それを見てクスリと笑う。

 「楽しそうですね。」

 そう俺は呟いた。

 「仲間で連携して作戦が決まった時の爽快感は半端ないですからね。傍から見たら変に見えますけど、微笑ましいですよ。あーいうのは。サバゲー楽しんでるって証拠です。」

 俺もその言葉と共にマスクで隠れた笑顔を浮かべながらその光景を通り過ぎていく。

 「そうだ。ワンメさん。休憩所戻ったら曇り止め塗りましょう。全然違いますから。」

 ワントーン明るい声でガクさんは俺にそう言ってくれた。

 その声を聴いて俺の踏み出す足は少し軽くなっていった。


第4ゲーム ショートフラッグ戦(表)黄色Bフラッグ「ブラヴォー」赤色Cフラッグ「チャーリー」


 ゲームが終わり俺達は、休憩所に戻る。

 可視部全体がすでに曇ってしまったゴーグルを外し、首元に下げて、傷を付けまいと丁寧にエアガンを机の上に置き、曇ったゴーグルをパーカーの端で拭う。ガクさんは、すでに、机の上に乱雑置かれた自分の私物から小さなポーチに手を伸ばしていた。

 「ちょっとまってくださいねぇ。」

 手際よくポーチの中身を机に出しては置いて行く。

 プラスチックで出来た細長いミニスプレーボトルにポケットティッシュ、ウェットティッシュにメガネ拭きが二枚出される。

 ガクさんは椅子に座り、散らかった机を少し整理して作業スペースを作ると手を広げ右手を差し出してきた。

 「掛けてるゴーグル貸してもらえますか?」

 俺は、パーカーの端で拭ったばかりのゴーグルのフレームを畳み差し出された右手に置く。ガクさんの手の中にあるゴーグルのフレームが展開されるとウェットティッシュでレンズ部分を拭き、汚れを念入りに取ったのち、ポケットティッシュを二枚取り出して、付いた水分を丁寧に取り除いて行く。

 続けて一枚のメガネ拭きを取り出し、レンズの埃を取っていく。

 最後にゴーグルを光にかざしてレンズの状態を確認すると、スプレーボトルに手を掛けキャップを外し、手の内に隠し持つようにキャップを持ったままスプレーボトルを構え、レンズの内側、大体目の位置に当たる辺り左右のレンズ部分に一回づつ中の液体を吹き付けた。別のメガネ拭きを手にすると、吹き付けた液体を伸ばす様にメガネ拭きで軽く撫でる。そして、広げたものをポーチの中にしまうとフレームを開いた状態で俺の前にゴーグルが差し出される。

 「出来上がりましたよ。どうぞ。」

 ゴーグルを受け取った俺はお礼を言ってゴーグルを掛け直す。

 吹き切れてない薬剤が視界を少し歪ませる。

 「今は流石に曇る要素が無いので実感はないかもしれませんが、マスクを着けて動いたり、さっきみたいな湿度が高い場所に行けば、曇り止めの効果がわかると思いますよ。」

 想像していた光景と現実の光景が乖離してモヤモヤしてきて、思い切って不満を言ってみようと思った。

 「やって貰って言うのは申し訳ないのですが、思ったより視界が歪んでるんですけど、これで完成なんですか?」

 ガクさんはいつの間にかマガジンの弾込め作業を粛々と行っていた。

 作業の手を止めずに弾込めする器具にマガジンを差して取っ手をグルグル回している。

 「そうですよ。思ったより歪んでるでしょ?違和感しかないと思いますけどそれで、OKなんです。」

 効果があるのか気になってフェイスマスクを着けてゴーグルに息が籠るようにゆっくりと吐き出してみる。ゴーグル越しの視界は曇りに遮られることもなく以前クリアに外の景色を透過させているが、それが曇り止めの効果かどうかよくわからない。

 装填し終わったマガジンをベストの前ポケットに仕舞いながらガクさんはクスリと笑った。

 「ワンメさん。今曇らせようと思っても季節的に無理ですよ。もう少し湿度が高くないと。」

 それもそうか。そう思うと少し気恥しくなる。

 「でも、初めて見た道具をすぐ試したくなるのはわかります。ちょっとワクワクしますよね。」

 そう言うとガクさんの目はゴーグルで見えないが口元は笑っている。

 『それでは、次のゲームを開始し致します。』

 フィールド内にアナウンスが流れる。

 「次のゲーム赤チームCフラッグチャーリー。黄色チームBフラッグブラヴォー。セレクターフリーのショートフラッグ戦を行います。ご参加される方は、フィールドインをお願いします。」

 それを聞いたガクさんは、フェイスマスクを装着してエアガンを持つと、肩掛けベルトに金具が付いた装備にエアガンを固定させ、手慣れた手つきでグリップ部分に紐を引っ掛け背中に背負うように後ろに回す。

 「じゃあ。次のゲーム行きますか。」

 俺は、ポケットの上から軽く叩いてマガジンがポケットに入ってるのを確認したのちにエアガンともう一個のマガジンを持った。

 「はい!」

 曇り止めを塗ったからか訳の分からない自信が心を満たす。

 これで、ヒット取れる!と思った瞬間。いや、取れるわけないやん。曇り止め塗ったぐらいで。と、もう一人の自分が突っんだ。確かに…。と、思いなおすと苦笑いが顔に滲み出る。

 「行きましょうか…。」

 ガクさんが俺を不思議そうに首を軽く傾げるとすぐに何事も無かったように歩き出した。

 次のゲームはショートフラッグとか言ってたな。そう思いながらガクさんと共に休憩所を後にした。

 4回目のフィールドインにもなると一番最初の知らない世界への扉を開けるような不安は無くなり、普段の日常に近い感覚で入れるようになっていた。

 スタートフラッグに続く人の歩みの流れに身を任せ、フラッグの近くにたどり着く。

 休憩所とフィールドを隔てる青ネットの近くに出来た人の群れはスタートシグナルを今か今かとざわついていた。

 敵陣の方を見ると、敵が蟻のように列を作って敵陣地のフラッグへと流れが出来ていたのが見える。

 その流れの先には2~3m程の高さのフラッグタワーが建っていてこっからでもはっきりと「C」と描かれているのがわかる。そこを中心として人の池が出来ていた。今までは草むらや塹壕などで確認出来なかったのが、敵の姿がはっきりと確認できる。友人でもいるのか味方の何人かが、敵に向かって手を振る。それに、反応して敵も何人か手を振り返していた。

 「今回は、ショートフラッグ戦です。今までのフラッグ戦と違って展開早いから気をつけて下さいね。」

 ガクさんはそう淡々と喋る。

 俺は無言で頷いた。

 速い展開。どんな展開になるんだろう。今回は相手のスタート位置が見える程に近い。早く敵と出会うという事なんだろう。どちらにしろ、俺はガクさんに付いて行くだけだ。おんぶに抱っこでいいじゃないか。そう思うと、少し気が楽になる。

 「…kら………っちに…syう」

 誰かが、何かを言っていてる。

 にしても、実際にエアガンって幾らぐらいするんだろうか?

 「k…の………ょり…ト………同j………さい。」

 辺りをなんとなく見回す。敵のフラッグに対して正面向いているバリケードがいくつかある。あそこで、隠れながら上手く戦えたらカッコつくだろうな。右側に塹壕フィールドが広がってる。開始と同時に塹壕に走って反対側まで辿り着いて敵に見つからずフラッグが取れたらヒーローになっちゃうよな。スパイみたいでいいよね。

 遠くで見える敵の様子を見ると何か話し合ってる3人組がなんとなく気になった。

 そのままじっと見続ける。

 敵チームを担当するスタッフの説明を聞かずに俺らの方を指差して何かを確認している。

「………、…………を開始します!」

 ふと、気付くとスタッフはいつの間にかトランシーバーを使って開始確認を行っていた。

 スタート合図を逃すまいとじっとスタッフを見ていると、スタッフの遠い後ろに見える先程の敵陣の3人組がおもむろにエアガンをこちらに向けて構え始める。

 何してんだ?

 俺の疑問を置き去りにして、全体アナウンスがフィールド全域を包み込む。

 「それでは!ゲーム開始5秒前!」

 「ワンメさん大丈夫ですか?」

 隣のガクさんを見てエアガンを構えている敵の三人組を指差す。

 「いや、ワンメさんあれ…。」

 味方チームが息をあわせたかのようにフラッグを中心に味方が左右に割れて、俺とガクさんは真ん中に取り残される形になった。

 「あ。」

 ガクさんが、一文字発すると

 「ヨサンニイチ!」

 行間が見当たらない程の早口でカウントがアナウンスで行われ、

 「ワンメさん、隠れて!」

 ガクさんの静かな警告の後

 「スタート!」

 と、開戦の火蓋が切られると一斉に遠くから発砲音が鳴り響くと蜘蛛の子を散らす様に味方が走り始め、エアガンを構えていた敵方三人組がスタートのアナウンスと同時にフルオートで撃ち込んできた。その時初めて弾に当たらないように俺たち以外の味方は飛散したという事を知った。

 そして、その弾がいたるところに設置されたバリケードに無慈悲に着弾し、目の前のバリケードでも雨に似た着弾音が鳴り始め、呆然としていると、白い小さな無数の弾が俺に向かって飛んでくる。ここで初めて自分がやられることに気付いた俺は、急いでガクさんの姿を探す。

 ガクさんが、近くのバリケードに姿を隠し開始めているのを見て俺もそこに行こうと動き出した瞬間。

 顔と、左腕に痛みが走る。

 「ヒットォ!」

 俺と同じように逃げ遅れたスタッフが俺の声に気付き、一瞬俺の方を見ると相手に向かって大きく手を振りながら叫ぶ

 「リスキル気を付けてくださーい!」

 初心者は一回復活あり、フラッグにタッチをして復活。2~3歩を進めてフラッグに手を伸ばす。

 「リスキル注意でお願いしまーす!」

 スタッフは、俺の事をチラチラ見ながら大声で再三の注意を促し、俺の盾になるような形で必死に手を振っている。

 目の前のフラッグにタッチをして復活する。

 「ワンメさん!こっち!」

 目の前のバリケードで隠れる事に成功していたガクさんが俺に手招きをして、立ち上がってエアガンを雑に構えて乱射する。

 しかし、弾の豪雨は止むことは無く、スタッフの影から体が外に出た瞬間同じ痛みを左腕に感じ、2度目のヒットコールをすることになった。そのヒットコールを聞いたガクさんが俺に聞こえる程の音で舌打ちをし、エアガンを瞬時に構え直し人が変わった様にキレのある動きで単発で標的を変えては撃ち続けた。

 スタッフは、俺のヒットコールを聞いて

 「ヒット者通りまーす!撃たないでくださーい!」

 と、何度も叫びながら俺をネット際まで誘導する。

 戦争の銃撃戦の中を横切る時はこんな感じなんだろうか?

 ネット際に行くまでに何度も激痛を感じる。その度に本当だったら死んでるんだろうな。と、冷静に思った。

 ネット際に辿り着くと

 「ネットを伝うように行けば被弾を最小限に防げます。」

 入り口付近にいる別のスタッフが何度か眉間に皺を寄せては返してを繰り返しながら頑張って笑顔を作りながら、誘導してくれる。

 「ありがとうございます。」

 軽くお辞儀をして、顔を上げる。

 その時ネット際に着いてから弾が当たってない事に気付く。

 スタッフが俺に弾が当たらないように飛んでくる弾を背中で受けていた。眉間の皺が寄せて返している意味をここで初めて知って

 「ありがとうございました!」

 と、改めてお礼を言うとすぐに振り返ってなるべく早くフィールドから出る様に走って出入口へと向かう。ショートフラッグ戦の展開の速さに驚きながら不思議と悔しさは込み上げてくることは無く、次回に活かす為のシュミレーションを頭の中で行いながら自然と笑みが零れた。

 「大丈夫ですか?」

 スタッフも一緒にセーフティエリアに逃げて来ていた。俺に声かける。

 「はい。あのーありがとうございます。助かりました。」

 いえいえ、と短く顔を左右に振ると

 「敵さんもエゲつないですよねー、もうちょっとみんなが長く遊べるようにゲームマスターに文句言っておきますよ!」

 と満面の笑みで拳を顔の前に出した。

 未だ終わる事の無いショートフラッグ戦を尻目に早すぎる退場をした俺は、装備をすべて休憩所の机に置き、自販機で缶コーヒーを買い。休憩所にやってきた。同じようにヒットしたのか、先客が一人。大きい体を丸くして煙草をふかしている。俺は、先客と対角線になる位置にある椅子に座り、加熱式タバコを取り出し、セッティングをして電源を入れる。太ももの上に一旦置いて、持ってきた缶コーヒーを両手で開けて、椅子のひじ掛けにあるジュース置き場に缶コーヒーを置き、左手で加熱式タバコを持ち、置いた缶コーヒーをちびちび飲みながら吸えるまでの時間を過ごしていると、先客が俺に気付きふと顔を上げた。

 白髪の坊主に整えられていない白髭、瞳は大きく、顔は赤みを帯び、肌はアトピーかなんかで荒れている。

 「あれ?アん時のにいちゃん?」

 ?

 どの時?交差する視線に片方だけ口元を上げてぎこちなく笑って見せる。

 「ホラぁ。藪ン中で一緒に。」

 頭の中でっボヤキながら帰った人のシルエットが映し出された。

 「あ、あの時の。」

 保護具で顔がわからなかったが、体全体の雰囲気は確かに同じように感じる。

 「そー、そー。」

 ははっ。と先客は笑う。

 「あん時は、お友達と遊んでたのに邪魔してゴメンね。」

 笑いながら紫煙を吐き出した。

 加熱式タバコの準備を知らせるバイブレーションを左手に感じると無意識に口へと運び、白煙を肺に一度入れたのちに吐き出す。

 「あ、いや。大丈夫です。」

 「兄ちゃん今日初めてだろ?」

 「え?」

 先客は、自分の腕に巻かれた白いテープを指差す。

 「あ、はい。今日が初めてです。」

 と、答える。

 その後煙草を吸いながら会話は続いて行く。

 「にしても、ずいぶん落ち着いてるなぁ。ホントに初めてかい?」

 「いや、落ち着いてるなんて!いっぱいいっぱいですよ。ホントに。」

 「はぁ。それに比べてオレは、調子乗っちまって先にやられちゃって。」

 急に男は自分の坊主頭を撫でまわしながら頭を抱える。

 そこで何かに気付いたのか撫でるのを止めて顔を上げて聞いてきた。

 「そう言えば、俺を倒したヤツ兄ちゃんがカタキ取ってくれたの?」

 「敵かどうかわからないですけど、あの後来た人は危なかったですけどなんとかヒット取れました。」

 「あぁーやっぱそうか。ありがとねぇ。後ろからすぐヒットコール聞こえたからさ。そうかなぁーって思ってたんだんよ。」

 男は、撫で置いた手を空いてる膝の上に置くと大きい体を一層縮こませ煙草を短く吸って吐く。

 「はぁ、俺もまだまだだなぁ。」

 なんと返したらいいかわからず、出来る限り愛想よく返事をしようと試みるが、小さく乾いた笑いをするのが精一杯だ。

 どことなく気まずい空気が辺りに流れる。

 息苦しさから逃れたくなり、何か話題は無いかと頭の中の記憶を漁る。音のしないエアガン。スコープ。先客が持ってたエアガンを思い出す。

 「あのぉー一つ聞いてもいいですか?」

 声に反応して男の縮こまった体は膨張し、素直な大きい瞳がまっすぐに注がれ、空いた掌を差し出し

 「はい。どうぞ。」

 と、切り返して来た。

 「貴方が持ってるエアガン音がしなかったんですけど、あれなんていう銃ですか?」

 「VSR?」

 「ぶいえすあーる?っていうんですか?音が出たり、ゴツイエアガンしか見たことなかったんでなんだろうなぁって思いまして。」

 「弄ってるからノーマルじゃないけどね。」

 「弄ってる?」

 「シリンダーをライラクスのやつに変えて、トリガーはなんだったけな。うーん。忘れたけど、変えてフェザータッチにして、バレルを短くしてんのよ。」

 「は、はぁ。」

 聞いたことが無い単語がすらすらと出てくる。英語で会話されているかのようだ。内容が全然頭に入ってこない。

 「50mマンターゲット当たるようにして、音も無くしてるから、ノーマルじゃないよ。」

 「改造してるってことですか?」

 きっとすごいことを言ってるんだろうけど、いまいちそのすごさが伝わって来ない。

 「初めての子にそんな捲し立てても困るだけでしょうに。」

 「あ、ししょー。」

 男は、俺の後ろの方に顔を上げる。

 俺も声が聞こえ、振り向くと、ガクさんに似た格好をした男がシガーケースを持ちながら立っていた。

 「すみません。ご迷惑をお掛けしたみたいで。」

 ししょーと呼ばれた男は、適当に空いている椅子に座り、シガーケースから一本の煙草を取り出すと着ていたベストからzippoを取り出し手慣れた手つきで煙草を付け煙草を吸いだす。

 「いや、まぁ…大丈夫です。」

 俺の気持ちが素直に言葉に乗ってしまう。

 「おっちゃんが言いたいのは、お金掛けて自分専用のエアガンを作ったって事で、箱出しの新品とは違うって事です。」

 口の中に溜めていた煙を一気に吐き出しながらそう説明する。

 「んまぁ。そーゆーことだね。」

 おっちゃんと呼ばれた先客は、俺を見てししょーの相槌を打つ。

 「つまり、改造してるってことですよね?」

 何と答えたらいいかわからないのでもう一度聞き返す。

 ししょーは。はい、そうです。と軽く頷いた。

 幾らぐらいかかるんだろう?

 「改造ってどれぐらいかかったんですか?」

 おっちゃんは暇を持て余した手で指を折り、煙草を吸いながら虚空を見つめる。

 「えーと、銃がこんぐらいで、シリンダーはライラ。トリガー…バレルも何本か………」

 計算が終わったのか俺に顔を向けて平気な顔をして口を開く

 「7万ぐらいかな。」

 「7万!?」

 俺は、金額を聞いて少し椅子からケツが浮いてしまった。

 淡々とおっちゃんは喋りを続ける。

 「あ、VSRの値段も入れてね。」

 「7万ってすごいですよね。」

 ししょーはおっちゃんに合の手を入れる。

 それに対して、笑いながら指を差すおっちゃん。

 「ししょーだって10万ぐらい掛けてるでしょーよ。」

 「10万!?」

 俺のケツは再び浮く。

 「まぁ、似たようなもんだけど。俺は、トータルだから。基本カスタムせんしね。」

 浮いたケツがストンと椅子に収まる。俺の顔をししょーは見て少し慌てた様子で話しかけてくる。

 「あ!でも、お金掛けなきゃいけないって訳でもないですから。サバゲーは確かにお金かかりますけど、お金掛けなくても楽しめますから。」

 口からため息が漏れる。

 「俺たちがイかれてるだけですから。」

 イかれている。その言葉に引っ張られ、一つの疑問が頭の中から飛び出してくる。

 「もし良ければお二人に一つお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

 はい。いーよ。ししょーとおっちゃんは忌憚無く返事を返してくれる。

 「なんで、カスタムしようと思ったんですか?7万とか。10万とか大金掛けて。」

 その問いにおっちゃんは息を吐くように自然に答えてくる。

 「んまぁ。そりゃぁ使いやすくしたかったからだね。」

 「自分と銃のズレが出始めてきて、それを解消しようと思ってカスタムを始めたんです。」

 おっちゃんに補足するようにししょーは言葉を添える。

 「そうそう。かゆい所に手でが届かなくなったって言うの?ちょーっと違うよなぁってなるんだよ。」

 おっちゃんは、両手で銃を構える振りをしながら子供のようにはしゃぐ。

 「真っ直ぐ飛べば当たってたのにーとか、もうちょっと遠くに飛べば当たるのにーとか、自分が納得できるように銃をカスタムして納得したものを作っていく。おかげでサバゲーやってる時に思った所に飛ぶようになったから満足してますよ。」

 ししょーは、微笑みを浮かべながら俺に諭す様に答えてくれる。

 ししょーの言葉を皮切りにおっちゃんとの二人の会話に花が開いていた。

 小学生が流行り物の遊びの話を無邪気に話すようにカスタムの良い所や部品の良し悪しについて無邪気に語らいあっている。会話の内容はわからないことだらけだったが、会話を聞いてると、自分でも知らないうちに口を開いて二人に質問を投げかけてしまう。

 「あのー。カスタムってした方がいいでしょうか?」

 「俺の個人的意見で良ければお答えしますが、初めのうちはカスタムはお勧めしません。」

 ししょーは紫煙をゆっくりと吐き出しながら諭す様に語り掛けてくる。

 「でも、カスタムした方が良かったような話をされているのでした方がいいのかなと思ったんですけど。」

 カスタム勧められると思ってたのに。

 「まずはサバゲーを何度かして自分の趣味に合うかを確かめてからの方がいいと思いますよ。さっき言った通りカスタムってお金がかかるんですよ。お店にオーダーすると時間も掛かりますし、それにメリットだけじゃなくてデメリットもあるんです。」

 「デメリット…ですか。」

 「はい。車とかのチューニングとかもそうですけど、ものによってはエアガン自体の寿命を短くしてしまうカスタムもありますから。俺が考えた最強のエアガンカスタムをして扱い方を間違えて、すぐ壊れてサバゲー出来なくなっちゃうとか嫌じゃないですか。」

 高額なカスタム代金を払ったエアガンが壊れた時を想像する。当たり前の話かもしれないけど、壊れた時のショックは想像に難くない。

 「もう、やりたくなくなりますね。」

 「でしょ?自分だって金掛けたエアガンが壊れたらショックですもん。始めた時期なら尚更です。」

 自分の経験したのを思い出したのかししょーは自嘲気味に笑う。

 「それに、サバゲーは撃ち合うだけの遊びじゃないってのがあります。あの人見てみてください。」

 ししょーの人差し指の先を顔で追うと、今日の参加者の中に居た西部劇の格好をした人がいる。

 「それにあの人。」

 映画や、たまに海外のニュースでみる米軍の戦闘服を着た人が居て、最後に指差した人は自衛隊の格好をしていた。

 「ああやってコスプレをして楽しむやり方もあれば」

 ししょーの人差し指がさらに動く、そこには4人でまとまって円を組み何かを話し合っているグループがいた。

 「チームで連携してゲームを攻略する楽しみもある。それに」

 今度は、人差し指が空を指す。空でサバゲーが出来るはずもなく、誘導された俺の顔には困惑の二文字が浮かぶ。

 「この音聞こえます?」

 良く耳を澄ますと、雑踏の中に混ざる金属音がリズムを刻むように一定間隔で鳴る、AMATERASUで聞いたターゲットにBB弾が当たる音と非常に似た音が紛れ込んでいた。

 「誰かがエアガンを撃ってる?」

 ししょーは笑顔になると

 「そうです。シューティングレンジで愚直に練習している音です。」

 そう言うと、もう一度煙草を取り出し火を付け最初の煙を吐き出すと共に一気にしゃべり出す。

 「フラッグを取ったり、撃ち合いしたり、知らない人と一緒に戦ったり、カスタムしたり、観戦台から戦況をを見学して戦術を見たり、映画のワンシーンを真似てみたり、弾幕の中走って次のバリケまで強行突破して見たり、敵にばれない様に隠れて息をひそめてみたり、写真撮影してみたり、自分の腕を極めて見たり、エトセトラ…サバゲーは色んな楽しみ方があるんです。」

 ししょーはブレスを入れて

 「だから、まずは自分がどの楽しみ方が合うのか確かめてからカスタムに手を出した方がお金を無駄にしなくて済みます。そもそも、サバゲーが自分の趣味に合うかどうかも分からないですし。」

 「お金を掛けず、まずは確かめてみるって事ですか?」

 ししょーは静かにほほ笑む。

 「そうです。必要だなと思ったら、周りの人に相談してみてください。」

 「なんか、高校の進路相談みたいですね。」

 「そんなもんですよ。金掛かる趣味ですから、被害は少ない方がいいですしね。」

 会話がひと段落つくと、喋るタイミングを見計らっていたおっちゃんが口を開く

 「ホラぁそれによ。自分の好きな距離とかわかってからの方がカスタム代無駄にならねぇしさ。」

 俺は、おっちゃんの方に頭を振る。

 「好きな距離?ってなんですか?」

 「とぉーくを狙うか近くを狙うか。この二つだけでもさ、全然違うのよ。」

 ふぅーん。俺は相槌を打つ。

 「とぉーくを狙うとさ弾道がヒョイッと上がってから落ちるのよ。近く狙う時はさ20m先の一円玉当てられるようにまーっ直ぐの弾道にしたりさ、色々あんのよ。これが楽しんだよなぁ。好みの弾道がさ見つかるとさ、ヒット取れなくてもさ弾道見てるだけでニヤニヤしちゃうもんな。」

 おっちゃんは煙草の煙を吐きながら欠けた前歯を見せながら笑って見せる。

 「自分が得意な間合い?みたいなもんですか?」

 「そうそう。侍みたいでカッコいいなぁ。ね。ししょー」

 おっちゃんは、刀でなで斬りするようなそぶりを見せると子供がおもちゃで遊んでいるかのような無邪気さでししょーに同意を求める。

 「そうだね。かっこいいね。」

 ししょーは手慣れた手つきで会話をいなす。そう話していると後ろから声がかかる。後ろを振り向くと。

 「ワンメさん。ここに居たんですか。」

 火を付けてない煙草を咥えながらガクさんが立っていた。

 おっちゃんとししょーに気付き、軽く挨拶をする。

 ししょーは咥えていた煙草をゆっくり吸い込み溜めた煙を一気に吐き出すと膝に手を当て立ち上がり、少し腰を左右に捻った後腰に手を当て

 「おっちゃん。そいじゃ行きますか。」

 「あれぇ。もうそんな時間?」

 「そうだよー。放送聞いてなかった?」

 「聞いてない。」

 「クロスフラッグだって次。もう、15時ぐらいだしそろそろお開きでしょ。楽しむだけ楽しまなきゃ損だで。」

 おっちゃんは灰皿に灰を落とそうとした瞬間、一瞬、手を止め手に取った吸いさしを急いで消す。

 「え?ショートフラッグの裏でしょ。」

 「違うよおじいちゃん。ショートフラッグは終わって次のゲームの表だよ。」

 「はー時間がたつのは速いねぇー。」

 立ち上がろうとおっちゃんは膝に手を置く、ゆっくりと腰を上げるとアイテテテ、と呟いた。

 「お、ホントだ。放送流れてら。」

 人差し指で空を差し、嬉しそうにししょーと俺に顔を合わせてくる。最後に後ろのガクさんに顔を向けると、笑顔のまま首から会釈をして、右足をを少し引きずりながら喫煙所を去っていく。

 「おっちゃん。足大丈夫?無理せんでもいいでしょうに。」

 「いや、もったいねぇから最後まで参加する。」

 無理すんなよー。ししょーとおっちゃんの会話が徐々に遠ざかって行くのを横目で見る。

 「ちょっと失礼しますね。」

 その視界を遮る形でガクさんが横を通る。

 よっこいしょっと、少しジジくさい言葉を発した後ししょーが座ってた椅子に座った。

 「あのおじいさん、ワンメさんと一緒に守ってた人ですよね?」

 紫煙をくゆらせながらししょーとおっちゃんの後姿を目を細め嬉しそうに見てそう俺に聞いてくる。

 「はい。少し変わった人でしたけど良い人でしたよ。」

 「サバゲー楽しんでるんですねぇ。好いコンビだ。」

 「少し会話しただけでわかるもんなんですか?」

 「ん?」

 少し、驚いた顔をした後目線を外に外し何かを考えた後、また目を細め嬉しそうにこう言った。

 「勘です。」


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