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第一ゲーム(表)~第一ゲーム(裏)~第二ゲーム(裏)【4】

趣味も無く只日々を暮らす分目類。とある夜に動画サイトを通じてサバゲーを知る。

その翌日、初めてのエアガンショップAMATERASUに向かい、店長と山寺岳に出会いエアガンと触れ合う事で、エアガンの楽しさを知った。

その日にサバゲーフィールドの定例会に参加する事になる。

定例会参加前日。レンタル品のAK-47を受け取り、簡単なレクチャーを受けた後、翌日フィールドに向かう。ゲームを始める前に様々な準備を終えた分目はよいよ初めてのサバゲーを経験する。


第一ゲームカウンター戦(表)黄色Aフラッグ「アルファ」赤色Cフラッグ「チャーリー」


 ガクさんの後ろについていって、フィールド出入り口に向かう。

 歩を進む度に、心臓の鼓動が、デカくなっていく。

 落ち着かせる為に、大きく息を吸って、ゆっくり吐いて行くが、最後吹き切ったタイミングで、顎

の関節が急に細かく震え、吹く息が、大きく乱れた。観戦台の真下にある出入口は、弾が入ってこないように左右に開かれた入り口に入る。

 この先を潜れば戦場になる。

 ガクさんは、暖簾をくぐるように手でネットを退けて、フィールドに入っていくのを真似て、俺も暖簾をくぐっていく。ネット越しと観戦台から見下ろしたフィールドに初めて足を踏み入れた。

 初めて踏み入れたフィールドは思っていたよりもあっけらかんとした空気に支配されていて、雲一つ無い青い空が緊張した気持ちを急激に溶かしていく。入る前まで聞こえていた心臓も鳴りを潜めいった。

 ガクさんが、振り返る。

 「ワンメさん。他のお客さん通るからそんなど真ん中突っ立てたら邪魔になっちゃいますよ。」

 我に返り、急いで後ろを振り返る。

 「大丈夫ですか?」

 黄色のマーカーを付けた全身黒い人が、俺を怪訝そうに見る。

 「す、すみません大丈夫です。」

 細かく何度か頭を垂れる。

 「ワンメさーんこっちですよー。」

 少し先に行っていたガクさんの姿を見つけると、持ってるエアガンを落とさないように、走ってガクさんの元に向かう。ポケットに入れているだけのマガジン、が多少暴れて落ちそうになるのを抑えながら走るのは、意外と難しい。待ってくれたガクさんに追いついた時には、息は、絶え絶えだ。普段走る事がない体には、数メートル走るだけでも悲鳴を上げ、運動不足の体を後悔し始める。

 「大丈夫ですか?普段運動しないとちょっと走っただけでも辛いですよね。」

 マスクとサングラスで目元、口元は見難いが、声で心配してくれるのが伝わる。

 少し息を整えて。

 「運動しなきゃ、とは、思うんですけど中々時間取れなくて。」

 ガクさんは、俺に合わせてゆっくり歩きだす。

 「仕事してると、運動する時間作るの大変ですよねー。」

 俺は、ガクさんに対して、そうなんですよー。と相槌を打つと、ガクさんは。

 「運動不足解消にサバゲーはお勧めですよ。特に下半身をよく使うんで、有酸素運動の塊なので、実際にサバゲーを始めたのをきっかけに20kg程ダイエットに成功した人とかもいるんですよ。」

 人差し指を立てて満足げに俺の顔を覗いて来る。

 「イメージとして激しく動く遊びだなぁと思ってましたけど、想像以上に運動量があるんですね。」

 「始まれば、わかりますよ。」

 ガクさんの隠れた顔に笑みが浮かぶ。

 「体調悪くならなければいいですけど…。」

 「そこは無理せず、遊んでいきましょう。」

 ガクさんと会話をしていると、スタート位置となるフラッグの下に到着する。続々と到着するその日限りのチームメンバー。皆、各々好きな格好をしている。アメリカ軍っぽい恰好をしている人が居れば、戦国時代の甲冑のような恰好をしている人。俺みたいな普段着っぽい人もいれば、ガクさんのように普段着に様々な武装をしている人までいる。

 統一感が全くないわちゃわちゃとした空間。皆これから始まるゲームを今か今かと待ちながら歓談し、時間を潰していた。

 ここで、案内放送が、フィールド内に響く。

 「それでは、フィールドインをこちらで締め切らせて頂きます。黄色チームがAフラッグアルファ。赤チームがCフラッグチャーリーです。スタッフが各スタート地点にて最終確認を致しますので今しばらくお待ちください。」

 案内放送が終わり、ゲーム参加者の最後の人が到着する。

 少し、間を置いて、女性のスタッフが駆け足でこっちに向かってくる姿が見え息を切らしながら到着すると40人の前に立ち、少し息を整えてから大きく息をして声を張り上げた。

 「お待たせしました。黄色チームの皆さん。今日は、サバゲーを楽しんでいってください!」

 そう話を区切ると間髪入れず、チーム内の何人かが、はーい。と相槌を打つ。

 女性スタッフが、切れた息を飲み込み、疲れを抑え込むと

 「このゲームは無限復活ありのカウンター戦です。ゲーム中ヒットされた方はこのフラッグの下にカチカチ押して数を数えるカウンターを一回押して復活戦場に復帰をお願いします。セレクターはセミフル両方オッケーのフリー。白マーカーを付けている人はこのゲームは、恩恵等はございませんのでがんばって走って、撃って、楽しんでください!この段階で何かわからない事聞きたいことありますか?」

 女性スタッフは右手を挙げて黄色チームを見まわたす。手を挙げるものは誰もいない。

 「はい!ありがとうございます。それでは、始まるまで少々お待ちください。」

 女性スタッフは、手に持った無線機を使って連絡を取る。

 「黄色チーム準備OKです。」

 無線機から流れる声はここでは音質が悪く聞き取りづらい。

 「はい。お願いします。」

 女性スタッフは、無線機をポケットに入れた。

 「それでは、ゲーム開始しまーす。」

 あー始まるのかぁ。なんて呆けている。ゲーム開始まで歓談しおおよそこれから争いが起きる雰囲気など微塵も感じないのほほんとした空気を案内放送が、鋭く切っていく。

 「それでは、ゲーム開始5秒前!!」

 その刹那、今までの空気は一瞬にして固まり、鋭く尖る。あまりの空気の変貌ぶりに驚いた。

 「5!!」

 誰も口を開くこともせず、ただ、口火を切られるのを待ち、静かに皆同じ方向を見つめ、前のめりの態勢を取る。

 「4!!」

 ここでようやくサバゲーが始まると言う事に改めて気付き、フィールドインの時に収まった心臓が再び大きく、早く、鼓動を始める。

 「3!!」

 心臓の音しか聞こえない静寂。辺りを見回すと、何人かは大きく肩を揺らし息を吐いていた。

 「2!!」

 ただの原っぱが、重く、張りつめた戦場へと姿を変えようとしていた。

 心臓の音がさらに加速していく。

 「1!!」

 最大限にまで早まった心臓の音に合わせて自分の呼吸が荒くなっていく。

 「スタァァァァト!!」

 そのきっかけの言葉と共にほぼ全員が走り出す。

 舞い上がる砂埃、大勢の人が地面を力強く蹴る音。

 人の流れが、砂埃で線となって現れ始める。

 その光景は、まさに戦場で、身一つ動かすことする出来ない。

 俺の隣にいた人達もすでに数歩先を走り去って行こうとしている。


 走れ!!


 俺の横で、誰かが叫ぶ。

 反射反応のように俺の右足が、地面を蹴るために力を蓄え、上半身が前傾姿勢になり、銃を持つ両腕に力が入る。溜めた力がそのまま土煙をあげながら地面に放たれ、体全体がより早く前に出ようとする。バランスを取るように左足が前に出て、地面に設置したのち力いっぱい地面を蹴った。

 走る!とにかく走る!前へ、前へ。

 人の流れの最後尾にいた俺は、気付いたらまさに戦場と言う言葉が似合う鉄火場に居た。

 空気が破裂する発砲音が、大小そこら中から鳴り響き、木で出来た壁にBB弾が当たる。

 夏場、殺虫灯が鳴らすようなバチバチ音が鳴り響き続けている。

 先に着いた黄色のマーカーを付けた味方が、敵と交戦している中を俺はいつの間にか走り切っている。

 それでも、動く足は止まらない。どこまで走ったらいいかわからない中、2回程耳の近くをBB弾が大気を貫き、音にならない音を鳴らし通り過ぎて行った。

 「目の前の壁に潜り込んで!」

 誰かの声に導かれるように誰もいない壁の前に身を屈みながら入っていく。出来るだけ勢いを止めて何とか壁に張り付くと、待ってました言わんばかりにBB弾が、壁に無慈悲に当たり、周りの音を遮断する。

 息をする度に肩が上下に激しく動くのがわかる。自分でもなんでこんなところにいるのかわからないし、なんで走ったかもわからないが、兎に角死に程体が辛いという事だけはわかる。

 「ワンメさん。ナイスダッシュ。」

 微かに聞こえる声を辿って顔を上げると数メートル先のバリケードに同じように肩を大きく上下させ片膝をつき、銃を浅く構え、壁を見据えるガクさんの姿が見える。

 ガクさんは、一枚板のバリケードの右側から顔を出してせわしなく観察しては、時折エアガンを撃っている。

 その一連の動作は、素人の俺から見ても、素早く落ち着いた洗練された動きだった。

 その動きに思わず見とれてしまう。

 「ワンメさん。そっち顔出して相手いるか確認できますか?」

 「やってみます!」

 「無理しないで!」

 「はい!」

 激しいBB弾の着弾音がそこら中に鳴り響く中、バリケードから顔を出そうと壁際に近付き覗こうとした瞬間、丁度頬の辺りから、耳鳴りが起きそうなほどの着弾音が耳を貫いた。偶然かもしれないが、出るタイミングを計られたようにしか思えなくなり、身動きが出来ない。

 完全に、狙われてる。

 そう、思った。

 「すみません!ガクさん!無理です!」

 「了解!」

 ガクさんは、体をバリケードに隠して首だけ素早く左に振ってバリケードから一瞬顔を出しては、引っ込めると言う行動を繰り返している。初めて見た動きに俺は唯々口を開けて呼吸をしながら見守る事しか出来なかった。とりあえず何かしなくては、ふと我に返り、ガクさんの動きを真似てとりあえず片膝を着き、エアガンを胸元で構える。

 その先の行動がわからず、縋るようにガクさんを見ると、ガクさんを越えた先にある草むらから黒

い何かが出てくるのが見える。

 そこからは、すべて無意識に動いていた。

 構えたエアガンを体の上半身と一緒にガクさんの方に向け、黒い何かに狙いを定め、思い切り引き金を引く。

 発砲音と共にBB弾が銃から飛び出し、黒い何かに当たるはずだった。しかし、引き金は、無情にも引けず、何かに引っかかるように必要に発砲を拒んでいる。故障、弁償、謝罪。AMATERASUのオーナーに謝罪をする光景が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。気付いたら、声を出していた。

 「ガクさん!エアガンが壊れました!!」

 ガクさんは、こっちを見ると、すぐに片膝をついた状態で横にずれるような動きをしながらエアガンと上半身を草むらの方に向けると、黒い何かに向けて4~5発続けて発砲した。すると、草むらの奥から、

 「ヒットぉぉぉぉ」

 と、叫ぶようなヒットコールが、聞こえると両手だけがひょっこりと草むらから顔を出し、姿を消していく。ガクさんは、急いで銃を体に引き寄せる様に銃を持ってくると、俺に背中を見せたまま片膝を着いた状態でバリケードの中心に移動する。草むらの方を見ながらガクさんは声を張り上げる。

 「ワンメさん!引き金は引けますか!?」

 「引けません!」

 「セレクターはどこにありますか!?」

 えぇっと。。。エアガンを傾け、セレクターの位置を確認する。一番上にある。

 「一番上です!」

 「一段階下げてください!」

 そうか!思い出した。

 「了解!」

 右手でセレクターを一段階降ろす。

 「降ろしました!」

 「了解!そのまま草むらの方を見てもらえますか!?左の草むらから何か見えたら構わず狙って撃ってください!!」

 「了解!」

 激しい銃撃戦の中、情報を確実に伝える様に、声は自然と張り上げる。

 銃を構え、ガクさんの言葉を頭の中で反芻する。

 草むらから見えたら撃つ。草むらから見えたら撃つ。草むらから見えたら撃つ。草むらから見えたら撃つ。草むらか…

 右目の視界の際に滑るようにナニカが映る。

 ん?

 ナニカに視線を動かす。

 右側にある草むらの切れ目から、エアガンを正面に、顔の前で構え、草むらから体が出ないように、腰を深く地面すれすれまで降ろし、伸脚のポーズを取りながら敵が俺に狙いをつけていた。急いで銃をそっちに向けて引き金を引き切る。2発の発砲音がギリギリ重なっているとわかるぐらいに、微妙にズレながら鳴り響き、自分のエアガンが、発砲と共に反動を繰り返すが、初発で思わず目を瞑ってしまった。鳴り響き続ける発砲音の中、AK-47の前方部分を持つ左手の指先に激痛が走ると、思わず、叫

び、引き金から指を離してしまった。

 「ヒットォォォ!」

 「ヒット!」

 指先から広がるような鋭い痛みを感じながら目を開けると、敵は立ち上がっており、俺にサムズア

ップをするとそのまま手を空高く掲げて来た道を帰っていく。

 俺も思わず手を挙げて立ち上がると真似る様に息を切らして走って来た道を歩いて戻る。

 すぐ後ろで、幾つものヒットコールと激しい着弾音が絶えず鳴り響いている戦場を背に、両手でエアガンを空高く掲げてヒットアピールをしながら過ぎ去っていく。

 幾人の人が、エアガンを持ち、俺と入れ違うように走り去っていく。壁に寄りかかって隠れている人もいれば、飛んでくる弾の隙を搔い潜って前に行こうとする人、その場でエアガンを構えて撃っている人、戦い方は人それぞれと言う事だろう。自分の荒い息使いも相まって改めてただの原っぱが戦場になった実感を頭の中で反芻しながら歩いていく。

 激戦区を抜け、少し静かに鳴った通りに出ると、一つの短い間隔で聞こえる足音に気付き、後ろを

振り向く。ガクさんが、片手を挙げながらこっちに駆け足でくる。俺の隣まで来ると、歩くスピードを落とし、俺の横に並んで歩き始める。バリケードでの一連の動きを思い出し、申し訳なくなってくる。

 「ガクさん。。。さっきはすみませ」

 ガクさんは、手を挙げてないもう片方の手を口元に持って行くと人差し指を立てた。

 「ワンメさん。死人は口なしです。」

 「そうでした。すみません。」

 サバゲーの邪魔をして、しまいには足を引っ張ってしまった事の罪悪感が、この無言の時間を辛くする。

歩いて二人でフラッグまでたどり着き、俺は、フラッグに置かれたカウンターを一回押し、横にずれると続けてガクさんもカウンターを押す。

 カウンターを押す事で復活できるゲームだったはず、死人から生き返れば喋ることも出来るだろう。そう思った俺は、さっきの出来事の謝罪を改めてしようとガクさんに話しかけた。

 「ガクさん。さっきはすみませんでした。」

 「ん?何がですか?」

 「いや、足引っ張っちゃって。」

 「足?引っ張ってないですよ?むしろ、助かりましたよ。」

 ガクさんはそう言うと、俺に手招きしながら歩き出す。俺は手招きに誘われ、鉄火場の戦場の方向へと歩くガクさんの横に付いて歩いて行く。

 「逆にこっちが謝りたいぐらいですよ。」

 ガクさんの言葉に心当たりがないので記憶を辿ってみるが、俺が、何かされたという記憶はない。

 ガクさんは、俺の様子を見た後に口を開く

 「いや、スタートの時緊張してるようで固まってたから『走れ』って言ったんです。そしたら全速力で走って行くんで驚いて俺も必死に食らいつきました。いやぁ、あそこまで緊張してたとはつゆ知らず反省するばかりです。ヒットされなくてよかったです。」

 声の正体は、ガクさんだったのか、まぁ、冷静に考えればわかる事でもある。

 「あれ、ガクさんだったんですか。俺、幻聴でも聞こえたかと思いました。」

 「本当にすみません。でも…。」

 ガクさんは一度止まり、何かを言いかけて、向かう先の光景に指を差した。

 「ワンメさんの初回ダッシュが、契機になって他の味方がだいぶ前に行ってますよ。」

 「あまり変わったようには見えないんですけど。」

 「さっき戦ってた所って目の前に11番って書いてある辺りから少し先に行ったところだったんですよ。ゲーム開始時、敵の攻撃の圧に負けて俺らのチームがだいぶ後ろに陣取ったんですけど、ガクさんがダッシュで一つ前のバリケまで前線をあげたんです。中々出来る事じゃないんですよ。」

 「俺のダッシュで?」

 「もちろん。ゲーム開始のダッシュは、ゲーム序盤のアタッカーの花形です。そこで、どこを取ってどう行動するかで、ゲームの主導権を握るかどうかが決まります。そこで、ワンメさんは、取られかけてた主導権を奪い取る契機を作り出した。ベテランでもそう簡単に出来る事じゃないのにこれは、大金星ですよ。俺だったら満足してもう帰っていいレベルです。」

 「え?そんなにですか?」

 「そんなにです。」

 ガクさんは、サムズアップをしてくる。

 気を使わせてしまっているような気がして素直に受け取れはしないが、気持ちを持ち直さないとガクさんに迷惑をかけるわけにもいかない。ここは、言葉通りに受け取っておく事にした。

 「ありがとうございます。」

 「さて、前線に行きますか。」

 前線に近づいて行くにつれて、敵側の攻撃が激しくなり大っぴらに歩いて近づくことは難しくなってきていた。

 相手の攻撃の間隙を利用してバリケードからバリケードへガクさんの指示の基に動いていく。そして、いつしか、最前線のBフラッグ付近へとたどり着いていた。先ほど感じたおびただしい程の着弾音と敵味方乱れたヒットコール。敵味方仲間への指示が、飛び交う戦場の中、徐々に自分たちの前線の人数が少なくなってきた事もあり、敵の攻撃は苛烈になっていく、10mぐらいの距離でバリケードを盾にもぐら叩きの様にバリケードの横から顔を出しては撃ってすぐ顔引っ込め、味方は、前線の維持に必死になっていた。

 ガクさんは、ここで待ってて、と、二人で隠れていたバリケードから、一つ後ろのバリケード体に腕と頭をしまい込むように体を縮めると、中腰になって素早く走って行った。しばらくすると戻ってくる。

 「ここの場所は激しすぎるんで、側面に回ることにしましょう。付いて来てください。」

 ガクさんは、小さく手招きした後に、掌を水平にして上下に数回振る。

 「ワンメさん。頭を下げて、なるべく敵に見つからないようにここから動きます。」

 バリケードの右側から鬱蒼とした草むらが茂った道を指差す。

 「あそこに向かいます。極力姿勢を低くして付いて来てください。」

 ガクさんは中腰のまま素早く動く、まさに忍者のようだ。

 俺も真似して後ろについていく。

 草むらの通路に入ると、草むらを盾代わりにしながら射撃を繰り返す味方が、これでもかとエアガンを連射しながら、俺達に一言釘をさした。

 「この先、何人かヒット取られてるんで気をつけて下さい。多分アンブッシュしてます。」

 ガクさんは一度止まり、銃を構え、前方を警戒しながら、味方が射撃を終えるのを待った後に口を開く。

 「どのあたりか目星つきます?」

 「自分の予想で良ければ。」

 射撃を終えた味方は、目線を未だ居るかもしれない敵をエアガンを構えながら警戒をし、緊張した面持ちで答えた。 

 「お願いします。」

 「敵、味方両フロントラインから大体中間あたりの位置の直線上に一人いるとみてます。この道入って少し進むと、ヒットして戻っていきますから、射撃音らしい音もなかったたんで多分ボルトアクションか、消音カスタムされた電動っすね。一人は確実。多くて二人かなと思ってます。」

 「了解です。援護と情報ありがとうございます。」

 「いえいえ。」

 味方とガクさんが話し終えると、ここで初めて俺とガクさんを交互に素早く見た後、俺に視線を固定する。え?なに?、と訝しがっていると、

 「お兄さんさっき開幕ダッシュした人だよね?」

 急に話を振られ驚く。

 「あ、え、はい。たぶん。」

 「カッコよかったよ。」

 味方の視線が右腕を一瞬捉えたように感じた。

 「初めてなのに大したもんだ。」

 「あ、ありがとうございます。」

 サバゲー楽しんでね。そう言葉を貰った時に間髪入れずガクさんからの指示が飛ぶ。

 「ワンメさん。少しここで待ってて下さい。ここから顔は出さないようにお願いします。ヘッドショット食らう可能性があるんで」

 ヘッドショット………。映画でみた。赤黒い人差し指が入りそうな小さな穴が、一瞬で額に出来る様を思い出す。

 ガクさんは、顔だけを素早く出し入れする方法で、敵がいるかもしれない方向を二回見た後に4~5m先の反対側の盛り土の裏に向かって全速力で走る。

 体全体を晒しながら反対側にダッシュをした。

 ガクさんの一生懸命の後姿を見ながら当たらないでくれと念じる。特に何も起こることもなくガクさんは反対側にたどり着いた。

 エアガンを再度構えて周囲を警戒したのち、警戒を解き俺の方を見て頷く。意味はよく分からないが、雰囲気に合わせて俺も頷いた。ガクさんは、再度銃を構え直して、敵がいると思わる方向を警戒しながら、摺り足で、横にスライドして隠れていた盛り土から少しづつ体を出していく、完全に盛り土から岳さんの体が出ると、エアガンを一旦降ろし、敵の方向をじっと見ながら俺に向かって手を招いた。

 ガクさんの真似をして、俺も銃を構えながら、少しづつ盛り土から体を出していく。

 そこには、盛り土と草むらで入り組んだ道が作られた十字路が広がる。左右前後どこから狙われるかも知れない恐怖にプラスして盛り土の上に登られた上から撃ち下ろしを食らう。嫌な空気が全方向から十字路の中心に集まり、澱み、纏わりつくような重い空気となってこちらに流れてくるように思える。

 そして、恐怖に拍車をかけているのが、忌々しい程に茂った草だ。見えるか見えないか絶妙な視界

の遮断加減に加え、風か何かで時折動く草や、それが擦れた音が、人の幻影を作り出し、常に狙われ

ているような感覚に襲われる。思わず生唾を飲み込み、ガクさんの背中に向けて小声で聞いてしまった。

 「ガクさん。ここ行くんですか?」

 ガクさんは、コクリと頷いた。

 ガクさんは、前方にエアガンを構え、前方180度を警戒しながら盛り土に沿うように少しづつ音を立てないように前に進む。

 俺は、体中が石になったような鈍さを感じながらゆっくりと付いて行く

 すぐ真横から激しい攻防戦をしているはずなのに、この空間は静かに張りつめているように感じる。ガクさん越しに見る前方には、敵がいる様に思えない。ただ鬱蒼と生えた草が煩い戦場の音に抗議するかのように各々に頭を垂れて、その体を左右に細かく短く揺れる。ガクさんが止まれの合図を出す。

 その合図を見て俺は停止する。

 ガクさんは、掌を上下に動かし、しゃがめの合図を出す。

 俺は、その指示に従って黙ってしゃがんで止まる。

 改めて前方を観察する。手前には壁のように盛られた盛り土があり、十字路を形成するように奥には、丁度人間一人ぐらいの高さの草むらがある。おそらく、盛り土に生えた草が、高く育っているのだろう。盛り土と草むらで出来た見晴らしの悪いT字路。手前の濃い草むらの僅かな隙間から先の地形の情景が顔を覗かせるが、何があるか認識する事は出来ない。ガクさんは、敵を警戒しているのだろう。さっきの味方の人の情報を鑑みて、慎重に摺り足で音を極力立てないように前に進んでいく。映画のようなシチュエーションに見惚れている俺を差し置いて、ガクさんは、エアガンを右から左に構え直し、先ほどと同じように盛り土を壁に見立てて、少しづつその壁から体を出していく。

 摺り足でズズッと音を立て、横に細かくスライドしては、一間置いてズズッと動いていく。

 何回目かのスライドをした途中で動きが止まり、顔と銃だけが出る様に上半身だけをスローモーションのようにゆっくりとスライドしていた動かしていると、曇った響かない破裂音が微かに聞こえ、それとほぼ同時に顔と上半身が素早く元の位置に戻った。

 そして、小さく

 「コンタクト」

 と、囁くと、顔を少し動かし、俺のいる位置を確認し、銃を構えたまま後ろに一歩下がる。深呼吸をしてエアガンを握り直し、一度体全体をピタッと止めると、上半身だけが、一瞬横にずれるとエアガンと顔が出た瞬間に引き金を引いたと思ったら、上半身は元の位置に戻っていた。正直、何が起きているのか全く分からない。

ガクさんは、間髪入れずに少し腰を下ろした状態になり、そのまま同じように上半身を一瞬ずらして今度は、二度連続で引き金を引く。ロケットスタートをするように、エアガンを敵にいると思われる方向に向けながら横走りをして一気に飛び出しながら、3回リズムカルに発砲を繰り返した。

 その頃には、俺を残して、反対側に移動し終えていて、体を敵に見せないようにエアガンを縦に持ち、出来る限り細く電柱のように立っていた。それと同時に、ヒットォ!と、声が聞こえると、覗き込むように顔だけ出すと手を挙げてた。

 今度は、エアガンを右で構え、敵がいた方向を確認すると、そのまま一歩前に出て十字路へ歩を進めていく、音を立てないようにゆっくりと一歩一歩進んでいく。左に首を動かし、正面を見る。十字路に出る瞬間エアガンを左に構え直して、右側に身体を向け、顔だけをまた一瞬左に振ると、盛り土になるべく近づき、草むらに身体を少し入れ、正面の道を警戒しながら俺に手招きをして片膝をついた。

 俺は、一連の動きを見て興奮した気持ちを抑える様に深呼吸をしてなるべく音を立てないように少し早く歩いて向かう。だが、音を立てずに走るという行為自体やったことないのもあるがこれが中々難しく、地面の蹴る音や靴底が擦れる音、草を踏む音や体全体が動く音が抑えらず、結局音を出しながら歩くことになる。

 せめて、止まる時ぐらいは静かにしようと思いガクさんの後ろにつこうとした瞬間。足がもたつき、態勢を完全に崩した。

 その勢いで、体は地面に向かって倒れていく、せめて、借りたエアガンを壊さないように銃を抱えて、無我夢中で体を回すと、盛り土の草むらにショルダータックルをかましてしまった。草と土の匂いに一瞬包まれたものの、急いで足を体に引き寄せ、片膝をついて座る態勢に戻す。

 「ワンメさん。大丈夫ですか?」

 ガクさんが、エアガンを構えながら俺の方を心配そうに一瞥してくる。

 「大丈夫です。」

 恥ずかしさで頭がいっぱいになる。

 「ワンメさん。じゃあ、出番です。」

 へ?

 ガクさんは、優しくこっちにおいでと自分の横に来るように手を招く。

 しゃがみながらガクさんの隣に回り込みちょこんと座る。

 「いいですか、この真正面に敵チームが見えると思います。狙って当てられそうですか?」

 まじ?

 急いで、正面を見ると、10mぐらい先の草むらと盛り土の間から赤いマーカーをつけた人が前を向かってエアガンを向けている上半身がひょっこりと覗かせていた。

 膝を立て、体を安定させる。

 次にエアガンのストックを肩に当て、グリップをしっかりと握り、エアガンの銃身の下側をしっかりと握り、銃口を敵の上半身に向けた。ガクさんのAK-47を使ったときは、スコープみたいなのがついて狙いやすかったが、今持っているAK-47は何もついていない。銃口の先にある円の上を切ったような形の真ん中に一本の棒が立っているだけ。とりあえず、それを使って狙いを定める。

 ガクさんは横で小さな声で囁く

 「狙うところは、首の根本らへん。引き金を引いたら引き続けてください。相手が手を挙げたら引くのをやめてくださいね。」

 「はい。」

 敵を撃つ。まるで狩りをしているハンターのような格好に心臓の音が体全体を支配していき、呼吸も大きく荒くなっていく。

 ガクさんは、続けて囁いた。

 「狙いが付いたと思ったら、深呼吸して、息を吐き切った時に引き金を引いてください。」

 「はい。」

 呼吸が収まる事はなく逆に荒々しくなっていく。銃身を支えている左手が、震え、狙いがぶれて定まることが無い。

 そして、ガクさんの言葉は続く

 「引いた後も相手の姿をしっかり見て、銃をしっかり固定して。」

 何時まで経ってもこんなんじゃ狙いなんて定まらない。

 えーいままよ!半ばやけくそ気味に大きく息を吸い込み、息をゆっくり吐きだしていく

 ふぅぅぅぅぅぅぅぅ…。

 息を吐き切りかけた瞬間。嘘のように震えが止まり、敵の首の付け根に止まった気がした。

 思い切り、引き金を引く。

 最後まで引ききると次々と発砲音が鳴り、それと共に銃も揺れ出す。揺れを自分なりに抑え込むが、標的から棒が出ないようにするのが精一杯だった。

 発砲音に気付き標的はこちらを見る。それと同時に数発のBB弾が飛んでいく。標的は咄嗟に銃を構えようとするが、飛んでくるBB弾に気付き避けようと体をのけ反ろうとする。撃ちながらのけ反って逃げようとする敵を自分なりに追っていく。敵がのけ反りながら、顔を左回転させ上半身を捻りくの字に曲げようとしたところで

 「ヒットぉぉぉ!」

 終わり叫びが自分の耳に届いたのがはっきりと分かった。

 敵が手を挙げたのを見て、銃の引き金から指を離す。

 途端に息苦しくなり、思い出す様に呼吸を再開した。

 はーはー、はー、ふぅぅ。

 エアガンから視線を外し、項垂れる。

 ずっと構えていた腕は少し震え、体全体が倦怠感に包まれていた。

 こんな数秒でここまで疲れるものなのか。

 「ナイスヒット。ワンメさん。さぁ、戻りますよ。」

 戻る?まだ動くの!?

 ガクさんは、俺の背中を軽く叩き、横から気配を消す。

 「ワンメさん。中腰のまま、敵に当てなくてもいいので、撃ちまくりながら、後ろに下がって来て下さい。」

 ウソだろ!?

 膝立ちから体を起こし中腰の状態でエアガンを構える。

 慣れない姿勢に腰と太ももにものすごい負荷を感じる。

 その上、先ほどの射撃でやる気のない上半身に活を入れ、再度力を入れ直して、構え直し、引き金を引いて、とにかく前に撃ちまくりながら後方に下がっていく、何歩か下がると後ろ右半身に草が触れるを感じると、そのまま撃ちながら後ろに振り向く。2歩ほど後ろで背中を向け、俺の後ろ方向を警戒しているガクさんの後姿を見ながら、十字路の入り口の位置を確認すると、敵に撃たれる恐怖に耐えきれず、エアガンを撃つのをやめて、体を反転させ、走り込んだ。

 ほんの数メートル走るだけでも異常な程体力が奪われていくのを感じながら、盛り土の裏に隠れる。

 充電が切れたように体が崩れ銃のストックを地面につけて杖代わりにして膝をつく。

  この時点で、目の前の十字路に入る直前の位置に戻ってきたことになる。

 身体が、熱も持ち始め、息をするのに必死に肩が上下する。待ってましたと言わんばかりに、額から汗が滲んでくる。手の甲で滲んだ汗を拭うと、顔を上げ、ガクさんの方を見た。

 俺が居なくなった分の警戒範囲をカバーしつつ、上半身の軸を崩さずに素早い動きで且つ静かに後ろ向きで後退してきた。

 俺の反対側の盛り土の陰に隠れると、そこから見える位置を警戒しながら視線だけを俺に持ってきてグリップを握っていた手で俺にサムズアップをしてくる。俺も、それに応えようとサムズアップしようとするが体が言うことを聞いてくれなかったので笑顔で答える。恐らく、口元だけしか動いてない。

 これが、今できる最大限の謝意の表現だった。

 しかし、そんな安らぎも束の間、一発の発砲音が、緊張状態を呼び起こす。ガクさんが今日何度目かの素早く上半身だけを動かすと、正面!コンタクト!!と叫んだ。

 「ワンメさん!敵が攻めてきましたそっち側から来たら応戦お願いします!」

 敵も必死に乱撃してくる。あまりの弾幕にガクさんは身を出すのが精一杯だ。

 「残り一分!残り時間一分!!」

 鉄火場の戦場に響くアナウンスで戦場全体がさらに熱を帯びる。

その熱に呼応するように、俺の警戒方向の盛り土から敵が顔を出し、目が合うなりエアガンを撃って来る。

 十字路を挟んで、敵が二人、ガクさんと一人づつ敵と相対して撃ちあいをする形となった。

 当たるまいと身体を盛り土に隠すと、攻撃された驚きよりもやってやるという闘志が燃え上がって来るのを感じた俺は、疲れ切った体に火がともり、疲れ切っていた手や腕に力が戻って、構えるエアガンに力が入る。

 「こっちもコンタクトしました!」

 出来る限り素早くエアガンをを構え直し、とにかく敵に向けて引き金を引く。

 自分の発砲音と振動で周りの音が聞こえづらくなる。

 少し離れた敵を睨みつける様にロックオンしていると、米粒大の丸く白い物が突然目の前に現れた。

 その刹那、体が勝手に右側に倒れるようにくの字に曲がった。何が起きたのか最初理解が出来なかったが、この場に居たらまずいと反射的に草むらの中に身体をうずめる。敵が見えなくなり、状況を把握出来ず、頭が真っ白になる。寄りかかった直後の目の前の草が弾いたような音と共に不自然に直角に曲がったのを見て、BB弾が飛んできたのだとここで初めて理解し、敵は、俺の顔をピンポイントで狙ってきたのだというのがわかると、一気に血の気が引き体が硬直してしまった。

 アナウンスに引っ張られるように敵の応戦もさらに激しくなっていく。

 「ワンメさん!最後までがんばりましょう!」

 ガクさんの励ましでハッと頭が冴える。

 「了解!」

 兎に角このまま顔を出したらやられてしまう。攻撃する位置を変えてみるしかない。BB弾が飛んでくる中、寄りかかったまま敵から離れる様に体を回転させながら移動する。周りの草は、俺の体に纏わりつき、人間ロードローラーと地面に挟まれ整地されていく、4回転程したのちに仰向けの状態に体を持って行き、右肩を地面に付けて敵の方向を見ながら体を起こした。

 敵のBB弾は俺の方に飛んで来ない。

 どうやら俺が倒れた場所を狙って撃ち込んでいるのが着弾音で何となく理解できた。相手は、俺が倒れたままだと思ってくれている。エアガンを構え、敵がいると思われる方向に向けながら草むらから顔を出す。草だらけの景色から、徐々に盛り土と草むらが生い茂る戦場へと景色が移っていく。

 十字路の奥で撃ち続けている敵とエアガンの銃身が重なり合った瞬間、標的に向けて、引き金を引き続ける。

 等間隔に出続ける弾と揺れるエアガン。

 俺の発現と発砲音に即座に気付いた敵も軌道修正を行い、俺に狙いを定めてくる。

 敵のBB弾が俺に当たる前に、自分の弾が敵に当たるように願いながら、銃口上部にある細い棒越しに敵を睨み続けた。

 敵が急に体を盛り土に引っ込める。

 それでも、俺は隠れた所に向けて引き金を引き続けた。

 「ゲーム終了5秒前!」

 あと5秒。絶対に生き残る!

 「4!3!2!1!」

 アナウンスが、ゲームの終了を告げる5秒前。

 その時、分目は気づいてはいなかった。

 盛り土の切れ目と草むらの僅かな隙間を寝そべって狙う敵の存在を。

 敵は、その己の存在に気付かず撃ち続ける痴呆者に対してダットサイト越しに不敵に笑い、冷静に軽くトリガーを弾く。分目のAK-47より格段に作動音と発砲音が小さいエアガンで押し出されたBB弾は、静かに分目の腹に向けて飛んでいき、分目のAK-47が弾切れのボルトストップの機能が発動したのと同時にその無防備な腹へめり込んだ。

 「ヒットォ!!!!」

 突然の腹に針で突き刺したような痛みに、思わず叫び、天を仰ぎながら持ってるエアガンを掲げた。

 「ゲーム終了!ゲーム終了です!」

 終了のアナウンスが鳴り響く中、何が起きたのかわからずエアガンを掲げたまま呆ける事しか出来ない俺は、蛇に睨まれたカエルの様に固まった状態でゲーム終了のアナウンスを聞く事しか出来なかった。

 「弾抜き行為は、出入口付近に設置したボックスに向かって行ってください。フィールド内での発砲行為は禁止です。」

 徐々に思考が戻って来る。

 敵は、どこから撃ってきたのだろうかと頭の中にクエッションマークが浮かぶ。

 十字路の手前、右側の通路の草むらの根本のからむくりと人が起き上がり、そのまま立ち上がる。

 赤のマーカーを付けた敵が、エアガンを体の前にぶら下げて、手を自由に使える様にすると、服や装備についた草や土をを払い落としている。落としきれてないところがないか入念に体中を確認していると俺の視線に気づいたのか顔を上げ、俺の目と交差する。

 敵が、深々と頭を下げるとそそくさとその場から離れていく。

 あんな近くいたのに気づかなかったのか俺。

 十字路の先ばかり気にしていた、心理的死角。地面に寝転んでなるべく視認されないようにしていた、物理的な死角。撃たれた原因が分かった途端どっと疲れが出て、掲げたエアガンが支えられなくなり徐々に下がる。胸の所まで下がると、落とさないように大事に抱えた時に電池が切れたように尻からストンと落ちて、地面にへたり込んだ。

 今まで感じた事の無い極度の疲労感と倦怠感。仕事以上に集中力を使ったような気がする。

 俺もこんなに夢中になれることがあるんだな。

 少し嬉しくてハハッと乾いた笑いが漏れた。

 俺の様子を見たガクさんが駆け寄って声を掛けてきた。

 「ワンメさん。大丈夫ですか?立つことできますか?」

 すっと差し出された手を取り、握った手に引っ張られる形で立ち上がる。

 「ありがとうございます。サバゲーってめちゃめちゃ疲れますね。」

 「普段使わない筋肉使うから、最初は、すごい疲れますよね。俺も最初はそうでした。」

 ガクさんは、握った手を解き、銃を両手で持ちながら明るい声で話しかけてくる。

 「もう、クタクタです。」

 「それにしても、初めてのゲームとは思えない活躍でしたね。ワンメさん。さっきの人も言ってましたけど、カッコよかったですよ。」

 ガクさんは、エアガンをぶら下げている紐に銃の一部を引っ掛け慣れた手つきで銃を背中にクルッと回してあっという間に背負うと、右手で拳を作り前に差し出してきた。

 「ナイスファイトです。ワンメさん。」

 拳を出された意味に一瞬戸惑ったが、すぐに意味を理解するとエアガンを右手で保持して左手で拳を作り、突き出された拳に宛がう。

 「ありがとうございます。」

 「さっき言い忘れてましたけど、ナイスショット。初キルおめでとうございます。」

 さぁ、休憩しに行きましょう。と、言うガクさんに、俺は、やらなきゃいけない事を思い出し伝えた。

 「最後、ヒットしたんで戻る前にカウンター押しに行かないと。」

 「じゃあ、戻りながらスタッフさん探してカウンター押してもらいましょう。」

 そう言ってフィールドアウトしに歩き出す。

 俺のサバゲーデビュー一戦目が、こうして終わった。


第一ゲーム カウンター戦(裏)休憩


 フィールドから退場している際にガクさんが、遠くに戻ってきているスタッフを見つけ、事情を話しカウンターを一回押してもらう。戦いを終えた兵士の集団の最後尾辺りをゆっくりと歩き、先ほどまでの熱気が嘘のように静まり返ったフィールドが、少し物悲しくしているように感じた。

 「次の裏ゲームは10分後開始致します!弾込め、水分補給しっかり行って次のゲーム備えてください。」

 鳴り響くアナウンスは、次の戦場に向けて準備を促す。

 休憩スペースに戻る途中喫煙所に目をやると赤色、黄色、2色のマーカーが混じながら談笑し、紫煙を楽しんでいる姿が見えた。

 自分たちの休憩スペースにたどり着き、エアガンと装備を置く。ゴーグルとマスクを外すだけの行為だが、とてつもない解放感が脳を襲う。その横で、マスクとエアガンを置き、俺と同じようにある程度身軽になったガクさんが煙草を持って

 「煙草吸いに行きませんか?」

 と、誘ってきた。

 その誘いに乗った俺は、テーブルに置いていた煙草に手を伸ばし、ガクさんと二人で喫煙所に向かう。喫煙所には、何人かが灰皿を囲って紫煙を登らせてながら疲れた俺とは対照的に元気に談笑してい

た。ガクさんはその中に有無も言わさず入っていく。

 「お疲れ様でーす。」

 俺は、ガクさんの後に続くように、お疲れ様です。と小さく頭を下げると、先に居た人達から挨拶を受けながら、ガクさんと俺はその円の中に入り、煙草を取り出し吸い始めた。何となく、円を作っている喫煙者に目を配っているとそこにゲーム終了間際に俺を撃った人がいた。向こうも俺に気付いたのか同じタイミングで目が合う。

 「あ、先程は、お疲れ様でした。」

 俺は、そう言うと、何となく気まずくなり、少し目線を外してしまう。相手は、俺の失礼な挨拶に対して張りのある元気な声で。

 「先程は、お疲れ様でした。」

 と、返してきた。

 俺は、その言葉に反応してしまい、視線を交えると

 「ありがとうございます。」

 先程の気まずさが残っているのが災いして、視線が右往左往しながら何故か感謝の意を表した。

 「一つお聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」

 あまりの唐突な質問に、煙を口から吐き出しながら自分の人差し指で自分を指す。

 「僕ですか?」

 と、答えた。

 「格闘技か何かやられてたりしますか?」

 ん?

 「いや…やってないっす。」

 相手は、紫煙を肺に入れながら目を丸くする。

 一気に煙を吐き出し終えると続けてこう言った。

 「まじっすか?」

 信じられないと目が、俺に訴えかけてくる。

 そんなこと言われてもやってないものはやってないし。

 「は、はい…まじ………です。」

 「いい目持ってますよ。いや、まじ。ちょっと羨ましいな。」

 少し、興奮気味に答える相手は、徐々にヒートアップしていく

 「もしかして、最初から最後まで弾見えてました?」

 あの時の事を思い出す。

 急に目の前に白い球が現れて、体が勝手に反応して草むらに倒れ込んだ。

 「最初かどうかわからないですけど、急に目の前に弾が現れて、びっくりして草むらに身体が勝手に倒れてました。顔には、当たってないです。」

 「反射神経ヤバ!」

 煙草を咥えたまま手を膝について項垂れるポーズを取って大げさなリアクションに少しびっくりする。ほんとにサバゲーやってる人は体力あるなぁ。それに反応して、ガクさんが一言。

 「ワンメさん。今日、初めてなんですよね。サバゲー。」

 これを皮切りに喫煙所に居た人達全員がしゃべり始める。

 「え?何?噂の新人ってこの人なの?」

 「俺、味方で助かりましたよ。開始直後のダッシュもすごかったですもんね。アタッカーの花って感じで」

 「そうそう。最初ヤムチャしやがってって思ってましたけど、結果同士討ちでしたけど、お二人で相手側の前線に穴開けてましたもんね。」

 「ホントですよ。ヒットして戻ってきた俺の仲間が、驚いてましたもん。とんでもねぇ化け物がいるって。ありゃ、新人の動きじゃないって。」

 化け物って…。きつめの表現に思わず苦笑いがうっすら顔に出る。

 「連携も出来てて、本当に初心者かって思いましたもん。」

 「カッコよかったっすよ。いや、お世辞抜きに。」

 恰好よかったですよ。

 その言葉に身体が反応する。

 気恥ずかしさのあまり顔が火照るの感じ、破顔してる。

 感情のジェットコースターようだ。

 周りにばれない様に隠す様にうつむいて、頭の後ろを無意味に軽く掻いた。

 「初心者らしい所と言えば、大声で「銃が壊れましたー」ってところですよね。なんか微笑ましくてニコニコしちゃいましたもん。」

 上げて落とされた気持ちは行き所が無くなって顔の火照りは浮足立ってたものから、恥ずかしさの火照りにぐるりと変わった。気持ちが体力を絞り出させた。

 「ちょっと、それは、言わない約束じゃないですかぁ。せっかく、気持ちよかったのにぃ!」

 その一言でドッと喫煙所に笑いが起きる。すぐさま、他の人がその笑いを遮るように真面目な顔で会話の続きを始めた。

 「でも、すぐ報告出来るのってすごくないですか?俺なんて、初めての時右往左往して何も出来ませんでしたよ。」

 「そうそう、貴方も反応すごかったですもんね。」

 2~3人がガクさんを見る。

 「すぐ、お兄さんの方向を確認して、態勢整えて撃った訳じゃないですか。しっかりヒットも取ってるし。あれなかったらあのライン膠着状態でしたもんね。」

 その言葉を受けたガクさんは、ありがとうございます。と言うと続けて紫煙と共に先ほどのゲームを振り返る。

 「あれは、必死でしたから。初心者より先にやられたら取り残すことになって不安にさせちゃうんで。すごい集中力使いましたよ。だからもう、くったくたで。」

 ここで、アナウンスが流れる。

 「ゲーム開始5分前です。第一ゲームの裏を行います。黄色チームがCフラッグチャーリー。赤チームがAフラッグアルファです。フィールドインをお願いします。」

 何人かは、吸いかけの煙草を消して、今日は、お願いします。と各々が挨拶するとフィールドへと向かって行く。俺と、ガクさん。他2人が喫煙所に残る。

 そこに、スタッフがやって来て俺たちに声を掛けて来た。

 「次のゲーム参加されますか?」

 俺ら二人休憩入ります。ガクさんは、指で自分と俺を交互にさしながらスタッフに受けごたえする。それを受けて、俺は、軽い会釈をしたあとに、休憩いただきます。と一言添えた。他の二人も、休憩の意思をスタッフに伝える。

 「了解しました。ゆっくり休んでくださいね。」

 笑顔で、対応してくれると、インカムを使ってスタッフ全員に情報の共有を始める。

 「こちら、喫煙所。黄色3名。赤1名。休憩します。黄色3名。赤1名。です。」

 しばらくするとインカムから声が聞こえる。

 「了解。ごゆっくり。そのままマー君も休憩入っちゃって。」

 通信ボタンを押してスタッフのマー君と呼ばれた人物は答える。

 「了解。すみません、休憩いただきます。」

 スタッフは続けて煙草を取り出す。

 「煙草。お邪魔します。」

 と、言うとそのまま火を付けて煙を吸い込みそのまま吐き出す。

 「今日も天気良くて雲一つない空模様。サバゲー日和ですね。気温これから上がるみたいなんでしっかりと水分補給してくださいね。あれだったら事務所に塩タブレット常備してるんで欲しかったら言ってください持ってきますから。」

 スタッフは、太陽の光で照らされ少し目を細める。

 「ありがとうございます。」

 喫煙所にいる全員がスタッフに俺のお辞儀をする。すると、スタッフが俺の方を見て話しかけてきた。

 「お客さん、初めてのサバゲーですけど、ヒット取れました?」

 煙草を吸いながら、気さくに声を掛けて来た。

 「なんとか、この人のお陰で一回だけ取れました。」

 差し出すような仕草で、ガクさんを指す。煙を吐き出しながらガクさんは答える。

 「俺は、フォローしただけですよ。それに、1回じゃなくて2回ですよ。」

 「え?一回だと思いますけど…。」

 「ほら、さっきの話。相打ちになったヤツ。相打ちも立派なヒットです。」

 そう、ガクさんが言うとスタッフが軽く拍手をする。

 「初ゲームで初ヒット。しかも二回も。おめでとうございます。」

 「ありがとうございます。」

 本日何度目かのお礼を口にする。

 褒められすぎてむず痒いのを悟られないように、タバコの吸うペースが心なしか早くなっていく。

 「でも、すごいですね。初めて参加されるお客さんってびびっちゃって撃ち合いすら出来ない場合が

多いのに、初めてのゲームでのヒットは自慢してもいいレベルだと思いますよ。」

 「そうなんですか?」

 「はい。周りの空気に呑まれちゃったりとか、ヒットを恐れてバリケから体出せなくて撃たれちゃったりとか、だから、初心者さんに少しでもヒットの可能性を高める為に優遇処置を取ってるんです。」

 黄色のマーカーを巻いたお客さんが新しい煙草に火を付けて口を挟む。

 「ここにいた人も言ってましたけど、初心者とは思えない開幕ダッシュでしたよ。俺も見習わなと。

 スタッフは何かを思い出したようで、目を見開いて息を吞むと興奮気味指を俺に指してこう言った。

 「化け物初心者!」

 そう言い切った後に指を差していることに気付いたスタッフはすぐ手を引っ込めて

 「すみません。つい。お気持ちを害すような言動申し訳ありません。」

 と、深々と頭を下げて戻す。

 「いえ、開始早々帰ってきた人が、とんでもねぇ初心者がいる。あれは、化け物だ。って騒いでて、同タイミングで帰ってきたご友人の方と話してたんで、つい。お客さんに失礼なことを。改めて謝らせてください。」

 再度、深々と頭を下げた。

 良く分からない喋り口に困り、どうしていいかわからないながらもとりあえずいつの間にか吸い終えた煙草を灰皿に捨て戸惑いながらとりあえずなだめる。

 「大丈夫ですから。気にしてませんから。とにかく頭を上げてもらえますか?」

 休憩しに来たのに休まらない。とりあえず、この場から離れよう。

 「ガクさん。休憩所先に戻って体休めてます。」

 軽く、頭を下げると、ガクさんはスタッフに見えないように、顔の前で空いてる片手で俺に拝むと、

申し訳なさそうに眉間にしわを寄せ、すまないと伝えてくる。

 他の二人に失礼します。と伝え頭を下げる。

 丁度アナウンスが鳴りゲームが始まる。ゲーム開始の喧騒と共に逃げる様に駆け足で休憩所に戻っていった。椅子に座り、目を閉じると、疲れが体に回り始め、泥のように重くなるのを感じる。疲れ中で、先ほどのゲームを頭の中で振り返るが、疲れたと痛いしか思い出せない。喫煙所の人が言ってたシーンもあったんだろうが、朧気に再生されるだけで、実感がわかなかった。しかし、その中で、ガクさんにアシストしてもらったヒットの感触だけはいまだに鮮明に覚えている。というか、それしか覚えていない。そもそもこんな記憶に残らない程必死になった事あったか?今までの人生を振り返る。

 しかし、そんな状況あるはずもなく、必死になれたこと。必死になれることに少し喜びを感じたとこ

ろでゆっくりと意識は飛んで行った。


第二ゲーム フラッグ戦(裏)黄色Gフラッグ「ゴルフ」赤色Bフラッグ「ブラヴォー」


 子気味良く何かが地面を摺る音がきっかけで、いつの間にか閉じていた瞼がゆっくりと上がっていく。

 目を開き切ると、目の前には、蟹股で座る自分の下半身が見えるのに気づくと、垂れていた頭を上げ

た。

 寝てた………。

 反対側でガクさんが立ったまま治具を使ってマガジンに弾を入れていた。起きた俺に気付く。

 「お疲れ様です。体。大丈夫ですか?」

 寝起きで頭が回らない。

 「どのぐらい寝ちゃってたかわかりますか?」

 マガジンの治具のハンドルを回すカチカチと言う聞きなれない音と共にガクさんの唸る声が混じる。

 「うーん。大体20分ぐらいですかね?無理しなくていいですよ。もうちょっと寝てても。」

 体の疲れを確認する。足、腕、心臓、肺。体の内部に集中して動けるか確認する。どこの箇所も寝る前の泥のような疲れは引いていた。

 「大丈夫です。もう動けます。」

 徐々に体のエンジンがかかるのを感じると、それを促進させる為の背伸びをして、背中から手の先まで伸ばす。気持ちよさに思わず声が漏れた。

 「ゲームに参加します?」

 ガクさんはマガジンの弾込めを終えると着こんだベストにマガジンをねじり込んだ。

 「はい。参加します。」

 「じゃあ弾込めしないといけませんね。」

 そっか。何も準備やってないのか、目の前に銃とマガジン二つが綺麗並べて置いてある。

 「今、ちょうど休憩時間に入ったんで弾込めする時間ありますよ。」

 「了解っす。」

 マガジンに手を伸ばし、弾を込めるローダーを探す。

ガクさんの目の前にあるのを確認すると俺じゃない手がするりとローダーに伸びて掴む。

 そのまま俺の前に差し出された。

 「ありがとうございます。」

 お礼を言ってローダーを受け取る。

 手に持ったマガジンにローダーを差し込み、親指を使って突き出た棒を押すが、強い抵抗を感じる。

 「あれ?」

 「弾が満タンなんじゃないんですか?もう一つのマガジン試してみたらどうです?」

 ガクさんのアドバイスで、手持ちのマガジンを入れ替え、再度ローダーを差し込み、突き出た棒を親指で押していく。カチカチと鳴らしながらBB弾はマガジンに入っていく。何度かBB弾を送り込むと、満タンになったのか、強い抵抗を感じるとローダーを離し、手元に置いた。

 そして、タイミング良くフィールド内にアナウンスが、響き渡った。

 「それでは、次のゲームを行います。先ほどの裏ゲームとなります。黄色チームはGフラッグゴルフ。Gフラッグゴルフ。赤チームはBフラッグブラヴォー、Bフラッグブラヴォーになります。準備が出来た方からフィールドインお願いします。」

 アナウンスと共に休んでた定例会の参加者達はざわざわと行動を始め、皆それぞれ最終確認をし、フィールドへと次々と入っていく。俺も、銃とマガジンを確認をし、ゴーグルとフェイスマスクの装着を確認して、準備を終えて待っていたガクさんと共にその雑踏に紛れてフィールドの中へと目指す。フィールドの中に入り、先に入った腕に黄色のマーカーを付けた集団の後ろを付いていく。

 「そうだ。ワンメさん。ルールの説明聞いてないですよね?」

 思い出したようにガクさんが話し始める。

 俺は、その問いに軽く頷いた。

 「次のゲームは、フラッグ戦と言って、相手の陣地に行ってフラッグを鳴らすと勝ち。逆に攻め込まれてフラッグを鳴らされると負けになります。」

 フラッグ戦…。最初のゲームとは違うなぁ。

 「フラッグって朝言ってたエアーホーンですか?」

 「そう、そう。それを鳴らせれたら負け、逆に鳴らしたら勝ちになります。今回のゲームは、一回ヒット取られたらフィールドアウト。退場です。でも、ワンメさんは初心者マーカーを付けているんで一回だけ復活が出来ます。その際は、自陣フラッグに戻ってフラッグをタッチして復活になります。」

 それは、初心者以外は一回ヒットされたら終わり、緊張感が違う。

 「それじゃあ。死ねないんですね。」

 「そうです。一回もヒットを取られずに敵陣地を突破してフラッグに向かう事になります。ちょっと戦争っぽいでしょ。」

 「まぁ、確かに。」

 頭の中で、映画のワンシーンが流れる。

 砂浜で穴倉から銃で撃たれ無慈悲に死んでいく兵士達。

 その中を勇猛果敢にも前に進む主人公。

 凄惨な戦場だ。

 少し、体が震える。

 「でもまぁ、ワンメさんは、やられても一回復活できますし、次のゲーム遊べますから、気軽にヒットされましょう!」

 俺は、クスリと笑い、口元を隠しながら

 「気軽にヒットって、それプレイヤーとしてどうなんですか?」

 ガクさんは無言で、白い歯を見せて、ガッツポーズをして見せる。

 「ヤー。」

 急に、有名Youtuberの真似をして、その場をごまかしていた。

 しばらく歩くと、青いネットの壁が目の前に見える。休憩所から見えたフィールドの端。壁だ。高さは15m以上ありそうだ。そして、開けた場所から草むらが徐々に多くなり、前の集団は、階段を降りる様に草むらの奥に消えていく。下り坂の所まで来るとそこは、右側には人一人分の高さの崖と同じぐらいまで伸びた草むらで作られた谷があり、奥には、微かに森がある事を伝える様に地面と空の間にグラデーションの様に木々がひょっこりと顔を出している。

 スタート地点に目指せば目指すほど、草むらは、曲線グラフの右肩上がりのように標高が上がって谷のような地形を見回すと、右側崖の上には、人が通れるような道があり、左側の草むらには、道が幾つか通っている。何本目かの道の一つに、列から外れて、興味本位に入ってみる。

 人二人が通れるぐらいの幅の道の両端には背より高い草むらが生い茂り、一部の草は、人が通るのを邪魔するように道に首を垂れて、ただでさえ狭い道をさらに狭くしていた。注意深く道を観察すると、その先には、左右に幾つもの伸びる道があるように感じる。草むらの圧力が、草むらの迷路と言うより、草の塹壕。そんな印象を感じた。

 「ワンメさん?どうかしました?」

 ガクさんの声が聞こえ、草の塹壕から谷へと戻る。塹壕の出口で立ったガクさんが、こっちを不思議そうに首を傾げながらこっちを見ている。急いで戻り、谷の中の行進再開する。

 「少し気になっちゃって。」

 「ここ迷路みたいでしょ。交戦距離近くなるからヒットになると痛いんですよね。」

 ケラケラと笑う。

 「迷路と言うより塹壕みたいな印象を受けましたけど」

 「塹壕知ってるんですか?」

 「え?あ、はい。第一次世界大戦を舞台にした映画で見ました。あれは、ぺんぺん草も生えてなか

ったですけど」

 「ワンカット長回しのやつですか?」

 「そうですそうです。見たことあるんですか?っていうか、それだけで良く分かりましたね。」

 「山勘です。たまたまですよ。1917でしたっけ?冒頭塹壕シーンですよね。確か。」

 「映画見た後、ネットで調べて言葉知りました。」

 「勉強屋さんなんですねぇ。」

 フラッグに辿り着く、黄色のマーカーを付けた仲間は、楽しそう雑談をしてスタートの合図を待っている。集団の外側に陣取り、ガクさんとの会話を続ける。

 「気になる言葉とか調べちゃうんですよ。でも、その場の知的欲求満たしてるだけなんで覚えている事なんてそんな無いんですけどね。」

 自分で言ってて情けないと思い、思わず苦さが顔から出る。それを見たガクさんは、取り繕うように相槌を打つ。

 「覚えてなくても調べないよりは調べた方が偉いですって。俺なんてニュアンスで覚えちゃうから本当の意味とずれてたりして赤っ恥かくこともしばしばあるんすから。」

 ふと、頭に先ほどの草むらの塹壕の道が過る。

 「唐突なんですけど、一ついいですか?」

 「ん?なんですか?」

 「塹壕で戦う時に気を付けた方がいいってことありますか?初心者でも出来る事ならなおさらいいんですけど」

 そうですねぇ。ガクさんは右手を顎に押し当て考える。

 少し唸った後に押し当てた手を離した。

 「常に銃を構えて進む事ですかね。」

 試しに持っているAK-47を構えてみる。

 照準器越しに見える景色は少し真ん中が見えづらい。前にいる人が隠れてどこ狙っているかがわからなくなる。

 「こんな感じですか?」

 ガクさんは、すかさず銃身に手を添えて優しく抑え、下に向けさせた。

 「人がいる所では無暗に他人に銃口を向けちゃダメです。」

 俺は、すみません。と謝って、後ろを向くと再度構え直す。それでも、照準器越しの景色は視界の中心が見えずらい。

 「視界が遮られて見えづらい場合は、構えた状態から少し銃口を下げて見てください。」

 銃口を視界の中心から少し下に下げる。 

 「このぐらいですか?」

 「イメージとして、視界の上半分を風景にして、下半分をエアガンにする感じです。」

 照準器が目にかからない程度、数値に表すと大体2~3cm程の所で銃口を止める。

 「その態勢のまま引き金を引かない程度に指を掛けて進んでいくイメージです。敵が、出てきそうもしくは、出てきたら、その方向に向けて銃口を上げる。」

 ガクさんのアドバイス通り、銃口を上げては降ろすを繰り返す。

 「そうすることで、エアガンを構える動作を最短にして索敵と攻撃を使い分けることが出来ます。」

 人が居ない場所を探して、実際に教わった構え方をしながら試しに歩いてみる。

 崖と草むらで作られた谷を教わった構え方で歩いてみる。敵を探す時は銃口を下げ、視界を確保して、敵が出てきそうなところは銃口を上げて、すぐ撃てるようにする。

 すると、銃口の先からスタッフがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。

 無暗に銃口を人に向けない。

 俺は、エアガンを構えるのをやめて、ガクさんの元へ戻った。

 「お疲れ様です。どうですか?その構え方は?」

 「なかなか、疲れますね。」

 腕に疲れが溜まっているの感じる。ゲーム中コの構え方でいる事はやめた方がいいだろう。

 「でしょ。だから、ここぞという時にすることをお勧めします。」

 「はい。そうします。」

 あ、そうだ。ガクさんが、何かを思いついたように手を一回叩く。

 「構える時に脇を絞めるとカッコよくなりますよ。」

 「脇ですか?」

 「そう。脇。」

 ガクさんは、そう言うと自分の持ってるエアガンを脇を開いた状態で構えて見る。

 「これと」

 次は、脇を締めて体を縮めるようにしてエアガンを構えた。

 「これ」

 続けて構えを解いて俺に問うてくる。

 「どっちが良かったですか?」

 「まぁ、どちらかと言えば、脇締めた方が映画とかでよく見るスタイルかなと思います。」

 「だれでも、映画の主人公になれる簡単技です。構える時に気を付けてみてください。」

 「そう。そう。上手上手。カッコいいですよ。」

 すると、怒号が聞こえた。

 「お話を止めてください!ゲームの説明を行います!」

 その声に驚いた俺は、体が跳ねる様にビクつくと声の方向に目を向けと、スタッフが、俺らより2mも高い位置で、見下ろす様に俺ら二人をじっと見ている。ガクさんは、すぐさま、すみませんでした。と、頭を下げた。 スタッフが静かになったを確認すると、ゲーム説明が始まる。

 フラッグ戦の裏、セレクターはフルオートと伝えると、フラッグの位置やゲームの注意点を説明し始める。参加者が静かにその説明を聞く中、右肘に何か当たるのを感じて目を向けるとガクさんが、申し訳なさそうに両手を合わせていた。俺は、そこまで気にしてはいない。ゆっくりと首を左右に振ってゴーグルとフェイスマスクの下で笑って見せた。

 「それでは、ゲーム開始5秒前!」

 スタッフの声が最大限に張られ、声が天を突く。

 カウント進む中、エアガンを持つ手に力が入り、呼吸が短く浅くなる。

 「スタート!」

 掛け声と共にゲームが始まり、ゲームの参加者達は、蜘蛛の子を散らすように方々に走って行く。その光景に立ち尽くす事しか出来なかった俺は、出鼻を挫かれてしまった。ポカンと立っている俺にガクさんが話しかけてくる。

 「さて、ワンメさん。どうしましょうか。今回は。」

 ガクさんは、エアガンを上に向けストックを脇に抱える様にして持ち、正面を見据える様に立っていた。

 「どうしましょうか。と言われましても、どうしましょうか。」

 「それも、そうですね。どっか行きたいとこありますか?」

 「と言っても、どこに何があるかもわからないので…。」

 ガクさんは言う。

 「それもそうですね。」

 ふん。ガクさんの鼻から短く息が出る。

 「適当に、歩いてみますか。」

 適当?そんな軽く決めていいものなのか?

 「いいんですか?俺は、大丈夫ですけど、ガクさんは一回ヒットしたらこのゲーム終わりなんですよね?」

 「いいんですよ。犬も歩けば棒にも当たるでしょ。」

 「当たったらもう遅いんじゃぁ?」

 「それじゃあ、当たる前に気付けば大丈夫ですね。」

 ガクさんは、短くカッカッカッと笑う。

 「それじゃあ行きますか!俺は、右を見るので、ワンメさんは左を見てください。」

 ガクさんは、堂々とストックを脇に構えたまま歩き出す。

 「了解です!お願いします!」

 俺は、脇を締めてエアガンを構えて後から付いて行った。遠くから微かに届く発砲音と敵味方入り混じっての声掛けが、心を締め付けていく。草むらの塹壕の中を堂々歩くガクさんを後ろから見るとこの人は、ヒットを取られるのが怖くないのかと、交差する道を通る度に敵が出てくるかもしれないと腰が引きながらかろうじて付いて行く自分の姿を比べると、マスク越しに苦笑いが漏れた。

 ずんずん進んでいくガクさんの後ろを時たま現れる交差した道を通ろうとする度に、敵を警戒する為に歩を止めて、恐る恐る未知の先を顔を少し出して確認しては、敵がいない事を確認して、胸を撫で下ろして進んでいく。新しい道に出くわすたびに緊張と安堵を繰り返していく度に体力と精神が削れていった。

 ガクさんとの距離は離れていき、その距離に比例するかの如く手の汗がグリップに滲んでいく。

 こんな二人が、草むらの塹壕内を彷徨っていても幸か不幸か誰にも鉢合わせることは無く、唯々、時間が過ぎていくと、だんだん今の状況に慣れていき、いつしかガクさんの後ろをくるみ割り人形が歩くように、敵がいないな、と、機械的に付いて行くようになる。AK-47の構えを解いて、だらりと腰辺りまで下げて持つ。草むらの塹壕の中を歩き続ける。どこ行っても似たような風景が、迷宮に迷い込んだように、自分が今どこにいるのかわからなくなっていた。

 いつしかガクさんの背中越しの先には、見通しが悪い緩やかなカーブを描いた道が広がっていた。ガクさんは腰を下ろし、エアガンを構え進むスピードを牛歩のように落とし、先の道を確認する為に、道の外側に膨らむように横歩きしていく。

 「ヒットぉ!ヒットとーりまーす。」

 誰かのヒットコールが、聞こえ始めた。今までとは違い、はっきりとそのコールは耳に届く。

 ガクさんは、左手を小さく上げて、俺にギリギリ聞こえるような声で。

 「止まってください。」

 と、俺の前に小さく広げた左手を広げる。ガクさんは、脇に抱えたストックを左肩に付け、エアガンを構える。その姿を見た俺は、ガクさんを真似て、腰を下ろし、エアガンのストックを左肩につけて構える。ガクさんの右手が背中に回り、俺に見える形で手を兎の耳が跳ねる様にピョコピョコと動かした。その意味が分からず、その手を見ていると、ガクさんの顔がこっちに向く。

 あ、あっ、え

 と、口が無声を発する。

 俺が、その動きの意味について考えていると、ガクさんの背中が徐々に、自分に迫っているように感じる。

 その時、初めて「さ・がっ・て」と言っていることに気付く。

 俺は、体を180度回転させ、ガクさんに背中を見せて、エアガンを抱えて中腰のまま来た道を歩いて戻り、さっき超えたT字路の手前まで戻る。曲がったら敵が居るかもしれない。

 俺が、エアガンを構えて、ガクさんに振り返ったその時、堰を切った様に、周りからリズムカルに単発で刻む発砲音と、幾人のヒットコールがはっきりと聞こえた。声の大きさと発砲音でこの音達の距離は、非常に近いと瞬時に悟る。

 そう思うと、次第に呼吸は浅くなり、構えたエアガンを握る手に力がこもる。後ろには、百戦錬磨のガクさんがいる。俺は、目の前のこのT字路から出てくる敵を対処すればいい。ゲームが始まる前に教わった構え方を思い出し、脇を締めてエアガンをを構えた。初めのゲームで見たガクさんの動きが、頭を過る。じりじりと横に開くように足を動かし、エアガンと顔を一緒に出していく。

 徐々に、広がるT字路の先が見えていくなか、後ろから、今のゲームの中で一番大きい発砲音が聞こえた。

 音に釣られ、振り返ると、ガクさんが膝をつき、カーブの先に向かってエアガンを撃っていた。

 カーブの先から別の発砲音が、パパパパン、と、聞こえると、ガクさんの後ろにある草むらの壁にBB弾が当たり、不自然に草が無造作に動いたのが見えた。それに応戦するように、ガクさんも飛んでくる弾に対して細かく避けながら、負けじと撃ち返す。BB弾の応酬の中ガクさんは何度かチラリと俺の方を見て、その都度、目が合う。

 俺は、その光景に目が奪われていた。

 見惚れたとかそういう類では決してなく、後々に思えば、あれ見たことない光景に脳がびっくりして何も考えられなくなったのだろう。ガクさんが腰を浮かし中腰の状態になると、リズミカルに発砲しながらゆっくりと後ろ向きに俺に向かってくる。

 俺の真後ろまで来たガクさんはそこで止まる。

 「ワンメさん。」

 その一言で、我に返る。

 「ハっ、はい。」

 「敵がそこまで来てるので、撃ち続けて貰ってもいいですか?」

 「わかりました。」

 俺は、ガクさんと立ってる位置を入れ替える様に前に出て、セレクターの位置を確認した。

 セレクターは一番上。

 そのままセレクターを一つ降ろして、直ぐに銃口を敵がいる方向に向けて、兎に角引き金を引いた。ストックとか関係なく乱暴に銃口を向けた為に、エアガン全体が激しく暴れ、狙いなんてあってないような状態で、BB弾は上下左右自由に弾けていった。

 一生懸命狙いを定めようと手に力を入れ集中している最中に、肩に何かが乗っかる。

 また、我に返り、引き金を引いていた指を戻した。

 「ワンメさん。気にせずそのまま撃ち続けてください。」

 ガクさんの声でそう聞こえると、ストックを右肩に押し付ける様に構え、今度は、狙いをしっかりと定めて、再度引き金を引く。発射されたタイミングで、カーブの先から誰かの顔が出てくる。

 当たった?と思ったのも束の間、うぉっ!と声を上げると、顔が草むらに引っ込んだ。消えた先から声が聞こえる。

 「一人じゃない!一人は経験者!もう一人は、初心者だ!フルでけん制してくる!」

 今度は、エアガンの振動を俺の肩で抑える事が出来ている。銃口から出たBB弾は一つの線を描くように顔を出した場所へ一直線に伸びていくその線を綺麗だなと、見惚れているともう一度肩に何かが乗る。ガクさんの手だ。

「付いて来てくd。。。」

 ガクさん言い切る前にエアガンがいきなり止まった。

 急いで、エアガンを見ようとした瞬間、この時を待っていたかのようにカーブ先にエアガンを構えた赤マーカーを付けた人間が現れた。撃たれると思った俺は、咄嗟にエアガンで顔を守るように顔を覆う。敵が出て来たのに反応して、ガクさんが銃を構えようとしたが、俺に気を取られたことで一瞬のア

ドバンテージが命運を分けた。パチィンと体に何かが当たった音がして、ガクさんは手を挙げるのと同時にヒットォ!と叫ぶ。俺が当たってない事にここで気付いた俺は、急いでエアガンを相手に向けて引き金を引こうとした時、相手の銃口が、瞬時に俺の方に向き、一発の発砲音と共に鋭い痛みを右胸に感じた。あまりの痛さに大声を上げてしまう。

 「痛ッ痛ってぇぇぇ!!!」

 痛みの根源を左手で抑える為に銃の構えを解く。

 「クリア!」

 赤マーカーを付けた相手がそう叫ぶ。痛みが少し遠のいて、自分がヒットした事を時間差で理解して、痛みの原因だったところを抑えていた左手を上げて。

「ヒット!」

 と、精一杯自分が言える声量で発声するが、相手に伝わったかは正直不安だ。

 ガクさんが、声を出さず奮闘を称えるようにサムズアップを敵に送る。

 敵は、エアガンを構えながらガクさんと俺の横をすれ違う時に小声で

 「ありがとうございます。」

 と、呟いた。

 ガクさんは、敵に道を譲る為に道端に寄る。

 「近くで撃ってしまってすみません。大丈夫ですか?」

 敵が俺と目が合うと、ガクさんの時と同様、小声で俺に声を掛けてきた。

 ルール説明時のスタッフの言葉が頭によぎる。

 死人に口なし。

 兎に角、頭を縦に何度振って自分の意思が伝わるようにジェスチャーを繰り返す。そのアクションに、すみませんでした。と、敵が返してくる。そのまま俺達の横を抜けて進む敵が、クリア、ともう一度叫ぶと、カーブ先から赤いマーカーを付けた三人が、一列になって侵入してきて颯爽と俺達の横を通って、そのまま草むらの塹壕の道の奥に消えていった。

 それを見送る形になった後、ガクさんが手を挙げながら口を開いた。

 「俺はヒットなので、セーフティに戻ります。ガクさんは、復活残ってるのでリスタートって事になるんですが、フラッグの位置わかりますか?」

 後ろに着いて来ただけの俺に、フラッグまでの道のりはわかりようがない。

 「すみません。わかんないです…。」

 申し訳ない気持ちを素直に伝える事しか出来ない。

 「それもそうですよね。こんな迷路に急に入ったら迷子になっちゃいますよね。大丈夫です。フラッグまで送りますよ。付いて来てください。道中、手を挙げてヒットアピールすることも忘れないでくださいね。」

 「はい。」

 頷く俺。

 それを見たガクさんは、両手を上げ、銃を体からぶら下げる状態にすると大声で

 「ヒット!通ォりまーす!!」

 と、言うと周囲を見回しながら歩いて行く。

 俺も左手を上げて。

 「ヒット通りまーす!」

 と、叫んだ。

 ガクさんは、器用に迷うことなく歩を進め、T字路に差し掛かっては、先に手を出し手を上下に振りながら

 「ヒット!通ォりまーす!!」

 と、言い、先に進んでは歩きながら

 「ヒット!通ォりまーす!!」

 と、叫び続けた。

 その間腕を上げ続けた俺の左腕が悲鳴を上げ徐々に高度を下げていく、高度と共に声量も小さくなっていった。

 ガクさんの体力との開きに一種の驚きを感じていると、フラッグ地点に到着していた。

 「それじゃあ、ここがフラッグ地点です。二回目、頑張ってくださいね!」

 ガクさんのサムズアップで、疲れた体に気力が注入されるような気がする。動かないエアガンの事を思い出す。

 「ガクさん。またエアガンが壊れたみたいなんですけど、どうしたらいいでしょう。」

 AK-47が元気を無くして、俺の両手の中でしょぼくれているように見えていた。

 「ワンメさん。それ、弾切れしてるんで、マガジン交換すれば、大丈夫ですよ。」

 ガクさんは、マガジンを指差してケロリと答える。

 空のマガジンを外し、新しいマガジンを先端の金具に投入口の先を引っ掛けながら押し上げる様に入れ、エアガンから出た棒、チャージングハンドルと言われているものを握り、一番後ろまで引っ張り、ゆっくり戻した。一連の動きを黙って見ていたガクさんは、サムズアップをもう一度しながら

 「ナイスです。ワンメさん。完璧です。」

 と、俺を褒めてくれる。

 「ありがとうございます!」

 新しく交換したマガジンで元気になったAK-47も喜んでいる様に見える。

 「ワンメさん。ご武運を。」

 「へ?」

 ガクさんが背中を向けると、フィールドインの時通ってきた坂を通って、再度大声でヒットコールを叫びながら両手を上げ意気揚々と帰っていった。改めて朝のミーティングを思い出す。一回で退場のルールの場合でも、初心者マーカーを付けたものは一度フラッグ地点から復活して再度ゲーム参加することが出来る。

 つまり、この先一人でゲームをやらなければならない。

 出発しようと脇を締めてエアガンを構え、草むらの塹壕へ向けて一歩踏み出した瞬間、いつ暴発かわからないぐらい張りつめた空気の中に入るような感覚に襲われた。それは、まるで大きな蛇が獲物を丸呑みするように口を開け鋭い牙から涎が垂れ、その先にある内臓へと伝わる肉壁の細い舌の道がそこにある。

 生唾を飲み込むと筋肉が無意識に委縮し、体がマヒしたかのように動かない。

 口呼吸は激しさを増し、肩は激しくゆっくりと上下を始める。

 グリップとエアガンの中腹部を支える手の平にじわりと脂ぎった汗が出始めた。

 履いていたジーパンで交互に滲んだ汗を拭う仕草をすると大きく深呼吸をして、カエルのように縮こまった筋肉を無理やり動かし、半歩づつ、着実に前へ進む。エアガンを構えながらヒットコール飛び交う大蛇の肉壁内へと歩を進めた。銃口と共に視線を動かす。

 ガクさんの遺言を頭の中で何度もリフレインしながらじりじりと進む。時折風か人か判別できない草の擦れる音に気を取られながら、最初のT字路へと着く。曲がり角の先に誰か居るかもしれないと思うと、ただでさえ重い足がさらに重くなり、先に進む一歩も踏み出せなくなってしまった。

 恐怖。

 偽物の戦争。撃たれても死ぬことは無い、しかし、これが本物だったら、敵と遭遇して撃たれて、死亡。

 遊びなのはわかっているのに、死なないのはわかっているのに、ヒットが怖くて仕方がない。

 恐怖は徐々に風船にガスが注入されていくように膨らんでいく。

 行こうとしても足が動かない。今まで生きてきた中で初めての経験だった。

 動けないなら少しでも当たらないように。

 その言葉が脳内に走った途端、体が勝手に腰を下ろし、片膝をついて座る。

 動かないと先に行けないのはわかっているのに、こうやって座るのが精一杯だった。先に行こうなんておこがましいとさえ感じる。何気なしに来た道を確認するように振り返る。

 進んだ距離はざっと15mぐらい。

 100mぐらい進んだように感じていた。

 自分の認識と結果のギャップにさらに驚く。

 出口の先からスタッフさんが声を出さないように口だけで何かを伝えようとし、ガッツポーズをして消えていった。

 がんばれってか。もう無理だよ。動ける訳ねぇ。

 振り向いた頭を戻して、来るかどうかわからない敵を来ないでくれと願いながらじっと待つ。何時間、何分、何秒、何コンマ。時間の感覚が狂いだして、早くゲーム終わってくれ、と、願い始めた時、その声は聞こえてしまった。

 「クリア!」

 前方のどこかから聞こえる声。それと同時に何人かの足音が聞こえ始めた。

 エアガンの構えに力が入る。

 「最低でも一人は潜んでるはず。警戒しよう。俺が先導します。」

 明らかに人の気配が、周りの空気に充満し始める。

 心臓の鼓動音がひとしきり大きくなり、呼吸が浅く口から洩れていく。

 目の焦点がアイアンサイトに合って、周りの風景がぼやけていくふと、充満していた人の気配が、急に途絶えたように感じた。

 思わず、口ずさむ。

 「敵が、消えt」

 パパン!!

 俺がすべて言い切る前に、エアガンの発砲音が俺の口を塞いだ。不意を突かれた俺は、ただ自分を守る為に銃を盾にする形で、うずくまってしまう。そこを狙うかのように少し遠くから、パン!と、エアガンの発砲音が鳴ると、音と同時に手の甲に痛みが走る。

 「ヒットォォ!」

 反射的に口が大きく開いた。

 すると、T字路の奥の道から一人銃をこちらに向けながら歩いてくる。

 「正面クリア!」

 その声の後に同じように銃を構えた赤マーカーを巻いた男が二人縦列で出てくる。二人目の姿を見てはっとする。さっき俺とガクさんをヒットさせた人だった。俺の真横、T字路の手前から俺達のフラッグ方面に向けて警戒しながら、ぎりぎり俺に聞こえる様な声量で、

 「大丈夫でしたか?」

 俺は、死人に口無し。無言で首を上下に振る。俺にサムズアップで返答し、T字路の先を確認する。確認終了したのか、後続に合図を出す。

 後続の二人が、先頭の敵に付いて行くように俺の横を後ろを向いて警戒しながら通っていく、その去り際、俺とガクさんのヒットを取った敵が、

 「ナイスファイトでした。」

 と、呟くように言うと、警戒を解き、フラッグに向けて走り去って行った。

 怒涛の展開に緊張の糸は一気に切れ、俺はその場にへたり込んでしまう。

 そして、程なくしてエアーホーンが響き渡る。

 「フラッグ!ダァァウン!ゲーム終了!フラッグダウン!ゲーム終了です!」

 場内アナウンスが俺の耳に入ってくる。

 ゲームが終わった。

 ふと空を見上げる。

 憎らしい程の澄み切った雲一つない鮮やかなスカイブルーがそこには広がっていた。

 悔しいわけでもなく、安堵するわけでもなく、物足りないわけでもない。解放感と言うには少し窮屈な、そんな言葉に出来ない感情が心の中を流れていく。

 「大丈夫ですか?」

 後ろから声を掛けられ、声の主に振り返る。

 先程の三人組の一人。さっきヒットを取った敵がそこに居た。

 「至近距離。やっぱり痛かったですか?」

 言われて気付く、叫ぶほど痛かったのにもう既に痛みは消えていた。

 「いえ、大丈夫です。」

 立ち上がろうとすると

 「AK。持ちますよ。」

 と、手を差し伸べてくる。

 何故と思い両手で持っていたAKを見ると地面スレスレの所にいる。

 無意識に、銃を置いて立ち上がろうとしていたことに驚き、

 「すみませんお願いします。」

 慌てて差し出した手にエアガンを託す。

 借りている事を一瞬忘れていた事に背筋がぞくりとした。

 フリーになった両手を使いゆっくりと立ち上がる。

 ジーパンに着いた土埃を手払いで簡単に落とし、託したエアガンを受け取った。

 「ありがとうございます。」

 「いえ、いえ、最初の内はびびっちゃいますよね。」

 と、言うと、来た道を戻り仲間の元へ帰って行った。

 俺も、休憩所戻ろう。

 一人で歩く道は、少し、寂しかった。

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