プロローグ~ファーストインプレッション(1)
深層意識のはらっぱ
吸殻で山盛りになった灰皿に火の付いた煙草が上から差し込まれる。もちろん火なんてものが消えるはずも無く徐々にはあるが確実に煙の量は増えていく。
掃除が行き届いていない灰皿周辺は無邪気に煙草の灰が無造作に寝ころんでいる。
ハービーハンコックのメイデンヴォヤージュが流れ、店内に朝焼けの港の雰囲気が漂い始めた。
男は新たに新しい煙草に火が付けると、その紫煙を肺の中に浅く入れて紫煙を吐き出した。
唯々、一人でタバコを吸う自分に酔いしれながら、ゆっくりと、大量に、紫煙を肺に入れ、そのまま大きくため息を吐く。
喫煙所付きのエアガンショップは、俺のお気に入りであり、城だ。
休日を一日ここで過ごしても飽きることはない。
至高の時間は、赤く灯された火種が作り出し、その余韻は白と黒で構成される灰で作られる。
絶妙なバランスで維持していたその灰を見ながら名残惜しいと感じた。
そろそろこいつらとさよならするか。と、思った瞬間。
無残にも灰の塊が吸いさしから零れ落ち、灰皿の周りの灰たちと合流するが如く落ちていった。
ここに、一人の男がいる。
どこにでもいる成人男性。
朝になって仕事に出かけ、食堂でお昼を食べて終業チャイムと共に退勤し、帰りにスーパーに寄って夕飯の材料を買って家に戻り、風呂に入って、夕飯作りに台所に立ち、出来た料理つつきながら一日楽しみに缶ビールを一本開けて嗜んでいく。食器を洗い、残った酒をちびちび飲みながらスマホで動画を見て、飽きたらベットに入り明かりを消して眠りにつく。
何も起こらず、何も変わらず、ただ生きる。そんな生活が幾たびも続いたある日、彼は、とある出会いをした。
プロローグ
趣味という趣味を持たず、ただ働いては休日に酒を飲む日々。女もいなければ夢もない。働くたびに無駄に貯まっていく金。老後までこの調子で貯めれば問題ないだろうと預金残高を見て安心するのが趣味で、友人と外に呑みに行けば、女か趣味を見つけろとよく説教されたあと、友人ののろけ話に花を咲かす日々。
こんな何もない日々の生活でも満足はしないが不満はなかった。
確かにその通りで人並みにエンタメに触れてはいるが、深く何かにハマったことは今まで一つもない。でも、一つだけ心に引っかかるものがあった。
それは、
「銃」だ。
昔、子供のころに見たハリウッド映画や、日本の刑事ドラマに出てくるガンアクションシーンに心躍りながらテレビに噛り付いて見ていたのを思い出す。その翌日は、公園で友達と映画ごっこと言って、ガンアクションの真似事をしてよく遊んでいた。
物語の主人公が銃を構え、己の正義を貫く為に撃鉄を引く。
覚悟したその表情にリンクするように銃は銃口から火柱を上げ銃弾を発射する。かっこいいと心を躍らせ、頭の中でその登場人物を自分に置き換え、夢想していたのを思い出す。
いつものように酒を飲み終え、電気を消し、ベットに潜り、枕に頭を沈めると、その思い出に縋るように動画配信サイトでかっこいい銃撃シーンをスマホで探していた時「サバゲーに行ってみた。」という動画を見つけた。
どこかの施設のようなところで、いい大人が笑顔で楽しそうに銃のおもちゃを持って走りまわっている。敵を見つけると「接敵!10メートル前方人影2!」というと機械音とシュッ!という何とも言えない音が同時になる。するとどうだろう。相手も応戦しておもちゃの銃を撃ってくる。今度はシュッ!という音の後にバチン!という音が鳴る。
どうやら、壁に何かが当たっている音だ。何度が、音による応戦を繰り返すと撮影者は「ヒットォー!」と大声をあげる。そのあとに「ナイスでーす。」と言葉をかける。
こんなやり取りが何度も続くだけの動画。映画やゲーム程かっこよくはないがそれとは違うなんというかリアルというものを感じた。こんなリアルが存在するのかと思うと、この遊びに興味が湧いてきた。
気付いたら、動画を閉じてサバイバルゲームと検索をかけていた。
サバイバルゲーム。通称サバゲー。おもちゃであるエアガンを使って繰り広げられる戦争ごっこ。起源は、どうやら日本らしい。
昔は、弾が出ないおもちゃを使って戦争を演技して遊んでいた遊びが、時代が進むごとにプラスチックの弾を発射するなり人を狙えるようになり、今じゃ30m先のターゲットを狙えるようになった。
距離が開いていても痛みを感じるほどの威力を持ったおもちゃは、様々な経緯を辿り保護具を必要としながらも正しく扱えば怪我をすることが無い代物になり、遊びの幅を広げていくことになる。
ある人は、アニメのキャラクターのコスプレをし、ある人は歴史的戦争に思いを馳せ、ある人は技術を磨き、ある人は、実際の軍隊のまねごとをする。一人一人がヒーローになり一人一人がヴィランになれる。非日常を楽しむ。
それが、サバゲーらしい。
いつの間にか、このリアルな世界にモニター越しに憑りつかれていた。
次に検索することは決まっていた。エアガンを売ってる店だ。近場に何件か見つけるとそこで急に意識が途絶えた。
ファーストインプレッション
翌朝
カーテンの隙間から零れ出る日の光で目が覚める。
今何時だ?
毛布の下から腕だけ出し無造作に手を動かす。枕傍に手を持って行くと小指に固い何かが触れる。
その感覚だけを頼りに何とか手繰り寄せる。
手にもって持ち上げて視覚にいれるとようやくそれがスマホだということがわかる。
電源ボタンを押して起動する。
真っ黒い画面に白く枠取られた電池がおなかを空かしてヘソ辺りで赤く染まっていた。
マジかよ。めんどくせぇ。
そこで、ようやく頭が動き始める。フッと上半身を起こし、充電ケーブルを見つけ、充電コネクタを差し込む。
充電し終わるまでとりあえず飯でも食うか。ベッドから出るとキッチンへと向かう。
休みの日ぐらい料理なんて作りたくないなぁ。
変にかゆいケツをぼりぼりかきながら冷蔵庫に歩を進め冷凍庫から食パンを二枚取り出しトースターへいれる。焼きあがるまでの時間を使って、野菜室からキャベツを取り出しテキトーにざく切り。水切り台から昨晩洗ったボウルを取り、シンクに置き水を貯めその中にキャベツを入れる。ジャバジャバ適当に洗って、適当に水を切りサラダドレッシングをかける。それをダイニングテーブルに置いた後は、インスタントのコーンポタージュを取り出して、戸棚に入れてあったカップを手に取り入れケトルでお湯を沸かす。
沸かしたお湯をカップに入れ、スプーンで良く粉を溶かし終えた時、チンッ!とトースターが仕事を終えたことを知らしてくれる。とりあえずそのままにして、キャベツボウルの横にコーンポタージュ入りのカップを置く。
ボウル取り出した水切り台から適当な皿を探し、乾いてることを確認するとトースターから顔を出している程よい焦げ目がついたトーストを二枚皿の上に乗せ、カップとボウルの真ん中に置くと同時に自分も着席する。
両手を合わせ聞こえるかどうかもわからない声で。
「いただきます。」
と、唱えてトーストを口に持っていく。
充電までちょっと時間かかるなぁ...ゆっくり食うか。
雑音もなく、咀嚼音をモーニングミュージックにしながら自分ができる限りゆっくりと朝ご飯を楽む。
キャベツを食べる為の箸を出すのを忘れ、コーンポタージュを溶かすために使ったスプーンでなんと食えるかチャレンジしたが、この上なく食べづらかったので諦めて離席するトラブルにあったが、朝食を食べ終えた。
食器を片して洗い、水切り台にすべてを乗せると寝室に戻り、ベットで朝ご飯中のスマホの様子を見る。
24%
まぁ、こんなもんでいいだろう。
今の時間は、10時23分。スマートフォンの朝ご飯を邪魔をして、昨日寝る直前まで見ていた。画面を今一度確認する。
そのままベッドに腰掛け、スマートフォンを操作する。
検索サイトにいくつかの店舗名とともにマークされた地図とそこまでの所要時間が乗っていた。
GUN'S SHOP AMATERASU 所要時間車30分
一番近いしここでいいか。もう少し朝ご飯続けてくれ。
充電器の近くに行ってスマホと充電器を接続してベッドの上にスマホを放り投げ、来ている寝間着から出かけるために着替えを始める。
ジーパンにTシャツ。今日は暑そうという理由で薄手のパーカーを羽織る。
スマホの充電量を確認してケーブルを引き抜くと、ジーパンの前ポケットに突っ込んだ。
サイドテーブルに置いていた財布を後ろポケットに、加熱式の煙草と本体をスマートフォンと反対の前ポケットに入れると、そのまま玄関へ、カギの束がぶら下がるを付けたカラビナを手に取り靴をき、玄関から外へ出る。
阿保みたいに真っ青な空の下に街の風景が続く。
地上6階のマンションからの景色は、割と気に入っている。少し口元が緩みながらドアを閉めて、鍵をかけ、駐車場を目指す。
地上へ近づく風景の変化を楽しみながら階段を降りていくと、一階に着き、エントランスを抜け、併設されている駐車場へ向かう。
一番奥にある緑のミラジーノが自分の車だ。
後付けしたキーレスシステムで鍵を開け、運転席へと乗り込む。
持ち出したスマホをホルダーに、エアコンの吹き出し口に設置したドリンクホルダーに煙草と本体を置いて、少し腰を浮かして、財布を後ろポケットから取り出すと無造作に助手席に放り込む。
楽になった下半身を車のシートにくっつけると鍵を差し、車のエンジンに火を入れる。
スマホと、車のコンポをブルートゥースで繋げ、音声を車のスピーカー出力になったのを確認した後、検索をかけっぱなしのスマホ画面から案内するをタッチする。
「北ニ進ミマス。続イテ右方向デス。」
AIが案内開始を確認すると、サイドブレーキを解除し、ギアをドライブに入れアクセルをゆっくりと踏み込み、ハンドルをさばきながら駐車場から道路へ出る。
方向指示器は右側をチカチカと点滅させながらミラジーノの後姿は横姿へと変わり、マンションの後ろへと消えていく。
運転中少し汗ばむのを感じ、エアコンをつけようと操作盤に手を伸ばすが、一度思いとどまり、窓を目線の高さまで降ろすと心地よい風が車内へと吹き込む。
少しひんやりした乾ききらない感触を額に感じると、気持ち、汗が引いたような気がした。
幾つかの信号と曲がり角を越え、店舗が立ち並ぶ商業地から静かな住宅街へと風景は顔を変える。
こんなところに店なんかあるのか?
以前、AIナビでラーメン屋に向かった時、全然違う場所に連れて来られたことをふと思い出し、一抹の不安を抱えながら、少し速度を落として運転し、AIが示す到着時間をチラリと横目で確認する。
残り、5分。
地図上は、住宅街の端っこらへんを指している。
似たような形をした家が、両サイドずらりと並ぶ、帰りもナビを使うしかない。似たような景色の連続に自分が今どこを走っているのかもわからなくなっていた。
右折と左折を一回づつすると。
「目的地ニ到着シマシタ」
と、AIは唐突に伝えた。
そこは、住宅街の端より少し離れたところにあった。
ログハウスの一軒家が、鬱蒼とした森をバックにポツンと建っていて、周りの住宅街から孤立してその家だけ、童話の世界のように切り離されているように見えた。ログハウスの一軒家の隣の敷地は、砂利が敷き詰められていて、一台のステーションワゴンとコンパクトカーが停まっている。
ここが、駐車場なのか?恐る恐る二台分空いているスペースにもう一台止められるようにバックで慎重に運転する。
停められたことを確認すると軽くため息をつき、窓を閉めサイドブレーキを掛け、エンジンを切る。
煙草をポケットに入れると財布だけは手に持ち、ドアを開け外に出る。森が近いだけあって空気がひんやりしていて気持ちがいい。
もしかしたら寒いかもしれないと感じるほどだ。
財布を再度後ろポケットに入れると一軒家へと歩き出す。
そのログハウスは、テラスがあり短い階段を登り玄関に向かう形になっている。
階段の横に看板がある。
GUN'S SHOP AMATERASU
ログハウスの温かい雰囲気に似つかわしくない金属製の看板には、金属の一枚のプレートに硬くさわやかな文字体で、一文字、一文字、丁寧に切り抜かれた黒文字が埋め込まれており、その店名の右上と左下に囲むように銃の弾痕が印字されている。
如何にもなデザインだな。
そう素直に感じながら、看板から目線を階段、玄関へと動かすと、六枚の正方形の枠にすりガラスが埋め込まれた、木製のドアがあり、目線の高さで、「OPEN」の看板が、ぶら下がっていた。
少し、心臓の鼓動が早まる。階段を一歩づつ上がっていく。
玄関の前まで着き、右手は、ドアノブに伸びる。
しっかりとノブを握ると、ゆっくりと、下に降ろし、ドアを開ける。
来店を知らせるベルが、鳴子の様に店内に響きながらドアが開き、少しづつドアは開いていく。
完全に開き切った後に、店内を見回す。
壁には、数えきれないほどの大小様々なエアガンが展示され、様々な小物が並び、服にしては露出部分が多いベストのようなものが幾つものマネキンが着て並んでいる。
初めて入る得体の知らない世界の店、好奇心と緊張が織り交ざる何とも言えない感情が沸き起こる。
環境音のように微かに響く店内BGMのJAZZが耳に流れに乗せる様に、自然と口が開いた。
「お店、開いてますかー?」
玄関の看板が見えていたはずなのに、馬鹿っぽい事を聞いてしまった。
しかし、その問いにあっけらかんとした優しい声が聞こえた。
「え?いらっしゃい。もう、開いてますよ。」
白い長袖のTシャツに黄色いエプロンを着た男性がモップがけしている状態で、動きを止め、顔だけこっちを向いている。
「店内………見させて貰っても大丈夫ですか?」
男性は、自然に目じりと口角を上げるとこう言った。
「ハイ。構いませんよ。」
店員の男は、モップ掛けを途中で止め掌で場所を指しながら
「右側の壁にエアガンを展示してます。反対側の壁には、ウェア関係。パーツ関係はそこらへんに。」
そういうと、男性は店舗内の中心らへんを指で空中に円を描くように場所を示した。
「お客さん、失礼ですけどお煙草って吸われます?」
「はい。吸いますけど...」
「喫煙所は、レジ横にアクリル板で区切られたあそこになります。あの、小さい自販機が置いてあるでしょ。」
店員の男は、言葉に沿うようにレジの横にある喫煙所を指す。
頭しか見えないが、先客がいるみたいだ。
「あそこです。」
喫煙所。我々喫煙者からしたら砂漠に突如現れたオアシスのような言葉の響きに、煙草を吸いたい欲求が沸き上がる。
「あ、ありがとうございます。いきなりですみませんが煙草を先に吸ってもいいですか?」
男性は、その言葉を聞いてさらに口角を上げると
「もちろん。いいですよ。何か聞きたいことがあったら遠慮せず聞いてくださいね。」
ありがとうございます。と一礼すると喫煙所へ歩を進める。
商品棚で整理された店内を通って、喫煙所へと歩いて行く。
棚の上には、歯車や、薬剤のような瓶、綿棒みたいなものから、プラスチックの箱など見たことが無い商品が所せましに陳列されている。
何に使うかわからないけど、これ全部エアガンに使うためのやつなんだよな。
首を左右に振りながら商品を観察しながら、棚の道を抜け、レジを曲がって、透明なアクリルの壁に囲われた喫煙所の扉の前まで来る。
扉の天井と地面を見ると横にレールがついているのが見えた。
引き戸か。
取っ手を持ってゆっくりと扉をスライドさせると静かにスーっと擦れる音が聞こえる。
喫煙所には、小さめのコカ・コーラの自販機が奥に設置されており、空気清浄機が2機フル稼働し、小さめのテーブルに、使い込まれたガラスの灰皿と黒い筒形の灰皿で、13日の金曜日に出てきそうなフォントで白く書かれた「NO Smoke NO Life」がまがまがしさを演出している。
椅子は4つも用意されており、すべてに背もたれとクッションが用意されていた。
自分の背丈ほどある観葉植物と窓から入る太陽の日差しが心地よい。
そんな快適空間にいるもう一人の男性は、真正面に位置する所に座って腰だけを浮かせて咥え煙草をしながら、灰皿の周りに落ちている灰を小さい箒と塵取りを使って掃除していた。
周りの灰まで取ると、ガラスの灰皿にすべての灰を捨てる。そのタイミングで声を掛けた。
「おはようございます。」
先客は、一度こっちを見ると無言で箒と塵取りを所定の位置に戻し、咥えていた煙草を灰皿に押し付けると立ち上がり、礼儀正しく一礼し
「おはようございます。」
挨拶をしてくれた。
「お邪魔してもよろしいですか?」
と、告げるとポケットに入れてた煙草を取り出すと顔の横に持っていく。
「いえいえ、ここは喫煙者の場所ですから気にせず、どうぞご遠慮なく」
男性は、右手を差し出し開いてる椅子を指す。
「失礼します。」
勧められた椅子の背もたれにもたれながら、静かに座り、煙草を一本取り出す。
本体の差込口に差し込むと電源を入れ加熱されるのを待つ。
男性は、テーブルに置かれた煙草とジッポーを同時に取ると、煙草を一本取り出して咥えるとジッポーで火を付け灰に煙を入れると口から吐き出した。
「加熱式は吸うまで、時間かかっちゃいますよね。」
会話の糸口を探るような問いに、俺は、こう返す。
「自分も前まで紙煙草だったんですけど、チェーンスモーク状態になっちゃって本数なかなか減らせなかったんですよね。だから、コッチに変えました。」
握っていた本体を軽くスナップさせる。と、同時に本体がバイブレーションで準備が完了したことを教えてくれる。そのまま口持っていき今日初めての一服を楽しみだした。
「本数。変わったんですか?」
男性は、驚きながら捲し立てるように聞いてくる。
「自分は、なんですけど。どうやら吸うのに一手間かかると本数減るっぽいんですよね。めんどくさがり屋で助かりました。」
吸い途中の煙草を眺めながら
「俺も試してみようかな。」
そう呟くと男性は、蓄えた煙草の先の灰を人差し指で灰皿に向けて落としながら話を続ける。
「そういえば、今日は、何を買いに来たんですか?」
どう答えるか考えた末、正直に答えようと思った。
「実は、サバゲーに興味があってどんなものかと思って見学に来たんです。」
初めて大学に入った時のような緊張感。村八分みたいにされるんじゃないかと不安を感じてしまい、相手の返答に身を構える。
すると、男性は、淡々と話し始める。
「いいですね。見学。初めての人はウェルカムですよ。業界が盛り上げる為には新しい人にどんどん入ってきてほしいですからね。」
男性は、まだ吸える煙草を消すとすぐさま二本目を咥え間髪入れずに火を灯し、紫煙を吐き出す。
良い返答に心の中で一歩前に歩みを進める。
「サバゲーって一人で出来るもんなんですか?」
白煙を吐き出しながら男性に問う。
男性は、紫煙吐き出しながら答えた。
「出来ますよ。サバゲーフィールドっていうお金を払って場所を提供してくれるところがあるんですけど、そのフィールドが開催している定例会ってやつに参加すれば出来ます。」
「一人じゃ出来ないのか…。定例会ってお金かかるんですか?」
「かかりますよ。フィールドによって金額は違いますが一日3000円から3500円ですね。」
「へぇ、遊び放題なんですか?」
「フィールドのスタッフさんが遊び方を考えてくれて、それに合わせて参加者が遊ぶ形ですね。一日フル参戦したら表と裏のワンセットでだいたい9回ぐらいですかね。ゲーム数に合わすと18回になります。」
「意外と少ないんですね。もっと遊べるものかと思ってました。」
「体力使いますからね。」
思い出し笑いしたような顔をしながら男性は話を続けていく。
「初めての人だとテンションあがりすぎて初めのゲームでグロッキーになる人もいるぐらいです。」
煙草本体が、バイブレーションで吸い終わりを静かに気付かれないように知らせてくる。吸い終えた煙草を抜き取ると男性は、黒い筒形の灰皿の差し出してくれた。
ありがとうございます。と、一礼すると、吸殻をその筒形の灰皿にダイブさせる。
「そんな激しいんですか?」
「遊び方によりますけど、人によっては、毎ゲーム走り回りますからね。終わった時は、ヘトヘトです。」
確かに、昨日の夜見た動画では走り回って子供のようにはしゃいで遊んでいた人たちが映し出されたのを思い出す。自然と、へぇー。と、口から声が出ていた。
「もし、良かったら私が使ってるエアガン撃ってみますか?」
ん?何て?
男性が、悟られないように一瞬左右に目を泳がすのを俺は、見逃さなかった。
「今、車の中にエアガンを持ってきてまして。調整しようと思ってたところだったんです。実際に触ってみて感触を確かめるのもいいですよ。もしよろしければ、如何ですか?」
厚意に甘えすぎるのも良くはない気がするけど、せっかくの誘いを無下にするのも良くないか。
「そういうことなら、ご厚意に甘えさせていただいてもよろしいですか?」
「それじゃぁ、今持ってきますね。少し店内で待っててください。」
男性は、そう言うと立ち上がる。それに続くように煙草と本体をポケットに入れ立ち上がる。
「それじゃあ。自分は、その間少し店内見学してますね。」
俺らは、喫煙所から出る。
「オーナー。レンジ借りるよ。」
すると、掃除中だった黄色のエプロンを付けたオーナーが手を止める。
「あいよ、ガクさん。お金は後払いで。銃。取ってくるんでしょ。鍵用意しておくよ。」
ガクさんと呼ばれた男性は、ポケットから財布を出したが、了解。と短く答えると再度ポケットに財布をしまう。
ガクさんは、そのまま店の外へと出ていきオーナーとすれ違う。
そのままオーナーはレジのほうに向かって歩いて行った。
改めて、店内を見回すと、ログハウスならではの木材の優しい空間に規則的に並べられた商品が敷き詰められている。棚には、様々な商品が、綺麗に陳列されており、奥の壁には、映画のように壁掛けされたたくさんのエアガンが男心をくすぐる。
昔、銀玉鉄砲で刑事ごっこをしたのをふと思い出した。
反対側の手前の壁には、アクション映画で良く見る戦闘服やベストなどを着たマネキンが店内を警備するかのように並んで設置されていて、その横にベストのようなものや動きやすそうなパンツなどが壁に打ち付けられた棚に綺麗に畳まれている。種類も豊富そうだ。
レジカウンターにはレジスターが見えない代わりにIpadがあり、その横にハンディタイプのバーコードリーダーが置かれている。
その前にある天秤量りの片方には金貨が鎮座し、上がり切ったそのシーソーの先には何も置かれていない皿は釣り合う物を待っていた。
そして、天井には、シーリングファンが店内BGMとスウィングするようにゆっくりと回っている。
こだわりを感じるなぁ。と思っていると、レジに向かう途中のオーナーが目の前を通り過ぎろうとした。
「無理な勧誘されなかった?大丈夫?」
そのまま、オーナーは通り過ぎ、レジへと向かい奥へと消えていった。
「少し、びっくりしましたけど無理な勧誘ではなかったですよ。」
レジ奥に消えたオーナーに聞こえる様に声を張って、正直に答えた。
微笑みが見えるため息の後にオーナーの声は続く。
「ガクさん。少し先走るクセがあるから、人を騙すような人じゃないから安心して。」
ハハハと後ろ頭に手を回す。
「まぁ、落とす人ではあるけどね。」
落とす?ん?
何かを閉める音の後、缶ジュースを一本づつ両手で持ったオーナーが、レジ奥から現れるとそのままレジカウンターに置き、よいしょと言いながらレジ下に隠れると、右手だけが、レジカウンターに現れカタンと何かを置き、続けてオーナーが現れる。
その一連の動きを見ていると、ふと横目に不自然に出っ張った棚に妙に惹かれる。その棚に招かれるように足が進みだす。
棚の正面に立つ。
それは、普通の本棚で、エアガンを売ってる店としては似つかわしくない難しそうな本が沢山置かれている。
英語、アラビア語、日本語、ポルトガル語。様々な言語で書かれた本のタイトルが陳列されているその本棚は、店内の商品と見比べるとあまりにも異質だった。
「これ、売り物ですか?」
思わず、オーナーに話しかけてしまう。
「いや、それは違うよ。私物みたいなもんかな。」
何故か、ちょうど目線の段にある真ん中に六法全書が置いてある。
「博識なんですね。」
「いや、そこにある本は全部読んだことないですよ。」
オーナーはそう答える。
「え?読んだことないんですか?」
「うん。そーゆー難しい本読むと目が回っちゃうんですよ。」
そう言うとオーナーはけらけらと笑う。
何か腑に落ちない。かゆいところに手が届かないむず痒い気持ちになっていると、チリンチリンとベルが鳴る。
鳴った方向に顔を向けると、ナイロン製のギターケースのようなものを背負ったガクさんが現れ、そのまま真っすぐにレジカウンターへと向かい棚に隠れていた体が現れると、黒い長方形のプラスチックケースを持っていた。
成人男性のおよそ半分ぐらいある長さのそのケースを一度床に置くとレジカウンターに置かれた何かを取る。
「オーナー。それじゃあ、お借りします。」
ガクさんはオーナーに言う。それにオーナーは答える。
「ごゆっくりどうぞ。あと、これ、サービス。」
「すいみません。遠慮なく頂きます。」
ガクさんが、軽く会釈する。
「ガクさん二本も持てないから持ってあげて。二人でレンジで飲んでください。」
オーナーがこっちを見て笑顔で言う。
「あ、ありがとうございます!」
テクテクとレジカウンターに向かいジュースを二本手に取る。
「そういえばレンジってなんです?」
思い出したように目線を右上に逸らしたガクさんは僕の顔を見て答えた。
「シューティングレンジの略称で、射撃練習場。ですかね。よくハリウッドの映画とかで警官が並んで撃ってる場所わかります?そんな感じです。それのエアガンバージョンです。」
映画と言う言葉の響きで、心が躍る。
「しかもここのレンジは業界でもトップレベルのクオリティなんですよ。ねぇ、オーナー?」
続けてそう言うとオーナーのほうに首を軽く振った。
「店内レイアウトの何倍も金かけたからね。自信持って提供できるレンジだね。」
どや顔を決めているオーナーを見てると、余程自信があるみたいだ。
「それじゃぁ。行きますか。」
床に空いたでかいプラスチックケースを持つと、ちょっと前失礼しますね。と言う。
無意識に体を壁につけてしまう。ありがとうございます。とガクさんからお礼を言われると先ほどの本棚の前に立った。
「私の後ろに立ってもらえますか?」
と、言われたので、素直に従ってジュースを持ったままケースに体を当てないように慎重に回り込みガクさんの後ろに立つ。
ケースを再度床に置くと、反対側の手に持っていた物を見せてくれた。取っ手が丸く細い真鍮製のスケルトンキーに地球儀のように半円の真ん中に青い石があしらわれているチャームが顔を出す。
「鍵なんてどこに使うんですか。」
「この本棚です。」
鍵穴なんてどこにあるんだ?
俺の頭の中のモヤがかかっているのを、ガクさんは特に気にすることなく、本棚の上から3段目ちょうど目線の真ん中にある段の六法全書を引き抜く。そこには、鍵穴がポツンと異世界に続く扉のように佇んでいる。
「え、もしかして。」
「そう、もしかして、なんです。」
ガクさんは、鍵穴に鍵を差し込むとゆっくりと左に回す。
映画のワンシーンにありそうな展開に心臓の鼓動も早く打ち始める。映画の主人公ってこんな気持ちなんだろうか。
無性に掌が汗ばみ、少し歯を噛みしめてニヤける顔を引き締める。
完全に回り切り、カチリ。何かが動く音がすると、本棚全体が横に静かにスライドし、隠された空間が姿を現す。
「おぉぉぉ...」
感嘆のため息しか出ない。
そこには、数メートルしかないが廊下が現れた。
明かりが全くない暗い廊下、その空間の先にすりガラスドアが見え、そこからはいる陽の光が、地面を照らし続けている。
「さぁ、行きましょうか。」
そう言うとガクさんは鍵を首から下げ、六法全書をもとの場所に戻し、ケースを持つ。
ガクさんが、歩き始めるのを確認してその後ろについて足を出す。
「楽しんでくださいね。」
横からオーナーの見送りの声を聴きながら、隠し通路へ吸い込まれていく。
店内の温かい有機的な空間から冷たい無機質な空間。
この先の見た事の無い非日常に期待感が高まっていき、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。
ガクさんの手がドアに向かいノブに手を伸ばし、ドアを開けそのまま進む。その後ろを少し間を開けて付いて行く、ドアを越えて外に出ると思わず立ち止まってしまった。
ゴルフの練習場のような片方が解放された半屋内の施設がそこにはあった。
屋内側はコンクリートで作られており、少し屋外側にせり出ている屋根が日差しから身を守ってくれている。壁側には、ワークベンチと添え付けの受話器が設置されていて、ワークベンチには、様々な工具が付属の壁にぶら下がって大小含め用意されている。
壁には、等間隔にはめ込まれた非開放式の窓があり、指す陽の光が屋根にさえぎられた薄暗い空間にささやかな明るさを提供していた。
壁に寄せる様に置かれた2つのテーブルに、ガクさんは、2種類のケースを置いた後に、体を俺に向け両手を広げる。
「業界ナンバー1と噂されるAMATERASUシューティングレンジへようこそ。」
足の歩を進めシューティングレンジに入る。
屋外側は、地面には砂利が敷かれ。一番手前に人の上半身が象られた金属プレートが3人等間隔に立っており、その奥には、車の廃タイヤで作られた2m程の高さの壁が築かれ、真ん中に道を作っている。その先には、縦に等間隔に人に象られた金属プレートが立っていた。
金属プレートの下には、ここからでも見えるように奥から赤文字で書かれた50、40、30、20、10の看板が置かれている。
見た事の無い非日常的な施設に皿に心は踊る。
「なんか、映画の世界みたいですね。」
思わず口から本音が零れる。
「自分もここに来た時ワクワクしました。正直、一日ここにいても飽きませんよ。」
パカン。パカン。何かを開ける音がする。
両手の体温が急激に下がるのを感じると両手に缶ジュースを持っていることを思い出した。
掌はすでに冷たくなっている。
「す、すみません。これ、どこに置けばいいですかね?」
俺は、ガクさんに聞く。
え?とガクさんがこちらに振り替えると
「ご、ごめんない!冷たいっすよね。このテーブルに置いてください。」
ガクさんが使っている隣のテーブルを指差す。
俺は、指示通りに缶ジュースを置いて、冷えた缶に付く大量の結露を見ながら、生唾をゴクリと飲み込むと、何気なくガクさんが使っている隣のテーブルに視線を移す。
そこには、先程のケースの蓋が開いており、中身がこちらからでも少し見えている。
俺は、少し体をガクさんに寄せて、中身を覗き込んだ。
銃が3本。
一つはピストル。もう二本は軍隊が持っているような長い銃が、綺麗に置いてある。
黒いピストルに二つの単眼鏡がついた黄土色っぽい銃と同じように二つの単眼鏡をついた敵役が持
ってような銃がある。
これが、エアガン。本物みてぇ………。
「これが、エアガンです。ちょっと遊ぶ為の準備をするんでちょっと待っててください。」
ガクさんはどこからか持ってきた折り畳み式のアウトドアチェアを持ってきて俺の後ろで、展開し
た。
「座って待っててください。」
言われるままに椅子に座る。
無言で、作業するガクさんをただ黙って見る。
銃の後ろを分解して、もう一つのギターケースのようなケースのポケットからコネクタが伸びた黒い物体を手に取り、分解した所に入れると、ひょっこっと顔を出していた雄側のコネクタに接続する。
そして分解したものを組み合わせ、銃を手に取ると、カチリと何かを鳴らすと誰もいない方向の地面に銃の先を向けてバン!とエアガンを鳴らした。
そのまま同じ位置に銃を戻すと、次は、もう一つの銃に手を伸ばす。
銃の前にある木製のように見える部品を外すと、中に空洞があり、先ほどの銃と同じように雄型のコネクタがひょっこりと顔を出す。同じ場所のポケットから先ほどとは大きさが違う黒い物体を取り出し雄型のコネクタに接続し、手慣れた手つきで部品をまたはめる。
銃の真ん中らへんにあるレバーをスッシャと、引くと同時に何かと金属が擦れるような音を出しながらそのままカチャと、また鳴らすと誰もいない方向の地面にエアガンをバンバンバン!と3回続けて鳴らした。
そして、そのまま元あった場所に戻す。
またギターケースのようなケースのポケットから若干左歪曲した長方形の黒い箱とバナナみたいな黒い箱を二つ取り出し、テーブルに置く。
続けて、鷲黒い長方形の箱を一つジャラジャラ音を鳴らしながら一つ、そして白い球体がでかでかと描かれている0.25gと書かれた袋を取り出すと二つの銃の真ん中に座らせるように置いた。
黒い長方形の箱を左手に持ち右手で若干歪曲した長方形の箱を持つと、上から差し込む。
そのまま上下を反転させ黒い長方形の箱に収納されている取っ手を展開するとそのまま時計回りに回す。すると、カリカリと子気味いい音が鳴り始めた。
「今、BB弾を装填してるんでちょっと待っててくださいね。」
途中で、音がガリガリと音が重くなると取っ手を回す手が止まる。上下をまた反転させ元の位置に戻すと差し込んだ長方形の箱を抜く。
「とりあえず、一つ目。準備できました。こっちに来てください。」
と、ガクさんは言うと、長方形の箱と最初に準備した黄土色っぽいエアガンを開いてる手で持つとシューティングレンジの真ん中らへんに立つ。
「それじゃあまず、エアガンの遊び方を説明しますね………あ、その前に」
思い出したように目を丸くすると
「そこのワークベンチから透明なゴーグルがあるので取ってきてもらってもいいですか?」
ワークベンチを指差す。
「透明なゴーグルですか?」
「そうです。」
ガクさんの返事を聞いて椅子から立ち上がり、ワークベンチを見る。ワークベンチの壁の右側にゴーグルが3つ掛けてあるのを確認すると小走りで取りに行き、ゴーグルを取って、ガクさんのもとに駆け付ける。
「どうぞ。」
ありがとう。とガクさんは長方形の箱をジーパンの右ポケットに突っ込むとゴーグルを受け取り慣れた手つきで装着する。
「お兄さんも付けて貰っていいですか?エアガンって失明するぐらい威力があるんで。保護として。」
潰れる目を想像してしまった俺は背中から嫌な震えを感じると急いで自分用のゴーグルを取り、急いで装着する。
「そんなに、危ないおもちゃなんですか?」
ゴーグルがちゃんと装着できてるか、両手で念入りに確認をしていく。
「距離によっては、青痣が出来るんですよ。」
サラリと言うと、ポケットに突っ込んだ長方形の箱を取り出すと、続けて口を開く。
「それじゃあ、改めて、実際に撃ってみますね。今、右手に持っているのはマガジンと言われているものです。弾を入れる箱です。このマガジンを銃の真ん中下部にある穴に差し込みます。」
銃を横にしてその穴を見せてくれる。そのまま穴にマガジンを差し込むと、するとカチャンと音が鳴った。
いかにも準備完了と言わんばかりの音に耳が刺激され、高揚感がふつふつと湧き始める。
「これで、いつでも遊べます。」
そのまま銃の側面が見えるように持つと左下にあるつまみを指さす。
「ここが、セレクターと言われるところです。今、つまみが下にあると思います。これで撃てるようになってます。左にあげると撃てなくなります。逆に回すといっぱい撃てるようになります。」
口で説明しながら、実際に動かして説明してくれる。動かすたびにカチリと、さっき聞いた音が鳴る。
音の正体が分かって少しわかった気でいると、ガクさんは、再度銃の後ろにあるボタンを押してエアガンを伸ばした。
「じゃあ、実際に撃ってみますね。」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、エアガン伸びましたけど、それはなんですか?」
「ん?………。あぁ、これですか。」
ガクさんは俺が見やすいようにそのストックの部分を強調して見せながら
「この後ろの伸びる部分は、ストックと言います。伸ばす事で、エアガンを構えやすくする場所です。」
ガクさんは、実際にストックを伸ばした状態で肩に押し付けて見せる。
「ストックにもいろんなものがあって、伸び縮むタイプもあれば、固定されてるタイプもあるんです
よ。」
そのまま、右肩にストックを押し当て、セレクターの下にある棒を右手で握る。
左手をそのままマガジンの前から伸びる銃身の根本に延ばし、手でCの字を作って強く握る。
がっちりとエアガンを固定させると、棒を握っていた右手を放し手前にある単眼鏡のようなものを横に倒す。
そのまま右手を奥にある単眼鏡に手を伸ばし、横にあるダイアルを手前に回した。
チッ、と一回鳴ったところで止めると、改めて棒を握り、人差し指を引き金に延ばす。
エアガンの先は人型にくり抜かれた標的に向き、ガクさんの頬は銃の底にめり込むように乗っかっている。
時の感覚を忘れるような緊張感が、辺りを包んだと思った刹那。
銃が、バン!と吠えた。
発砲音に続くように金属に何かが当たった乾いた音が正面から一回鳴ると、もう一度バン!と鳴り、金属に何かが当たった乾いた音が、鳴り響く。
金属音が鳴り終えると、ガクさんは、構えてた銃を降ろしセレクターを見ずに操作して、満足そうな顔を俺に見せながら
「こうやって遊びます。」
と、笑顔で言う。
マガジンを抜き、エアガンを目の前に差し出され、試しに撃ってみてください。とガクさんは言う。
俺は、エアガンを両手で受け取ろうと手を伸ばす。
「少し、重いですから気を付けて下さい。」
ガクさんの言葉に短く、はい。と答えると差し出されたエアガンの両端を両手で丁寧に握り込む。
その動作を確認したガクさんがゆっくりとエアガンから手を離す。
ズシッと来る銃の重さにしっかりと受け止める。
初めてのエアガンの感触は、エアガンの前の部分は素材が金属らしく、ひんやりしており、後ろの部分は、金属のような感触は感じられないが、非常に硬い素材で出来ていた。
「これって、全部金属で出来てるんですか?」
「いえ、金属とプラスチックですね。」
そう言いながら、マガジンをガクさんは差し出してくる。
「全部、金属で出来てると思ってました。本物もそうなんですか?」
受け取ったエアガンを左手で抱えると、空いた右手で、マガジンを受け取る。
「金属の他にも木製、プラスチックパーツを使ってますよ。」
「へぇ。そうなんですね。」
抱えたエアガンの先っぽを見ると、使い込んで出来た傷なのか、銃口の周りに付いた細かい傷から銀色の肌が、覗いている。
ガクさんが手を一回叩く。
その音に釣られ、ガクさんの方を向くと
「さ、マガジンを装填して実際に撃ってみましょう。」
と、笑顔で俺に催促する。
マガジンをエアガンに装填するんだったっけ?
右手に、マガジン。左手に、エアガンを抱えている状態から、どうやって装填するか悩んでいると、
「マガジンを預かりますよ。」
ガクさんの右手が、伸びてくる。その右手に、マガジンを預けて両手でエアガンを持つ。
「グリップも持ってエアガンを立てると入れやすいですよ。」
「グリップ?」
「グリップって言うのは、エアガンの下に伸びてる握る棒の事です。」
エアガンの真ん中らへんから生えるように伸びている棒。これが、グリップか。
ざらざらしたプラスチックの感触を感じながらグリップを握り、腕を90度上に曲げてエアガンを立てるように持つ。片手で持つとふらつき始めて倒れるの恐れて咄嗟に左手をエアガンの上に添えて支える。俺の姿に何故か満足げなガクさんが、おもむろに口を開く。
「お兄さん。その構え、様になってますよ。かっこいい。」
そう言いながら再度マガジンを俺に差し出して、
「マガジンをその穴に装填してみてください。」
添えてた左手を離して、右手でしっかりとエアガンの重さを支えて固定させるとマガジンを受け取りマガジンの挿入口が、顔の真横にあるのを確認して、マガジンを差し込んでいく。
「音が鳴ったら入った合図です。」
マガジンを置くまで差し込むと、少し抵抗を感じ、力を入れ、さらに奥にまで入れ込んでいくと、ガチャと音が鳴る。
「それで、入りました。エアガンを持つ時は、銃口を人に向けないようにしてください。誤射して怪我をする、させる可能性があります。」
人を傷つける可能性がある。
それを思い出し、ガクさんと向かい合っていた体とエアガンを標的に向ける。
「それじゃあ。構えてみましょう。」
ガクさんは、見えないエアガンを取り出して虚空を構え始めた。
「エアガンを構える時は、エアガンの後ろ。つまりストックを右の肩に付けます。」
ガクさんの言葉に倣ってストックを右肩に付ける。
「そうしたら、右手で、グリップを握ります。」
グリップを握り。
「左手をエアガンの前の方に伸ばして真ん中あたりを握ってください。」
エアガンの前の方を握った。
「エアガンの上に黒い筒があるんですけど、その中のレンズ覗けたりしますか?」
エアガンの上にある黒い筒………。エアガンの真上に二つ、仲良く縦に並んでいる。
「あのー。これは、どっちの筒ですか?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと失礼。」
ガクさんが近づいてきて、手前の黒い筒を横に倒す。
「この筒の中を覗いて見てください。」
後ろの黒い筒が倒れて前の黒い筒が残される。黒い筒から覗くレンズにエアガンを顔を近づけて、レンズを覗く。度が入ってない単眼鏡のような風景に不自然な赤い点が光っている。
「お兄さん。その覗き方だと疲れちゃうんで、構えたままストックの前に平たい皿みたいなスペースに右頬を置いて見下さい。」
もう一度、構え直す。丁度顎の右下辺りにガクさんが言ってたスペースがある。そこに向かって右の頬を持って行く。
「赤い点。見えます?」
「見えます。」
「その赤い点を一番近い標的の頭に合わせて、グリップの先にある引き金を右の人差し指で弾いてみてください。」
赤い点を人の形をした標的の頭に赤い点を合わせ、右手の人差し指をゆっくりと伸ばし、引き金を撫でながら指を掛けていく。
心臓の鼓動が早くなり掌からじわりと汗で湿って来る。自分の心臓を落ち着かせるために深呼吸をして、トリガーに掛けた人差し指に力を入れた。
?
トリガーが動かない。
何度か、力を入れてもやっぱりトリガーは動かない。壊したか?今度は、背中に冷たい汗が一滴這うように下に伝っていく
「あ、ごめんなさい。セーフティかかってました。」
セーフティ?
グリップの上にあるつまみを思い出し、構えを解き、銃を傾けセレクターを確認する。セレクターは左を向いている。
「これは、どうしたらいいですか?」
俺の問いにガクさんがセレクターを指差して説明を始める。
「セレクターの出ている棒が右を向いてる時が安全装置が掛かってる状態。つまり撃てません。一回動かして下を向いてる状態が、セミオート状態になって、引き金を一回引くと一発しか出ません。そして、もう一回動かすと、フルオート状態になって、引き金を引き続ける限り、撃ち続ける事が出来ます。」
セレクターを摘まみ下に動かす。
「それで、オーケーです。」
息を深く吸い込んで短く強く吐き、再度銃を構える。
筒の中身を右目視線のど真ん中に入れ、赤い点をターゲットの頭に据える。
再度、トリガーに掛かった人差し指に力を入れていく、トリガーを引いてる感覚を右人差し指に感じながら徐々に徐々にトリガーは下がっていく。
スイッチに触れた感覚と共に銃は、鋭く静かに鳴るギア音と共に空気が割れるような乾いた音がなる。その刹那が過ぎ去った時、甲高い鐘のような金属音がプレートから耳介から外耳道を通り鼓膜にぶつかってくる。鼓膜は震えその震えが広がり体全体微細に震えるように感じ、自然と目を瞑ってしまった。
「すげぇ。。。」
この瞬間の感覚をかみしめるようにエアガンを構えたまま頭が後ろに倒れて視界が、空と天井のモノトーンが、視界を覆う。
「続けて撃っていいですよ。」
その言葉を聞いて、頭を上げる。
「いいんですか?」
「どうぞ。どうぞ。」
ガクさんは、手で催促する仕草をしながら終始笑顔で勧めてくれる。俺は、遠慮なくエアガンを構えると、2回、3回続けてトリガーを引いてエアガンの感触を噛みしめていく。
BB弾が標的に当たる度に、カン、カンと鐘の音に似た音が鳴る。
夢中になって銃を撃つ、他の雑音は遮断され、発砲音と金属音の器楽曲が流れていく何度目かの小節で金属音は無くなり、1オクターブ高くなった破裂音だけが響いた。
「弾切れですね。」
ガクさんはそう言う。
集中力が体から抜け落ち、興奮が冷めていく、頭が少しぼーっとしながらエアガンの余韻を感じていると
「今度は、これを試してみてください。」
ガクさんが、間髪入れずにエアガンを俺の前に差し出し、釣った魚を自慢するようにエアガンを見せつけてくる。そのエアガンは、金属と木製風部品で構成された黒いエアガンは、今持っているエアガンより想像してた銃のイメージに近い。木製風部品から二本の銃身が一つになっているフォルムがカッコいいと感じる。
今持っているエアガンを左手で抱えて右手を開ける。ガクさんがエアガンを縦に持ち替えて俺の右手に持ってくる。
入れ違いの形でガクさんは俺が抱えたエアガンを掴んで来る。俺の左手に乗ったエアガンの重みが消えたの感じて力を抜いて、右手で差し出された黒いエアガンをしっかりと右手で受け取る。
「このエアガン重いから気をつけて下さいね。離しますよ。」
その言葉でエアガンを受け取った右手に力を入れる。
「オッケーです。お願いします。」
ガクさんが手を離すと思った以上の重さに右手が一瞬重力に引っ張られる。落とさないように急いで空いてた左手を下に潜り込ませて落とさないようにしっかりと支え、抱え込んだ。
ガクさんは、受け取った銃を後ろのテーブルに置き、バナナ状のマガジンを持ち差し出してくる。
そのマガジンは、さっき撃った銃のマガジンとは明らかに違った。マガジン上部左側面コの字部品と右側面にLの字の部品が付いていてさらに両手を使っても隠れないぐらい長くバナナのように曲がっていた。
「このマガジンを入れるには少しコツがいるんです。」
「これがマガジンなんですか?さっきと形が全然違いますね。」
俺は、そう言いながら出されたバナナマガジンを受け取る。
「そうなんですよ。西のM4東のAK-47ってね。さっきのは、アメリカとで主流だったM4っていう銃の系統で、このバナナみたいなマガジンは、ソ連やロシアとかで主流だったAK-47系統で使われている形になんです。」
「だった?」
手に取ったバナナマガジンをまじまじと観察する。
「今は、M4系統もAK系統もどこでも手に入るみたいですし、AKに至っては現在テロリストメインで使われてるイメージが強いですね。」
ガクさんの説明を聞きながら、マガジンをエアガンに装填しようとするが、奥で何かが邪魔してガチャガチャと音がする。
「お兄さん。そのマガジン。入れ方にコツが要るんです。マガジンの先を見て貰ってもいいですか?」
入らないマガジンを取り出して、マガジンを立てて上から覗く形で見ていく、先程のマガジンとは明らかに形の違う少し複雑な作りをしている。
「横から見てみてください。」
視点を変えて横から見る。
「マガジンの先がコの字になってるの分かります?」
「はい。」
「それを装填口の中の先端に押し付けて、引っ掛けてください。」
コの字の部分を注意深く見ながら装填して先に入れ前に押し付けるとコの字にの部分に引っ掛かる感触を感じた。
「そうしたら、前部分を引っ掛けながら、マガジンの後ろを上げて、装填口に入れてみてください。」
引っ掛かけてからそのまま上に上げる様にするとすべて綺麗に収まった。同時にカチリと静かにマガジンは鳴る。
「あ。今、音が鳴りましたね。それで、成功です。ちゃんと入っているか確認のために軽くマガジンを前後上下動かしてみてください。固定されてれば問題ありません。」
軽く前後上下に動かす。マガジンはエアガンに固定され微動だにしない。
「じゃあ。実際に撃ってみましょうか。」
ガクさんの言葉で、エアガンを構える。グリップを握り、ストックを肩に付け、左手を目一杯伸ばし、木製風部分の先から出ている日本の銃身を握り込んだ。
受け取った時に重さは感じてたが、構えるとさらに重さを感じる。
「折角なんで、実銃準拠で構えてみましょうか。ストックの長さを変えてみましょう。ストックの下部分にレバーがあると思うんですけど、それを握り込んで引いてみてください。」
一度、構えを解いてストックを見る。下向きのL字の形をしたストックの中ほどにガクさんが言ってたレバーがある。それをストック事握り込んで引っ張ってみるとヌルっとストックが伸びていく、ストックに隠れたパイプが現れて「2」と言う数字が見えるとそれ以上先に行かなくなった。
「そのまま構えて見てください。」
エアガンを構えると先ほどより手前、丁度、木製風部分に左手が置かれる。
「そこがハンドガードって言う部品で、射撃時に高温になる銃身から手の火傷を守る為にある部品なんですよ。構え難かったらさっきの構えに戻してもらっても全然大丈夫です。」
「感覚なんですけど、なんかしっくり来てる気がします。」
じゃぁ。そのまま続けます。と、ガクさんが枕詞を置いて説明が続く。
「このエアガンは、実際の銃の操作方法を再現していて、このエアガン。マガジンを差したままじゃ撃てないんです。右側に見えるレバーみたいなやつを手前に引いてください。」
グリップを握った右手を外して右側真ん中にある銀色のレバーを握り、手前に引っ張る。
「それで放してください。パって。思い切り。」
人からの借り物をそんなぞんざいに扱っていいものか。一抹の不安を感じながらパッと放す。
シャコンと音が鳴りレバーは自動で戻っていった。
「その状態で、レバーの手前にある黒くて平べったくて長い金属っぽい部品があるの分かります?」
構えたままでは見えづらく、少しエアガンを左に倒して師弟の部品を確認すると摘みを親指と人差し指で挟む。
「そうです。そうです。そのまま一回だけ下にスライドさせてください。」
小気味いい鋭い金属音と共に下げたのを確認して、ガクさんの方を見る。
「それで、フルオートが撃てます。適当に撃ち続けてみてください。」
エアガンを構え直し、似たような筒の真ん中に赤い光点を再度確認して、真ん中のターゲットの頭のど真ん中に光点を持ってくる。
トリガーにかけた右の人差し指を引く。2回目と言う事もあり、すんなり引けたなと思うと、急にエアガンが暴れ出し、肩が何度も叩かれるような衝撃を感じると、体全体に伝わり手も震え始めた。
それに続いて、シャコン、シャコン、シャコン………とレバー動く音が何回も鳴り続け、同時に発砲音が鳴り、何が何だか分からくなる。
1回、2回撃ってから時間も数える事も忘れ、感覚、聴覚、触覚3つを刺激してくるのだろう。先ほどとは違う情報の多さに困惑し、混乱はさらに極まる。目の焦点はブレにブレ、筒の中の光点が、小刻みに震えて、狙うどころの話ではなかった。
もし標的に当たったとしても、あの気持ちい鐘の音に似た音に気付かないだろう。それだけの衝撃的な体験だ。
どれぐらいたったのだろう疲れてしまいトリガーから指が離れ、思わず構えを解いてしまう。息使いが少し乱れ、疲れは興奮へと変わる。
「これ、すごいですね。」
ガクさんの顔は嬉しそうに崩れる。
「すごいでしょ?」
「振動?って言ったらいいんですか。撃ったことないけど実際の銃撃ってるみたいな感じでした。」
「それは、リコイルって言います。映画とかで銃を撃った時に俳優の人が後ろにのけぞったり体全体が震えてたりするでしょ?それをエアガンで再現してるんです。」
おもしろい………
「続けて撃ってみてもいいですか?」
「もちろん。でも、マガジンは交換しましょう。これと交換してください。」
「これマガジンを外す時はどうしたらいいですか?」
「あー。そうでした。まだ、教えてなかったですね。マガジンと引き金の間に小さいレバーがあるのわかりますか?」
言われたところを覗いて見ると、ビーバーの前歯のような平べったい辛うじてレバーと言える部品
が申し訳なさそうに顔を出していた。
「マガジンを握りながら、親指でマガジンを押さえる様にそれレバーを引いてみてください。」
「マガジンを握りながらですか?」
「そのままそのレバーを押してしまうとマガジンが落ちて壊れる可能性があるので、補助の意味です。」
「なるほど。」
マガジンを握りってレバーを引くと、マガジンがふわりと落ちてくるよう握った手に全体体重を預けてくる。
「そしたら、マガジンが外れます。」
外したマガジンと差し出されたマガジンを交換する。
「入れ方もう一度説明しましょうか。」
頭の中で教わったマガジンの入れ方を再生する。
「前に引っ掛けた状態で後ろにインサートする………。大丈夫そうです。」
「じゃあ、続き、楽しんでください。」
ガクさんの笑顔に見守れながら、ゆっくりと先程の動きをトレースするように、マガジンを装填し、気合を入れてエアガンを構える。
リコイルに耐えられるようにマガジンに添えていただけの左手をハンドガードに手を伸ばししっかり力を入れ肩にストックを押し付けた。
セレクターを一番下にして筒の中の光点を標的の頭に添える。
頭の中を真っ白にするように深呼吸をして呼吸を整えるとトリガーに掛けた左指に力を入れた。
エアガンの動作音と発砲音が同時に発せられると殴られたような衝撃が肩に来て、しっかりと光点をブレさせないようにしっかりハンドガードを握り込む。それと同時に鐘の音を甲高くしたカン!と言う音が俺の耳に届いていた。
その音が、俺の心を躍らせる。気付いたら何度も、何度も、何度も引き金を引き音楽を奏でる様にエアガンが発する音と鐘の音のような着弾音が交互に鳴り響いた。
その音楽に飽きて来た時に射撃を止めて、セレクターを上に一度上げると今度は引き金に掛けた人差し指を、グッとトリガーに押し続け続ける。
エアガンは鳴り響き、俺の肩は何度も震え、周りの音がエアガンだけになると遠くの方であの鐘の音が厳かに数度鳴る。
撃ち続けて、数秒。エアガンは壊れたかのように、突然動きを止めた。
俺は構えを解いて、エアガンを見ながら一度引き金を引く。なにも反応は無い。
え?
もう一度引き金を引いた。何も反応が無い。
「この銃は、オートストップ機能ってのはあるんです。」
ガクさんの手がエアガンを要求するように手招きしているのを見て、俺は、ガクさんのその手に置いた。
「マガジンを外して、新しいマガジンを入れる。」
マガジンを外す動作をしたと思ったらそのままスライドして入れ替えるような形でいつの間にかマガジンの装填を終えていたガクさんは、空のマガジンだけを前に抜き出すと、適当なポケットに押し込む。
「このままじゃ撃てないんです。」
俺に見やすいように半身で構えて引き金部分を強調すると続けて二回引き金を引いてみる。エアガンはうんともすんとも言わない。
「けど……」
と、言うと俺の数倍の速さで構えを取ると、左手が、エアガンの反対側に下から回り込んでいた。
続けてエアガンの真ん中にあるレバーを引いた後が一瞬聞こえたと思うと、すでに、完璧に構えたガ
クさんはすでに標的にエアガンを向けており、短い間隔で二回の発砲音と着弾音が聞こえると、上半
身だけ左に少し動くと続けて2発。当たったのを確認して今度は上半身が右に大きく触れると、機械
の様にビタリと止まり、また2発。演武のような射撃の仕方に俺は、ため息をつくしかなかった。
「こうやって、ボルトハンドルを引くと。撃てるようになるんです。」
すげぇ…。
「あ!ごめんなさい!ボルトハンドルっての言うのは、エアガンの真ん中にあるレバーの事です。」
ガクさんがエアガンを逆さにしてボルトハンドルを指差していた。
「え?あ、そうなんですね。」
「たまに、マニアックな名称が出てきちゃうんです。ごめんなさいね。そうだ。ちょっと待っててください。」
ガクさんは、一度テーブルに向かい、外したマガジンに弾を込めて、片手にマガジン。片手にエアガンを持って戻って来る。
ポケットに入れてた空のマガジンと手に持っているマガジンを交換し、空マガジンを装填し一度、
標的側に向けて撃つ。オートストップが掛かったのを確認するとそのまま俺にエアガンを渡してきた。俺は、それを受けとった。
「マガジンを外してください。」
俺は、エアガンを立ててマガジンを外すと、空の手が伸びて来て、無言で空のマガジンをその手に乗せると、再度BB弾が装填されたマガジンを差し出された。
空いた手でマガジンを受け取る。
「じゃあ。そのマガジンを装填して、ボルトハンドル。真ん中のレバーを引いてください。」
3度目のマガジン装填を行って、左手と腹でエアガンを支えながら右手でボルトハンドルを引く。
「それで、オッケーです。もう撃てますよ。」
エアガンを構えて、セレクターを真ん中に合わせる。
標的に筒の中の赤点を標的に合わせ、引き金に力を入れて引き切る。
たまに外しては、力を入れ直し、ガクさんの真似をして左右に身体を振って他の標的に弾をばらまいて行く。
ガクさんの真似をして体を振る度にエアガンが遠心力に耐えられず銃身がブレブレになる。
真似をして初めてわかるガクさんのすごさに改めて感心させられ、大人しく正面の標的に狙いを定め、セレクターを一番下にして丁寧に狙って、弾が無くなるまで撃ち続くける。
「気に入りました?AK-47。」
ガクさんの言葉で手が止まり、構えを解いてエアガンを標的の方行に向けながらガクさんを正面に捉える。
「なんかこう、映画の中に入った感じがします。楽しいです。」
狙い続けていた金属のターゲットが太陽の光に照らされてキラリと光る。
ガクさんは、ポケットから煙草を取り出し、ジッポで火を付けて紫煙を吐き出しながらおでこを掻きながら嬉しそうに顔を歪ませる。
「いやぁ。良かった。その言葉、最高に嬉しいです。」
両手で持つAK-47をじっと見る。
これを持ってサバゲーやる。昨日ベットの中で見た動画を自分に置き換えた映像が頭の中を流れていく。銃を持ち、走り回り、壁に張り付き、撃ち込まれる中当たらないように着弾と着弾の合間を縫って応戦する。倒れる味方。一人になり相手に突撃し、バッタバッタと敵を撃ち倒していく。
そんな都合のいい姿が、気持ちよかった。
「気になるなら、もっと撃ってもいいですよ。自分で言うのもなんですけどこんな機会あんまりないですし。」
ガクさんに声をかけられて現実に引き戻される。
「え?ごめんなさい。もう一度お願いします。」
ガクさんはフフッ、と、笑う。
その含み笑いには悪意は感じず、優しさすら感じる。
「ごめんなさい。あまりにも熱心にAK-47を見てるので気に入ってくれたんだなぁと思うと嬉しくなっちゃって。」
続けて口を開く
「弾の事気にせずに撃っちゃっていいですよ。こんな機会あまりありませんし。気が済むまで。私もやりたいことありますし。それまでなら、いくらでも。」
その好意に真正面からぶつかっていく。力強く答えた。
「是非、お願いします。」
「じゃあ、装填の仕方教えます。こちらに来てください。」
煙草を咥えたガクさんにテーブルに案内される。
そこで、マガジンに弾を入れるやり方を教わった。
この行為を「弾込め」もしくは、「装填」というらしい。その際にマガジンの説明も受ける。
バネ式と多弾式の二つがあり、バネ式はマガジンの出口から直接BB弾を装填することで、直接バネを押し込み、エアガンに弾を送り込む際に、押し込んだバネの力で、エアガンにBB弾を送り込む方式で装弾数が少ない代わりに安定して弾をエアガンに送り込むことができる。
一方で多弾式は、マガジンの8割以上が空洞になっておりそこにBB弾を流し込み、プールさせマガジン内部の下部部分から弾をゼンマイ方式で力を貯めたバネで、エアガン内部に弾を送り込む。バネ式より倍以上の装弾数を有するが、ゼンマイ式の機構を使うことで、バネの力が弱まるとバネを自力で巻かないと弾が装弾されなくなるというデメリットがある。
二つの方式に決定的な優劣は存在せず、使用者の好みによって選ばれている事が大半なのだという。
ガクさんは、バネ式のマガジンを好んで使っていた。
装弾数より確実に連続して撃てる方を選んだという訳だ。
ガクさんも細長いエアガンをギターケースのようなケースから取り出し弾込めをする。
俺とガクさんは、シューティングレンジに横一列に並ぶと気が済むまで撃ち遊んだ。
手前の3つの金属製ターゲットを連続して撃ったり、一つのターゲットに対して撃ち続けたりとわからないなりに工夫して変化を付けながら撃ち遊ぶ。
隣では、ガクさんが一発、一発ゆっくりと撃つ。一番遠い標的に対して何度も何度も撃ちこんでいた。距離が長い分撃って1秒ほどたつと遠くの方から甲高い金属音が返ってくる。
撃ち終えては弾込めを繰り返していると、どこからか電話の着信音が鳴っているのに気づく。
音の発信源を探す。
壁に添えつけられた受話器からだ。
なんか、カラオケみたいだな。
と、思っているとガクさんが取りに行く。
二言三言喋り受話器を置く。
「残念ですけど、これでおしまいです。」
ほんとに、カラオケみたいだな。
「エアガン撃たせてくださってありがとうございました。」
銃のセレクターを一番上にあげ安全装置をONにしてマガジンを外す。
「いえいえ、最後に空撃ちしてもらっていいですか?」
「空撃ち?」
「マガジンを差さずに撃つ事です。エアガンに弾が残ってないかの確認をする為に行う行為ですね。」
言われた通り、空撃ちを行う。
すると一発地面に向けてBB弾が発射される。意図しない発射に驚く。
「空撃ちの時もしっかりと銃を持って安全確認しないとだめですよ。けがの原因になります。」
ガクさんは、人差し指で俺の持つエアガンを指し、教師の様に振る舞う。
「すみません。今後、気を付けます。」
「そうですね。気を付けましょう………さて、片づけますか。」
ガクさんの指示に従い片付けの手伝いをしてると、出入口のドアから閉じる音が聞こえる。
「なんだ、先客がっちゃんだったんだ。」
声の正体は、キャップを被り、薄い色つきのメガネをかけガクさんと似たような黒いケースを持っていた。
目が合う。軽く会釈すると、こんにちわ。と挨拶してくれた。
「シバさん!」
ガクさんの声色が高くなる。
「珍しいですね。どうしたんですか?」
「調整しようと思って。組み終わったから。」
シバさんと呼ばれたメガネの男性は、黒いケースを軽く持ち上げる。
「今日は、どれぐらいやってたの?」
シバさんは、メガネを直す。
ガクさんは、スマホの待機画面を見た後ポケットに仕舞い
「えっと…1時間ぐらいですかね?」
と、平気で答える。
「一時間!?」
借り物で一時間も使わせてもらった事と体感15分ぐらいに感じてたことへの衝撃で思わず声が出る。
「だいぶ集中してましたからね。短く感じるでしょ。最後の方なんてしっかり全弾当ててましたしね。」
嬉しさと申し訳なさと恥ずかしさが同時に襲ってくる。
「本当にすみません。改めて、貸してくださり、ありがとうございます。」
深々と頭を下げる。
「頭上げてくださいよ。俺が好きで貸してるんですから、気にしなくていいですよ。楽しんで貰えてなによりです。」
頭の上からガクさんの声が聞こえると頭を元に戻す。
「そう、言ってくれると助かります。」
ガクさんは、目線を合わして笑顔になる。
「じゃあ、喫煙所で一服しますか。」
「お邪魔します。」
ガクさんは、もう一度シバさんに軽く会釈すると、行きましょうか。と、俺に一言声を掛け、店内に入っていく。俺は、一度後ろを向いてシバさんの方に向くと深く頭を下げて、ガクさんの後に続く二人は、そのままシューティングレンジから出て店内へと戻ってくる。
ガクさんに続けて隠し扉から出ると、レジで作業していたオーナーが手を休め身を乗り出していた。
「お疲れ様でした。楽しかった?」
「楽しかったです。」
思わず笑顔になる。
オーナーも俺の笑顔に釣られて口角が上がる。
「それは良かった。時間があれば店内でゆっくりしてってね。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、喫煙所使わせてもらいます。」
軽く会釈をする。
ガクさんは、レジに向かい隠し扉の鍵と1000円札を置くと
「車に荷物置いて来るので先に喫煙室に行ってて下さい。」
そう言うと、両手に長いケースを持って、店外に続くドアへと向かって行く。
それを見ながら、喫煙所へと向かい、アクリルで仕切られた壁にある引き戸を開け、中に入る。
用意された4つ椅子のうち一番壁側の椅子に腰を下ろし、ポケットから煙草と本体を取り出して、煙草を本体に差し込み起動させる。
しばしの間待機し、振動するのを待って吸い始める。
最初の煙を肺に入れ吐き出した瞬間体の奥底からじんわりと疲れが溢れ出てあっという間に体全体を駆け巡った。煙が天井にゆっくりと登っていくのと同時に、俺の体は、椅子に引き摺られるように埋もれて、テーブルに頬杖してようやく体の態勢を維持出来ていた。
ゆっくりと紫煙を楽しみながら体力の回復を待っていると、出入口のドアからガクさんが手ぶらで再入店するのが見える。真っ直ぐこちらに向かって来て、引き戸に手を当て、中に入ろうとした瞬間手が止まる。
オーナーがいるレジの方に顔を向けるとそのままレジに向かって2~3言、言葉を交わすとオーナーに手を挙げて別れると、改めて喫煙所に入って来た。
ガクさんが、お疲れ様です。と言って一番ドア側の椅子に座って煙草を取り出し火を付ける。
「どうしました?」
頬杖を突いた俺に紫煙と共に心配を吐き出す。
気張って頬杖を解いて、背筋を伸ばす。
「いや、なんか急に、疲れが。出まして。でも、今日は、本当にありがとうございました。」
頑張って伸ばした背筋は、徐々にしぼみ、また頬杖をついてしまう。
「すみません。ちょっとカッコつけられないです。」
ケタケタと笑うガクさんが、煙草に口を付け煙を肺に入れる。そして、吐き出す。
「普段使ってない筋肉使ったからじゃないですか?腕とか太もも辺り疲れ出てるかもですね。」
自分の神経を体の中に集中させる。体中に巡っていた疲れが徐々に鮮明になっていく、腕が重く太ももが少し違和感を感じた。そして、薄い膜の様に体に何かがまとわりついたような感覚が全体を覆っている。
「おっしゃる通りです………。でも、全体的に疲れてます。」
タハハと乾いた笑いを吐き出しながら、補給するように煙草に吸い付き、煙を肺に充填した。
俺とガクさんは同じタイミング紫煙を吐き出して一瞬静寂が周囲を制する。その静寂を崩したのはガクさんだった。
「ところで、エアガンに興味持ったー………。」
変なところで、言葉が詰まると少し申し訳なさそな顔色をしているのを、俺は、不思議そうに見る。
どうかしたのか?ガクさんの続きの言葉を待っていると口がおもむろに開き始める。
「その前に、自己紹介してもいいですか?」
自己紹介の言葉を聞いて頭の中で何かのスイッチが入る。
ガクさんと会って一時間以上経つが、会話の起点となるのは常にガクさんで、俺の事を「お兄さん」と呼んでいた。俺はオーナーとガクさんの会話を盗み聞きする形でガクさんという敬称を聞いていたから勝手に自己紹介した気でいた事にここで初めて気づく。
俺は、立ち上がりガクさんの目を見て
「自己紹介が遅れてすみません。」
その後、軽い会釈を交えて
「自分。分目類と言います。」
と、自己紹介を終える。
俺の自己紹介を見て、すかさずガクさんも立ち上がり
「ご丁寧にありがとうございます。」
とガクさんの目線と俺の目線が、かち合うと
「山寺と申します。山寺岳です。よろしくお願いします。」
軽い会釈を交えて自己紹介を返してくれる。
ガクさんは、ハハハ、と笑うと
「ちょっと仰々しくなっちゃいましたが、まぁ互いに座りましょう。」
と、着席を促し、俺はそれに、そうですね。と、相槌を打って椅子に座る。
ガクさんは、俺が座ったのを見てから座ると少し声のトーンを上げて話を続ける。
「ワンメさんに聞きたかったのは、エアガンに興味持った理由なんですけど、何で知ったか良かったら教えてもらえませんか?」
俺は、その問いに動画で知ったことを伝える。
「へー。じゃあそのサバゲー動画でエアガンを知ってどんなものか、ここに見学しに来たって感じですか?」
「はい。そうです。特に趣味も無かったし、休みの日も特にやることなかったので冒険感覚で来ました。」
「だいぶアクティブなんですね。それで、その冒険は楽しかったですか?」
煙草を持った右手をテーブルに差し出し、顔をこちらに向けて微笑んでくる。
「めちゃめちゃ楽しかったです。」
それは良かった。そう呟くと、2本目の煙草を咥え、紫煙を登らせ、満足そうな顔をした。
「聞きたい事が、あるんですけど、いいですか?」
ガクさんは一瞬目線を右上に外し
「答えられることならいいですけど。」
腕を組みながら、笑顔で体を少し前のめりにしながら口を開いた。
エアガンの事も聞きたいけど、まずは、サバゲーの事を聞きたいな。
「サバゲーやるにあたって揃えるべき物って何があるんですか?」
俺の問いにガクさんは答える。
「まずは、エアガン本体ですね。それと、BB弾、保護ゴーグルに各種パワーソースですね…あ、あとグローブもあった方がいいかも。」
「結構色々あるんですね。」
俺の口から、煙草の煙が、返答と共に吐き出される。
説明は続く。
「パワーソースってのは、エアガンを動かすのに必要な動力源でガス、電力、エアーコッキングの三つがあります。エアーコッキングは手動でバネを動かす事で撃つのでお金はかかりませんけど、電力とガスの場合連続で撃てたりと、実際の銃と近い感覚で撃てるのが利点ではありますけど、別途でお金が掛かります。」
「全部で、幾らぐらいかかりますか?」
「結構高いですよ………。」
ガクさんは灰が伸びた煙草を灰皿まで持って行って上を軽く人差し指で叩き灰皿に灰を落とす。
「大体でいいですか?」
俺は、コクリと頷く。
「電力の場合34000円から61000円。ガスの場合19000円から80000円。エア
ーコッキングの場合34000円ぐらいですね。」
想像以上の金額に、驚きが隠せない。とても鶴の一声なんて出ない金額だ。そんな俺の思いを見定める様に残りの吸いさしを口に持って行ったガクさんは、深く紫煙を肺に入れて思い切り吐き出す。
「お金、かかるでしょ。この趣味って。」
ガクさんは最後の一吸いを堪能すると、煙草の残りを確認して、火の付いた煙草を灰皿で消した。
「もし、サバゲーに興味あるなら最初から装備を整えるよりもレンタルを使った方がいいですよ。」
「レンタル?」
頭の中で、レンタルビデオショップが思い浮かぶ。
「サバゲーをすることが出来るフィールドと呼ばれるところが全国津々浦々点在するんですが、そのフィールドでは大抵、エアガンを持ってない人でも体験させてあげられるようにエアガンのレンタルサービスを行っているところが大半で、セット内容はフィールドによってまちまちですが、エアガンだけで1500円~2500円。ゴーグルで500円。戦闘服1000円とかが市場相場になります。」
「じゃあ………。フルで借りると4000円ぐらいでフルセット借りられる感じですか?」
ガクさんは、空を見て指を折ると一人で納得して、目線を俺に戻した。
「大体それぐらいとプラス参加費で7500円ぐらいで手ぶらで一日サバゲー出来ます。別に戦闘服着ないとゲームに参加できないわけではないので、無理に借りなくてもいいです。どちらかと言うと、汗だくのまま帰りたくないからレンタル品を借りたり雰囲気出す為に借りる人が多いですね。」
互いに無言で二本目の煙草に手を出し、ガクさんが煙草に火を灯す頃、俺は、加熱準備中の点灯する加熱ランプを見ながら、頭の中で算盤を弾く。
加熱が終わり、初めの一吸いから煙を吐き出すと、二つの紫煙が混ざり合い無言の空間を漂う。
その静寂を今度は、俺から話を切り出す。
「さっき、参加費って言ってたと思うんですけど、一回3500円って事ですか?」
「一回じゃなくて、一日3500円。ですね。スキーの一日リフト券みたいなもんですね。」
「それで、一日7500円って事なんですね。」
ガクさんは紫煙の先で笑っている。
「サバゲー自体お金が掛かる趣味なんで、1回~2回7000円強で抑えて様子を見るのをお勧めします。ガスのエアガンを買って初めて行った場合83500円。レンタルで抑えた場合のその差額は、6万以上。それで、サバゲーが合わなかった時は、目も当てられないですからね。」
試しに一回行ってみてもいいか。どうせやる事も無いし。
加熱式タバコを握った右手を顎添えてテーブルをじっと見る。
その時、軽くノック音が2回鳴った。
音の方向に振り向くとオーナーが静かに引き戸を開けて入ってくる。
「休憩時間だからちょっとお邪魔してもいい?一服だけ。」
というと、デュポンとマールボロを見せてくる。
「お疲れさまです。オーナー。」
ガクさんが声を掛ける。その声に釣られてど、どうぞ。と吃音気味に声が出る。
「お客さんが来たらすぐ出るけどその時は気にしないでください。」
ガクさんは短く、うっす。と言った。
オーナーは壁に寄りかかるとソフトのマールボロを片手でスナップさせ、煙草を一本だけ顔を出させると口に咥える。
デュポン独特の金属音を綺麗に鳴らし、火を付けた。
仕事の最中の一服。
どこか遠くを見るように上方を見つめるとゆっくりと紫煙を吐き出し、現実に戻ってくるように俺に問いかけてくる。
「初めてのシューティングレンジは如何でした?」
オーナーが、腕を組んで壁に寄りかかる。
「映画の世界に入った感じでした。エアガンだけど本当の銃を撃ってるような経験でした。すっごい楽しかったです。」
「最後の方なんて無心でAK撃ち込んでましたもんね。」
ガクさんは、ニッコリ笑いながら話の間にスッと割り込んでくる。
俺は、少し、むず痒い気持ちになった。
「AKかぁ。いいですね。リコイルがやっぱいいって感じですか?」
オーナーは煙を吐き出す。
リコイル?あぁ、あの振動の事をそんな用語で呼んでたっけ
「そうですね。ホンモノぽくて。」
ガクさんがオーナーに一瞬目くばせしたように見えた。
オーナーもそれに一瞬で答える。
「もし良かったらウチから一丁レンタルしてあげるから、定例会参加してみたら?エアガンとバッテリー、充電器セット、併せて1000円。おまけに弾も付けちゃう。一日は持つと思うよ。」
先程聞いた金額を思い出し比較する。だいぶ安い。と言うか安すぎる。
「え?いいんですか?」
思わず声が裏返る。
「いいよ。サバゲーやったことないんでしょ?普通はこんなことしないんだけど、ガクさんとこういう形で出会ったのも何かの縁だし、情けは人の為ならず。って言うでしょ?物は試しに、参加してみなよ。」
頭の中でオーナーが提示したレンタル料金と定例会の参加費を合わせる。あまりの安さに心の中でガッツポーズをする。
このチャンス逃しちゃダメだ。
「じゃあお言葉に甘えさせて頂きます。」
持ってた煙草をテーブルに置き、立ち上がって深々と頭を下げる。
「いいって、こっちも商売なんだからさ。もし、サバゲーにハマったらウチ使ってね。それでおあいこって事で。ハマらなかった時は、いい経験できたと思ってくれればいいからさ。」
オーナーは、あ!と急に叫ぶと
「そうだ。ガクさん。連れてってあげなよ。せっかくだし。来週の土曜行くんでしょ。『アヴァランチオペレーション』」
ガクさんは、吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、テーブルに両肘をついたまま手を顔の前に組むと
「ワンメさんが良ければ、ご一緒しますよ。」
組んだ手の奥の目は少年のように輝いている。
「是非お願いします!!」
ガクさんに向けてもう一度深々とお辞儀をした。
「じゃあ、決まりですね。来週土曜日よろしくお願いします。」
ガクさんは組んだ手を降ろして、さらに口角を上げて、嬉しそうに言った。
その後、ガクさんと連絡先を交換し、オーナーも交え少し談笑していると初めて聞くチャイム音が鳴る。
オーナーが急いで何本目かの吸い始めた煙草を灰皿でもみ消すと
「お、お客さんだ。失礼しますね。」
と、小走りで喫煙所から出ていく。店内に一歩足を踏み出すと思い出すように顔だけ喫煙所に入れると
「ワンメさん。前日の金曜日、仕事終わりにお店に寄ってよ。レンタルエアガン渡すから。」
と、言うと返事も聞かずにドアへと向かって行く。
「ワンメさん。もし良かったら金曜日俺もここに来ていいですか?」
急にそわそわしだしたガクさんが言う。
「それは、構いませんけど…。なんかあるんですか?」
そもそも、店に来るの自由なんだし、断りを入れるほどでもない。
「いや、純粋にレンタル品が気になるんですよ。どんなのが来るのかなって。この店がお客さんにエアガン一式をレンタルするのって珍しいですし。」
「お店の商品としては常設されてないんですか?」
「普通はしません。だって、盗まれる可能性も十分にあるじゃないですか。」
確かに、万を超える金額の代物をしかもオプションも付けて1000円という現実離れした金額で貸与させるなんてありえない話。それほど信用してもらえたのかと思うと嬉しくもあり少し委縮してしまう。
「それもそうですよね。感謝しないとですね。」
言い聞かせるように呟いた。
「何時ぐらいにここに来れそうですか?」
「そうですね…。17時30分ぐらいですかね。」
仕事のスケジュールを頭の中でざっと計算しながら口に出す。
「了解です。じゃあ、それに合わせて俺もここにくるんで着いたら連絡ください。」
「はい。わかりました。それじゃあ金曜日よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
おもむろにポケットからケータイを取り出し、時間を確認する。13時42分。
腹も減ったし。そろそろ帰るか。
テーブルに置いていた煙草をポケットにしまい、椅子から立ち上がると座っているガクさんに向けて軽く一礼する。
「それじゃあ。自分はここで失礼します。改めて今日はありがとうございました。」
ガクさんも立ち上がる。
「こちらの方こそ、初対面なのに俺の我が儘に付き合ってくれてありがとうございました。次は、金曜の夕方ですね。楽しみにしてます。」
もう一度、会釈すると喫煙所を出る。
緊張から解放され迎え入れてくれたこの店内は変わっていないはずなのにどこか温かさを感じる。
右側の壁に陳列されたエアガンのコーナーで、一人の男性客を接客しているオーナーも最初は怖かったが、今では、その怖さが緩和され親しみやすさまで覚える。
信用してくれたんだよな。
レンタルの一件が頭をよぎり兜の緒を締める気持ちになる。
オーナーがふとこっちを見ると軽く手を上げ「また金曜日と」と目で訴えかけ来る。
それに応えようと会釈をした。
そのまま、ドアを開け、外に出る。
店前の階段を降り、店の看板を見る。
3時間ぐらい前までおどおどしてたのが噓みたいに晴れ晴れした気持ちに、両手を天に上げ背を伸ばす。
新しい日々が始まる予感を感じながら車に向かい、来た時よりも2つスペースが埋まった駐車場を歩く。
車のドアを開けエンジンにキーを差し込み火を灯す。
駐車場を出てきた道を戻る。相変わらずAIの無感情な音声が車内に響く。
ふと、車内のバックミラーに映るの外見を見ると誰にも見せることが無い笑みが零れ、家路に着いたのだった。
分目が立ち去ったAMATERASU店内は、微かに流れるジャズがゆっくりと時間が流れる空間を演出し、一人寂しく残された山寺岳が喫煙所では煙草をふかしながら椅子に座り、天井を眺める。
オーナーは分目と入れ違いに入ってきた客相手に手慣れた様子で接客をこなす。
すると、シューティングレンジに続く隠し扉の本棚がゆっくりと横に動く。
中から出てきたのは、エアガンの調整を終えた司馬だ。
何故か缶ジュースを二本持った司馬は、壁際のエアガンコーナーでオーナーの接客を受けている客と目が合う。
目が合った客は、突如現れた司馬に、表情が顔に張り付いたように目を見開いて凝視する。
司馬は、とりあえず軽く会釈をすると、そのまま山寺がいる喫煙所に向かった。
客は、動くはずのない本棚と急に現れた司馬と扉を交互に見ては、何事かと思考を巡らしていた。
オーナーは、何事かと後ろを振り返る。ゆっくりと本棚が扉を隠す様子を見ると、すっべて察してすぐに客の方に顔を戻した。
客は、間髪入れずにオーナーに質問する。
「店員さん…。あれなんですか?」
「はい?」
客が、動き終えた本棚を指差す。
「あれ、なんですか?」
「本棚ですけど。」
オーナーは、何でもないですけど?と言わんばかりに、何食わぬ顔で答える。
「本棚?………。いや、本棚は動かないじゃないですか。」
客の張り付いた表情はゆっくりと本棚からオーナーへと向かう。
店長の顔は、対照的にニコニコと笑顔に変わっている。
「うちの本棚動くんですよ。」
客の口は開いて塞がらない。
「まじで?」
笑顔のままのオーナー。
「まじです。見てたでしょ?動いてたところ。」
「扉ありましたけど。」
「ありましたね。」
「あの扉の先何があるんですか?」
オーナーは、天井を見上げ、右手を顎に当てしばらく考えると、ゆっくりと顔を下げ客を見る。
笑顔の男と見開いた目をした男の間に2~3秒の無言の時間が流れると。オーナーは、右手の人差し指を口の前に持って来て客に
「ないしょ。」
それを聞いた客は、湧き出た好奇心に耐えきれず、その後もオーナーに対して本棚の謎を解き明かそうとオーナーに質問攻めを始めた。
オーナーが接客に苦戦している中、司馬は、二本のジュースで塞がった両手で、軽く引き戸を叩いていた。叩かれたことに気付いた山寺は、扉の前に待っている司馬を迎え入れ、扉の引き戸を引いて中に招く。
「シバさん。お連れ様です。」
司馬は、テーブルにジュースを置いて、
「忘れもんじゃよ。」
と、言うとテーブルに背を向けて財布を取り出し自販機に向かう。
後姿の司馬に山寺は、あ、忘れてた。と、言った後に首を軽く前に出して雑な会釈をして、紫煙を立ち昇らせながら山寺は司馬に聞いた。
「そう言えば、調整どうでした?」
「まぁ、あんなもんじゃろ。」
自動販売機が大きな音を出しながら、缶を吐き出す。司馬はしゃがんで取り出し口に手を伸ばすと買ったコーヒーを手に取る。
「スペックどんな感じなんです?」
買ったコーヒーを開けて一口飲んで、目の前の席に座る。
「最大飛距離50m以上有効射程40mから45m。かな?弾速は0.25gで83って感じ。」
山寺が、対角線上にある椅子に座り直す。
「弾道どんな感じなんです?」
ふぅん。と短くため息をつくと、腕を組み口をへの字にしながら司馬は答える。
「35mまでは完全フラットで、その先はほぼフラットかな。50mのマンターゲットは簡単に狙える。発射レートはね、25ぐらい。」
ここで言う、ほぼフラットと言うのは、ホップが効き始めた瞬間。弾道が上に浮くことがあるが、その浮き方が、比較的抑えられる事を指している。
山寺はたまらず肩であきれるように一回笑う
「えっぐ。シバさん。それで、完成って感じですか?」
「まぁ、とりあえずは完成じゃろ。」
司馬は、自分の掛けてるシューティンググラスのふちを軽く触りながら、椅子の後ろに重心を置いて椅子の前足二本を浮かして重心を前に戻し、床を叩く形でカタンと言う音を鳴らした。
「次の定例会に持ってくるんすか?」
山寺は煙草吸いながら問う。
「まぁ、気が向いたら。」
「そん時、撃たせてくださいよ。」
大きくため息をつきながら置かれた缶ジュースのデザインをまじまじと見る。
もう一回冷やして朝にでも飲むかぁ。
「そういえば、あの子、知り合い?」
司馬は、シューティングレンジであった分目の軽く会釈する姿が、脳裏に浮かび上がる。
「ワンメさんですか?今日初めてここで会いました。シューティングレンジ誘ってみたら受けてくれたんで、撃たせてました。来週の土曜日定例会一緒に行くことになったんですけど、一緒に行きます?」
缶ジュースを回して裏の成分表を何気なく見ながら山寺は言う。
「来週の土曜日は、仕事だよ。」
「まじかぁ。司馬さんのエアガン、撃ちたかったのになぁ。あ、そうだ。オーナーがエアガンレンタルするそうですよ。」
「ワンメさん?に?」
司馬の色が付いたシューティンググラスの奥に微かに見える目が見開いて、体が少し前に乗り出す。
「えぇ。」
山寺は、火の付いた煙草を灰皿に押し付けて消しながら、手に持った温くなったジュースを目の前にコトリと置く。
「まじか。初めてじゃない?」
「そーなんですよ。」
「ほーん。オーナーの腕の見せ所ってやつですな。」
「金曜日、仕事終わりに取りに来るそうですよ。見に来ます?」
「時間あったら覗きに来るよ。」
「ういっす。」
山寺は、ふと目の端に映る缶ジュースに気を取られ、おもむろにもう一度手に取る。
AK-47を撃ち続ける分目の姿が思い浮かぶと自然にプルタブに手を掛け、ジュースを開ける。
不愉快な温度に程よく暖められた液体からほんのり甘い匂いを感じながら飲み口を唇に持って行く。
そのまま、温い飲み物を口の中に少しだけズズズと啜ると下の上に常温まで温められた甘さが舌の上にべったりと纏わりつく。その過度な甘みに顔がしかめると、首を上げて一気に喉の奥に流し込む。
不快な液体が一気に口を越え喉に直接流れ込み、飲み込む為に喉が何度か動いて音を鳴らしてから頭を起こして、缶を口から離す。振られた缶の中の液体が大体半分なのを知らせる。
「うーん。やっぱおいしくない。」
今日の出来事を頭の中で反芻する。
鼻で息を短く吐きながら微笑みを浮かべ、残ったジュースを一気に飲みほした。