3-15 溶け合うふたり
那由の部屋で、ふたりベッドに座って。
――私の方こそ〝ぜんぶ〟知っていました。
そんな衝撃の【告白】を受けた俺の頬を伝う涙は、もう止まらない。
『あの、ですね――私、恋愛禁止が解けたんです』
『私、実は〝恋愛もの〟の物語が大好きで』
『物語みたいな恋愛に。強く、強く憧れていまして』
まさしくラブストーリーのような恋のために。
乱高下で胸が高鳴るジェットコースターみたいな恋のために。
今現在、目の前で劇的に微笑むキミは――
どこまで自覚的に動いていたのだろう?
分からない。
分からなくてもいい、と俺は思った。
『これから彼氏彼女として、どうかよろしくお願いしますね』
『お付き合い初日の夜を記念して、一緒にお風呂に入りましょう』
『一緒に寝るのも……だめ、ですか?』
恋愛初心者で。
恋愛禁止令から解放され。
恋愛物語に憧れてきたキミ。
溶けてしまいそうな恋愛こそがスタンダードだと考えている、ブレーキの壊れた恋愛観念を持つキミ――月城なゆたのことを。
俺はひとつも責めることはできない。
たとえすべてが、キミの手のひらの上で巻き起こったことだとしても。
なぜなら。
――私たちだけの秘密ですね。
そう言って劇的に微笑むキミのことを。
俺は。
俺は、とっくに――
「……っ!」
ごくりと息を飲み込んで。
俺はからからになった喉からどうにか声を絞り出す。
「――ひとつだけ、訊いていいか?」
とくん、とくん、とくん。
心臓の鼓動のような時計の針の音が響く中。
俺と那由。
ふたりの間にあるボール1個分の微妙な距離をどうにかしたくて――俺は尋ねた。
「どうして那由はあの時プールサイドで……泣いていたんだ?」
それは俺が【月城なゆた】のファンであることを激白し、取り出した辞表をリリにびりびりに破られ、晴海に告白および爆睡されたあの騒動の時のことだ。
――すみません。私、こんなことになるとは思っていなくて……。
そう言って那由はぽろぽろと泣き始めた――その理由を知りたかった。
「今お伝えしたとおり――私はぜんぶ、知っていたんです。すべてを知った上で、才雅さんに色々とわがままを言ってしまいました」
彼女はどこか寂しげな声で続ける。
一瞬だけ俺に視線を向けて、また膝の上に戻した。
「ですが……その〝わがまま〟は、あくまでも私たちの間だけのものだと思って、甘えていた部分がありました。他のだれにも知られていない、ふたりだけの秘密――ですが結果的に、あんなにもまわりの方々を巻き込むことになってしまって……。その後悔を、していました」
那由はきゅっと拳を握って。
俺だけじゃない、ここにいないふたりに向けても語るように言った。
「それがとても申し訳なくて。情けなくて。みなさんに迷惑をかけてしまいました……もちろん、才雅さんにも。本当に、ごめんなさい」
那由はきゅうと目をつむっている。
薄い唇が微かに震えていた。
「那由、謝らなくていい。むしろ俺は――那由には感謝してるくらいだ」
「え……?」
「那由のお陰で、俺は隠していた秘密を他のふたりにも打ち明けようという気分になれた。そして実際に――すべてを告白した。これまで積み重ねてきた関係性が終わるかと思った。心が締め付けられるようだった。だけど実際は――なにも終わらなかった。あいつらが認めてくれたおかげで、むしろ心が軽くなった! これでようやく、あいつらとも〝本当の関係性〟を築いていくことができそうだ。だから……ありがとう、那由」
なんてことはない。
――〝月の裏側〟を見せていなかったのは、他ならぬ俺自身だったのだ。
そして。
これは【晴海とリリ】との間のことだけじゃない。
他ならぬ【俺と那由】の関係だってそうだ。
お互いに秘密を打ち明けてようやく――
俺たちふたりは〝ホンモノの関係〟になることができた。
「なあ、那由。あの契約、まだ生きてるか?」
「……契約?」
「いつかの本番のための、彼氏彼女の練習契約だ」
あ、と小さな声が那由の口をついた。
見開かれた瞳は、俺の方を見ながら微かに震えている。
その振動は瞳から顔、頭、そして全身へと染み出すように伝播していった。
彼女はどうやら恐れているらしい。
――契約を破棄されることを。
「あの……はい。まだ、続いているつもりでした。ですが……もう、だめですよね。こんなにぐちゃぐちゃになってしまって――」
「……ぐちゃぐちゃでいいんだ」
「え?」
俺は叫ぶように、言った。
「ぐちゃぐちゃでいいんだよ、那由‼」
そして意を決して、那由の両の肩に手をかける。
ボールひとつ分の距離が溶けて消えた。
「那由――契約は破棄だ」
「……っ!」
那由の表情に、悲哀が滲んだ驚愕が走る。
目は潤み、下唇が噛み締められる。
当然だ。
あんな契約は破棄に決まってる。
「だからあらためて――新しい契約を提案させてくれ!」
「……え?」
俺は彼女の肩に手を載せたまま。
お互いの身体の熱が交差する掌を震わせて。
まっすぐに彼女の瞳を見つめて。
心臓をこれまでにないくらい高鳴らせて。
「俺は――」
思い切り息を吸って。吐いて。
言った。
「俺は、月城那由が――好きだ!」
「……っ!」
「アイドルとしての月城なゆたも好きだ。表側のキミが好きだ。だけど……月の裏側を知った今でも、キミへの想いは溢れて止まらない……! 那由のことが好きだ! 大好き、だあああああああーーーーーっ‼」
その声はやっぱり恋愛初心者らしく。
小さな部屋の中で、たったひとりの少女に向けられる声としては――
ボリュームが明らかに合っていなかった。
だけど。
そんなことは気にしていられない。
俺は熱のこもった声で続ける。
「練習なんかじゃない。俺と――ホンモノの恋愛を、してくれないか――?」
那由は驚いてはいたけれど。
俺の不器用な叫びも、ぜんぶ受け止めてくれたみたいで。
「……私も」
彼女は。
これまでにない微笑みを浮かべて。
言ってくれた。
「私もっ……才雅さんのぜんぶが……好き、ですっ……!」
微笑む中でも。
猫のような瞳からは、ほろり――涙が零れた。
お互いの心臓の鼓動が部屋に響いている。
秒針が時を刻む音と運命的に混じりあっている。
ふたりの間には、もはや何も遮るものはなかった。
「那由……!」
「才雅、さん――」
どれだけ時間が経ったか分からない。
10秒かもしれないし。
10分だったかもしれない。
俺たちふたりは泣きながら笑顔になって。
表情を。感情を。関係を。
――ぐちゃぐちゃにさせたまま。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
お互いの唇を――触れさせあった。
「「…………っ‼」」
こうして。
ふたりの間に存在した【大きな秘密】は見事に溶けて。
――俺たちはひとつに混じりあった。
ああ、そうだ。
ホンモノの恋愛関係というものは。
お互いの【秘密】を打ち明けて――どろどろに溶けあうことなんだ。
練習なんかじゃない。
ハジメテでホンモノのキスは――
ラブコメみたいに甘酸っぱい、涙の味がした。
遂に本当の意味で結ばれたふたり――次回からエピローグに突入です。
彼らの行く末を、引き続きお見守りください……!
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