3-12 私の部屋でお待ちしていますね
「才雅さんっ……しっかりしてください……!」
(ん……あ……?)
だんだんとぼやけた視界が定まってくる。
身体が重い。服が水分を吸っている。
状況が飲み込めてきた。
そうだ、俺はプールの中に落ちたのだ。
「あれ……那由は……?」
「ここにいますよ……!」
声はすぐ耳元で聞こえた。
振り向くと真横に彼女の顔があった。
どうやら俺の肩を支えてくれているらしい。
彼女も水に濡れ、顎先から雫がしたたっている。
その顔は昂揚していて、俺のことを案じてくれているようだ。
(ああ、そうだ。俺たちはあまりにも深くて暗い水の底に――)
「……って……足が、つく……?」
俺たちはまだプールの中にいたが。
言葉通り、きちんと底に足をついて立てていた。
水は腰元くらいまでしかない。
「はい……あくまでお飾りのプールですので」
那由が気まずそうに言った。
「あれ、でも……ついさっきまで、俺たちは――」
確かに果ての無い水の底に潜っていた――ような気がする。
深くて黒い水の底で丸まるように眠る、月のように輝くキミに向かって。
俺は懸命にもがきながら近寄って、その光に手を伸ばした――
そんな記憶が確かにある。
「夢、だったのか……」
それにしては、と俺は思う。
あまりにすべての感覚が現実感を帯びすぎていた。
「はは……俺もいささか、飲みすぎだったのかもしれないな」
頭を軽く振ると、耳から水が取れて世界の音がよく聴こえるようになった。
まわりを見る。
隣で肩を抱いてくれている那由が、心配そうに俺の目をのぞき込んでくる。
プールサイドではリリが目を丸めている。
ようやく起きたらしい晴海が口を開けて驚いている。
大丈夫。すべて現実だ。
そんなどこまでも実在的な世界の中心で。
「才雅さん……大丈夫ですか?」
俺は間違いなく。
キミに向かって――手を伸ばした。
* * *
「あ、……お先に、いただきました」
「お、おう……」
シャワーを浴び終えた那由が廊下に出てきて言った。
バスタオルを首に巻き、黒い髪は艶やかに濡れている。
暖かくなってきたとはいえ、まだ夏までには距離があった。
プールに落ちた俺たちふたりは、交代で簡単にシャワーを浴びることにしたのだった。
「じゃあ、次は俺も」
浴室に向かって那由の隣を通り過ぎる時に、石鹸の良い香りがふわりと俺の鼻孔をくすぐった。
すると、
「……あ、あのっ」
那由がもじもじとした様子で、いつかと同じように。
俺のシャツの背中を、くいと引っ張った。
彼女は言う。
「もし、よろしければ――シャワーのあと、ふたりだけでお話しませんかっ?」
「……あ、ああ」
ギクシャクと声を震わせながら俺は答えた。
「分かった。ふたりだけ、だな」
那由はこくりと頷いて。
どこか安心したように、けれど緊張した面持ちで言った。
「それでは――私の部屋でお待ちしていますね」




