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3-9 すべてを終わらせる決意

「これが、俺が今まで隠してきた〝秘密〟だああああああーーーーっ!」


 俺はスーツケースを開放する。

 ぎっしりと詰まった【月城なゆた】のグッズを見せつけるかのように。

 その中身を月明りのもとに(さら)けだした。


「「「…………っ!」」」

 

 3人は目を見開いた。

 そりゃあそうだろう。俺がアイドルの――しかもまさしく【月城なゆた】のファンであったことは、誰にも言っていなかったのだから。


 そんなことが知られていたら、きっと俺は今の立ち位置には居ない。

 晴海は幼馴染という繋がりがあったとしても――那由とリリにはきっと出会うことすらできていない。

 オタク趣味のことを知られていたら、きっと俺は今の会社に誘われることすらなかっただろうから。


 そうしたらやっぱり。

 3人の関係性はなかったことになる。


 氷のように溶けて。

 泡のように弾けて。


 そこにはなにも存在しなかったことになる。無だ。


「見ての通り。俺は……アイドルとしての【月城なゆた】の、大ファンだったんだ」

 

 俺はいつもよりトーンの低い声で。

 だけど――どこまでも()()()声で言う。

 

「こっちはデビュー曲のCD、こっちはライブ映像の初回限定生産版ブルーレイBOX。ライブのグッズもある。ペンライトにタオル、Tシャツ。アクキーにランダムチェキに缶バッジ。月城なゆたが引退したショックで、実家に送り返した分はあるが……それでも未練があって残しておいた分でこれだけある。ひととおりのグッズはコンプしていた」

 

 ひとつひとつを未だ()でるように。

 俺はグッズを手に取りながら説明をしていく。


 ――月城なゆた本人を目の前にして。


「これで分かっただろう? 俺は本来、ここにいていい人間じゃないんだ」


 俺は那由の顔を見れない。

 目の前にいるのに――視線を合わすことができないでいる。


 怖い。

 自分で(ふた)を開けたことだとはいえ、俺のことをどういう目で見ているのか? それを知るのが恐ろしくてたまらない。きっと軽蔑(けいべつ)されているのだろう。なにしろ、那由(じぶん)自身に関する、これだけ一方的で重大な秘密を隠し通されたたまま接触されてきたんだ。


 同僚としてだけでない。果てはひとつ屋根の下で同棲した挙句に。

 すこしの間だったけれど恋愛関係の真似事もした。


 すべては俺という信仰者(ファン)の正体を隠して。


 だから――初めから。

 月に手を伸ばすことなんて。

 ましてや、月と恋愛することなんて。


 俺には身分不相応過ぎたんだ。

 

「……なによ、それ」

 

 誰かが小さく呟いた。リリだ。


「だったら、()()()――はじめっから勝ち目なんてなかったってことじゃない」


 彼女は夜風に紛れるようにまた何やら言ってから。

 次は風音に負けないように叫んだ。


「でー⁉ あんたはこれからどうしたいわけー?」


 俺は目線を未だ誰とも合わせずに。

 ジャケットの内側のポケットに手を入れて――


 【退職届】と書かれた封筒を取り出した。

 

「はあ⁉」


 リリが声色を(ゆが)めた。


「これだけの秘密を俺は抱えてたんだ。俺は、会社から。皆の前から――去ることにするさ」

 

「なに言ってるのよ!」「た、退職~⁉」「才雅さん……っ」


 3人が心配そうな声をくれた。

 それだけでも幾分か心が救われる。

 本来であれば、大声で罵倒されてもおかしくないのに。


 俺は続ける。

 

「見ての通り、俺は月城なゆたの()()だった。そんなヤツとなんて、一緒に住むどころか隣で働くことだって本来すべきじゃない。リリだって嫌だろう? お前の最大の目標である【月城なゆた】の()()()()だった俺が自分のマネージャーだなんて……だからこれで、すべて解決だ」


 俺は退職届の封筒を月の光にかざしながら言う。

 そうだ。これですべてが終わる。なにもかもが無かったことになる。すべて元通りになる。


 ――これでいいんだ。


「……ばっっっかじゃないの⁉」


 叫んだのはリリだった。

 語気には怒りの感情が(にじ)んでいる。


「なんでアンタがやめるわけ⁉ 大体、なんで今更そんなこと暴露するのよ! 何も言わずに、そのまま秘密にしておけばよかったじゃない!」


 俺は空を見上げたまま首を振る。


「俺を取り巻く事態が〝前〟に進みすぎていたんだ。このまま隠していたら、きっといつか(ほころ)びから、溜まっていた()()()が溢れて――その時にはもう取り返しのつかないことになってしまう」


 それに、と俺は考える。

 

 恋愛というのは、確かに。

 ある種の【秘密】を養分にして、よりいっそう輝くものかもしれないけれど。

 あくまでそれは〝彼氏彼女(ふたり)〟が〝世界〟に対して隠す秘密であって。


 当事者であるふたりの間で。

 その片方が一方的に抱え込む種類の秘密のことじゃあないんだ。

 

「………………」

 

 このまま何もしなければ。

 俺は【大きな一方的な秘密】を那由に隠したまま過ごすことになっていた。


 そんなんじゃ、俺たちの関係はいつまで経っても。どこまで進んでも。

 

 ――いつか割れる薄氷(はくひょう)の上に立つ〝偽物(ニセモノ)の関係〟にしかなりえない。


 心に空いていた虚ろな穴の正体が、このことだ。

 黙ったまま〝恋愛ごっこ〟を星たちと不相応に続けて、いつか決定的な終わりを迎えて皆を傷つけるよりは。

 昔と同じように、手の触れられない地上から、輝く星々を眺めていた方がよっぽど健全だ。


 俺は前に進みすぎて――近づきすぎたんだ。


「もうこれ以上、隠し通すことはできない。サヨナラだ」


 俺は夜のプールサイドで、空に向かって言い切った。


「だから辞めるっていうわけ?」とリリが訊いた。

 俺はごくりと喉を鳴らしてから頷く。「お前たちもその方がいいだろう。こんな不誠実な()()()()なんて――」

「だーかーらー!」


 リリはそこで大きく叫んだ。


「なんで才雅が勝手に決めるわけ⁉」

「……え?」


 俺は動きを止めて。

 はじめて3人が立つ方角に視線をやった。

 プールを挟んで俺たちは向かい合っている。


 彼女たちの瞳には、()()()()()だとか、()()()()だとか――

 

 

 そういう〝ネガティブな想い〟はひとつも含まれていないように見えた。




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