3-5 そうじゃなかったら来てないと思いますけど?♥
那由のマンション。そのキッチン。
食卓用のテーブルに、俺たち3人は座っていた。
真ん中の俺を挟むようにして、左隣にリリ。右隣に那由。
まるで深海の底のように重い空気が周囲に満ちていて、気を抜くと潰れてしまいそうになる。
(まるで〝裁判〟だ……)
当然、被告人は俺。弁護士はいない。
両隣に立つ〝被害者〟であるらしいリリと那由から、ひたすら罪を糾弾される会の幕開けだ。
「恋愛において……浮気は許されるものでしょうか?」
突として那由が言った。
重苦しい空気の中にそのまま溶け込んでしまいそうな声だった。
「え?」
「言葉通りの質問です。ぜひ、恋愛経験豊富な才雅さんにお聞きしたいと思い――」
「うっ……! 許されない、です」
那由は胸の前で手を合わせて三角形を作り、心底安堵したように言った。「良かったです。【大前提】は崩れませんでした」
そりゃそうだろう。
浮気はよくない。だから俺はさっき土下座をして謝ったのだ。
たとえ俺自身にそんなつもりはなくても。
――浮気とも取られかねない状況を作ってしまったから。
てっきり那由はそのことは許してくれて誤解は解消、事態はおさまったものだとばかり思っていたけれど……。
そこはやはり愛を求めて、恋に焦がれる月城那由。
浮気にも発展しかねないこの件については、公明正大にハッキリさせておきたいらしい。
だからこそ。
この場に風桜リリを呼びつけたのだった。
「で……お話ってなんですかあ?♥」
表側の声でリリは尋ねる。
「すみません、風桜さん。急に呼び出してしまい……前段はLINEでお話した通りです。なのであとは用件だけ、単刀直入に訊きますね」
那由は大きく深呼吸をして。
目をゆっくりと閉じて、開いて。
リリに向かって言った。
「風桜さんは――才雅さんとお付き合いされるつもりはありますか?」
「へ?」と俺は高速でまばたきをする。「……はいいいいいいい⁉」
天井に下がっていたペンダントライトが絶叫で揺れた。
「ちょ、ちょっと月城さん! 何を言い出すんですか!」
「私は今、風桜さんに聞いているんです。――どうでしょう。そのつもりはありますか?」
リリは噛んでいたガムを包み紙に吐き出して、丸めてポケットに入れた。
そして口元に悪戯な笑みをたたえて――
彼女は堂々と言い切った。
「そうじゃなかったら、今ここには来てないと思いますけど?♥」
「~~~っ‼ はあああああああああああ⁉」
俺の感情がまるで追いつかない。
さっきから何を言っているんだ、目の前のトップクラスの【現・アイドル】と【元・アイドル】は⁉
「ちょちょ、ちょっと待て! これだけは確認させてくれ。恋愛といっても――〝練習〟ってことだよな?」
リリはなぜか不満そうに言った。
「月城さんはさておいたとしても、リリはまだ恋愛禁止の身分なのよ? 練習じゃないと駄目に決まってるじゃない」
彼女は一瞬そこで那由の方に目線をやった。
ふたたび俺に向き直って続ける。
「言ったでしょ? リリはわるいことをしてもっと〝ドキドキ〟して――今までのリリを越えて一皮むけないといけないの。目標のためには、それが必要なの。でも……だからと言って恋愛禁止の絶対的な規則は破れないわ。お酒だってちゃんとハタチになるまで我慢したのよ?」
マネージャーさんのクセに、そんなことも分からないの? とリリは頬を膨らませた。
そんな彼女を宥めていると、那由がまとめるように手をぽんと叩いた。
「これではっきりしました。理由に違いこそあれ、私たちふたりは共に才雅さんと〝恋愛の練習〟がしたいということです。例え〝ごっこ〟だとしても……当然、浮気はよくありません。二股なんて言語道断です。ですから――」
まるで判決を言い渡す時の裁判官のように。
那由は極めて中立な表情をつとめながら言った。
「風桜さんか私――才雅さんにはこの場でどちらかひとりを選んでほしいんです。私の知る限り、ふたりと恋愛はできません」
ふたりと恋愛はできない。
それは練習とはいえ、あくまでも真剣だからこその大規律だ。
「ですから、才雅さん」
那由は軽く首を振って、ふうと息を吐いて。
まっすぐに俺の瞳を見つめてくる。
「リリさんと私――どちらと【恋愛の練習】をされるのでしょうか?」
都内の高級マンション。
そのペントハウスのリビングで。
「……っ‼」
俺は【元・トップアイドル】と【現・担当アイドル】から――
どこまでもラブコメらしい二択を迫られたのだった。




