3-4 役者は揃いました
「誰か来たのか? こんな時間に?」
ぴんぽんとマンションのチャイムが鳴った。
時間は22時をすこし回っている。
良い子なら寝ている時間だ。宅急便でもないだろう。
首を傾げながらも、インターフォンに目をやる。
すると。
『聞こえてますー? はやく開けてくださいよー♥』
モニターには――〝口寄せ〟のことで物議を醸しだしたアイドル【風桜リリ】が映っていた。
「なっ! なんでリリがここに⁉」
「……風桜さん」
那由はインターフォンに近寄って、何も言わずに開錠ボタンを押した。
『あ。開いた開いた。今からいきますねー♥』
モニター越しにリリがマンションに入って行くのが見える。
「っ⁉ リリがここに来るのか⁉」
「はい……今、鍵を開けてしまいました」
「なんでリリが――ってか、俺はどうすればいいんだよ⁉」
「どうすれば、とは……?」
「俺はまだあいつに〝那由と同じマンションに住んでること〟まではバレてないんだ! ここで俺が部屋にいたら余計に事態がややこしくなる!」
那由はそこで何かを閃いたかのように眉を微かに上げた。
「それでしたら……良い方法があります。風桜さんがいる間、才雅さんはリビングのクローゼットの中に隠れていてください」
「わ、わかった……!」
俺は焦っていたこともあり、那由の言う通りにリビングの隅にあるクローゼットの中に入った。
内側には那由の外出用の衣類やストールなどの小物が入っていた。仄かに漂う那由の香りに酔いしれている暇はない。
(俺は石、俺は石、俺は石――)
自分にそう言い聞かせてじっと息を潜める。
やがて玄関のチャイムが鳴って、リリがやってきた。
那由が迎えに行って、リビングへと案内する。
「やっぱりひろーい♥ いいなー、リリもここに住みたいなー」
リリの声が聞こえた。
俺はクローゼットの隙間から外を見る。
「さて、と――」
リリは鞄と上着をソファに置くと、そこには座らずに自分のスマホを確認した。
通知を確認して何度か画面をフリックしている。だれかと連絡を取っているのだろうか。
やがてリリはきょろきょろと部屋を見渡して。
なぜか俺のいるクローゼットの場所目掛けて歩いてきた。
(……え? まさか……バレたのか⁉)
心臓が高鳴る。手に冷や汗が滲む。
そんな。まさか。分かるわけがない。しかし。
――冷静に考えればおかしなことだらけだった。
単に身を隠すだけであれば、わざわざリビングでなくても他のリリが来なさそうな場所で良かったはずだ。それこそ俺が今使ってる自分の部屋だっていい。
――風桜さんがいる間、才雅さんはリビングのクローゼットの中に隠れていてください。
しかし那由は何かを思いついたように俺をこの場所へと押し込んだ。
そのことが示す意味は――?
がちゃり。
まっすぐに近づいてきたリリによって。
クローゼットの扉は、容赦なく開けられた。
「……え?」
そして俺は。
彼女と見事に対面する。
「なんでこんなところに隠れてるんですか? 変態マネージャーさん」
リリの目はどこか冷ややかだった。
「どうして……俺がここに隠れてることが分かったんだ……?」
頭の中に疑問符が浮かんでは消えていく。
「ぷっ、あはは! ねえねえ、なゆたさん。才雅ってば、まだ気づいてないみたいだよう?♥」
クローゼットの中で石像のように固まっている俺の前に。
俺をここに隠すことを提案した那由がやってきて言った。
「すみません、才雅さん。リリさんをこの場にお呼びしたのは……私です」
――え?
一瞬、那由の言葉の意味が理解できなかった。
那由がリリのことを呼んだ? どうしてそんなことをする必要がある?
混乱する俺を差し置いて、彼女は続ける。
「私、思うんです。澄んだ泉にすこしでも黒い水が混じったら駄目になってしまうように――例え練習だからといって〝浮気〟は許されませんよね? ですが……私は引き続き、才雅さんとは〝恋愛の練習相手〟でいたい。そしてリリさんは――ご自身の中の【理想のアイドル像】に近付くために、才雅さんと〝ドキドキするイケナイコト〟をされたい――これでは才雅さんが板挟みになってしまいます」
那由はそこで。
首を微かに傾けて。
「役者は揃いました。これで何も隠すことはありません。私と風桜さん――そのどちらを選ぶかをこの場で決めて――すべてをはっきりさせましょう」
恋愛物語中毒者の彼女は。
この歪な〝三角関係〟が巻き起こす状況に。
「ねえ――才雅さん?」
これまでに〝見たことのないような微笑み〟を浮かべたのだった。
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