1-1 幼馴染はポン酒をあおる
「やは~! 才雅、飲んでる~?」
やは~、とどこか間の抜けた挨拶とともに声をかけてきたのは江花晴海だ。
俺・中本才雅とは中学校まで一緒だった【幼馴染】にあたる。
今行われているのは、この春に東京での就職が決まった地元の奴らで集まった飲み会だ。
『とりま社会に出る前に〝東京組〟で決起集会しとくか!』とパリピ気質のある発起人によって都内のチェーン居酒屋のひと座敷が貸し切られた。
地元は愛知県。
俺は大学から東京に来ていてそのまま都内の某企業に内定が決まり、晴海は高校卒業後に上京して、同じく都内にある会社で事務職として働いている。
「俺なんかより、他の奴らと喋った方がいいんじゃないか?」俺はテーブルに肘をつきながら、溜息交じりに晴海に言ってやる。「俺とは別にいつでも飲めるだろ」
「えへ~、たしかに~」
晴海はあっけらかんと言って、手にしていたビールのジョッキを傾けた。半分ほど残っていた黄金色の液体がごくごくとその白いつるんとした喉に吸い込まれていく。『ぷは~!』と今時おっさんでも言わないようなオノマトペとともに唇についた泡を服の袖で拭った。さすがは無類の酒好き女子なだけはある。
「親の顔より見た才雅、ってね~」
「それはそれで親が可哀そうだろ……もっと実家に帰ってやれ」
晴海とは実家が近く、幼稚園からの付き合いになる。
天真爛漫な性格と、笑うと屈託のない三日月のような目になるのは昔から変わらない。
変わったのは髪型――染められたセミロングの髪はふわふわとしていて、サイドが大粒に編み込まれている――と、上半身でひと際目を引く〝ふくよかな胸部〟であろうか。変化というよりは『成長した』と断言すべき胸元――それを強調するようなぴったりとした桜色のキャミソールに、片方の肩にだけかかった黄色のカーディガンという出で立ち。酒気のせいで赤くなった頬のせいもあり、日差しに負けずきらきらと輝く花のような女子だ。
顔はまあ、悪くない。というか可愛い。幼馴染だからはっきり言うのも癪ではあるのだが、30人が見れば30人が美少女だと認定するだろう。(100人に増えたら1人か2人はひねくれものが出てくるかもしれない)
「ぷはぷは~! 心なしか今日はお酒が進むよ~」
「あんまり飲みすぎるなよ? またいつもみたいになるぞ」
……あとはまあ、こんなに呑兵衛になるとは思わなかったが。
俺が東京の大学に進学してハタチを迎えてから、晴海の飲みには時折付き合わされていた。いわゆる飲み仲間でもある。
いずれにせよここまで関係が続くと【腐れ縁】と言ってもいいかもしれないな。
「でもでも~、才雅といた方が安心してお酒飲めるんだもん~」
「ふうむ……つまり何か、今日も酔いつぶれたら送ってけと」
「よろしくであります、送迎隊長っ」晴海はびしっと敬礼のポーズをしてから、近くを通った店員に日本酒を1合頼んだ。「あ~、おちょこはナシでいいです~」
「おちょこナシって、とっくりごとポン酒あおる気か⁉ 相変わらず量だけは飲むな……ほどほどにしとけよ。どうせ明日になれば記憶も曖昧だろうけどよ」
というわけで俺は従来より【酔いつぶれた晴海を家に送る役割】をありがた~く仰せつかっている。『才雅がいる時しかつぶれるほど飲まないよ~』とは言い分だが、本当のところは分からない。
「でもさでもさ~、すごいよ~」
「うん?」
「才雅の就職先! 外資系のちょ~~~~~有名なこんさる? なんちゃらの会社なんでしょ? さっきからみんな話題にしてるよ~!」
「コンサルティングな」俺は補足した。
「それそれ! どうしてコサックダンスの会社に就職しようと思ったの~?」
「おい1秒前に教えた単語を間違えるな! しかもコサックダンスの会社ってなんだよ! 10年ぶりくらいに聞いたぞその単語!」
細かいことはいいのいいの~、と頭を揺らす晴海。
まったくもって細かくない。コンサルティングとコサックダンスは、洗濯機とケンタッキー、スタバと砂場くらい違う。完全に別物だ。つうか音の響きもそんなに似てないだろうが!
「……もともと興味があったんだよ。それだけだ」
「ふうん」晴海はあひる口に人差し指を当てて目を瞬かせた。「でもでも! 才雅なら頭も良いし努力家だし。どんな会社でもやってけるよ~」
そう言って頭をぽんぽんとされる。近づかれた拍子に晴海の息が俺の首元にかかった。5年前なら青春だったが、今や単に酒臭いだけだ。とはいえ。
「ど、どうだかな」
俺は至近距離の晴海にすこし動揺しながら、照れ隠しの意味もこめてハイボールの入ったグラスを口元に寄せた。
ところで。
俺は今この瞬間にひとつの大嘘をついた。
――大手コンサル会社に就職したのは、興味があったからじゃない。
100パーセント徹底的で純粋無垢に――〝金〟が目的だ。
俺はとある理由で、できるだけ大量のお金が必要なのだった。