1-18 推しと幼馴染による歓迎会
「でわでわ~才雅のコスプロへの入社を祝して――かんぱ~い!」
場所は都内の個室居酒屋。
晴海と月城さんの2人が、俺の簡易的な〝歓迎会〟を開いてくれていた。
「才雅、明日はオフなんでしょ~? 今日は死ぬまで飲めるね~」
「知らないようだから衝撃的な事実を教えてやる。なんと残念ながら人は死ぬと飲めなくなるんだ」
「ええ~!? 天国だと好きなだけ飲めるって信じてたのに~……!」
「お前は本当に天界中の酒を飲み尽くしそうで洒落になってないな……」
明日は入社して以来はじめての丸一日仕事が入っていない休日だった。
今日も比較的早くにリリの最後の仕事が終わったため、彼女を家に送り届けてから、先に会を始めていた2人のもとに合流した形だ。
時間は既に22時を過ぎている。俺の酔いもほどほどに回ってきた。仕事が早くに終わったのもそうだが……こうして月城さんと一緒に〝飲む〟ことができて(一応ついでに晴海も)、それだけでこの一か月間文字通り寝る間もない激務をこなしてきた甲斐があった。しかも明日は休みだ。こんなにも幸せなことがあろうか。
「でもでも~すごいよ、才雅~!」
すでに8割がた出来上がっている晴海がふらふらと左右に揺れながら言った。
「あのリリちゃんが、才雅のこと認めてたんだよ~? しかもまだ仕事を始めて一か月かそこらで! さっすが才雅! ウチが認めただけあるよ~」
「認めてる? あれが?」俺は頭の中でいつものリリの姿を思い出す。「相変わらず毎日文句ばっかり言われてるぞ」
「文句を言われること自体がすごいんだよ~前までの担当者さんなんて、本人には一切文句を言わずに精神的に追い詰めてたよ~」
心当たりはあったので曖昧に頷いておいた。
「でも才雅、アイドルのマネージャー業なんてもちろんハジメテでしょ~? 社内だけじゃなくって、現場や他社さんからの評判も良いし――なにかお仕事のコツとかってあるの~?」
ふうむ。俺の仕事ぶりの評判はいいのか。知らなかった。
こういうのは悪いより良いに越したことはない。有難く受け止めておこう。
「あ……、それ。私も聞きたいです」
月城さんが訊いてきたので答えることにした。
「コツなんてそんな……目の前のことを一生懸命やってただけです」
俺は頬を掻きながら正直に言う。
目の前のことをひとつひとつ、ただひたすら真摯にこなす――本当にそれだけだった。
グラスや食器を片付けるために店員さんがやってきた。
ついでに俺は山崎のハイボールと、『あ、私も同じもので』『焼酎の麦、お湯割り~』ということで飲み物の追加をした。
ハンディ端末に注文を入力して、トレイに空き皿をこれでもかと載せて器用に店員さんは運んでいった。
「ええと、リリの話でしたっけ」俺はこほんと咳をついて言う。「確かにあいつはいろいろ〝わがまま〟言いますけど。でもそのわがままにマネージャーである俺が応えることによって、多少なりとも満足して笑顔になって。それで仕事にも前向きな気持ちで取り組んでもらえれば。彼女のことを応援してくれる人たちに最大限のパフォーマンスを届けることができたなら。ファンの皆が満足してくれたなら――そんなわがままも、必要なんじゃないかって気がしますし。それに付き合うことこそ、今の俺の仕事かなって思います」
「「…………」」
「あ、すみません。まだ始めたばっかの新米がなに語ってるんだって感じですよね」
「いえ。中本さん……この仕事、とっても向いていると思いますよ」月城さんが優しい声音で言ってくれた。
「はは。元・天下一のアイドルに言われたら励みになりますね」
追加で頼んだお酒が運ばれてきた。
結構な勢いで我々の目の前にグラスが置かれたが、中のお酒が零れることは一切なかった。かなり手慣れている店員さんらしかった。
「店員さ~ん! 頑張ってる才雅に駆けつけ3杯!」
「おい、今新しいの来たばっかだろうが!」
「えへへ~なんだか感動しちゃったからさ~」
「感動したイコールなんで俺に駆けつけ3杯なんだよ……ご褒美どころか罰ゲームになるぞ」
わあわあ言いながらもふたたび酒を交わす我々。
「でもほんとにすごいと思うよ~。これまでの6人が音を上げちゃったのに、才雅は問題なくやれてるってことだもん。胸を張っていいよ~」
目を三日月型にしながら、晴海はまるで自分の手柄のように自慢そうに言って麦焼酎(お湯割り)をあおった。
月城さんはさっきから俺に温かな視線を向けてくれている。単にぬくもりのあるだけじゃない――瞳の奥にどこか複雑な揺らぎのある眼差しだった。
「それに――」俺はリリの姿を再び脳裏に描いた。「あいつ、俺のこと夜中に呼び出すときは絶対に起きて待ってるんです。寝落ちしてそのままってことは一度もありませんでした。俺に色々注文や文句をつけてる間も、その後ろの机にはたくさんの付箋やメモを張った台本、歌詞、ダンスの振り付け帳があって――。自分が出演した番組とか、あいつ全部録画して何回も見直してるんです。いろいろ反省点を振り返りながら……あれだけ寝る間も惜しんで努力してるとこ見たら、たかだか〝おつかい〟に失敗して怒られたくらいでめげてられませんよ」
月城さんの瞳のきらめきが増したようだった。
お酒のせいもあって、その頬には朱色が差している。まるで美しく儚げな花が雪原に咲いているかのようだった。
「……中本さん」
俺はなんだか照れくさくなって、ジョッキに残っていたハイボールを飲み干した。
酒を飲むとつい口が軽くなってしまう。頭で考える前に口から滑り出してしまう。
そんな風にして紡いだ言葉だったが、今の俺の仕事のスタンスをどうにかうまく口にできた気もする。
会社の先輩であり、付き合いの長い幼馴染でもある晴海の方は、俺の言葉をどう思っているのか横目で見ると――
「……やたやた~、酒樽ごといっていいんですかあ……? むにゃむにゃ……」
寝言かましながら爆睡していた。
ずるっ、と漫画みたいに俺は机上から肘を滑らせる。
しかもコイツ、夢の中で酒樽空けようとしてるぞ……どこまで無尽蔵なんだ。
「ふふっ」
月城さんは、いつもみたいに指の関節を口元に当てて笑っていた。
「やっぱり、中本さんの前だと安心して飲めるんですかね。こんなになってる江花さん、私初めて見ました」
「え? 晴海が潰れてるとこすか? ……そうなんですね」
確かに『俺の前以外では飲みすぎるなよ』といつも忠告していたが……俺じゃなくてもそれこそ月城さんみたいに『しっかりした人』がいる前じゃ結構飲んでいるものだと思っていた。ふうむ。ま、それでどうということもないんだが。
我々はもうお互いに大人だ。自己責任、自己責任。
「……というわけにもいかなさそうだな」
晴海は壁に背中を預けて完全に熟睡していた。
これは酩酊を越えてステージ〝泥酔〟だ。
「このまま店に放置して帰りましょう」と冗談のつもりで席を立とうとしたら、『だ、だめですよ……それは、さすがに』と月城さんを心配させてしまったので、冗談である旨を早めに種明かしして、ふたりで酔い潰れた晴海を介抱することになった。
「まったく。歓迎される側に手間をかけさせるとは……これで貸しひとつチャラだな」
食べログ4.0以上の居酒屋を予約するのは2軒で済みそうだった。