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1-10 『推しとランチデートなう』に使っていいよ

「ビルの9階に食堂がありまして……関係者ならそこで食べられるんです」


 あ、もちろんお金はかかりますよ、と月城(つきしろ)さんは笑って付け足した。

 

 ちょうどお(ひる)(どき)で、エレベーターはかなり混雑していた。

 必然的に俺は月城さんと近づくような形になる。お互いのジャケットの肩口が触れそうになるので、俺は不自然にならないようにしつつ身体を傾け彼女から距離を取る。

 もし仮に服の上からでも()()()()()しまえば、ジャングルの原住民が打ち鳴らす太鼓のような俺の心臓の鼓動が彼女に伝わってしまわないか不安だった。


 月城さんの方はといえば特になにも気にしていないような素振りでまっすぐ立ち、視線を床に落としている。

 ここまでの印象だが――〝アイドル〟ではない彼女は、比較的〝大人しめ〟の性格であるようだった。

 アイドル活動中もそんな気配は伝わっていたが、それを越えてあまりある美貌と歌唱力・演技力・ダンスパフォーマンスを披露してくれるので、逆にそのギャップこそ群衆がたまらなく彼女に惹かれた理由のひとつでもあった。


 ――秘密を着飾ったミステリアスでクールな完全美少女パーフェクト・ビューティ


 そんな彼女と一緒に、俺は今エレベーターに乗っている。

 さらに人が乗ってきて肩口が間もなく触れ合いそうだ。(しず)まれ俺の心の臓。

 しかもなんといってもこのあと【ランチ】をご一緒する。女神と一緒にする食事というのはどんな味がするのだろうか。


 妄想を爆発させていたら9階に到着した。


「このあたりにしましょう」


 食堂は想像していたよりも広かった。その端っこの机に食事を載せたトレイを互いに置いた。

 ズラリと並ぶ主食やら副菜やらご飯やら汁物やらデザートやらの小鉢や皿を好きに取って後から精算する、いわゆるパン屋さんスタイルの食堂だった。

 月城さんのトレイにはブリの照り焼きと小松菜のおひたし、わかめの味噌汁、2欠片(かけら)のグレープフルーツ。ご飯は少な目の玄米をチョイスしていた。

 

 あまり興味はないだろうが――ちなみに俺の方は生姜焼き(キャベツ付き)とかぼちゃのスープにカップ牛乳。ご飯は大盛りだ。


「…………」

「うん? どうかしましたか?」

「あ、いえ……()()()()()()()()だなあと思いまして」


 彼女は手を下唇にあてて口の()を緩めた。

 どうやらそれは〝月の裏側〟を見せている時の彼女が微笑む時の仕草であるようだった。

 そんな自然な微笑みが、元・月城なゆた推しの【ナユリスト】である俺にとっては〝意外〟に映った。

 

 メディアの中で見てきた彼女は、それこそ幼馴染の晴海(はれみ)みたく太陽のような笑顔を作るタイプではない。

 カメラを向けられると、よりなんというか、優しい笑みではあるが……それでいて破壊力の強い、もっと、こう――


 ()()()()()()のだ。

 

 まさしく雲を越えた山頂から眺める【満月】のように。

 何よりも美しく。それでいて見る者を狂わす魔性の微笑みを彼女は浮かべる。

 だからこそ、数多の人々が彼女の虜になった。


「……素敵、ですか?」

 

 だからこんなふうに。

 俺の食事の取り合わせなんていうひどく日常的なものに触れて、気取らない〝自然な表情〟を見せるのは――俺にとってかなり新鮮に映った。

 

「うん。やっぱり素敵な組み合わせです」


 月城さんはあらためて俺のトレイ上を見渡して確かめるように言った。


「そ、そうでしょうか?」


 好きに選べるということだったから、好みの品を好きに取っただけだったのだが。 

  

 ――生姜焼きキャベツ添え。かぼちゃのスープ。カップ牛乳。大盛りご飯。


 俺はその組み合わせのどこに彼女を〝素敵〟と思わせる要素があるのかさっぱり検討がつかなかった。なにも問題なさそうに見える。

 それでも『ふふふ』と彼女が眩しく微笑むので、なんだか俺は急に恥ずかしくなってきてしまった。


「なゆたさ……じゃなくて、月城さん」


 いつもの癖で『なゆた様』と(うやま)って呼ぶところだった。

 あぶないあぶない。あやうく初対面で下の名前を〝様付け〟してくるヤバイ奴扱いされるところだったぞ。


「はい、なんでしょう?」


 こてん、と首を傾げる仕草が俺の胸をより高鳴らせた。

 まずい。このままじゃ緊張で食事が喉を通らない。

 はやくこの身体の火照りを抑えなければ……その間の()()()()になるような質問。他愛のない話題。


 なにかないだろうか――

 

「ああ、そうだ」


 俺はふと思いついて、


「月城さんは……どうしてアイドルを()退()されたんですか?」


 

 動揺からいきなり核心に踏み込んでしまった。




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