プロローグ 俺と世界とキミと月
――その時代、世界は間違いなくキミ一色だった。
街の中の広告も。テレビのニュースも。学校での話題も。
キミを中心にして世界は回っていた。
月城なゆた。
全国のアイドルが参加する【アイドルオールスター総選挙】2連覇。
ドラマ、CM、映画出演本数ランキング年間1位。
時の芸能界を完全に制覇した伝説のソロ・アイドルだ。
彼女には確固たるポリシーがあった。
マスコミの前には極力出ない。SNSも一切やらない。
握手会やチェキ会、生配信などのファンサービスもなし。
〝触れ合える身近なアイドル〟としての商法が主流の現代において。
〝気軽に会いに行けないアイドル〟としての彼女の存在は完全に異彩を放っていた。
謎を着飾った少女。鉄壁の女。
完璧なる黒髪処女。異端美女。
画面の向こうの憧憬――世間を騒がせる呼称には事欠かない。
しかし、だからこそというべきか。
――キミは誰もが憧れる、まさしく時代の【偶像】になった。
渋谷のスクランブル交差点に立つと。
ガラス張りのビルのデジタル・サイネージの中で柔らかな微笑みを浮かべるキミの姿をよく見かけた。
ビルの背後には夜空にぽっかりと月が浮かんでいる。
都会がどれだけ煌々と極彩色の光を放ち夜空の星を霞ませていても、月だけはその存在がはっきりと分かった。
しかし、そんな月にどれだけ手を伸ばしても――決して届くことはない。
数多の人が周囲を通り過ぎていく。
彼女が徹底的な【偶像】であったとするならば。
まわりの雑踏のうちの幾人もが彼女の【信仰者】であることだろう。
キミのことをメディアを通して目にしたり、話題として口にするたび頬を緩ませて熱狂する。
人をそれほどまでに動かす魅力がキミにはあった。
そんなキミ――完全無欠で幻想的な美少女・月城なゆたと。
俺はこの先、どろどろに溶けそうになるほどの【同棲生活】を営むことになるのだった。
推しアイドルとの純情どたばたラブコメ、開幕です――!
完結まで毎日更新します。
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