落ちこぼれ魔具師の魔術革命~こっぴどく幼馴染に振られましたが、学園の聖女様と仲良くなって毎日が幸せです。え、君が大好きな人気ブランドの創業者は、さんざん馬鹿にしてた僕なんだけど?~ 今さら(ry
「え、キモ……。近寄らないでくれる?」
それが僕の幼馴染――エリシアの第一声だった。
魔術学院の放課後の教室で。
僕――カインはエリシアにばっさりと切り捨てられ、人生初の失恋をした――
***
今日はエリシアの誕生日だ。
エリシアとは僕の幼馴染であり、学校にはファンも存在する美少女である。
すらっとしたモデルのような体型に、燃えるような赤髪ツインテールが特徴的な女の子だ。
僕はエリシアに誕生日プレゼントを渡すために、こっそり彼女を放課後の教室に呼び出していた。
「プレゼントは何にしようかな。
今年から本格的にダンジョン攻略が始まるのに、エリシアはあんなに薄着で危なくて――そうだ。身を守るために召喚獣をプレゼントしよう」
悩みに悩み、僕はとっておきの魔道具を開発することに成功した。
どんなときも彼女を守ってくれるように、と願いを込めた14年の人生で最高の出来を誇るプレゼント。
僕はエリシアに人工生命体――守護獣をプレゼントすることにしたのだ。
(見た目は犬なんだけど――)
(ううん。エリシアは犬が好きだって言ってたし、きっと喜んでくれるよね)
ここ数日は、寝る間を惜しんで魔術式を構築してきた。
すべてはエリシアが喜ぶ姿を見るためだ。
もし受け取ってくれたなら、告白しよう――そんなことすら考えていたとっておきの一品。
そんな誕生日プレゼントを前に、エリシアはあろうことか……、
「はぁ? 魔術オタクの陰キャが、わたしに告白? 無いわー、本当に無いわー」
軽蔑しきった目で、僕を見てきたのだ。
さらにはエリシアの後ろでは、
「ぎゃははは、まさかオタクくんが、本当にエリシアちゃんと付き合えると思ったの?」
「それは思い上がりすぎ! ぎゃははははは!」
「万に一つも、あり得ないでしょう!」
「ちょっと、本当のこと行ったら可哀想だって!」
エリシアだけを呼び出したはずの教室には、大勢のクラスメイトの姿があった。
誰もが僕の方を見て、馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
……地獄だった。
「エリシア、どうして? あんなに僕の発明品を褒めてくれたじゃないか」
僕が魔術学院で不人気の発明科に進んだのも、すべてはエリシアを喜ばせるためだった。
彼女の笑顔が見たい一心で勉学にも打ち込んだし、今日まで頑張ってきたのだ。
それなのに、それなのに――
「え~。だって、気持ち悪いんだもの。なんなのそれ?」
「え? 犬だけど……」
昨日の夜中、ついに生み出すことにした人工生命体。
犬を模したもので、手触りにもこだわった一品だ。
護衛目的の戦闘能力だけでなく、もふもふの毛並みは癒やしすら与えてくれる。
「それが気持ち悪いって言ってんのよ! 魔法陣を紡ぎながら、いっつも気味の悪い笑みを浮かべて――ほんとうに気持ち悪い!」
「それじゃあ……。いつも僕の発明品を見て喜んでくれてたのは?」
「え? だって原材料をバラせば、良いお金になるし。今回もそうしようと思ってたのに……、あまりにも気持ち悪くて耐えられなかったのよ!」
「それじゃあ、今まで僕のプレゼントはバラバラにされて売られてたの?」
丹精こめて作ったプレゼントの末路を知らされ、あまりにもショックだった。
「それに今日は、『デビルシード』の最新型の魔道具の発売日なのよ。
こんなところで、あんたに構ってる暇はないの」
エリシアがうっとりとそんなことを言った。
恋する乙女のような表情で口にしたのは、新進気鋭の魔道具ブランドの名前だ。
(え? デビルシードって、僕が立ち上げた商会のことだよね……)
(なんで今、そのことを?)
「もちろん知ってるよ。これはデビルシードに卸す前の、正真正銘の最新作で――」
「はあ? あんた、まだデビルシードの創業者を騙ってるの?」
騙ってるも何も、すべては事実だ。
エリシアにはそのことを何度も話していた――いつも適当に聞き流してたのは知ってたけど。
まさか信じられてすらいないなんて、思いもしなかった。
「あんたなんかが、デビルシードの創業者な訳ないじゃない!
きもっ。まだそんな嘘を付いてるの? キモすぎて鳥肌立ったわ今……」
エリシアが両腕をさする。
「それじゃあエリシアが、今まで僕の発明品を褒めてくれたのは……?」
「あんたから1ゴールドでも多く搾り取るために決まってるじゃない!
ふふっ、少しは良い夢が見れたでしょう?」
騙してきたことを悪びれることもなく、エリシアは意地の悪い笑みを浮かべた。
隣りにいた金髪のチャラ男が、エリシアの肩に手をおいた。
エリシアの方も、満更でもない様子だ。
「私――ジーくんと付き合うことにしたから」
「え……?」
「そういうことだから。悪いな、オタクくん!」
チャラ男が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて僕を見た。
典型的な陽キャで名前はたしかジオルド――なぜか僕を目の敵にしており、いつも嫌味を言ってきた男だ。
「その魔道具を弄る趣味――いい加減やめた方が良いわよ。気持ち悪いもの」
そう言い残しエリシアは去っていった。
クスクスと笑いながら、クラスメートたちも去っていく。
(そうか。そういうことだったのか……)
ようやく僕は悟る――この場は、僕のことを笑い者にするためだけに設けられたのだと。
エリシアは今日、僕が告白することを読んで、仲の良いクラスメートと馬鹿にするために、こうして集まっていたのだ。
「そんなもの弄ってる分際で、エリシアちゃんと付き合おうとか本気だったのか?」
「あっはっは。まじでウケルー!」
「身の程わきまえた方が良いって。ぎゃっはっは!」
そんな罵倒を浴びせられ、用意したプレゼントが蹴り返される。
犬を模した魔道具は、く~ん……、と悲しそうな声で鳴いた。
さんざん僕を罵倒して満足して、クラスメートたちは教室を去っていった。
◆◇◆◇◆
王立魔術学院――それが僕が通う学校の名前だった。
優秀な魔術師の卵が集められ、主席で卒業すれば将来は約束されたようなもの。
数々の魔法の名手をは輩出し、王国でその名を知らぬものは居ない。
そんな名門校である。
僕は魔道具弄りしか取り柄にない凡人だ。
そんな僕が王立魔術学院に入学できたのは、死ぬ気で勉強したからに他ならない。
すべてはエリシアといっしょに過ごすためだった。
それなのに、それなのに――
「好きなものが好きで、何が悪いっていうんだよ!」
淡い恋心は木っ端微塵に砕かれ、クラスメートに馬鹿にされたという事実だけが残る。
昔から魔術道具が好きだった。
複雑な紋章と、ハードの織りなすそれは、まさに芸術。
コミュ障だった僕は、物心がついた日から魔術道具の研究にのめり込んでいった。
(あれは全部、嘘だったのか……)
涙を流しながら、僕は思い出す。
エリシアは優しく声をかけてくれたのだ。
開発道具を見て「すごい!」「かわいい!」と喜んでくれたのだ。
誰にも理解されなかった趣味が、はじめて受け入れられた特別な日だった。
エリシアが喜んでくれる。
だからこそ寝る間も惜しんで、開発を続けたのに……。
「もう全てがどうでも良いや。帰ろう……」
エリシアが喜んでくれないなら、魔術道具を作る意味もない。
デビルシードだって、もうどうでも良い。
「魔術道具作りは、今日で引退しよう」
僕は、学校の屋上に来ていた。
深い意味はない。ここから眺める夕焼けは、心を落ち着かせてれるのだ。
く~ん
生み出した犬が慰めるように、僕の足元にすりすりと鼻をこすりつける。
「はは、本当に生きてるみたいだな」
どれだけ生きているように見えても、これは所詮は魔術式により擬似的に知能を与えられた生命体にすぎない。
こんなことをしてるから、エリシアに気持ち悪がられるんだよな――
僕はとっさに犬を抱きかかえた。
手触りを重視したそれは、ほんとうに生きている犬のようなぬくもりを僕に伝えてくる。
「はっ、下らない――」
それは刹那の衝動だった。
僕は気がつけば、それを屋上から投げ捨てようとしていた。
それは僕の人生における最大傑作だ。
後になったら絶対に後悔するだろうと分かっていた。
分かっていたけど、そうせずには居られなかったのだ。今のモヤモヤをすべて吐き出したかった。
――その時だった。
「だめえええええぇえええええ!」
突然、小さな人影が屋上に飛び込んできて、ものすごい勢いで僕に突進してくるではないか。
「そんな芸術品を投げ捨てようなんて!
馬鹿なんですか、馬鹿なんですね。先輩は!」
「お。お、お、おちついて!?」
ものすごい勢いでタックルされ、押し倒される形になる。
「これが落ちついてなんていられませんよ、ありませんよ、国の宝物に向かってなんてことを……!?
先輩はそれの価値が分かっているんですか分かってないですよね!?
だからそんな軽率に、そんな恐ろしいことが――」
僕にのしかかったまま小さな人影は、そうまくし立てた。
あまりの勢いに、僕は呑まれたように口を開くことすら出来ない。
小さな女の子だった。
金髪のツインテールにふりふりのドレス。
いかにもなロリータファッションだった。
というかこの子は――
「オリビア、さん? ――え、聖女さま?」
この魔術学院には、有名人が2人居た。
1人は僕の幼馴染のエリシア――さっき失恋したばかりだけど――と、この眼の前の後輩だ。
紅と金――美人系とかわいい系。
幼さをあわせ持つ彼女は、まさに学園の中で知らぬものはいない有名人だった。
そのかわいらしい容姿ゆえ。そして何より、彼女の持つ聖なる魔力が理由である。
「その呼び方はやめて下さい。恥ずかしいです」
「……ごめん、オリビアさん」
「後輩にさん付けなんて要りませんよ」
上目遣いでじーっとこちらを見てくるオリビア。
それじゃあ呼び捨てにしろと?
学園の聖女様を相手に、なかなかハードルの高いことをおっしゃる。
「分かった……。お、オリビア。というかオリビアは、どうしてここに?」
「だって先輩が、魔道具作りを引退するって聞いて……」
「え?」
「――すいません、あまりのことに取り乱してしまって」
怒られた子犬のように、オリビアはしゅんとうなだれた。
「オリビアは、なんで僕なんかの名前を?」
「え? 当たり前じゃないですか。天才発明家にしてブランド・デビルシードの創業者カイン・アルノート。この界隈で先輩の名前を知らない人なんていませんよ?」
大真面目な顔で言い返される。
天才発明家というのは大げさだけど、たしかに『デビルシード』は僕が立ち上げたブランドだ。
僕がデビルシードを立ち上げた理由は、いたってシンプルなものだった。
魔道具作りは、とにかくお金が居る。エリシアにプレゼントするための開発品を作るためには、どうにかして資金を調達する必要があったのだ。
はじめは僕は、片手間で作った発明品を市場で売りさばいていた。
そのときに妹から魔道具商会を立ち上げることを進められ、独自ブランドとして『ブランド・デビルシード』を立ち上げたのだ。
妹に任せっきりで、正直、ブランド・デビルシードがどうなっているかは知らない。
それでも妹いわく「めちゃくちゃ儲かってる」とのことだった。
世界中にファンも大勢居るとも。
(その他大勢なんかより、エリシアのことしか考えて無かったから……)
僕がブランド・デビルシードに思いを馳せていると、オリビアが何かを訴えかけるように言葉を続けていく。
「私、先輩の生み出す魔道具のファンなんです。
それなのに、それなのに、引退なんて――」
オリビアは目に涙を浮かべていたが――
うわあああああん
と泣き出してしまった。
「ちょ、ちょっと……」
参った、困った。
エリシア以外の女の子と話した経験なんて、ほとんどない。
いきなり目の前で泣き出した少女の対処方法なんて、知るわけが無かった。
「お、落ち着いて! 引退なんてしないから!」
「本当ですか……?」
おずおずと僕を見るオリビア。
罪悪感がすごい。
結局、僕は事情を説明していた。
生まれてからずっと一緒だった幼馴染に騙されたこと。
こっぴどく振られて、クラスメートの前で笑いものにされたこと。
自分で話していて、嫌になる。
情けない話だ。それなのに――
「ありっ得えません!
その女狐は、先輩の魔道具の価値が分からないんですか!?」
オリビアはまるで我が事のように怒ってくれた。
「ありがとう、そうして僕のために怒ってくれる人がいるだけで、救われる気持ちだよ」
「先輩は優しすぎますよ。
10年近く騙されてきたんですよ? もっと怒って良いはずです!」
オリビアはなおも、怒り醒めやらぬとばかりにプリプリ怒っていた。
***
「というかエリシアさん、デビルシードの商品を愛用してましたよね? それなのに先輩の発明品を馬鹿にしたんですか?」
オリビアの言うとおり、エリシアは僕が卸した『ブランド・デビルシード』の品を愛用していた。
彼女には、僕がデビルシードの創業者であることを伝えていた。
結局、彼女はそれを信じていなかったみたいだけど――
「デビルシードが大好きなくせに、先輩の魔道具の価値が分からないなんて。ほんとうに残念な人ですね」
オリビアがそう切り捨てた。
エリシアは、いつも目をキラキラさせてデビルシードの新商品を追い求めていたっけ。
それなのにいざ目の前にしたら、こうもあっさり見逃して馬鹿にするなんて――たしかに節穴も良いところだ。
「必ずギャフンと言わせてやりましょう!!」
「あー、それはもう良いかな」
「何でですか!? 先輩はやっぱり、まだあの性悪女のことが……?」
(それは……、あり得ないかな)
「今までずっと騙されてきたんだ。そんな筈ないよ。
エリシアはもうただの幼馴染で――そんな労力もかけたくないんだ」
「それなら良かったです」
僕のエリシアへの熱は、すっかり醒めていた。
僕の言葉に、ホッとしたようにオリビアは微笑んだ。
(本当に優しい子だなあ)
「それで先輩、その発明品は――」
「ありがと、もう大丈夫」
寝る間を惜しんで作った渾身の新作なのだ。
早まらないで本当に良かった。
「本当ですね!? もう捨てたりしませんか? しませんね! したら絶対に許しませんし、先輩の家に押しかけて一生恨みますし、ついでに製造方法を聞き出しますからね!」
んん?
勢いに任せてなんか凄いことを言っているね?
「……これ、いる?」
「――え?」
「ちょっとしたお礼。オリビアのお陰で、捨てずにすんだから。
だから――これはほんの気持ち」
「――良いんですか!!!!??」
めっちゃ食いつかれた。
もちもちした頬が、目と鼻の先にある。
今気がついたけど、この子ほんとうにめちゃくちゃ距離が近い。
まるで無邪気な子犬のようだ。
「うん。もう僕には必要ないものだもん。捨てるぐ――」
「受け取ります、受け取りますから捨てるだなんておっしゃらないでください! もし捨てたりしたら(以下略」
オリビアは、それから僕の魔術道具のどこか素晴らしいかをめちゃくちゃ語ってくれた。
「デビルシードの作品は、どれも魔術式へのこだわりが凄いんです。
少ない魔力で機能を失わない工夫が秀逸で! ダブルバッファ採用型の熱量タンクなんて、私、はじめて見て――」
「ああ、あれね……!」
こだわりポイントについて熱く語られ思わず、全力で相槌を打ってしまう。
「そうそう、そここだわったんだよ!
シングルだとどうしても、魔力の減衰量が厳しくてさ。つなぎ目の魔力反発係数を上げて無理矢理対応することも考えたんだけど、それだと――」
そして思わずマシンガントーク。
(し、しまった――)
(これで、いつもエリシアにドン引きされてきたんだ……)
……やってしまった。
またドン引きされるかと後悔したが、そんなことはなかった。
それどころか――
「やっぱり先輩は天才です!
魔力の減衰量というなら、全体導線の魔力伝導率を引き下げて――」
「それだと限界があったんだ。頭をかかえて魔術学会の論文を読み漁ってたら、ちょうど良い理論を見つけて――思わず試したくて徹夜で試しちゃったよ!」
「よく見つけましたね! やっぱり先輩はすごいです!
あ、ではではリヒテン理論に載ってた摩擦係数使う方法だと――」
……オリビアも怒涛のように語りだした。
その知識量には、僕ですら眼を見張るものがあった。
何より好きなものを語るときの圧倒的な熱量。
――察した。
同士だ。この子は、同士だ。
魔術道具の面白さに飲み込まれた生粋のオタク。
「それで――」
「はい」
気がつけば失恋の悲しみすら忘れ、僕たちは魔道具について語り合っていた。
初対面の女の子だというのに、まるで話は尽きない。
(好きなことについて語り合えるのが、こんなに楽しいなんて!)
こんな話をエリシアの相手でしたら、凄く嫌な顔をされただろう。
思えば今までは好きなことを押し隠し、相手の顔色を伺って生きてきたものだ。
(いやいや、調子に乗るな僕!)
(仕方なく話を合わせてくれているだけかもしれないし)
そんなことを考えていたら、
「あ……。ごめんなさい、長々と話し込んでしまって」
なんとオリビアの方から謝ってきた。
もしかすると僕たちは――似た者同士なのかもしれない。
「僕の方こそ――昔から魔道具のこととなると周りが見えなくなって、つい……」
「分かります! 分かります!」
ぶんぶんと首を横に振るオリビア。
その必死な仕草に、思わずクスッとしてしまう。
その後、僕たちは思う存分、魔道具について語らった。
楽しい時間は、永遠には続かない。
日は沈み、あっという間に帰宅する時間になる。
「先輩、また話せますか?」
「僕で良ければ喜んで」
別れ際、次に話す約束を取り付ける。
「デビルシードの最新作。先輩からの贈り物! 一生の宝物にしますね!」
「そんな大げさな」
「大げさなんかじゃないです、先輩の発明品は世界一です! この良さが分からないなんて……、エリシアさんは万死に値します!」
オリビアの真っ直ぐな称賛。
面と向かって何度も褒められると、照れくさいな。
「別にエリシアのことは、どうでも良いんだ。別にそれも大したものじゃないし――」
「大したものじゃ、なくないです!」
食い気味に否定される。
「先輩、自分の発明品を卑下するようなことを言わないで下さい! 先輩がそんなことを言ったら……、それに惚れ込んだ私はどうすれば良いんですか?」
「そうだね。オリビア、ありがとう」
「こうなったら……、先輩! 先輩の魔道具がどれだけ素晴らしいか、私と先輩で世界に証明しましょう!」
オリビアは、そう宣言した。
「うん。この魔道具の凄さを――世界に証明しよう!」
特に深く考えての言葉ではなかった。
普段の僕なら、まず言わなかったようなこと――オリビアと魔道具について語り合って、気持ちが高ぶっていたのだろうか。
(まあ、社交辞令みたいなものだよね)
所詮は、学生が趣味で作った魔術道具だ。
丹精込めて作った品ではあるけれど、世界を見渡せば、ありふれた魔道具の一つに過ぎないだろう。
――その日の誓いが、今後の人生を大きく左右することになろうとは、その時の僕は想像すらしていなかった
「じゃあね、オリビア」
「はい。先輩、また明日!」
(また明日……?)
(言い間違えかな……?)
僕は首を傾げながら、オリビアと別れるのだった。
――その日から、僕はオリビアと毎日のように語り明かすことになる。
◆◇◆◇◆
《数日後・エリシア視点》
私――エリシアは、むすーっとしていた。
苛立ちの原因はあいつ――先日、身の程知らずにも告白してきたから振ってやったカインだ。
あんなやつが我が物顔で隣に並んでいた今までが、おかしかったのだ。
それに比べてジーくんはスポーツ万能で容姿端麗。学園で一番の人気者だ。
貴重な金づるを失うことになるのは痛いが、せめて落ち込んでる姿を見て溜飲を下げよう。
そんなことを思っていたのに――
「なんでケロッとした顔をしてるのよ!」
翌日になってみれば、あのオタクは私の方を見ようともしなかった。
昨日までは、ずっと私の顔色を伺っていた。それなのに――
(なんで、こっちを見すらしないのよ……!)
更には納得いかない事があった。
「先輩! 先輩! 先輩!」
「あ、オリビア!」
(どこで知り合ったっていうのよ!?)
驚くことに”学園の聖女様”が、カインと親しげに話していたのだ。
学園の聖女様――別名、孤高の撃墜王。
柔らかな雰囲気とは裏腹に、まったく浮いた話を聞いたことがない。
学年主席のエリートの告白すらあっさりと断り、親しげな男性の話すら聞いたことがない。
そんなオリビアが――毎日昼休みになると教室まで遊びに来るのだ。
その目的は、あろうことか冴えないオタクであった。
「な? オリビア様だ!」
「なんだってあいつが!?」
教室内も騒然としていた。
しかしオリビアは、回りの騒動など視界にも入らぬ様子。
カインも満更でもなさそうに受け入れ、それは幸せそうに微笑んでいたのだ。
(なんなのよ、なんなのよ!)
――カインも、楽しそうに笑っていた。
私の前では、一度も見せたことがないような朗らかな笑みだ。
自然体で笑い合うオリビアとカインは、不思議と長年連れ添ったお似合いのカップルのようにすら見え……、
(むかつく。むかつく、むかつく!)
(あんな魔道具オタクのくせに!)
私は気がつけば、オリビアとカインの元に歩みを進めていた。
***
「随分と楽しそうに話してるわね」
私は、オリビアとカインの間に割って入るように声をかけた。
「あら、エリシアさん。私たちにいったい何の用ですか?」
オリビアが敵意に満ちた目で、私を見てきた。
(な、なによ……!)
(そんなことより、今はこのオタクよ――私以外の女の前で、デレデレしちゃって!)
「ちょっとそいつに用があったの。……ねえ、付き合ってくれるわよね?」
カインは、しばらく私と話せなくて寂しかったはずだ。
さぞ喜ばれるだろう――そんな反応を予想していたが、
「ごめんエリシア。……それ、今じゃないと駄目?」
あろうことかカインは、迷惑そうな顔で私を見返してきたのだ。
ちょっと前は、私が話しかけただけで犬みたいに嬉しそうに尻尾を振っていたくせに!
「つべこべ言わずにさっさと来なさいよ。あんたなんか、ずっと私に従ってれば良いのよ!」
「失礼ですがエリシアさんは、先輩の何なのですか?」
「それは――」
(なにって、幼馴染で……、あれ?)
カインに告白されて振って――今の私とカインは……
「オリビア、エリシアとは赤の他人だよ」
カインは、私のことを赤の他人と言い切った。
どうしようもなく気に食わなかった。
「無理しないで良いのよ? 今なら私が、お昼を一緒に食べてあげるって言って――」
「エリシア。今はオリビアと魔導――大事なことを話してるんだ。新商品開発のことでさ――だから邪魔しないで欲しいんだけど?」
なんの未練もないとばかりに、カインはあっさり私の誘いを断った。
「エリシアさん。あなたに私と先輩の逢瀬を邪魔する権利はないですよね?」
「そうだけど――カイン、本気なの?」
「うん。ごめん、用があったなら後で埋め合わせするから」
未練がないどころか、カインから申し訳無さそうな顔をされてしまう。
私は、すごすごと自席に戻るしかなかった。
(なんっなのよ、カインの癖に!!)
「エリシアちゃ~ん、どうしたんだよ?」
「うっさい、放っておいて!」
怪訝そうな顔をするジオルド(ジーくん)に、思わず怒鳴り返してしまう。
(あいつ、どうやってオリビアと……)
私は、ギリリと歯ぎしりした。
(そういえば新商品開発の話って言ってたわよね)
(ははっ、呆れた。あいつまさか――デビルシードの創業者だって、オリビアにまで言いふらしてるわけ!?)
私の憧れのデビルシードシードの創業者が、まさかあんな冴えないオタクなはずがない。
オリビアと話すために、精一杯背伸びして無理やり話を合わせているのだろう。
(そんな関係、いずれ破綻するに決まってるのに)
(馬鹿なやつ――ふふっ。どうせなら、私がこの手で引導を渡してやるわ)
そのためにはデビルシード創業者がアイツでない証拠を集める必要がある。
カインの動向を探って、あいつがデビルシードとは関係ないただの魔道具オタクであることの証拠を集めるのだ。
――気がつけば、私は放課後になるとカインの後をこっそりと付けるようになっていた。
◆◇◆◇◆
《数日後・カイン視点》
「先輩先輩、何か後を付けてきてますよあの人……?」
「何を考えてるんだろう……。それより今日の放課後は、デビルシードの工房に向かおうと思ってるんだ」
昼休みにオリビアと話し合って思いついたアイディアは、眠らせておくには惜しいものだ。
僕は土日を待たずに、新たな魔術式を試すつもりでいた。
「あ~……。なら私は入れませんね?」
「何言ってるのさ。オリビアは新商品の共同開発者だよ? もちろん入れるように手配してもらうって」
「先輩の工房を見せてもらえるんですか!?」
めちゃくちゃ食いつかれた。
「別に僕専用の工房って訳じゃないよ?」
「分かってます。それでもデビルシードの工房に入れる日がくるなんて――まるで夢みたいです!」
大げさに喜んでくれるオリビア。
はにかむような笑みを浮かべられ、僕は恥ずかしくなり目を逸らす。
この表情を僕だけが独り占めしている――少し前までは幼馴染以外と会話すらしたことがなかった僕が、だ。
未だに夢かと疑ってしまうような現実であった。
***
数十分後。
僕とオリビアは、デビルシードの開発室を訪れていた。
「お久しぶりです、カイン様」
「ご苦労さまです、セバス。留守中は変わりなかった?」
「はい。工房もいつでも利用可能です」
「いつもありがとね」
うやうやしく執事に礼をされる。
「カイン様。来月発売予定の新商品についてなのですが――」
「任せておいて。この子のおかげで、今日にもプロトタイプに取りかかれると思う――凄い知識量なんだよ」
「きょ、恐縮です――」
僕の紹介に、ぺこりとオリビアが頭を下げる。
それにしてもデビルシードも気がつけば随分と大きくなったものだ。
僕が慣れた足取りで建物の奥に進むと、オリビアがキョロキョロと興味深そうに辺りを見渡していた。
***
建物内を歩き、僕たちはやがて一つの扉の前に行き当たる。
僕は扉に手をかざし、中に入ることにした。
「どう、オリビア?」
「はい――あの憧れのデビルシードの開発室に入れるなんて、まるで夢みたいです!」
オリビアは、まるで宝の山でも見たように目を輝かせていた。
こうして笑っているとオリビアは年齢より幼く見える。
「それじゃあ早速始めようか」
「はい。先輩の神業――近くで見せて下さい」
期待に満ちた目で、オリビアは僕を見てくる。
「普段は誰も誰も立ち入らせないんだけどね――でもオリビアは特別だよ」
簡易的な作業場なら家にもある。
それでも誰にも邪魔されずに開発に打ち込める――ここは聖域だ。
「感動です!」
「あー。退屈だったら先に帰っちゃっても良いからね」
「退屈なんてあり得ません!」
オリビアはそう言っているけれど――僕は集中すると回りが見えなくなる人間だ。
下手すれば徹夜で打ち込んでしまうこともあり得た。そんな無茶に、学園の聖女様を付き合わせるには行かないだろう。
(少し気をつけないと……)
魔術式を刻むため、僕は機材を取り出した。
魔道具を作るための環境は非常にデリケートだ。
繊細な魔術式が織りなす総合芸術――魔道具作りは非常に繊細なのだ。
少しのミスも許されない心地よい緊張感。
適切な土台を選び取り、僕は手早く魔術式を刻んでいく。
「すごい――」
遠くでオリビアが息を呑む声が聞こえた気がした。
ここに誰が居るのかも気にならなくなる。
ただ無心に作業に没頭する。
何よりも辛く、だけども何よりも楽しい時間――それが僕にとっての魔道具作りだ。
***
《オリビア視点》
(すごい!)
(先輩の――あのデビルシード創業者の仕事を、私は見ているんだ)
私――オリビアは瞳を輝かせずには居られなかった。
年甲斐もなく興奮していた。
私は、魔道具が好きだ。
魔道具が織りなす繊細な魔術式のハーモニーが、魔道具から感じる作り手の思いを感じ取るのが何より好きだ。
――私が魔道具大好きな変わりものに育ったのには、理由があった。
*
私の両親は、厳しい人だった。
幼いころから家庭教師が呼ばれ、徹底的な英才教育を施された。出来ないことがあれば「そんなことも出来ないのか!」と怒られる事も多かった。
必死の努力が実を結び、私はどうにか聖属性の魔力に目覚めたのだ。
そのときは両親も泣いて喜んでたっけ。
「――将来は教会で聖女として生きていくのよ」
「そうすれば、あなたの未来を妨げるものはないわ」
それは呪いの言葉のようだった。
中高一貫の名門校――エリートの魔術師を多く排出している学校だ――に合格しても、母は満足することはなかった。
それどころか要求はどんどんエスカレートしていった。
そんな日々に疲れていた時、私はデビルシードの魔道具に出会ったのだ。
たまたま立ち寄った商店で見かけた小さな魔道具だ。
目を引いたのは、特徴的なデフォルメされた悪魔と種のロゴ――効能は快眠を約束し、精神が楽になりますなんて胡散臭い触れ込み文句。
その頃はデビルシードの名も知られておらず、正直怪しいとしか言いようのない小道具だった。それでも不思議と私は惹かれ、気がつけば手にとっていたのだ。
(すごい……)
包み込まれるようだった。
半信半疑で寝る前に枕元に設置すれば、不思議と嫌なことを忘れられ――
(ああ。こんな方法があるんだな)
魔道具と言えば、戦闘で使うのが一般的だった。
もしくは高価な生活必需品――お守りのような魔道具は、常識に照らし合わせれば魔力と魔術式の無駄だと言われるようなものだろう。
それでも私が、今、その時に求めていた魔道具はそれだったのだ。
ちょっと辛いときに心を落ち着かせ、ゆったりと眠りに付いて、また前を向ける――そんな些細な魔道具が私に必要だったのだ。
私は一瞬で、デビルシードの虜になった。
そんな私が、デビルシードそのものに興味を持つのも自然な流れで……、
(デビルシードの創業者)
(……私と同じ学生なんだ)
気がつけば、私は魔道具が大好きになっていた。
発明品の情報は特に伏せられていた訳ではない――デビルシードの新商品はすべてチェックした。
彼が出した論文はすべて読みこんだし、実践して試したこともあった。
そんな日々を送っていたら……
――なんとデビルシードの創業者が、高校から編入してきたのだ。
正直、たまたま名前が一致しただけだろうと最初は思っていた。どんな偶然だよと、夢見すぎだよ私と。
それだけど確信したのは、あの人が授業で設計した”魔術公図”を見てからだ。
一見、荒唐無稽なものだけど確かな新理論に裏打ちされた革新的な設計図――間違いない。
変な自信があった。あの人が書いた論文はすべて読みこんできたし、私は自他ともに認めるデビルシードオタクだ。
だから確信できた。高校から編入してきた転入生カイン・アルノートは――私の人生を変えてくれたデビルシードの創業者に違いないと。
そんな憧れの人と毎日話せる幸せな生活が始まった。
きっかけは偶然――困惑していた先輩は、優しく受け入れてくれて――――
「~~~う~ん! 今日もいっぱい話しちゃった!!!」
「呆れられてないかな? 大丈夫かな!?」
家に帰って1日を思い出し、布団でジタバタしてしまう。
油断すると顔が火照って、ついついにやけてしまう。
先輩の前ではこんな姿は見せられない――これじゃあ私、ただの変人だし……、先輩の中で私は、ただの魔道具オタクの同士。
それ以上でもそれ以下でもないのだから。
そうして更に日々は過ぎ――
私は、先輩の神業を見ることになる。
*
先輩の手腕は、文字通り神業だった。
ひと目見て分かった――腕が違いすぎた。
魔術式を刻む速度が、その精度が、機材の選び方が。
何をとっても私なんかとはレベルが違う。
ぽかーんと口を開けて眺めてしまい――いかんいかん、先輩にアホ面をさらす訳にはいかないと慌てて表情を引き締める。
(――すごい集中力)
有言実行。
先輩は信じられないほどの集中力を発揮し、魔術式を組み上げていく。
先輩は天才だ――そんなことは分かっていたけれど、目の前で繰り広げられる神業は、想像を遥かに超えていく芸術品のようで。
(今日、この瞬間を一生記憶しておきたい……!)
何時間経っただろう。
食い入るように見ていた私は、先輩が手を止めたことにより、ようやく魔道具が完成したことに気づく。
「ふう」
「おつかれさまでした、先輩!」
「……!? オリビア、まさか最後までそこで見てたの!?」
「はい! まさか生でデビルシードでの作業が見られるなんて――私、感動しちゃいました!」
興奮冷めやらぬとはこのことだ。
良いものを見せてもらったお礼にと、私はそっと先輩にタオルを差し出した。
◆◇◆◇◆
(やってしまったああああああ)
「うわあ、ごめん。5時間も経ってる――ずっと放置しちゃってたよね。僕、昔からこうで――本当にごめん」
また悪い癖が出てしまった。
作業に集中して――オリビアを5時間も待ちぼうけにさせてしまうとは。
どんな悪態を付かれても文句は言えない。
「何で謝るんですか。私、本当に先輩のファンなんです――こうして見れて……、生きてて良かったって思いました!」
(オリビアの優しさが心に染みる……!)
「先輩? それは何の魔道具ですか?」
「今度から実践演習が始まるよね。そのために身を守って魔力を増強する――オリジナルのアクセサリだよ」
なお前回は贈り物に生命を与える試みを行ったが――今回は効能重視だ。
「なるほど? なんだかデビルシードらしくはないですね?」
「デビルシードの新商品開発はまた今度。これは個人的な贈り物だからね――いつも付き合ってくれてありがとね、オリビア」
僕はそう言いながら、オリビアにアクセサリを渡す。
三日月を模した破邪のアクセサリ――学園の聖女様なら実践演習でも苦戦することはないだろうけど、万が一のときには彼女の身を守ってくれるだろう。
「……!? 受け取れませんよ、そんな国宝品!?」
「またまた大げさな。要らないなら捨てるけど……」
「またそんな言い方して――。そんな言い方されたら、受け取るしか無いじゃないですか……」
おずおずとアクセサリを受け取るオリビア。
困惑したように、だけども嬉しさを堪えきれないとばかりに、オリビアはによによと破顔していた。
(喜んでた貰えたなら何よりだね)
「随分と長居しちゃったね……。魔道具作り――せっかく見て貰ったから。何か気になったこととか、聞きたいことはある?」
「あ、それなら――!」
パッと表情を真面目な顔に切り替えるオリビア。
「はじめの工程で薄くハードを魔力でコーティングしてましたが、それって――――」
「ああ。それはね――」
時間はすでに深夜。
それにもかかわらず、目の前に最高の娯楽をぶら下げられて、僕たちの話は無限に弾む。いくらでも話せそうだったが……、
「カイン様、お時間でございます。
オリビア様もいらっしゃるのです――今日のところは送っていきますから、そろそろお帰り下さい」
セバスが心配そうな顔で開発室に顔を出し、あえなくお開きとなった。
◆◇◆◇◆
《エリシア視点》
その日も私――エリシアは、あのオタクを追いかけていた。
「ストーカー?」
「エリシア、まさか実はあいつに気があったの?」
友達は、からかい半分にそんなことを聞かれたけれど……。
(冗談じゃない!)
(ただ、あいつがデビルシードの創業者じゃないって証拠を掴むだけよ!)
(証拠を掴んで、オリビアちゃんに突きつけて――それで……、それで…………?)
なぜこんなにも執着しているのかは分からないけれど、私は今日もカインとオリビアの後を付けていた。
*
「放課後にこんなに遠出して――どこに向かってるのよ?」
ある日の放課後、カインとオリビアは隣町に繰り出していった。
(まさか街中デート!?)
(あいつら、いつの間にそんな関係に――!?)
キーッと唇を噛む。
幸せそうな空気が許せなかった。
そうして後を付けていき……、
「あははっ、カインも見栄を張り過ぎたわね! 墓穴じゃない!」
思わず笑ってしまう。
彼らはあろうことか、デビルシードの本店に足を運んだのだ。
(門前払いされて終わりよ。良いざまだわ!)
(せいぜい惨めな姿を晒したところを、思いっきり笑ってやるんだから!)
私もひっそりと後を付け、建物の中に入り込む。
入り口はオープンスペースなので、客のフリをして潜り込むことに成功したのだ。
――そこで私は、予想だにしない衝撃の言葉を聞くことになる。
「お久しぶりです、カイン様」
執事風の男が、あの冴えないオタクに恭しく頭を下げていた。
「ご苦労さまです、セバス。留守中は変わりなかった?」
「はい。工房もいつでも利用可能です」
更にはあのオタクが、当たり前のように親しげに執事と言葉を交わしたのだ。
そして当たり前のように、関係者以外は立ち入れない「開発室」に入っていくではないか。
それの意味するところは――考えるまでもなかった。
(まさか……)
(まさか、まさか――!?)
青ざめる。
私が大好きなブランド『デビルシード』の創業者にして開発者である男は、実は私がさんざん馬鹿にしてきて振った――
(そんな筈ないわ!)
(そんなこと、ありえる訳がないわ!!)
私は、半ば意地になっていた。
「すいません。先ほど訪れた二人組なのですが――」
「ああ。カイン様と――隣の子は、彼女かしら? カイン様が平日に訪れるのは本当に珍しくて。良いものを見た気分です」
「それじゃあ、まさかあいつが本当にデビルシード創業者の……」
「ああ。あの若さで、次々と革新的な技法で魔道具を生み出し、技師の中に革命を起こした新進気鋭の発明家――我々は誰もがカイン様に憧れて、デビルシードに入社したんだ」
私が尋ねると、従業員は鼻息粗くそう答えるのだった。
(カイン様。たしかに……、そう言った)
(新進気鋭の発明家……。それじゃあ、本当に、あいつは――)
「うそ。嘘よ」
私は逃げるように、デビルシードの建物の外に出る。
私が好きで好きでたまらなかったデビルシードの魔道具たち。
その原型を生み出していたのが、これまで散々バカにしていたあのオタクだったなんて――信じたくなかった。
信じたくなかったが、デビルシードの従業員に確認まで取ったのだ。
もはや覆しようがなかった。
「そんな。私はなんてことを――」
革新的な魔道具を次々と生み出してきたあいつに、私はなんと言ったのか。
「その魔道具を弄る趣味――いい加減やめた方が良いわよ。気持ち悪いもの」
ああ、そんなことを言ってしまった。
――私は、あまりに無知だったのだ。
あそこで告白を受け入れてさえいれば、今頃あいつの隣に立っていたのは私だったのだろうか。
絶望した。悲しみの涙は流れなかった。
そう、どれだけ後悔しても、もう遅いのだ。
――すでにカインの隣には、学園の聖女様がべったり張り付いている
――毎日を楽しく過ごしており、すでにわがまま幼馴染のことなど眼中にないのだから
◆◇◆◇◆
数ヶ月後。
デビルシードの新商品は、空前絶後の大ヒットを記録した。
オリビアに贈ったアクセサリをプロトタイプとした新商品である。
妹がホクホクした顔で「売れ行きがヤバくてヤバイ」と、語彙力を喪失するほどに喜んでいた。
生活も一変した。
僕がデビルシード創業者であると、学園長が大々的に表彰したのだ。
飛ぶ鳥を落とす勢いの天才発明家。その理論は魔術学会でも革命的だと評され、今なお議論され続けている。
そんな情報が学園全体に知らされ――学園での僕に対する視線は一変した。
*
ある日の放課後の教室にて。
「馬鹿にして悪かった! どうか俺にも魔道具を作ってくれ……!」
「カインさんのこと、実は格好良いと思ってました!」
冴えないオタクと僕を蔑んでいたクラスメートたちは、驚くほど簡単に手のひらを返した。
「あれはオリビア専用の特別製。そう簡単には作れないよ」
「そこをなんとか――」
「ごめん。オリビアが待ってるから」
(さんざん「魔道具作りからは足を洗った方が良い」なんて馬鹿にしておいて、今さら作って欲しいなんて)
魔道具だってただではないのだ。
注文するのなら、きちんと正規の手順で手続きをして欲しい。
そうしてクラスメートたちの元を去った僕は、久々にある人物と再会する。
「エリシア……」
「あ、あの――」
「どうしたの?」
エリシアとは、すっかり疎遠になっていた。
一時期は僕の後ろをこっそりと付けたりもしていたみたいだけど、最近はそんな様子もない。
「私にも魔道具を作って欲しいなって……」
「どうして今さら? 僕の作ったゴミなんて、バラして売ってたんでしょ?」
エリシアにとって、僕の魔道具は欠片の価値もないはずだ。
「それは――私が間違ってたわ。それより……、カイン! 特別に、特別に――私と付き合うことを許可してやっても良いわ!」
(はぁ……?)
(今さら、何を言ってるんだろう?)
「物分りが悪いわね! あの日の告白をやり直すって言ってるのよ!」
振られた当日は、本当に落ち込んだ。
大好きな魔道具作りすらどうでも良くなるぐらいに悲しくなって――そこを慰めてくれたのが学園の聖女様だったのだ。
学園の聖女様。今では唯一無二の相棒にして、最高の戦友。
「それは悪いけど……。僕はもうエリシアのことは、何とも思ってないんだ」
共に魔道の道を極めんとするまっすぐな女の子で……、
――ああ、きっと僕は、彼女のことが好きなのだ。
だからもうエリシアに対する恋愛感情は無かった。
「カイン、嘘でしょう? なんの冗談よ」
「ごめん。用があるから、もう行くよ――」
「待って。待ちなさいよ!」
断られるなんて予想もしていなかったのだろう。
なおもエリシアが言い募ってくるが、
「魔道具なら作るよ。幼馴染だからさ……、サービスはする」
「それじゃあ、私と――」
「ごめん。それは無理。僕とエリシアは幼馴染だけど――それ以上でも、それ以下でもない。――これまで仲良くしてくれてありがとね」
ずっと騙されていたことに、思うところはあった。
それでもエリシアのおかげで、楽しい日々を送れていたことも事実なのだ。
不思議とスルリと出てきた感謝の言葉。
――それは決別の言葉であった。
「じゃあね、エリシア」
「待ちなさいよ! ――待って、よ……」
弱々しいエリシアの声が聞こえてきたが、僕は聞こえないフリをした。
この後は、オリビアと約束がある。
これからの楽しい時間に思いを馳せ、僕は待ち合わせ場所に向かうのだった。
*
デビルシードの新商品が大ヒットした後、なんと僕は学園から専用の研究室を与えられることになった。
なんでもデビルシードの新商品の開発にお役立てくださいと――とんでもない特別待遇である。
「……ただの学生がこんな環境を貰っちゃって良いのかな?」
「何言ってるんですか。先輩なら当たり前ですよ!」
放課後の研究室で、僕とオリビアはのんびり紅茶を飲みながら向き合っていた。
研究室内には、まるでずっとそうしてきたかのような、ゆったりした空気が漂っている。
「その正体を大々的に発表した今、先輩を欲しがる学校は他にも多いんです。もし好条件をちらつかされて、転校でもされたら大損害ですから」
「そんな大げさな……」
オリビアは、すっかり僕の研究室に入り浸っていた。
(学園の聖女様――)
(毎日のように一緒に居るけど、未だに信じられないや)
エプロンドレスが似合っており、今日も最高に可愛いらしい。
「先輩、先輩! それより今日は何の実験をするんですか?」
「今日は興味深い論文が出てるんだ。それを読み込んで――試してみようかな。オリビアも手伝ってくれる?」
「もちろんです!」
そんな可愛らしい少女は
――ともに魔道具の奥深さに飲み込まれた最高の同士なのだから。
魔道具の真髄は、まだまだ解き明かせていない。
今日も最高に楽しい時間が、僕たちを待っている。
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