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7、



 空港に着くと駐車場に移動した。

「俺は一旦会社に戻って出張の報告をするけど、お前はどうする?」

 出張の後は3日間の休暇が認められている。本来なら報告はその休暇の後でもかまわないはずなのだけれど、上司は出張での成果を早く報告したいとのことで、会社の顔を出してから帰ると言った。時計を見ると夕方の4時を過ぎている。

「ボクはこのまま帰宅します」

「わかった。じゃあ、途中のどこかの駅まで送って行こう」

「ありがとうございます」

 上司の車に同乗し、東京駅まで送ってもらった。

「お疲れ様でした」

 上司に挨拶して車から降りるとボクは駅へ向かって歩き出した。上司はそのまま会社がある丸の内のビル街へ向けて車を走らせた。



 初詣を終えると、ボクたちは典子さんと真子ちゃんを店まで送った。

「今日はどうもありがとうございました」

 典子さんと真子ちゃんは深々と頭を下げて店に入って行った。店の中からは店長と裕二さんの話声が聞こえて来た。きっと朝まで飲み明かすのに違いない。

「さて、アパートまで送ろうか?」

 彩さんは既にバイクに跨っている。

「バイクで来たんですか?」

「大丈夫。もう醒めてるから」

「ありがとうございます。でも、すぐそこなんで、酔いを醒ましながら歩いて帰ります」

「そう。じゃあ、良いお年を」

「良いお年を」

 こうして彩さんと別れたボクはその日の午後に帰省した。


 一週間ほど故郷で過ごしてから戻ってきたボクは南大屋へ直行した。店は既に3日前から営業している。ボクが居ない間は典子さんが手伝いに来てくれていた。

「お帰りなさい」

 店に入ると典子さんが優しい笑顔で迎えてくれた。

「なにやってんの? 早く着替えて来て」

 厨房から彩さんの声が飛んでくる。ボクは故郷の土産を典子さんに渡して早速着替えに行った。それから、気になっていることを聞こうと思った。着替えて厨房に顔を出すと彩さんは忙しそうに下ごしらえをしていた。

「あの…」

「なに?」

「あ、いや、後でいいです」

「なによ! 何か言いたいならはっきり言って」

「なんでもないです」

 ボクが聞きたかったのは、初詣に行くときに彩さんが言った言葉についてだったのだけれど、ボクが期待している答えではなかったらと考えると急に怖くなった。その後はいつも通りの日常が続いていった。変わったのは店に典子さんが居るのと店長が完全に引退してしまったことだけだ。



 帰宅してシャワーを浴びたボクは部屋の壁に掛けられている色紙を眺めた。就職が決まったときに南大屋のメンバーや馴染みのお客さんからのメッセージが所狭しと書かれている。

「久しぶりに顔を出してみようかな」

 早速着替えると、出張先で買って来たものの中からチョコレート手に取って部屋を出た。

 就職を機にボクは日向荘を出て、南大屋とは電車の駅で三つほど離れたところにある今のワンルームマンションに移り住んだ。就職して南大屋のアルバイトは卒業したのだけれど、南大屋とはずっとつながっていたくて近場の部屋を探した。南大屋というよりは彩さんの居る場所から離れたくなかったというのが本音だったのかも知れない。けれど、就職してからは南大屋にも顔を出す機会がなかなかなかった。


 店は相変わらず繁盛していた。テーブル席はいっぱいで、裕二さんと店長が陣取るカウンター席にボクは腰を下ろした。

「おっ! ヒロシじゃねぇか」

 店長の声を聞きつけて彩さんが厨房から顔を出した。

「あっ…」

 ボクが声を掛けようとすると、彩さんはすぐにまた厨房へ引っ込んだ。

「一丁前に照れてやがる」

 裕二さんがそう言ってボクの顔を見る。

「ずいぶん男前になったじゃねえか」

「そんなことはないですよ」

「お前が就職して店から居なくなって、彩のやつはお前の話ばかりしてたんだぞ」

「そうなんですか…」

 そこにお通しの小鉢がどんと置かれた。

「余計なこと言わないで」

 お通しを持ってきた彩さんが裕二さんを睨みつける。その時、一瞬だけボクの方を見て微笑んだような気がした。

「よし! 今日は俺が厨房に入るから、彩、お前はこっちに来てヒロシの相手をしてやれ」

「何バカなこと言ってんの? それじゃあ、客がみんな帰っちゃうわよ」

「お前、失礼だぞ」

 こういうやり取りは相変わらずだ。

「ボクがそっちへ行きますよ」

「本当? 助かるわ」

 彩さんが店を継いでから、ボクも時間があるときは厨房を手伝っていた。料理自体は出来ないけれど、材料を刻んだり皿洗いくらいならできる。

「おい、久しぶりに来た客人をこき使うとはひどいヤツだな」

「いいの! ヒロシなんだから」

「意味が解らねえよ」

 店長は諦めムードで裕二さんの顔を見た。裕二さんはニコニコ笑いながら嬉しそうにボクたちのやり取りを見ていた。


 この日は早めに店を切り上げた。彩さんが暖簾を仕舞うと店長も裕二さんも帰って行った。

「余計な気を遣っちゃって…」

「ボクは別に…」

「違うのよ。あの二人のこと。まあ、おかげでやっと二人っきりになれたんだけど」

「彩さん…。そう言えば、ずっと気になっていることがあって」

「初詣の時の…。でしょう」

「あ、はい」

「ねえ、ヒロシは今、付き合ってる人とか居るの?」

「とんでもない」

「じゃあ、私にもまだ芽はあるかな」

「えっ?」

「ここに来たばかりの頃から、ずっと私のこと好きだったでしょう?」

「あ、その…」

「年上だけど、いいの?」

「あ、はい!」

「私はお嫁に行ってもここから離れられないわよ。それでもいい?」

「もちろんです!」

 意外な展開にボクは夢を見ているのではないかとさえ思った。そんな心境でしんみりしていると、店のドアが開いて店長と裕二さんが入って来た。典子さんと真子ちゃんまで。

「彩、やったな!」

 裕二さんが彩さんに駆け寄り抱きついた。

「やめてよ。みんなが見てるわ」

「いいじゃねえか。こんな目でてぇことはねぇんだから」

「そうだ、そうだ」

「そうよ。おめでとう彩ちゃん」

「やったね! 彩さん」

 みんなが彩さんを祝福してくれている。なんだかボクだけ蚊帳の外にいるような気がした。けれど、誰よりも一番うれしいのはこのボクだ。



 思えば6年前の今頃、ボクはここに入学した。その南大のチャペルで今日、特別な日を迎えている。隣には純白のウエディングドレスに身を包んだ彩さんが居る。永遠の愛を誓い合ってチャペルの扉を開いて外に出ると、穏やかな春の日差しとともに温かな風がボクたちを優しく包んだ。





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