74 実りの時 6
「私……私は」
リザは一生懸命、自分の中に溢れるものと向き合っていた。
五年前、破れたヴェールを上げられた時に見た金緑の瞳、寄り添って布団に入った時の安心感、そっと唇に触れた温もり。
離縁を受け止めたくなくて王宮を逃げ出し、再びエルランドに出会ったときの激しい戸惑い。
真摯な優しさは、ただの気遣いなのだと思い込もうとした。
そして、美しく直情的な挑戦者に感じた恐れと、わずかな反抗心。
それらが示すものはたった一つだ。
恋心。
「私は、エルランド様がウルリーケ様と一緒に部屋に入った時、すごく悲しかった」
「嫌な気持ちになってくれたのか?」
エルランドは少し嬉しそうに尋ねた。
「ええ、とても……それで部屋に帰ってお月様を見上げていたら、突然それが焼きもちなんだと気づいた」
「……」
「私はウルリーケ様に嫉妬していた」
リザは顔を上げた。
「リザ、それは?」
「私はエルランド様のことが……好き」
「……リザ、本当に?」
「好きなの」
そう言ってリザはエルランドの膝の上で伸び上がった。池の青を映した彼の瞳は、希少な宝石だ。
「瞳が好き、声が好き、大きな手と体が好き。つまりその……全部好きよ!」
「……」
応えは熱烈な口づけだった。
それは、リザが今まで経験したことのないほどの強烈な触れ合い。自分が女だと否応なく意識させられるものだった。
弾力と湿り気のあるそれは、とても熱い。リザの小さな唇に吸い付き、上下二枚のそれをねぶりあげてこじ開ける。
「ん……む」
「入らせて」
返事を待たずに侵入した彼の熱は、リザの口腔を横暴なくらいに蹂躙した。奥のほうに縮こまるリザの花びらを探し当て、吸い上げて絡まる。それは出たり入ったりを繰り返し、リザの口元を盛大に濡らした。
渇いた犬が水を飲むような音がリザの頭いっぱいに響く。恥ずかしくて甘い音が。
リザが好きだと言った手が、小さな尻を鷲掴み、自分の方へと強く引く。二つの体がぶつかり合うように触れ合い、擦れ合った。
「う……ううう」
先に根をあげたのは、意外にもエルランドの方だった。
「もうダメだ!」
「……ん?」
リザの上気した頬、とろとろと濡れた唇は、長い間抑圧された男にこの上ない媚薬となる。
「……これ以上は無理だ」
「おしまい? もっとしてもいいのに」
くそ! 無邪気に殺し文句を!
エルランドは喉の奥で呻いた。
「俺がもたない」
「もたない? 何が?」
「あなたは平気なのか? 何も感じないか?」
「……そう言えばちょっと変な気分……かな」
「どんな気分?」
「なんだか不思議で熱いの。特にお腹の下が変」
リザはエルランドの上で腰を揺らせた。どうにもそのあたりが妙な感じなのだ。
「り、リザ。俺の上で動くな! あっ!」
「あっ! ごめんなさい! 痛かった?」
「そ、そうではなく……いや、確かにこれはしんどい。だから、もう……」
エルランドはリザの両脇に手を差し入れて持ち上げ、自らも体を起こした。そのままもう一度軽く口づける。
「……ああ、綺麗だな」
池から舞い散る光がリザの瞳に飛び込んだのだ。
「俺もリザの目が好きだ。その石は瞳に合わせて選んだ」
「じゃあ、おあいこね」
「そうだな。この国で男が女に相手と自分の瞳の色の宝石を送るのは、守りたい、愛しているという意味だ」
白い毛皮の合わせの下で、青と緑の宝石がキラキラと輝いた。
「ありがとう……大切にする」
その時、薄曇りの空から舞い落ちるものがあった。
雪だ。
「ああ、ついに今日だったか」
エルランドは自分の中に埋む熱を覚まそうと空を見上げた。
「初雪?」
リザは雪のひとひらを掌に受けた。それは綿のようにふわりと直ぐに溶ける。
「ああ、これからゆっくり降り積もる。イストラーダの冬は厳しいぞ、人々はじっと耐えて、そして時には戦う。リザ、あなたには辛いだろうが」
「へいき。私、逆境には強いのよ。十九年も頑張ってきたんだもの」
リザは初めて自分の過去を肯定する気持ちになっていた。
「我慢するなんて普通のことだわ」
「そうだな。リザは立派な辺境領主だ。二人ならどんなことでも乗り越えられる」
「うん」
「リザ……愛してる。俺にあなたの五年を埋めさせて欲しい」
「……ぜんぶ満たして」
後から後から綿雪は二人に舞い落ちる。
リザの黒い髪に、それはひどく美しく見えた。
短くても濃い回です。
焦らしてすみません!
次回にご期待ください。別バージョンもありますので。




