表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(書籍1•2巻&コミカライズ)置き去りにされた花嫁は、辺境騎士の不器用な愛に気づかない  作者: 文野さと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/92

39 東の領地 5

「食事はすんだか。どうだった?」

 エルランドは空になったテーブルに肘をついて顎をのせた。彼は大きいが、卓面は小さいので吐息すら感じられそうな近さだ。

 二人だけになるのは、ラガースの村以来だった。

 改めて見ると、彼はいつもよりほんの少し(くつろ)いでいるようだ。

 いつも厳しく引き結ばれた口元がほんの少し柔らいでいる。夕刻を過ぎているからか、上唇の上や顎にうっすらと細かい髭が見えた。

 男の人の顔だ、とリザは思った。

 豊かな金色の巻き毛に縁取られた兄の顔は、王宮では美男だともてはやされていたが、エルランドに比べるとのっぺりと(しま)らないように思える。

「あんまりたくさんで、食べきれないほどだったわ」

「味が悪かったのか?」

 彼は額に落ちかかる前髪をかき上げながら言った。その手指もまた、大きくて長くリザの手の倍くらいはある。

「味はあんまりわからなかった。初めて食べるものもあって」

 リザは正直に言った。

「この城はどうだ? 古くて大きいだろう?」

「ええ。たくさん廊下や階段があって迷いそう」

「昔は砦だったからな。敵を誘い込んで惑わせる目的もあったようだ」

「そうだったのね。明日から見て回ってもいい?」

「ああ。だが、本当に迷ってしまうから、アンテに案内してもらった方がいい」

「アンテは忙しそうだったけど……」

 リザは遠慮がちに言った。アンテに好かれていないと遠回しに伝えたのだ。

「彼女は俺がここに来た頃からこの城で働いてくれている、有能で頼もしい。城の奥向きのことは全て任せている。俺からも頼んでおくから」

「……お風呂も良かった。あんなにたくさんのお湯は初めて見たわ」

 伝わらなかったとみたリザは、巧みに話を変えた。

「あの水は地下から湧き出しているんだ。地下には牢屋や、更に奥には洞窟もある」

「洞窟? 一度絵で見たことがあるわ! 行ってもいい?」

 リザはひどく興味をひかれて言った。

「それはだめだ。リザが入ったら二度と出てこられないぞ。あなたが好奇心旺盛なのを忘れていた。でも地下に行くのは許可しない」

 それは穏やかだが断固とした言葉だった。リザはそれ以上は言わなかった。この城の主は彼で、自分は従うものなのだ。

「基本的にはリザが行っていけないところはないよ。だが、地下と……そうだな。男のいる部屋はだめだ」

「男のいる部屋?」

「ああ、召使いは男と女は分けて部屋がある。だから男の使用人の部屋、騎士の部屋などは入っちゃだめだ」

「……どこにあるかがわかれば行かないわ。教えて?」

「うーん、そうだなぁ。防衛上、幾つにも分かれているからなぁ。コルに教えるように言っておこう。コルなら安心だ。でも、この辺境でリザのような存在は珍しいし、あなたはどうにも男の目を()いてしまう」

「カラスだから?」

「醜いと言う意味で言うのなら違う。カラスは美しいし賢いからな」

 エルランドはリザの醸す不思議な色香を、なんと言って表現したものか言葉が見つからなかった。

 雄弁な大きな瞳、(つや)やかな黒髪は短くて、優美な首から肩の線を隠し切れていない。

「できるだけ、ニーケやアンテと一緒にいて、一人きりにならないように」

 エルランドはふと手を伸ばし、テーブルの上の白い手に触れた。

「来たばかりだから、ゆっくり慣れていきなさい。風呂が気に入ったのなら毎日入るがいい。この城でできる唯一の贅沢かもしれないから。そう伝えておこう」

 大きくて固い掌がリザの手に重ねられる。白い指の間に彼の指先が入り込んでそっと撫でた。

「何か必要なものは? 一応アンテに女に必要なものを(そろ)えるように伝えたんだが」

 リザの意識は、愛撫のように触れる彼の指先に傾いていく。

「え? えっと……特には。たくさんの服があって嬉しい。ありがとう。あんなにたくさんの服を見たのは初めて」

「そのうちもっと買ってやろう。もう少ししたら王都から行商人の一行がやってくる。収穫の市が立つんだ。街道筋もだいぶ落ち着いたから人も物も、もっと増える」

「ありがとう。でも大丈夫よ」

「リザは欲がないな」

「街道筋が落ち着いたのは……エルランド様のお仕事の成果なのね」

「そうだといいとは思うよ。だが、そのために犠牲にしたものも多い……リザ、あなたがそうだ」

 エルランドの手はリザの小さな拳をすっぽりと握り込んだ。熱さがどんどんリザに注がれ、とても不思議な気分になる。

「あ、あの……欲しいものはないけれど、私も何か仕事をしたいと思うの」

「仕事?」

「ええ。教養はないけど、勉強するわ」

「そうだな……慣れたら城の管理を手伝ってもらうかもしれない。アンテが色々教えてくれるだろう」

「……」

 それは無理だろうと、リザは考えた。これは推測だが、アンテは自分の領域に自分を入り込ませたくないはずだ。

「そういえば、エルランド様のお部屋はどこにあるの? この部屋は多分三階にあるのね」

「ああ。三階の南の方だ。俺の部屋は四階の東にある。敵がきたらすぐにわかるように」

「敵が来るの?」

「ここ十何年かは国を挙げての敵は来ないな。いま危険なのは、以前リザを襲ったような、ならず者の集団だ。奴らはどこにでも湧く。だが、この城ができた時から、城主の部屋は四階の東と決まっているんだそうだ」

「あなたの部屋には行ってはいけないの?」

「……いや、そうじゃない」

 エルランドはどういう訳か、やや口籠(くちごも)った。

「俺の部屋にはほとんど何にもないが……その、なんと言うか、もう少しリザの準備ができたら、来てもらいたいと思っている」

「私の準備? なんの? 何をしたらいいの?」

 リザは小首を傾げた。

「リザが俺のことをもっと知って、信頼してくれたら」

「信頼なら……してると思う」

「それは騎士や領主としての顔だろう。俺にはもっといろんな顔がある。例えば……」

 エルランドはリザの手を握っていた手を離して、そっとリザの頬に触れた。

「……男として、とか」

「いくらなんでも、エルランド様が男の人だということくらい知ってるわ」

「そりゃあ、ありがたい」

 エルランドは小さく笑った。

「まぁとりあえず、この頬をもう少しふっくらとさせないとな。たくさん食べるといい。そうすれば髪も直きに伸びる」

「こんな真っ直ぐなカラス色の髪が伸びたって綺麗じゃないわよ」

「カラスじゃないし。それにカラスの羽は美しいんだぞ。光にあたると緑色に光って」

「……緑色?」

 リザはエルランドの瞳を見つめた。それは好きな色だった。

「俺だってこんなネズミ色の髪色だ」

「それは鉄色っていうのよ」

「へぇ、鉄色か。それはいいな。ここは鉄樹の産地だから」

「ほんとね」

「リザ」

「……はい」

「戻ったばかりで申し訳ないが、明日から数日だけ、俺は城を留守にする」

 緑色の目が曇っている。

「留守の間に溜まったお仕事があるのね」

「そう。リザは賢いな。だが、帰ってきたら城壁の外を案内しよう。それまで大人しく待っていてくれるか?」

「ええ。わかったわ、お城の中にいる」

 リザは答えた。

 待つのはリザにとって、当たり前のことだったのだ。




作者は今日、仕事で腰をやっちまいました……痛くてカメさんみたいになっています。

皆様は良いクリスマスをお過ごしくださいね。

よければ、お言葉・ご評価などのクリスマスプレゼントをいただけたら……アイタタ(まじ痛い)。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【ツィッター】      
― 新着の感想 ―
[良い点]  エルランドさんは命がけの生活が日常=背中を預けられる仲間以外は淘汰された=自らと配下が実利の無い卑怯な発想をしない→真面目に働きながらも益体もないことをする人がいるとは思ってない…感じで…
[一言] 大丈夫ですか、年末でお忙しくされてたのでしょう。 お見舞い申し上げます、気がせくとは思いますが、ゆっくり構えてお身体を労って下さいね! リザはこれからが見せ場ですね、常にエルランドに助け、…
[良い点] リザが純粋で可愛い! 可愛いだけじゃなくて、前向きで芯が強いですよね。側にこんな子がいたら、美味しいものとかひたすらご馳走したくなります。 [一言] 毎日の更新ありがとうございます。 2…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ