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(書籍1•2巻&コミカライズ)置き去りにされた花嫁は、辺境騎士の不器用な愛に気づかない  作者: 文野さと


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33 二度目の夜 4

「……これでやっと話ができる」

 エルランドはリザを見つめながら、さっきまでニーケが座っていた椅子に腰を下ろした。

「あなたも座って」

「……」

 リザも彼から視線を外さずに、席についた。逃げてはいけないと姿勢を正し、彼の顔──額の真ん中あたりをじっと見つめる。

 彼は以前より髪が伸びたようだった。落ちかかる前髪をさらりと後ろに流している。以前見た、左の眼の上の傷は少し薄くなったようだが、額や頬には細かい傷がいっぱいついていた。中には新しいものもある。鋭く整った容貌(ようぼう)は、無慈悲で冷徹な印象を対峙(たいじ)する者に与えた。

 しかし、リザは彼を恐いとは思わなかった。


 たとえ離縁を申し渡されるにしても、あのメノム侍従や兄上から聞かされるよりよっぽどいいわ。

 でも、素直には王都に帰ってあげないから。


 エルランドはしばらく難しい顔をしてリザを見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「目が黒い」

「……は?」

 さぁ来いと身構えていたのに、想定外の問いかけ。リザの眉が思い切り寄せられた。二人の視線が正面から絡み合う。

「あの馬鹿馬鹿しい結婚式で一番印象的だったのは、あなたの青い瞳だった」

「私の目は黒いのよ。カラスだもの」

「いいや。陽の光を受けた時、あなたの瞳はびっくりするほど透き通った藍色になるんだ。自分では知らないか?」

「知らない。言われたこともない」

 リザは素っ気なく言った。

「あなたは私の目のことを話すためにここにいるの?」

「……いや」

 エルランドは目を伏せ、(にら)み合いはリザの勝ちで終わった。

「あなたに、リザに謝罪するために俺は今ここにいる」

「謝罪」

「そうだ……あなたを五年も放っておいてすまなかった。心からお詫びする」

 エルランドは再び強くリザを見つめて言った。

「まずはこれを言いたかった。何をおいてもここから始めないといけないと思っていた」

「……はじめる?」


 これから何が始まるというの? これは終わるための話ではなかったの?


 リザは首を傾げた。

「しかし、あなたは俺を許さなくていい。それだけのことを俺はした。だが、謝罪せずにはおれないから、俺は謝る。何度でも」

「……」

「これは誓って本当の話だが、俺はあなたに何度も手紙を書き、金を送っていた。時々は……領地でとれた宝石の原石や毛皮などを贈ったこともある」

「手紙? お金? 宝石?」

 そんなものは一度も届いたことはない。リザがそう言おうとすると、エルランドはわかっているというように(うなず)いた。

「ああ、届かなかったのだろう? 知っている。俺は一昨日、王に会って確かめた。どうやら、俺から送ったもの全てはどこかで握りつぶされていたらしい」

「……え?」

 リザは目を見張った。そんなことがあるのだろうか?

「これは嘘偽りなく本当だ。放っておいたのは確かだが、俺はあなたを忘れていたわけではない。信じてほしい」

「……手紙をくださったの……? 何度も?」

「ああ。ここ数年は、好きなものを買うようにと、金貨を同封していた。五年前あの離宮を見て、あなたが王宮から十分な支援をされていないと思ったから。あなたからの返事が届かないのは、そのせいだと思っていた」

「……」

 リザは、手紙を書くといったエルランドの言葉を最初の頃は信じていたが、いつまでたっても何もないので、自分は見捨てられたと思い込んでいたのだ。

「だが、それが却ってよくなかったのだろう。あなたへの手紙は全て打ち捨てられ、金は誰かに着服されていた。俺としては、それをしたのが、ヴェセル王自身でないことを祈るばかりだが。最近の手紙には、領地イストラーダも安定してき始めたので、近々あなたを迎えに行きたいと記した。それもきっと中身を見ずに捨てられていたのだ」

「……わ、私は何も知らなかった」

 リザは自分も何か伝えなければと思い、懸命に言葉を探す。

「先日メノム侍従が来て……キーフェル卿……あなたとの離縁が決まったと言ったの」

「あの腹黒い蛇めが!」

 エルランドは吐き捨てるように言った。

「メノムが言ったのはそれだけ?」

「いいえ……離縁の後は、シュラーク公爵様という方に嫁ぐようにと言われて……王宮で準備をするから戻るようにって」

「ああ。俺のところにも使者が来た。同じように離縁状に署名をしろということだった。俺は署名せずに、急いで王都に(のぼ)った。あなたを……リザを、放って置き過ぎたと後悔したからだ。その途上でリザと会った……馬鹿な俺は、あなたと気づかなかった……」

 これ以上はないというくらい、苦々しい告解(こっかい)

「あなたが住んでいた離宮に忍び込んでオジーに会って初めて、リオがリザだと知った」

「オジーに会ったの?」

 知った名前を聞いて、緊張していたリザが肩を落とし頬を(ゆる)めた。それを見て、自分はオジー以下なのだとエルランドは思い知る。

「ああ。彼は俺に怒っていた……当たり前だが。その後、俺はもう一度王に会いに行き、離縁とリザの再婚をなかったことにさせた」

「……」

「リザ……正直に言ってほしい。あなたは俺を恨んだか?」

 エルランドは真剣な顔でリザに尋ねた。

「恨む……?」

 リザは恨むという言葉の意味を考えてみる。


 私はこの人を恨んでいたのだろうか……?

 恨む、憎む、(いと)う……?


 考え込んだリザをエルランドがじっと見守っている。

「いいえ」


 違う。

 私はそんな暗い気持ちをこの人に持ったことはなかった。

 いつもいつも。それは毎日思い出してはいたけれど。


 リザは(まぶた)を伏せ、そっと胸を手で覆った。


 いつもいつも。

 私が感じていたのは──。


「……痛み」

 リザはエルランドをまっすぐに見返した。

「痛みよ」

 痛みを感じるのは傷があるからだ。

 思い出しては打ち消しての繰り返し。その内、寂しさよりも諦めが勝って、心に瘡蓋(かさぶた)ができた。触ってはいけないのに、触ってしまう瘡蓋。それは五年の間積み重なって、次第になにも感じなくなった。

 だが、その下には脈々と熱い血が隠れていることをリザはまだ知らない。その熱さには別の名前があることも。

「私は諦めていたの」

 リザははっきり応えた。

「あきらめた……」

「そう。私を欲しがる人など誰もいない。だから、あなたもそうだと思ったの」

 リザは感情を交えないように気を付けて言葉を紡ぐ。

 今まで誰にも打ち明けられなかった想いを。

「そう思われても仕方がないことを俺はした。この五年間、自分の領地を治めるのに必死だった」

「昔もそう言っていたわ」

「リザはあの頃から、俺の約束を信じていなかったのだな」

「信じるものは少ないほど傷も少なくてすむの。でも……思い出さずにはいられなかった。たった一つの思い出だから」

 淡々と話す王女の言葉を、痛々しい気持ちでエルランドは受け止めた。

「私はずっと思い出していた。それが当たり前になるくらいに。再婚なんてしたくなかった。だから王宮から逃げたの。でも、あなたにまた出会ってしまった。私はびっくりして、混乱して……でも私だと知られたくなくて」

「宿から逃げたのは、俺から(のが)れるためか?」

 重く問いかけに、リザは深くうなずいた。

「ごめんなさい。無能な私が浅はかにも飛び出して、あなた方に迷惑をかけたことは、正直申し訳ないし、恥ずかしいとは思っています。でも……あなたに離縁されたものと思っていたから……私だと知られない内に姿を消したかったの」

 リザは暗い窓に映る自分の姿を見た。

 肩にやっとつくくらいの短い髪、ぶかぶかの服を着た見すぼらしい自分を。

「だってそうでしょう? 捨てられた妻が、離縁された夫にどんな顔をして会えばいいというの?」

「……そうか、あなたの方から見ればその通りだな。俺は考えもしなかった……」

「でもそれだけじゃないわよ」

 リザはどんどん言葉が飛びだす自分に驚いていた。こんなことは初めてだった。

 けれど、止まらない、止めたいとも思わなかった。全部ぶちまけてしまうのは今しかない。

「私は運命からも逃げたかった」

「運命?」

「ええ。今まで私は誰かに逆らったことなどなかった。だけど、一度だけでも抵抗しようと思ったの……前にあなたが言ったように」

「……」

 エルランドは今や、リザの言葉に聞き入っている。

「全て言いなりになるのは嫌だ。あなたが教えてくれた言葉よ」

「……確かに、そう言った。あれは自分に言い聞かせた言葉だった」

「私は少しだけでも自分で考えて行動したかった。五年の間にほんの少しだけど、自分で花を育てて絵を描いて、世間を見たわ。でも……結局は馬鹿な小娘の自己満足だったのよ……私は何もできない役立たずのまま。そう」

 何かが心の下からせりあがってくる。それは吐き出さないといられないほど大きな塊だった。

「誰にも欲しがられない、厄介者の醜いカラスなのよ!」

「違う!」

 エルランドが立ち上がる。振りかぶって見上げるほどに大きい。

 しかしリザは少しも怖くはなかった。

「違わない! あなたも兄上と同じ! だから私は、勝手に生きていこうと思ったの!」

「リザ!」

 目の前に、緑の目がある。何度か宝箱を開けるように思い出していた色が目の前に。

「どうして……なぜ!」

 五年前の出会い、五年間の孤独、そしてここ数日の様々な出来事が一気に溢れ、リザはもう心に蓋ができない。

「なぜ今になって私の前に現れたの⁉︎」

「リザ……」

「私はとっくに自分に見切りをつけたのに。今更私を助けようとするなんて!」

 再び出会ってしまった。

「リザ」

「教えて。あなたは私をどうするつもり?」


 それが一番聞きたかったことだった。




少し長くなりました。

リザちゃん、ツィッターでも怒ってます。

<予告>

次回でこの章おわり。東へ踏み出す二人。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エルランドの告白が誠実でとても好感がもてます。 読み応えのある会話劇でした。
[気になる点] でも部下達は妻と決別するって有名な話だって言ってるってことはそうゆうニュアンスの事を本人が言ってたんじゃないの?リザと離縁しないってなったらリザが周りにどんな目で見られるか分かってるの…
[良い点] いいぞリザちゃん!ちゃんと怒って全部吐き出しちゃえー!(๑ •̀ω•́)۶ファイト!! [気になる点] エルランドの欲望はお月様じゃなくて大丈夫なのかな?ってくらい熱いので心配w
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