2-4 一件落着で終わるわけないですよね
その夜はメイと一緒に寝た。
というか、俺の小屋が完全に壊れていたのでフェイナス氏の家にお世話になった。
そしてフェイナス氏=族長宅は屋根が吹っ飛んでいるし獣人達も泊めたので必然部屋が足りず、メイの部屋に招かれたというわけだ。
「ほらせんぱい、こっちですよ」
「あ、ああ」
メイはノリノリだ。俺はどうしたらいいものかと困惑している。それも、
「お前達は兄妹なのか? 妙に仲が良いように見えるのだが」
なぜかターリャも一緒だったからだ。
「兄妹ではないのだが」
「どういう関係なんだ? そもそもヒューマンとエルフが一緒にいるのも良くわからない」
それは当然の疑問だ。そもそもなんでエルフの皆は突っ込まなかったんだここ。
「話すと長くなりますけど、私とジンせんぱいは一心同体も同然なんです」
大きく出たメイ。ターリャはよくわからんといった顔をする。
「そもそもなぜワタシはここに呼ばれたんだ」
「お話をしたかったからです!」
つまりガールズトークをしたいらしい。
「こいつ、ジンがいるのは?」
「一心同体だからです」
伏線かよ。まあいい。おそらくこの事態はターリャと2人きりというのも心配なエレニアさんあたりの配慮だろうと思う。
俺とターリャで相互監視しておけば変な事は起きないだろう。まあこの話には穴があってどう考えてもターリャの身体能力に俺が勝てないんだが。
「さあさあ、お話を聞かせてください、せんぱいは私の隣です」
メイが自分のベッドに俺を誘う。
「こいつと一緒に寝るのか」
「一心同体なので」
「あまり正しいとは思えないのだが」
「一緒に寝るくらい問題ないですよ、ベッドも広いし」
「なんなのだお前らは……」
ターリャが天(屋根がないので本当に空が見える)を仰ぐ。ちょっと同情する。
とりあえずメイの言う通りベッドに入る。ターリャは来客用の簡易ベッドを使う。俺が最初に目覚めた客間は獣人の族長と数名がいるらしい。
ターリャは族長の娘であるリューリル=メイがおもてなしするという体だ。ちなみにターリャの肩書は自警団長とのこと。
「あ、せんぱいは私をギュッてしてくださいね」
また難易度が高いことを。ターリャの目が気になると言えばそうなのだが、メイの言う通り手を回す。温かい。
「いや、もういい。よくわからないことしかわからないからな」
ターリャは諦めたらしい。
「それで、何を聞きたいのだ?」
「ええっと、色々です! エルフ以外の人達はどういう暮らししているのか、って知りたくて!」
俺も興味があったのでメイと一緒に質問したりしたのだが、獣人はエルフよりもだいぶ硬い。
集落システムがしっかりしているというか、群れをきちんと統率するようになっていると言うか。
ターリャは実質群れのナンバー2だ。統率するためと外部侵入を防ぐ、自警団はそういうところらしい。
メイはそっちの方にはあまり興味がなく、食べ物の話とかファッションの話とかが多かったが……
「寝たのか?」
「ん?」
気がつけば確かにメイは寝入っていた。身体はまだ幼い子だ。活動限界が来たのだろう。
「確かに寝てるな」
試しに頭とか頬を撫でてみたが目が覚める気配がない。
「丁度いいからジン、お前の話を聞いてもいいか」
「え、別に構わないが」
「一心同体というのは一体どういうことだ」
ですよねー。
転生云々の話をしても仕方がないので俺がここまで来た記憶がないこととメイに世話になったことを伝えた。
「ふうむ、なかなか数奇な事だが、要するにお前が雛鳥のようにリューリルを慕っているという事でいいのか?」
そういう印象ですか。
「うーん、メイを大事にしたいってのは正しいとは思う」
「その時々出るメイというのはなんだ? 彼女はリューリルだろう」
「俺たちだけの暗号みたいなものだ」
「リューリルの言うセンパイというものもそれか?」
「ま、そうだな」
「もはや夫婦ではないか……」
呆れられた。呆れというか何というか。
「ジンは今後どうするつもりだ」
「うーん、メイと一緒にいるつもりだけど、どうなるかはまだわからないな」
「ふむ、そうか」
少し考える素振りをして、
「まあいい。今日は私も疲れ切っているのでこれで寝ていいだろうか」
「勿論。傷は大丈夫か?」
「そちらの族長婦人のおかげで全快だ。素晴らしい術士だよ」
エレニアさんとザー老が主に皆の傷を直していた。勿論空間マナ量が多くなった事が良い方向に向いたのは考えるまでもない。
元々皆かなりの回復力だったというのもあるだろうが、二人の魔法が強いというのは獣人も認めるものということか。
「礼なら本人に言ってくれ。俺も寝るか、今日はありがとう、おやすみ」
「おやすみ、リューリルにあまり触れるなよ」
釘を刺される間もなく、ストンと意識が消えたのを感じた。
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何か不思議な感触がする。そう気づいてから目が覚めるまでは早かった。
「あ、せんぱい、おはようございます」
目を開けるとメイの顔があった。寝る前は背中から覆うように抱きしめていたのに、と思ったがその手はとっくに外れているようだった。
「はあ、いいですねえ。毎朝起きたらせんぱいがそこに居るの。もう毎日ここで寝ませんか?」
とても嬉しそうに言うメイ。それはどうなんだろうと思わなくもないが、
「まあ、寝てる間にキスするのはやめてくれ」
「え、バレてました?」
「それで目が覚めた」
あれは頬にキスしていた感触だったのだ。油断も隙もない。いや隙があったのは俺なのだが。
「今どれくらいだ」
「たぶんそろそろ朝ごはんです」
ターリャは既に起きて部屋を出ているらしい。彼女が早いというよりも俺たちが遅すぎる。
ベッドから降りたところでちょうどエレニアさんが来て朝食を取ることになった。
なんでも人数が多くて食堂に全員入らないため3ローテーションくらいで入れ替えながら食べるそうだ。
向かった食卓にはフェイナス氏とエレニアさん、ザー老とターリャがいた。俺とメイで6人だがなんだろうこの組み合わせ。
お手伝いさんが忙しそうに動き回っている。全員分の食事を用意したり大変なのだろう。
「リューリル、話があります」
食事が終わったあと、エレニアさんが切り出した。なるほど、仕込みな訳ねこれ。
「ターリャ様から話は聞きました。彼女の集落はレプトの泉を超えてさらに先にあるそうです」
レプトの泉はここから南にしばらく行ったところにある。マナ枯渇の爆心地に近い、はずだ。
「南は酷いものだ。災厄の爪痕が激しすぎる。マナが乱れすぎた」
「しかし、昨日まで一切そのような気配は見られなかったようなんだが」
「そうだ。なぜなら災厄の侵食は昨日完成したからだ」
完成? 頭にはてなが浮かぶ俺とメイにターリャは言った。
災厄が生まれたのは昨日。あのマナ枯渇によるものだと。災厄はいわば完全体であり、それ以前は「人を食い」成長したと。
あれの元が人だというのか!? 確かに人の形をしていたが、だが、あれは……
「我らの集落やその他の集落、それらの集落にひとりかふたり、飲まれた者が現れ始めたのがだいたい2週間ほど前だ。徐々に徐々に狂い始めた者たちに気づき処理を行おうとした我々は、集まってきた飲まれた者に焼かれた。そうして残った者たちで追った結果があの災厄なのだ」
元が人、それは一人の人間という意味ではなく、人の集合体ということか。なんということだ。
「昨日までは単なるマナの小さなゆらぎしかなかった。それが災厄によって増幅され、吸収され、破壊された」
奴が装置になって誘爆したということか。そしてターリャ達は奴をそのマナから離そうと誘導しているところでウルストラに着いた、ということらしい。
他の集落に当たっていたら犠牲が増えていたかもしれない。ここはターリャ達の幸運と言うべきなのだろうか。
「それと私がどう関係するの?」
メイが言った。確かに凄惨な話だが言う通りメイに繋がらない。
「伝えることは2つあります。一つ目はかなり早いのですがリューリルに使命を与えます」
エレニアさんが答えた。
「しめい?」
「そうです。ウルストラを束ねる者の子として女王に謁見するのです」