2-2 戦闘能力とか付与されてないんですか?
エルフ対獣人。ああ、これとってもファンタジーですね。
なんて言ってる場合ではない。
ウルストラの里に突如として(思えば突如が多すぎる)現れた獣人の群れ。20人ほどか? 里のエルフの半分よりも少ない。
かなり殺気立っている。が、武器は構えていない。
例のごとく良くわからない言葉が飛び交っていたが、エルフも陣形を組んで獣人に向き合う。
そもそもなんでここに来たかもわからない集団を出迎えるという感じではない。
「メイ、あまり離れるなよ」
「そもそも離れる気ありませんよ」
ピリピリしたムードの中で、一際大きな遠吠えが響いた。獣人の集団の更に後ろから。
「なあ、エルフの。ボスは誰だ?」
獣人の中から一人が進み出てきた。女性だ。年は、そうだな。人間換算だと俺と同じくらい?
エルフの例もあるのでそもそも見た目から想像できる年なのかはわからないが。
長であるフェイナス氏が進み出、何やら話す。それに対してこれもおそらく群れのボスだろう女性が言った。
「単刀直入に言う。間もなく災厄がここに来る。我々も協力するから戦ってもらえないか」
「ええ……」
ファンタジー世界では大別してスローライフするか戦闘に明け暮れるかの二通りがある、と思う。記憶の限り。
この2週間はどう考えても前者だったのでこれはサバイバル能力を鍛えなければと思っていたところだったのだが、いきなり戦闘と来たものだ。
「我らが族長もこのザマだ。ここを凌げなければお前達とて無事では済まない。頼む」
群れのボスは別の人らしい。って片腕がない。人に支えられ辛うじて立っている状態からもかなり消耗していることがわかる。
フェイナス氏はちらりと里の皆を見、そして頷いた。共同戦線を張るらしい。話があれよあれよと進んでいく。
もはや確認しなくてもわかる。これはヤバい。
「ジンせんぱい」
メイが俺の袖を引く。そうだ。メイを戦闘に巻き込むわけにはいかないじゃないか。
「大丈夫だ。と言いたいけどこれはちょっとなあ。エレニアさんに逃げる場所を聞いたほうがよさそうだ」
流石にまだ幼い娘をどうこうはないだろうと思う。なにかシェルターのような逃げる場所が決まっているならそこにメイを連れていきたい。
エレニアさんはフェイナス氏とは別でザー老や他の住人と話をしている。彼女に近づこうとした時、再度遠吠えが響いた。
近い。犬の遠吠えのようなこの鳴き声は、本当にすぐ近くから響いてきた。
「くそ、間に合わなかったか」
獣人の暫定ボスっぽい例の女性が言う。目を向けた先に、どす黒い空気が漂っていた。
「まさか……」
ザー老が驚きの声を上げる。俺なんて驚きすぎてもう声は出ない。何が何やらだ。
黒い空気は本当に黒い。黒い霧とでも言うべきか。その霧の奥、奥に何かが居る。
少しずつシルエットが明確になり、そうしてソレは現れた。
影だけを見れば獣人の人たちとさほど変わりがない。だが、その姿はどうだろう。もはやそれは人と言えるのだろうか。
顔がない。仮面を付けたように、まるでのっぺらぼうのように、顔のあるべき部分には影しかない。
体もアンバランスだ。左半身に筋肉が寄っていて右はガリガリで棒のようだ。
そしてこれが一番の要素だが、纏っている空気が違う。あれは人の放っていい空気ではない。
生のない人。人ではない人。それが今、目に入っているモノだ。チリチリと頭の中がひりつく。
ギギギギギと、壊れた機械のような動きでソレが動き、目が合った。ように見えた。目がないのに。
のっぺらぼうだった顔に、ニィっと口だけが現れ表情を作る。
という事を認識した瞬間、ソレから何かが放たれた。高速で。俺を目がけて。
伏せる間もなく迫ったその何かは、俺の手前で大きく弾けた。体が吹っ飛ぶという感覚など今まで味わったことがないので何とも表現できない。
体が浮く、勝手に動く。フリーフォールはしたことがない。ジェットコースターは、ちょっと違うか。とにかく何も制御できずに体が飛んだ。
ドッ、と地面に体が叩きつけられる音。すんでのところで受け身の体勢に、など出来るわけがなく普通に全身が悲鳴を上げた。
「せんぱい!」
メイの声が聞こえるが反応を返すこともままならない。肺が正常な息をすることを許してくれず、咳き込むことしかできない。
「来るぞ!」
言ったのは誰か。おそらく獣人の暫定ボスの子だろう。獣特有の唸り声が響く。その後に続く金属のような音。
「せんぱい、大丈夫ですか!?」
「かはっ、はぁっ、ふー……なんとか?」
自分の事なのに疑問形でしか答えられない。一応体で動かない部分などはないようだ。未だに空気を求めているのは変わらないのだけど。
支えられながら体を起こす。獣人とエルフが先程のソレを相手に協力して戦っていた。
エルフは弓とおそらく魔法、獣人は剣が主要武器のようだ。剣使うんだ。先程の金属音は剣戟の音らしい。
3人が攻め、しかも後ろから飛び道具が来るのにソレは一切怯むことすらなく攻め続ける。防戦に回ることなどない。
「……やばくないか?」
拮抗しているように見えるが、攻め手は人数が多い為に一人が少しミスするだけで崩壊しそうだ。
その当たって欲しくない予想は、見事に的中してしまう。フラグなんて立てるんじゃなかった。
ソレの顔が再び笑い、弾丸のような何かを放った。俺ではない。狙われたのは最前線の獣人。あのボスの子だ。
目の前で弾丸が弾けることなく、彼女の体を貫く。俺の時とは別種の攻撃!?
「くぅっ」
「ターリャ隊長!」
ターリャと呼ばれた暫定ボスからおびただしい量の血が流れ出てくる。出血に耐えられないのか体が崩れ落ちた。
もはや目の前にいるソレは絶望を撒き散らすものにしか見えない。確かターリャはソレを災厄と呼んだ気がする。まさに災厄だ。
未だに浮かべた顔だけの笑いが余計にそう見える。唯一顔に存在する……いや、おかしい。最初、あいつに、顔は、何も、なかっ……
「まだ来るぞ!?」
思わず叫んだ。叫ぶしかなかった。
メイを抱えてうずくまる。さっきも咄嗟に動いたが今なら理由を説明できる。メイをもう失いたくないんだ。
奴が吠えた。声にもならない声で。
耳鳴りがする。背中に大きな衝撃が弾け、意識が飛んだ。