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1-3 魂の安息の為の地

そんなこんなでウルストラの里で生活を始めて2週間ほどが過ぎた。田舎で自給自足という感じで考えれば文明が少し下がったくらいで特に困ることはない。

と思っていたのだが流石に電気もガスもない生活はきつい。夜にできることもほとんどない。本も読めず寝るか筋トレくらいしかすることがなかった。


エルフは書物を持たない。基本的に口伝で全てが継がれてきた、らしい。そもそも字があっても読めないと思うのだが……少しは期待するじゃないか。魔法書とか。


コンコン


そんな夜。俺の部屋を訪ねてくる人はかなり少ない。

与えられた部屋は族長の家の隣、かつては倉庫にされていたという小さな小屋だった。ぶっちゃけ本当に小さい。3-4畳程度だろうか。

ちなみに食事は族長の家族と共にさせてもらっている。有難い。一応客人扱いらしい。


「こんばんは、先輩」


訪ねてきたのは当然とも言えるのだがメイだった。

芽衣と呼ぶかリューリルと呼ぶかで話をしたが、彼女は芽衣と呼ばれることを望んだ。先輩には芽衣と呼ばれたいということだった。

その時の顔がかなり困ったような表情だったので、その後は話題に触れず、俺は芽衣をメイと呼ぶことにした。

この世界に来た俺がジンと呼ばれるようにこの子が芽衣だとするならメイと呼ぶのが適正だろう。


メイはほぼ寝巻きのような格好だ。帰ったらそのまま寝るのだろう。


「こんばんは、どうした?」


どうしたと聞いたものの、答えはわかっている。


「ちょっとお話がしたくて」


この2週間の間、昼までは里のエルフに付いて狩りとか刈りをし、それ以後はメイと一緒に座学をさせてもらっている。エレニアさんの計らいでそんな感じになった。

座学が終わると夕食をいただきそのまま俺は部屋に帰る。隣だけど。


メイと話をする時間はあまりない。座学の前後とご飯時だけだ。

なのでこうして夜に来ることが多い。多いというか、1日を除いて全通だ。その1日は次の朝が早いのですぐに寝たというこれまた特殊な日だった。


「どうぞ」


勝手知ったるという形で入ってきたメイは、いつも通りベッドに座る。

部屋にあるものはベッドと椅子机と本棚のような収納棚だけだ。俺は椅子に座ってメイと向かう形を取る。横にいるより話しやすい。


夜の会話はお互いの離れていた時間を埋める為に使われていると俺は感じている。日々の話ではなく、過去の話をよくするのだ。


「今日は先輩の大学の話を聞きたいです」


メイは足をぷらぷらさせながら話を催促する。大学と言っても1年ちょっとしか通えていないが、その話をすることにした。


**********


芽衣は俺の1年後輩だ。高校2年、芽衣が1年の時に告白され付き合い始めた。

喧嘩はそれなりにしたが特に別れる事もなく、俺は高校を卒業し大学に通うため上京した。

芽衣も1年後に同じような道を辿るはずだった。最後に会った時には模試でB判定だと言っていた。一緒に通えるといいなと伝えたのを覚えている。


しかし、彼女は逝ってしまった。一緒に通うことは叶わなかった。

彼女の為に使っていた時間はバイトする時間になった。元から仕送りなど期待できる身分でもなかったし、授業以外で勉強するにも本を買うには金が要る。


芽衣の事を考えないようにする為、何か他の事をしていたかった。勉強をする以外はほとんどバイトをしていた。逃げ、と言えばそうかもしれない。

感染症問題で大学が休校になった時、バイトは余計に忙しくなった。そうして休校が空ける少し前、俺はここに来てしまった。


メイは見た目は芽衣とは似てもいないが、その仕草のところどころが芽衣を想起する。

彼女は常に何かに怯えているように見える。それが何なのかはまだ俺に話してくれない。


「先輩は、大学で彼女とか作らなかったんですか?」


メイが恐れていることの一つに、俺がメイを想っていないのではないかというのがあると思う。

実のところ俺もその点については何とも言えない。死んだ恋人が転生していたというのをなかなか消化し切れていないのだ。


だが一つ確実に言えるのは、死んだ芽衣の事はまだ俺の心の深いところに在るということだ。


「そんな暇もなかったし、やっぱり芽衣の事が好きだったからなあ」


素直に思った事を言うと、メイの顔がボッと赤くなった。


「それは反則ですよ先輩……」


ファンタジーのお約束通りエルフの肌は白い。なので赤みが余計に目立つ。

容姿としては未就学児くらいなので色気は皆無だが、幼いながらもエルフ特有の美貌とでも言うのだろうか、顔がいいのでとても可愛い。それこそ人形のようだ。


「まあ事実だし、それで喪失感高くてバイトやりすぎてぶっ倒れたのかな」


こちらに来るきっかけ? のようなものはいまだに思い出せない。ただバイトで疲れていたのは確かだ。


それを聞いて嬉しさと申し訳なさの同居するような表情を見せたメイは、少しの逡巡の後決心したように口を開いた。


「あの、先輩」

「どうした?」

「あの、私……先輩に謝らないといけないです」

「……どうして?」

「私、思ったんです。先輩がこっちに来ちゃったのは私のせいじゃないかって」


どうしてそうなる。


「私不安だった。気づいたらここに居て、いえここでの記憶がまったくない訳じゃないんですけど、でも私はこっちの記憶より先輩との記憶のほうがとても大きくて。ずっとずっと不安で寂しくて。だから思っていたんです、ここに先輩が居てくれたらなあって」

「それがどうして謝ることに繋がるかがわからない。俺は俺でやらかしてしまったんじゃないかって思ってるし、そこでメイと再開できたのは普通に嬉しいんだけど」

「『魂の安息の為の地』」


その言葉は幾度となく聞いた。初日にエレニアさんが言ったことを皮切りに、座学時にも出てきた。

世界のことわりとしてエルフに口伝されているもの。この地に生まれた者は輪廻を続ける為に魂の穢れを祓うため、自らのマナに適合する土地を求めるというもの。

ウルストラの里に、というかエルフ全般らしいのだが里に人が少ないのはこの教えが原因らしい。安息の地を求め旅に出るのだ。


「私の安息は先輩と一緒に居ることだと思っていました。だから、先輩が喚ばれてしまったのだとしたら、それは私のせいで……」

「……それは違うよ」


それはメイの事情ではあるし一部では真実を付いているのかもしれない。だが俺はこう思うのだ。


「俺は俺にとっての『魂の安息の為の地』を見つけるためにここに喚ばれたのかもしれない」


体力的にはかなりキていたのは確かだし精神はそもそも回復を求めていた、はずだ。となると俺自身が安息を求める事は十分あり得る。

俺とメイの事情が重なり、再び出会えたというのであればそれは良いことなのではないだろうか。

そういった俺の事情、思いをメイに伝えた。伝えなければならないと思った。


「そうですね、それだと素敵ですよね」


始めは釈然としなかったメイだが、自分も事情を押し付けようとしているだけだと気づいたらしい。俺だって自分の事情をこの事態に押し付けているだけなのだ。

だって肝心なその時の記憶がないのだ。本当に喚ばれたのかもしれないし、全然違う事情かもしれない。メイの言う事情だけなのかもしれない。

でも、今俺の想いは伝えた事が全てだ。


「だからメイ、責任を感じることはない。俺はまた逢えた事が本当に嬉しいんだ」


そう。嬉しい。この時点で俺の心は決まった。


目の前にいる少女は、リューリル=ウルストラという名を持つこの子は。俺の好きだった芽衣であり、芽衣はメイだ。

生まれ変わりだとかは関係なく、彼女を好きでいられる自信がついたというか何というか。


「好きな子が悲しんでいるのは俺も悲しい。これからどうなるかは分からないけど、俺の気持ちは決まったよ。一緒にいたい、メイと」

「先輩……」

「メイが悩んでいることは一緒に悩んであげたい。一人じゃないよ、俺がいる」


メイの瞳から涙が零れた。彼女が泣いたのを見るのは再開した日以来だ。


「ありがとうございます、先輩。私、本当に大好きです、ジンせんぱい」


初めて――再会して初めて彼女が名を呼んでくれた。涙と共にメイの中にある罪悪感が流れ落ちてくれた、そう思った。


「俺も好きだよ、メイ」

「はい、貴方のメイです、ジンせんぱい」


涙はなかなか止まらなかったけど、今日のメイは一際美しかった。この姿を、俺はいつまでも忘れないだろう。

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